第九二五話 挑戦への一歩
とうとう見つけた第二の課題。その名を『水面の守護者』……なんかかっこいい称号のような名前だけれど。
しかしその内容はというと、要するに水の入ったグラスを持ったまま、アスレチックをクリアしつつゴールを目指すっていう、思ったより地味なものだった。
しかもスキルや装備の特殊能力の使用が禁じられてるってんで、ますます絵面としては大人しいものになりそうな予感。
まぁ、それはいいんだ。別に派手じゃないからって困るわけじゃない。むしろアスレチックだなんて、第一の課題に比べたらまだ安全そうじゃないか。
だから、内容に文句があるわけではない。問題なのは、そう。
「い、嫌ですよー……? 絶対コレ、私向きの課題じゃありませんし~! 何度失敗するか分かったもんじゃありませんって~!」
「そうは言うけどスイレンさん、スキル禁止ってことはつまり、私完全装着も使えないってことなんだよ? そうすると多分、クリア自体不可能だと思うんだ。アグネムちゃんには挑戦権が無いし、ここはスイレンさんだけが頼りなんだよ!」
「そうだよスイレンさん! 駄々こねてないで、さっさと挑戦して、ぱっぱとクリアしちゃいなよ! 大丈夫大丈夫、スイレンさんだってステータス的には十分超人なんだから!」
「正論を言えば私が従うとでも思ってるんですか~!? 自信がー! 自信が無いんですよ~!」
これである。
課題の内容を鑑みるに、今回戦力になるのはスイレンさんを於いて他にない。
何せ、【完全装着】というスキルを封じられてしまえば、私はへっぽこステータスしか持ち合わせない、非戦闘員そのものだもの。
って言うかそれ以前に、完全装着はオフに出来ないタイプのパッシブスキルだからね。
つまるところ、私が挑戦しようとしたら、その瞬間失敗扱いを食らうってわけだ。
もしかすると強制的にオフにしてくれるのかも知れないけども、それはそれでクリアが絶望的だし。
対してスイレンさんは、チームミコバトの中でもガチガチの後衛で、しかもサポートメインの立ち回りに特化しているため、当人の言うように体を動かすのは苦手な部類に入るだろう。
しかしそうは言えども、あくまでそれはチームミコバトっていう超人を集めたような集団の中では、というお話。
たかがアスレチックごとき、今の彼女のステータスがあればどうということはないはず。
尤も、第一の課題の難度を鑑みるに、あながちそうとも言い切れないっていうのが、不安要素ではあるのだけど。
だとしても、スイレンさんを出す以外の選択肢は、ぶっちゃけ無いに等しいのだから仕方がない。
「大丈夫だよスイレンさん、何万回失敗しても怒らないから! 出来るまでやればいいのさ!」
「万単位の失敗を想定してるんですかー!? それはそれで心穏やかではありませんけど~?!」
「はいはいわかったから、頑張ろうねスイレンさん。私が背中を押してあげるよ、物理的に」
「ぎゃ~! やめて下さいやめて下さい、せめて自分のタイミングで行かせて下さい~!」
グイグイとアグネムちゃんに押しやられ、あれよあれよと広場の中央、何やら丸っこいマークの刻まれたその上に足を乗せるスイレンさん。
すると、その瞬間である。彼女の踏んだ印は青の輝きを放ち始め。
かと思えばスイレンさんの目前に、何所からともなく光の粒子が集って、足場らしきものを形成し始めたではないか。
と同時、スイレンさんの右隣へ背の高い洒落た丸テーブルが作り出され、天板の上には水の入った美しいグラスが一つ。
気になる水の量はと言えば、別に並々というほどでもない。縁までは多少余裕のある、常識的な注ぎっぷり。そこはかとない優しさを感じる。駄々をこねた甲斐があったというものだろうか?
何にせよ、これなら持って歩くのも難しいって程ではないはずだ。その点は一安心。
されど、それってもしや、その分アスレチックの難易度が高いって事になりはしないだろうか?
一抹の不安を抱え、生み出されたアスレチックへと視線を向けてみる。すると……。
スイレンさんの目前より、それは階段状に伸びていた。
渦を描くよう、ぐるぐる、ぐるぐると。幾重にも歪な円を重ね、少しずつ足場は高さと円周を増していく。
支えとなるような支柱はなく、全部が全部宙に浮かんでいる。中には風もないのに揺れているものや、規則正しく左右に揺れる、振り子やギロチンの様子も見て取れる。
この広大な広場をいっぱいに使わねば気が済まない、とでも思っての設計だろうか。
執拗なほどに渦巻きは続き、あたかも天国へ続く一本道のように、ひたすら傾斜が設けられている。
ゴールは遥か高み、天井の水面に手の届きそうなほどの彼方。蚊取り線香よろしく、渦巻状にぐるぐると登り続けて、およそ広場の端っこに当たるのがきっとゴール地点なんだ。
なんだか思ってたより体力勝負になりそう。スイレンさんがあんなに渋ったのは、もしやこれを予感していたのだろうか。恐るべき危機察知能力。
尤も、退路なんてものは元より存在しないのだけれどね……。
「む、無理ですよぉ~! なんですかこのバカみたいな規模はー! 設計者は挑戦者のことなんてなんにも考えてないに決まってます~! エアプ! エアプってやつに違いありません~!」
「これだけの道程を、アスレチックをクリアしながら……しかも水をこぼしたらやり直し。アスレチックで足を踏み外してもやり直し……」
「万の失敗も、あながち冗談じゃ済まないかもね。まぁ気長に頑張ろうスイレンさん」
「他人事だと思って~! もっと同情して下さい~! お慈悲を~!」
慈悲を求められても困る。残念ながら、賽は投げられてしまったのだから。
幸いなのは、第一の試練のような障壁が発生しなかったこと。なんなら彼女と一緒に登り進めることだって可能なんじゃないだろうか?
