第九二三話 桟橋の果て
どこまでも続く桟橋の上。彼方に何があるものかと、私、アグネムちゃん、スイレンさんは、遥か先の先端を目指し延々と歩みを進めていた。
その、最中のことだ。案の定危惧していたエンカウントが発生。
私たちを囲うように、敵影が三つ唐突に現れ出ては、早速襲い掛かってきたのである。
一体は正面、桟橋の上。残り二体は後方、左右にドボンと水音が鳴り。どうやら海に落ちたらしい。
これまでにポップしたモンスターを思えば、水中での活動というのは不得手だろう。ワンチャン溺死に期待することすら出来るかもしれない。
と、楽観視出来たなら良かったのだけど。
残念なことに、出現したモンスターというのがまた如何にも厄介な相手で。
一言で言うならば、半魚人。それっぽく言うなら、マーマンってやつだろうか。
エメラルドグリーンの身体。見事な魚フェイス。綺麗に並んだ鱗は刺すような日差しをビシバシと跳ね返し、豪奢な輝きを放って見える。
何より特筆するべきはやはり、しっかりとした手足を携えていることだろうか。筋肉質なそれらは逞しく、指の間には立派な水かきを備えている。
また、手にしかと握りしめているのは、銛である。魚を捕るための道具だろうに、一体何を思って装備しているのやら。
まぁそんな事はいいのだ。問題なのは、彼らが如何にも水に強いモンスターであるってこと。
それにマーマンも、水辺に於いては比較的ポピュラーなモンスター。無印っぽい素朴さも感じられることから、多分エンドクラスなのだろう。
スキルを振り回されては厄介だ。基本に立ち返り、『何もさせずに倒す』の精神に則って瞬時に懐へと飛び込む私。
槍の骸由来のステップと、刀の骸から引き継いだ抜刀術でもって、瞬く間に正面のマーマンに首チョンパ。
それ自体は上手く行ったのだけれど、奴め私の斬撃を銛で防ごうと素早い反応を見せた上、手応えもなかなかに重く。やはりステータスは相当なものと見受けられる。
となれば、その上スキルを振り回されると、予想以上に面倒なことになりかねない。
だというのに、残り二体は海中から隙を伺っているっていうんだから手に負えない。ズルい。
スイレンさんが奏でるのは【英雄の調べ】。攻撃バフだ。と同時、スピードや反応速度にも影響を及ぼすため、不意打ちに対してのリスクを下げてくれる。
他方でアグネムちゃんはと言えば、近接特化のビルドであるため、海に潜られてしまえば手の出しようがない。
悔しげに顔を顰め、海面を睨みつける彼女。かくいう私も、魔法がなければ水中の敵に手出しすることは難しい。
とは言え、まぁ。魔法がなければ、魔砲を使えばいいだけの話ではあるのだけれど。
私の尻尾、アラカミがガチャンと形を変え、先に備えたるは立派な砲口。セットした属性は、雷。
大雑把に水面へと狙いをつけたなら、スイレンさんのバフを得た状態でいざいざ。
「二人とも、鼓膜破れたらごめんね!」
言うが早いか、発射!
落雷を思わせる大音量を轟かせ、紫電色の光線が海面へ突き刺さる。
ほんの一瞬、水面が紫色に輝いたかと思えば、直後に訪れたのは……沈黙。さりとて、静寂に非ず。
潮騒は何ら変わらず、ざざーんざざーんと呑気に鳴り続け。それでいて、キーンと耳鳴りのやまぬが故に、その波音すら健在とも知れず。
普段であれば音魔法を駆使して、聴覚保護程度の小細工はしたところだけれど、今は望むべくもない。
内心で二人には平謝りをしつつ、海面を注視し続けること一〇秒ちょっと。
プカッと、浮いてきたのは見覚えのあるエメラルドグリーン。マーマンの身体だった。それが、二つ。
彼らはそのまま黒い塵へと還り、存外呆気なく決着と相成った。私たちの勝利である。
案の定、鼓膜が逝ったらしい。
戦闘を終えた私たちは、一先ず耳の穴に回復薬を流し込むという珍しい行為を行い、問題なく聴力を回復させた。
が、お陰でスイレンさんの猛抗議を聞かされることになり、辟易。治療は少し早まったかも知れない。
アグネムちゃんが頑張って宥めてくれたおかげで、長いお説教は回避できたけれど。しかしスイレンさんにとっての耳とは、ゲーマーにとっての目のようなもの。害されたなら、そりゃ怒るだろう。素直に反省である。
「ごめんなさい、配慮が足りなかったよ。とは言え、海に飛び込まれたら他に有効な手もあまり無いだろうし、耳を塞ぐなり口を開けるなりして対応してほしいかな」
「ぐぬぬー。已むを得ない事とは言え、遣る瀬無いです~! こうなったらミコトさん、モンスターが海に飛び込む前に念力で捕らえて下さいー!」
「おお、それだったら私も活躍できる気がします! ミコト様、捕らえたモンスターはこのアグネムにお任せを!」
魔砲は奥の手。基本は念力でなんとかしろ、というのがスイレンさんのオーダーだった。
確かにそれならアグネムちゃんの力も借りられるし、手出しできない状況というのも避けられるだろう。
警戒するべきは、やはりモンスターの持つスキル。ことさら魔法を使われると、今の私には妨害の手段もないので困ってしまうのだけど。
困った事態に陥るよりも早く方を付ければ問題ないか。結構力技って気がしないでもないけども。
しかしまぁ、これが一番の安全策だって言うんだから仕方がない。それにしてもまさか、音がネックになって魔砲の使用が憚れようとはね。
次なるエンカウントに備え、イメージトレーニングなんかを行いながら進行を再開。
