第九二四話 第二の課題

 照明魔道具の光を頼りに、まるで地の底、或いはこの世ならざる異界にでも続いているような、長い長い階段をひたすら下り続ける私たち。

 向かう先は真っ暗闇。気温は低く、火属性にしたアラカミが暖房代わりだ。

 水面を隔てた向こう側は、とっくに深海と呼ぶべき領域。尤も、深海魚の一つも見えやしないため、生態系なんてものは存在していないのかも知れない。

 つまりは、試練のためだけに用意された仮初の世界、とか。そういう感じだろうか。それが本当ならとんでもない話である。


 それにしても、一体全体何処まで下りるというのか。深度で言えば恐らく、五千メートルは越えているように思うのだけど。

 もしもこんな場所で、この海中通路が潰れでもしたら、水圧であっという間にぺしゃんこにされてしまうんじゃなかろうか。

 恐ろしいモンスターに敢然と立ち向かう冒険者だって、大自然を前にしてはやっぱり無力なんだなって。

 それで言うと、世界そのものである精霊っていうのは、やっぱり偉大な存在なんだなぁ、と。

 足音だけが延々と鳴る暗闇の中、漠然とそんなことを考えていた。って言うか、スイレンさんやアグネムちゃんとも、なんだか交わす言葉が少ない。

 漠然とした静寂が自然と口数を押さえつけるのか、はたまた単純に話題が尽きたのか。

 何れにせよ、全方位を膨大な水で囲われた私たちは、不安とも恐怖とも、はたまた安心感ともつかない奇妙な心持ちで足を進めるのだった。


 幸いだったのは、エンカウントが発生しなかったことか。

 はじめこそ十分に警戒しながら、階段を下り続けていたのだけれど。しかしどれだけ警戒し続けても、一向に敵影が現れることはなく。

 もしかして気付かぬ内に、辺りの海中へポップしたのではないか、なんて懸念もどうやら的外れだった様子。

 勿論気を抜いたわけでこそないけれど、およそ確信はしている。この階段を下りている間は、エンカウントが発生することはないのだろうと。


 そんな、安全とも危険ともつかない奇妙な旅路に、ふと終わりの兆しが見えたのは、更に暫く下ってのことだった。

 進行方向、水面の向こう側に、ふと小さな明かりを捉えたのである。

 すわ深海魚かと目を凝らすも、明かりに動く気配はなく。それに、ずいぶんと距離が離れているようにも見えた。

 弱々しくぼんやりとした、青の明かり。どうやら私たちは、底へ向かって歩いているらしい。

 光の下に、一体何があるものかと皆で予想を述べ合いながら、期待と恐れを胸に先を急ぐ。

 竜宮城のような、夢のように美しい景色が待っているのか、はたまた世にも恐ろしい何かが手ぐすねを引いて待ち構えているのか。

 何れにしたところで、この何時終わるとも知れない一本道に、やっとこさ終止符の匂いを感じたのだ。

 気分はさながら、光に引き寄せられる羽虫のよう。飛んで火に入らぬよう注意せねばと自らに言い聞かせながらも、先程より足取りは軽く。


 そうしてあれよあれよと、私たちはついに、海中通路の導く果へと至ったのである。


 して。その景色を分かりやすく、一言にてしたためるのであれば、なんと表するのが適切だろうか。

 海底都市……いや、『海底遺跡』か。そんな表現が相応しいように思う。

 アニメで偶に見かけるような、海底なのに空気のある空間。ここは正にそれだった。

 霞がかかって見えるほどに、仰いだ天は高く。天井には水面。さながら恐ろしく巨大な泡、或いはひっくり返した金魚鉢の中にでも居るかのようじゃないか。


 そんな現実離れも甚だしい、嘘みたいな空間の中。見渡せばそこには人工物が並んでいた。

 何所かグランリィスを思わせる、白い建造物の数々。さりとてそれらは随分と風化が進んでおり。

 都市を思わせるゴチャゴチャとした作りの割に、住民の姿は一つとして見つけることが出来なかった。

 影は疎か、気配すらも感じられず。もっと言うなら単純に、生活感というものがすっかり枯れ切っているような、そんな景色。

 それでも不思議と光は満ちていて、さながらダンジョンの中のように視界に困ることはない。

 不要になった照明の魔道具をマジックバッグへしまい込む私たち。

 それに、気温も私たちにとって都合のいい適温に調整されているように思える。寒くもなければ暑くもなく、快適だ。


「不思議な場所ですねぇ~。ダンジョンの中でだって、こんな景色はそうそうお目にかかれませんよ~」

「人が住んでいたのかな……? でもここって迷宮の中だし、それっぽく作られてるだけ?」

「何れにせよ、これだけあからさまに怪しい場所なんだ、きっと第二の課題があるはずだよ。探してみよう」


 私の言葉に、二人も肯定を示し。早速皆で海底遺跡探索の開始である。

 広く設けられた通りを歩き、朽ちた街の様子を物珍しげにキョロキョロしながら進んでいく。

 見たところ、未知なる超文明! って感じではなさそうだ。そりゃ地上のそれとは建築様式とか、色々と差異はあるけど。

 しかし精々が、異国に訪れた程度のカルチャーギャップ。アレは何だ、コレはどういうものだと、用途が理解できないような物体は特に見受けられなかった。


「貝殻をモチーフにしたような建物が多いですね~。いやー、興味深いです~」

「建材ってなんなんだろう? 普通に石なのか、はたまた特殊なものを使ってたりするのか……ちょっとサンプルとして、幾らか持ち帰ってみようかな。もしかしたら迷宮を出る時に消えちゃうかもだけど」

