エピソード2

「ただいま」

「おかえりなさい。どうだった?」

ミッチが聞いた。

「うん、ちょろいもんよ」

テーブルの上には、機械か散乱している。

その原因をつくったのは、例のごとくミッチだ。大学では、理論物理学と代数幾何学と電子機械工学の分野で博士号を同時に取った天才である。メカニックとしての腕を信頼している一方、人間性には相当な不備があるとヴィクトリアは考えていた。

「また散らかしたわね」

ミッチは、時計を見た。

「2時間42分59秒前に片付けたよ」

「じゃ、その2時間42分59秒の間にいったい何があったのかしら」

ふと、気が付くと、呆れ顔のヴィクトリアのつま先に何か乗っている。

「何これ?」

「虫の形態を模したロボット。自立式で動くんだ」

「ふ~ん。で、何の役にたつわけ?」

「だ、だって可愛いだろ」

「・・・全然」

つま先を蹴りあげ虫を飛ばすと、椅子に座った。

「何すんだよ」

「それより、頼んでおいたものは?」

「出来てるよ」

ミッチが出したのは、リボルビングライフルだった。

「前回のやつより、重量は500グラムも軽くなって、有効射程距離は、なんと夢の4キロ」

ヴィクトリアは、手にとって照準を合わせてみる。

「それが今ならなんと、たったの200万ベイル・・・」

ミッチは、ヴィクトリアから獲物を狙う眼差しを向けられた。

「・・・冗談だよ」

「うん。これは、役に立ちそうね」


その男は、監獄の中にいた。

きしむ木製のベッドに座り、写真を握りしめている。

「待っていろよ。必ず行くから」

立ち上がると、壁際に立った。明かりをとるために鉄格子つきの窓がある。そこから月の明かりが優しく差し込んでいた。波の音が聞こえる。窓の外は崖になっていて、すぐ下は海になっていた。高さは十数メートルはあり、落ちれば助かる保障はない。

男は、小さな鉄の板を加工したノコギリを取り出した。この日のために、数ヶ月かけて少しずつ切り込みを広げていたのだ。

鉄格子を完全に切断して取り外すと、窓の縁に手をかけて壁をよじ登る。息をおもいっきり吸い込み、海に飛び込むと、豪快に水しぶきが上がった。

その音を聞き付けて刑務官がやってきた。

もぬけの殻になった部屋に鉄格子が転がっている。

「脱獄だ」

刑務所中に緊急事態を知らせる鐘が響き渡った。


ヴィクトリアが、まず朝起きて最初にすることは、シャワーを浴びることだった。

肩まで伸びたブロンドの髪を丁寧に洗う。

体は一見すると細身だが、日頃の鍛練で鍛えた、しなやかな筋肉を身にまとっている。

その後、朝食。

「お嬢様、お味はいかがですか?」

羊のダニーが聞いた。料理はもちろん、

掃除、洗濯、髪を切るのもダニーの役割だ。

「申し分ないわ」

「グリンピースがまだ残っておりますが」

「あっ、これ食べられるの?」

「もちろんでございます」

ヴィクトリアは、スプーンですくい上げると、いっきに水で流し込んだ。

「うん。美味しかったわ」

「それはよろしゅうございました」

と、ダニーはお皿をさげた。


食事が終わると、仕事にとりかかる。

「さてと、今日は誰にしようかな」

数枚の紙をめくりながら、下唇を親指でなぞった。そこには、賞金首のデータが載っているのだが、ヴィクトリアの眉間にシワが寄る。

「300万、450万、280万。どれも安いわね」

一人の男に目が留まった。

「8500万ベイル。リッキー・ロウ」

連続殺人の罪で無期懲役の男が脱獄。

生死の有無は問わない。

「よし、こいつに決めた」

膝まであるロングブーツに履き替え、ホルスターをつけ、二丁の拳銃をガンスピンして左右に納めた。コートを着て、テンガロンハットを被り家を出ると、トゥレイターNS300馬力のバイクに股がった。


