第九二二話 ウェミ!

 モンスターの脅威度。

 マップスキルを介することで確認できる、簡易的な戦力の予想、ないしは分析結果であり、モンスターやダンジョンの脅威レベルを星の数で大まかに表してくれる、謂わば強さの指標となる評価点だ。

 私たちはそれを、モンスターの能力を示すバロメーターとして捉え、行動予定や作戦を立てる時なんかに、よく参考にしていたのだけれど。

 しかし今、私たちはその『脅威度』に対して、ちょっとした疑いを懐いていた。

 それというのも……。


「スキル一つで、モンスターの強さってこんなに変わるものなんだね……思えばこの篩の迷宮で出会ったエンドクラスのモンスターって、これまでろくなスキルを持ってなかった気がする」

「確かにそうかも知れません。心の試練で圧倒できたのって、敵の技量も勿論ですけど、スキルも不足してたからなんですね」

「それに引き替え、今のモンスターはちょっと厄介でしたね~。まさかただの物理障壁があれほど硬いとはー……」


 第一の課題を終え、洞窟を出た私たち。そうして迎えた最初のエンカウントである。

 出現したのはオークが一体。見た目で言えば、さして強そうなやつではなかった。何せ普通ならば雑魚に分類されるモンスターだもの。

 図体は人の倍程もあるため、駆け出し冒険者にとっては結構な強敵に当たるだろうけれど。

 しかし動きも反応も鈍く、技量も粗末なもの。攻撃の殆どが大振りなため、対処を誤らなければ大した脅威とはなり得ない。

 私たちにとってのオークとは、およそそういった手合だった。しかしだからこそ、強く警戒したのである。


 心の試練に於いて出現したのは、何の変哲もないゴブリンやスケルトンといった、オーソドックスというかポピュラーというか素朴というか。外連味のない種類ばかりだった。

 それでいてステータスだけは、赤の五つ星をも上回ると推定されるようなスペックを持っており。

 このオークもそうした、非常にナチュラルな種類のモンスターだった。なればこそ彼らと同様に、高いステータスを有しているのではないか、と。そう警戒したのである。

 結果として、私たちの読みは正しかった。無印オークにあるまじきスピード、パワー、タフネス。

 さりとて、相変わらず立ち回りは乱暴で、戦い方も粗末なものだったけれど。しかしただ一点、特筆するべき部分が見受けられた。それこそが、スキルだ。

 このオーク……いやエンドオーク、【物理障壁】を操ってみせたのである。


 無論、今更物理障壁なんて珍しいものではない。かと言って、奴の用いた物理障壁が何か特殊だってわけでもない。

 強いて言うなら……硬かった。とにかく頑丈な障壁だったくらいのもの。エンドクラスのモンスターが操るスキルは、どうやら想像以上に厄介なものとなるらしく。

 舐めて掛かったつもりこそ無かったけれど、奴をぶった斬るつもりで振るった剣は、物理障壁を斬るに留まり。

 そこへ間髪入れず繰り出された腕の大振り。尋常ならざるステータスから繰り出されたそれは、想像を上回る速度で迫ってきたのだ。

 スピードですらそんな具合なのだから、パワーに関しては言うに及ばず。直撃は下手をすると即死に繋がる。そういったレベルだった。


 とは言え、副腕を二本背負っている私にとって、斬撃一つ防がれた程度、さして大きな隙にはなり得ず。

 迫った拳を躱して、すれ違いざまに足の腱の切断。煩わしい物理障壁と格闘しながら、どうにか止めへ持っていったわけだ。

 正直に言って、想定外に時間の掛かった戦闘だった。苦戦と言うほどではないにせよ、スキル一つが奴の実質的な脅威度を底上げしていたように思えてならない。

 それで思ったのだ。星での脅威度表示って、もしかすると率直にステータスを基準にして決定されていやしないかと。

 スキルの使い方一つ、或いは持っているスキルの種類が際立っていた場合、下手をすると星評価以上の脅威度を発揮するのかも。

 実際過去に、「こいつ本当に◯つ星?!」って思ったこともあったしね。

 マップスキルを封じられている現状、星の数で脅威度を測ることは出来ないけれど。しかし逆に、ステータス平均で敵の強さを予想していると、痛い目を見ることもあるかも。……十分に注意する必要がありそうだ。