「流石ミコト様、研究熱心です! ひょっとしてミコト様も、ここと似たような海底施設とか作れちゃうんじゃないですか?」

「いやいや、流石にそれは。でも師匠たちなら或いは……って、まさか」


 妖精とか、エルフとかドワーフとか。そういう、人間とは別の知的生命体。彼ら彼女らには、人間と異なる技術がある。

 この海底遺跡は迷宮の用意したニセモノだったとしても、もしかすると外の世界にもこういった場所がないとも限らない。

 もし実在するのだとしたら、それはきっと私の知らない未知なる技術によって作られているのだろう。

 妖精とも、エルフともドワーフとも違う、まだ出会ったことのない種族か……ちょっとワクワクしてきた。

 例えば人魚とか、如何にも有り得そうな話じゃないか。何故ならファンタジーな世界だものね。

 しかし、海のモンスターはやたらと凶暴で戦いにくい。絶対的な地の利も握られるわけだし。

 って考えると、海の種族はどうやって生活圏を確保・維持しているのか……もしかしてめちゃくちゃ戦闘力が高かったりして。一度調べてみる価値はあるかもしれない。


 まぁ、迷宮の外がどうであれ。

 私たちは現在、未知なる世界にこうして足を踏み入れているわけだ。大いなる冒険である。冒険者としては心ときめかずには居られないよね。

 皆で目を輝かせながら、嬉々として散策を続けること暫く。一つ気付いたことがあった。


「ここでもエンカウントは生じないみたいだね。よかった、こんな歴史的・文化的価値の高そうな場所で暴れることにならなくて」

「ミコト様、写真を撮っておきましょう! 動画もいいですね!」

「お、ナイスアイデアですね~。なら私は素敵なBGMで雰囲気を引き立ててあげますよ~!」


 などと、いまいち緊張感の薄い観光気分にて、更に通りを歩き続けていると。

 ふと、進行方向に大きく開けた空間を見つけたのである。規則正しく石畳の敷き詰められた、巨大な広場。

 壮観だった。見渡すかぎり、視界を遮るものなんて何一つ無い。ただ広いだけの、きれいな円形状に切り取られた、平らな空間。悪し様に言うならば、殺風景。

 されど、それがこんなにも不思議な迫力を宿すものかと、驚き、感動すら禁じ得ない。

 円という形が持つ魅力を、この上ないほど大胆に、力強く表現したかのような。そんな景色だった。


「あ、ミコト様! 広場の中心に何か見えます!」

 不意にアグネムちゃんが言い、私とスイレンさんは直ぐ様そちらへと視線を投げた。広場の中央、最も空虚なるその場所に。

 するとどうだ、アグネムちゃんの言うように、ぽつんと何やら四角いものが浮かんでいるように見える。

 心当たりは、あった。きっとそれは、私たちが探していたものに違いないのだろう。

 無言で頷き合い、小走りにて現場へと向かう。一応警戒は怠らないけれど、やはりエンカウントは生じなかった。


 そうして、ジョギングめいた足取りで駆けつけてみたなら、案の定。

 そこにあったのは、見紛うはずもない。この迷宮にやってきて、既に幾度も目にしたメッセージウィンドウに他ならず。

 斯くして私たちは、ここに第二の課題が存在することを半ば確信したのだった。

 早速、誰からということもなく、メッセージの内容へと視線を走らせていく。


──────

【水面の守護者】


ようこそ技の試練、第二の課題【水面の守護者】へ。

ここではどなたかお一人に、当課題へと挑戦していただきます。PTの中から一名、広場中央の印の上へお進み下さい。

また、第一の課題へ挑まれた方には、挑戦権がありません。課題未挑戦の方をご選出下さい。

見事課題を達成できましたら、報酬が授与されます。

課題の内容につきましては、下記のとおりです。


・挑戦者が印の上に立つことで、特殊なアスレチックと、水の入ったグラスが出現します。

・挑戦者には、水の入ったグラスをゴール地点へ運んでいただきます。

・一滴たりとも水を溢すことなくアスレチックを制覇することが出来ましたら、課題の達成となります。

・水を溢してしまった場合は、その時点で失敗。アスレチックが消失します。

・攻略に際しまして、スキルや装備の特殊能力の使用は一切禁止。違反した際は挑戦失敗となります。


もしも挑戦に失敗しても、再挑戦は可能です。ただし、ペナルティが発生するためご注意下さい。

ペナルティの内容は、失敗する度に待機しているPTメンバーのもとにモンスターがポップする、強制エンカウントです。


体幹、バランス能力に秀でた方の挑戦を推奨致します。

一度課題に挑戦した方は、以降の課題への参加資格を失いますので、その点もご注意下さい。

挑戦するメンバーがお決まりになりましたら、印の上へどうぞ。ご健闘をお祈りします。

──────


「おぉぅ……アスレチックかぁ」

 唸る私。難しい表情のアグネムちゃん。そして、何とも情けない顔をしたスイレンさん。

 内、アグネムちゃんには挑戦権が無いようなので、挑むとしたら私かスイレンさんのどっちかってことになる。

 アスレチックだなんて、如何にも身体能力を試されそうな課題。さりとてネックなのは、スキルや装備の特殊能力に頼っちゃダメっていうルールだ。


 さて……どうしたものかね。

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