「腹へったな」

リッキーは、とぼとぼと歩いていた。

人目につく所は避けたいが、どうしても行きたいところがある。これ以上罪を犯したくはない。とにかく歩くしかないのだ。


「あぁ、そいつか」

眠そうな顔でアーロンが言った。

ヴィクトリアは警察署に来ていた。

「こっちも探しては、いるんだけど手がかりがなくてね」

予想通りの答えだった。

「誰かがかくまっているとか」

「う~ん」

アーロンは、険しい表情をつくって考えているが、それは、考えているフリだということをヴィクトリアは知っていた。

「もういいわ。とりあえず詳しい情報をくれる?」

「了解」

両親は、すでに他界。兄弟はいない。

一度の結婚と離婚歴がある。離婚後は、酒におぼれ、初めの障害事件を起こしている。

「この離婚した女性は今どこに?」

「あぁ、確かここからそんなに遠くない所に住んでいるよ」

アーロンは、住所を探した。

「やっぱり、娘さんと暮らしてる」

「何か手がかりがあるかも」

「うん、行ってみて」

「なに言ってるのよ、あなたも行くのよ」

「え!僕も?」

「嫌なの?」

「いえ」

ヴィクトリアは、アーロンをタンデムシートに乗せて向かった。


彼女に事情を説明すると、渋々といった様子で家にいれてくれた。 だが、彼女の口は重かった。

「あの人のことは、もう忘れました」

「忘れたってさ」

「今さら関わりたくありません」

「関わりたくないってさ」

ヴィクトリアは、アーロンの靴を力いっぱい踏んだ。

「痛っ!」

「このままだと、また被害者が出るかもしれません。何でもいいので気がつくことがあれば」

「実は、娘は私に内緒であの人と手紙のやりとりをしていたようなんです。たまたま、娘の部屋で見つけて。もしかしたら、あの場所かもしれません」

「あの場所?」

「娘が小さい頃、よく行った場所です」


小高い丘の上にリッキーは来ていた。

水平線を船が行き交うのがよく見える。

「懐かしいな。この景色はちっとも変わってない」

「リッキー・ロウね」

「何だお前は、警察か?」

「賞金稼ぎよ」

「あぁ、カウガールか」

リッキーは、落ち着き払っていた。

「ヴィクトリア」

アーロンが息を切らしてやって来た。

「リッキー観念しろ」

「また変なのが一人増えたな。すまないが、まだ捕まる訳にはいかない」

「往生際が悪いわよ」

「違う。そんなんじゃない。今日は、娘の結婚式なんだ」

「結婚式?」

「今まで父親らしいことは何もしてやれなかった。今日ぐらいは祝ってやりたい」

リッキーの目は真っ直ぐヴィクトリアを見つめていた。

「頼む。一言だけ娘におめでとうと言いたいだけだ」

リッキーの目の奥を見れば、それが真実かどうかを判断することは、ヴィクトリアには容易だった。

「信用できないな」

アーロンは、銃をかまえた。

「ダメ」

「そうだ、ダメだぞ」

「違う、あなたよ」

ヴィクトリアはアーロンを見た。

「僕?なんでさ」

「結婚式が終わったら。刑務所に戻ると誓える?」

「ああ、誓う」

「分かったわ」

「え?なんだよ。こんなやつのこと信じるのか?ダメに決まってるだろ」

その時、アーロンは、ふと自分の腕に何かが付いてるのに気がついた。

「がっ!む、虫」

アーロンは、気絶した。

「あら、いつの間についてきたのかしら」

それは、ミッチが作った例の虫だった。

「以外と役に立つわね」

リッキーを後ろにのせると、

「気が向いたら起こしに来るわ」

倒れてるアーロンにそう言ってバイクを走らせた。


「ここだ」

協会から少し離れた所で、二人は、バイクを降りた。

正面の扉が開き、中から人が出て来た。

両側に並び、その間をウェディングドレスの女性が歩いている。

「あの人ね」

「あんなに綺麗になって」

一段落したのを見計らって、

「ちょっと待ってて、話をしてくるから」

ヴィクトリアは、彼女のところへ歩いて行った。

その時、二人の警官がリッキーのすぐ側を通りかかっていた。

「おい、あいつは、リッキーじゃないか?」

「確か、連続殺人犯で脱獄した」

「あぁ、間違いない」

リッキーに近づく。

ヴィクトリアは、マラに事情を説明し、リッキーの方を指さす。その時異変に気がついた。

「お前はリッキー・ロウだな」

「くそっ」

リッキーは、走り出した。

「まずいわ」

ヴィクトリアも走り出す。

「動くな」

警官は、銃を構えた。

「待って」

ヴィクトリアは叫んだが、放たれた銃弾は、リッキーの体を貫通した。

その銃声にみなの視線が集まる。

マラは、リッキーに駆け寄った。

「お父さん」

「マラ、今まですまなかった。迷惑ばかりかけたな」

「ううん」

マラの頬を涙が伝う。

「おめでとう。幸せになれよ」

「うん、ありがとう」

リッキーは、目を閉て動かなくなった。

マラは、いつまでもリッキーの手を強く握りしめていた。


「お嬢様、真鯛のポワレ・クリームソースでございます」

ヴィクトリアは、ワインをひと口飲んだ。

シャワーの後の一杯は格別なのだ。

「ねぇ、ダニー」

「はい」

「やっぱり、親子の絆って凄いわね」

「どんなことがあっても、切れることはない。それが親子の縁というものでございます」

「親子か、いいな。あれ、そういえば、なんか大切なことを忘れてる気がする」

「はて、何でございましょう」

「ま、いいわ。きっと大したことじゃない」


アーロンは、目を覚ました。

「あれ、リッキー?ヴィクトリア?」

夕暮れに船の汽笛が悲しく響いた。


花を買うことなど、何年ぶりだろうか。

テーブルの上に飾り、愛でる習慣などとは無縁の人生をヴィクトリアは送ってきた。

だが、今日は特別だ。

霊園でリッキーの墓を探していると、女性の姿が見えた。それは、マラだった。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

「こんな最後になってしまって」

「いいえ」

マラは、うつ向いた。

「父との思いでは、小さい頃の記憶しかありません。少しでも今の私を知ってもらいたくて、ずっと手紙でやりとりをしていました。

父のしたことは許されないことだと思います。でも、きっと最後に何か良いことをしたかったんだと思います。そう思いたいんです。私にとっては、たった一人の父親だから」

「そうね。きっと、天国からあなたのことをずっと見守ってくれるはずよ」

「はい」

ヴィクトリアは、花束を置いて、神に祈りを捧げた。

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ヴィクトリア ゆでたま男 @real_thing1123

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