 ともあれ分かったこととして、どうやらエンカウントするモンスターの質が上昇し、苦戦を強いられる可能性が高くなってしまったことが挙げられる。

 やはり課題をクリアすると、その分攻略難度が上昇するらしい。こういうところまでゲームチックというか何と言うか……。

 尤も、ダンジョンも潜れば潜るだけモンスターの脅威度も上がるからね。それを思えば別におかしなことではない。

 それにまだ、手がつけられないってレベルでもないのだし、ランダムエンカウントにも大分慣れてきた。

 どのくらいの距離を移動したらエンカウントのリスクが警戒レベルに入るのか、というのが感覚的に分かってきたのだ。

 勿論思いがけず早い段階でポップが生じるってことも稀にあるけれどね。それにいきなり頭上や背後を取られたりとか。

 それでも、戦闘終了直後は大体安全だもの。気を常に張り詰めるのではなく、警戒レベルが上がるに連れて徐々に気を張っていく。そうしたスタイルに順応してきたわけだ。


 程よく警戒しつつ、私たちは地図に従い歩き続けた。野を越え山を越えとは正にだ。

 けれど、流石に日没までに目的地へ至ることは叶わず。已むを得ず二度目の野営である。

 恐らくはニセモノだろうに、星が綺麗だった。迷宮の外は冬真っ盛りだっていうのに、そう言えばここは全然寒くない。

 モンスターさえ出なければ、理想的なキャンプになったかも知れないね。



 ★



 翌日、時刻はやがて午前一一時を回ろうという頃。

 私たちは三人揃って、白い砂浜に立っていた。眼下に広がるのは見渡す限りの青。大海である。

 寄せては返す波打ち際には、プラゴミの一つもありはしない。元地球人からすると、透き通ったその景色は見た目以上に眩しく思えた。


 して。海風に煽られながら、改めて地図を確認する私たち。周辺の地形を見比べてみても、どうやら示されているのはこの辺りで間違いないようだ。

 なれば早速、怪しげなものや場所はないかと探索を進めたいところだけれど。しかし、どうやらその必要はないらしく。

 見るからに際立ったものが、既に私たちの視界に侵入を果たしているのだ。


「ららら~るる~はんはは~ん♫ 海風が~うざいよ~るるる~♪」

「ちょっとスイレンさん、いつまで歌ってるのさ。調査を進めるんだよ。もしくは鍛錬!」

「すごいですミコト様! 絶景です! ちょっとだけ海に入ってみたいんですけど、ダメでしょうか……?」

「ダメじゃないよ、行っておいで。エンカウントには気をつけるんだよ」

「む。ちょっとミコトさんー、私にもお小言以外を下さいよ~! たまには歌を褒めてくれたっていいんですよ~?」

「だって歌詞がなぁ……投げやりなネタに走ってたもの。もっと頑張りましょう。いつもはちゃんとしてるじゃん」

「絶景を前に浮かれているんですよ~。私もちょっと波と戯れてきますね~」


 思えば、白い砂浜っていうのはイクシス邸となかなかに縁遠いんだよね。距離的にさ。

 湖ならともかく、海だもの。潮騒が気持ちを高揚させるのかも知れない。アグネムちゃんもスイレンさんも、何時になくハイテンションだった。

 幸いついさっきエンカウントしたばかりだから、暫くはモンスターが出る確率も低いだろう。

 とは言え、二人と距離が開きすぎては、いざっていう時に危険だもの。私も彼女らに倣って、ひとはしゃぎしておきますかね。

 視界の端に映る、見るからに怪しい桟橋の調査は後回しである。


 というわけで、たっぷり一時間ほど海辺ではしゃぎ倒し、その勢いでお昼はバーベキュー。

 時折現れるモンスターにもきっちり対応しつつ、一時のレジャー気分を堪能した私たち。

 試練の最中なのに、気分はバカンスとか……減点対象に数えられなきゃ良いんだけど。

 なんて、心の隅でこっそり怯えつつ、食休みを終えたならいよいよ活動再開である。

 時刻は午後一時も半ばほど。刺すような日差しに照らされながら、私たちは桟橋の前で意見を交わす。


「やっぱり怪しいと言ったらこの桟橋くらいのものだよね。他に何かそれっぽいものとか見かけたりした?」

「いいえミコト様。見た限り課題らしきものも、メッセージウィンドウも見当たりませんでした」

「それにしても、これって本当に桟橋なんですか~? バカみたいに長いですよ~。先端が見えませんもん~」


 スイレンさんの言うとおり、この桟橋が怪しいとする根拠は正に、その異様な長さにこそあった。

 水平線にまで届いているんじゃないかと思えるほどに、真っ直ぐどこまでも続く桟橋。

 海上に伸びる歩行用の一本道というのは、何とも独特の趣深さがあって、怪しくはあれど心躍る景色にも思える。

 そこに如何にもな道があるのならば、実際歩んでみる他無いだろう。地図もきっと、これを示しているのだろうしね。


「んじゃ、行けるところまで行ってみますか。でもエンカウントが恐いな……」

「ですね。それにもしかすると、海洋系モンスターの出現もあり得るかもですし。そうなると厄介です」

「でもでも~、闘技場みたいにエンカウントしない場所かも知れませんよ~?」

「確かにね。だけどこういう足場の悪い場所での戦闘って、如何にも『技の試練!』って感じしない? だとすると、やっぱりエンカウントは警戒しておいたほうが良いよ」


 私の言葉に、渋い顔をするスイレンさん。しかし納得はしたようで、楽器を握る手に少しばかり力が入った様子。

 アグネムちゃんも表情を引き締め、覚悟が決まったと見える。それを認め、私たちはいざ桟橋の上へと踏み出したのだった。

 柵も手すりもない、人ひとりすれ違える程度の幅をした、心許ない一本道。

 傍らの水面を眺めていると、足元がたわんでいるような錯覚を覚える。ふらふらと海に落っこちそうで恐ろしい。まぁ、落っこちたところで登ればいいだけの話ではあるのだけど。

 それでも、なるべくなら踏みとどまって踏破したいものである。一度も落ちなければボーナスが与えられたり、なんて可能性も無いわけじゃないのだし。

 なんてことを話題にしながら、コツコツと足音を鳴らしつつ黙々と歩んでいると。


 とうとう恐れていた、海上エンカウントが発生したのだった。

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