まだまだゴールの見えない一本道を、更に歩くこと暫く。訪れたのは二度目のエンカウント。
偶然か必然か、今度も出現したのはマーマンだった。数は四つ。一体増えてる。
さりとて動揺するでもなく、努めて冷静に念力を発動。即座に全てのマーマンを捕らえ、有無を言わせずアグネムちゃんに二体投げつけた。
残り二体を月日で処理していると、背後から聞こえてくる凄まじい打撃音。スイレンさんのバフも相変わらず良い働きをしたみたいで、ちらりと視線をやってみたなら頭部が悲惨なことになった半魚人が二体。えぐい。
ともあれ、無事に四体のモンスターは黒い塵へと還り、鼓膜を痛めるでもなく処理できたようだ。
それにしても、技の試練らしからぬ立ち回りって気がしないでもないけれど。まぁ、安全無事に勝利できるというのなら、それに越したことはないだろう。
そうした具合に、以降もエンカウントを処理しつつ歩行を続けた私たち。
マーマン以外にも、出現したエネミーは何れもが水中での戦闘もこなせる海洋系モンスターばかりで、地の利は尽く彼らにあり。
しかし不利を強いられ続けた割には危なげもなく、私たちの進行は安定を見せたのである。
そうして、かれこれ二時間くらいは歩いただろうか。時刻は午後三時も半ば。おやつ時だ。
厳しかった日差しも幾らかその険が取れ、柔らかみを感じさせ始めた陽光の中を、尚もせっせと歩き続ける私たち。
すると、やっとこさ。視界の先に見え続けていた桟橋が、ふっと途切れるのを見つけることが出来た。
認めるなり、思わず早足になる私たち。ゴールが見えると足は軽くなるものだ。勿論エンカウントへの警戒は忘れず。
半ば駆け足にて先を急いでみれば、ようやっと辿り着いた桟橋の最果て。
振り返ってみたなら、既に陸地は水平線の向こう。思えば遠くまで来たものだ。っていうか改めて、バカみたいに長い道のりだった。
して、苦労してここまでやって来たわけだけれど、果たしてここに何があるものか。
少なくともメッセージウィンドウらしきものは見当たらない。勿論リングが備え付けられているわけでもなく。
ただただ、先の途絶えた桟橋があるだけ。その様子に、段々と不安がこみ上げてくる。
ここまで歩かせておいて、まさか何も無い、だなんてことはないだろうねと。そうだとしたら、無駄足も良いところだ。
ざわざわと不安をぼやきながら、とうとう桟橋の先端にまで至った私たち。すると……。
「あれ……ミコト様、足元をご覧になって下さい! なんか階段っぽいのが海の中に続いてませんか?」
「! ホントだ。何だろうこれ、まさか潜れってこと……?!」
「困ります困りますー! 楽器を海水に浸すとか論外ですよ~!」
悲痛な訴えをするスイレンさん。無理も無いだろう。楽器ってデリケートって聞くしね。本当は潮風だって良くないんじゃないだろうか。
それで言うと私たちの装備品も、もしかして錆びついたりしないか心配になってきた。
できれば海水に飛び込むというのは避けたいのだけれど、かと言って他に何か、コレっていう怪しげなものがあるわけでもなし。
どう見てもこの下り階段こそが、桟橋がここまで伸びている理由だと思えてならなかった。
げんなりしつつ、しかし行かねば埒が明かないというのなら、やむを得ない。
私は二人に先んじて、一先ず一段踏んづけてみることにしたのである。
すると、その時だった。驚くべき変化が、私の目の前で生じたのだ。
「水が、退いてる……!? 魔法も使ってないのに、海水が道を開けてくれてるみたいだ」
「ひょっとして、濡れずに階段を下りられるってことですか~? ビックリな仕掛けですね~!」
「どんな景色が広がってるのかな……ミコト様、はやく下りてみましょう!」
アグネムちゃんの声に背を押され、私は更に一歩二歩と足を進めた。すると、一段下りる度に足元の水が退き、階段沿いにさながら水中トンネルでも拵えるよう、屈むでもなく余裕を持って通れる通路が、あっという間に出来上がっていったのである。
何というファンタジー。海中トンネルって前世にもあったけど、手を伸ばせば水の壁に触れられるような、メルヘンチックなトンネルだなんてものは存在しなかった。少なくとも私が知る限りでは。
だからこそ、感動も一入である。この技術はアイデアとしておもちゃ屋さんに持ち帰るとしよう。
ああいや、師匠たちなら既に実現していても不思議じゃないけどさ……海中の素材とかも採取してそうだしね。
ま、そんな事はいいのだ。今は目の前にあるこの、世にも珍しい景色を堪能するばかりである。
それにしても、意気揚々と階段を下っていくのはいいのだけれど。
段々と辺りの紺碧は濃度を増し、薄暗さを感じるようになる私たち。
当然だ。深海に光は届かぬもの。けれど、それと知らぬアグネムちゃんやスイレンさんは狼狽し。
軽く解説を入れてみても。
「水は透明なのに、光が届かないだなんてありえませんー!」
と、頑ななスイレンさん。アグネムちゃんは「ミコト様がそう仰るのなら、事実そうなのでしょう」と、崇拝組らしい納得の仕方で、こくこく一人頷いているけれど。
やがて、視界にも困るくらい闇が濃くなってきたのを認め、私たちは照明の魔道具を起動。
潮騒すら届かぬ深海へと、ゆっくりと下りていったのである。
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