もしそうなら、色々と手助けができるかも知れないけれど。まぁ流石に、そんな甘いはずもないか。
一先ず、一頻り泣き言を喚いたスイレンさんが、どんよりしながらグラスを手に取り、トボトボと出発するのを見送る私とアグネムちゃん。
長い長い挑戦となるであろう、第二の課題。水面の守護者への、記念すべき第一歩。
ガッ、と。つま先が段差に引っかかり、つんのめるスイレンさん。右手に持ったグラスの中身が、荒ぶる荒ぶる。
バシャリと、半分ほどの水がグラスより飛び出し。光の床をキラキラと跳ねた。
私の目には、それがなんだかスローモーションのように見えて。彼女の情けない悲鳴すら、間延びして聞こえた気がした。
瞬間、ぱっと消え去る光のアスレチックたち。形あるものが霧散するように失せる様は、とても幻想的に感じられた。
けれど惚けている場合などではなく。水が溢れ、アスレチックが消え失せた。それの意味するところとは即ち、挑戦の失敗を指しており。
必然、私たちに降りかかるのはペナルティエンカウント。
出現したのは、巨大なタコ……いや、イカ……? 吸盤の付いた触手の如き足が、八本と言わず、十本と言わず、うねうねと蠢いてはこちらへ襲い掛かってくる。
狙うべきは無論、全ての足が根本。即ち奴の頭部である。視線で吸盤の羅列を遡っていったなら、そこには見事な貝殻が備わっていた。
公園の遊具並みに巨大な殻である。そこからぎょろりと、タコともイカともつかない目が二つ覗いており、ヌメヌメした足が鞭のように振るわれる。
クラーケンってやつだろうか。だとしたら、海洋モンスターの中ではポピュラーな部類に入るのか。
ってことはこれも、エンドモンスターって認識でいいのかな? まぁ、ポピュラーの基準を前世知識に委ねるってのはおかしな話だけども。
何にせよ、エンドモンスターならば注意が必要だ。殊更スキルは、できるだけ使わせぬ内に止めを刺したい。
スイレンさんがデバフをかけ、アグネムちゃんが殴ることで更に負荷によるデバフ。
劇的に動きの鈍くなったクラーケンに対し、私は勢いよく飛びかかり。殻からほど近い位置に剣尾を突き立てる。
自ら患部を抉り取るくらいのことが出来なければ、これで大体決着だ。あとは毒が奴の中身を食い尽くすまで待つだけ。
殻を蹴って飛び退ったなら、しかしそんな私めがけて水弾がけしかけられる。
水魔法。しかも威力がえげつない。水の圧縮率と弾速が、これまで目の当たりにした水弾の中でも図抜けているように思える。狙いも正確だ。
けれど、こんな時のためのブースターである。副腕を変形させ、クイックブーストにより空中回避。
すると即座に、ヘイトを私から外してアグネムちゃんたちへ向けるクラーケン。スイレンさんのデバフがかかっているはずなのに、切り替えが速い。っていうか、もしや痛覚が存在しないのだろうか?
今現在も体の内側を喰われているはずの奴は、しかし苦しむ素振りの一つも見せず、二人へ向けて水弾を撃ち出した。
対し、アグネムちゃん。スイレンさんを庇うよう位置取った彼女は、目にも留まらぬ速度にて迫る弾を【ファストフィスト】を駆使して見事に受け逸してみせた。
水の弾を爆ぜさせることなくやり過ごせたのは、もしや第一の課題による力加減が活きてのことだろうか?
何にせよ、ファインプレーである。口惜しいのはやはり、スキルが封じられているせいでカバーが間に合わないこと。
急ぎ地上に降り、アグネムちゃんと一緒に防戦へ転じる。
するとその甲斐あって、暫くの後にパタリとクラーケンからの攻撃が止み。かと思えば、巨大な貝殻がドシンと横転。
程なくして、奴は黒い塵へと還るのだった。
他に敵影が無いことを確かめ、戦闘態勢を解く。思いがけない敵の厄介さに、私たちは幾らか顔を強張らせて感想を言い合った。
「今のと同等のモンスターと、数万回も戦うのはちょっと勘弁願いたいな……」
「ですね。って言うかスイレンさん、一歩目からコケるってどういう事!? 幸先が悪いどころの話じゃないよ!」
「あう~……それに関しては、返す言葉もありません~。でもでも、私も戦闘に参加できたっていうのは朗報じゃないですか~?」
話を逸らすためとはいえ、彼女の言う朗報とは正にだった。
どうやらこの第二の課題に於いては、ペナルティエンカウントでの戦闘に、課題挑戦者も参戦できるらしい。
「とは言え、スイレンさんは体力勝負になりそうだしね。あまり戦闘で当てにするのは良くないのかな」
「いえいえー、ストレス発散がてら演奏できるのでー、寧ろじゃんじゃんお手伝いしますよ~」
「分かるよスイレンさん。失敗すると、精神的にしんどいもんね……」
「う。わ、分かってるのならあまり責めないで下さいよ~……」
そんなこんなで、気を取り直したならば再チャレンジである。
一度ミスったことで余計な力が抜けたのか、先程よりもしゃんと背筋も伸び。
相棒たる楽器を背中に回したなら、両手を使える状態にし、いざいざ再び印の上へ。
出現した遙かなる渦巻き階段、及びアスレチックへと、スイレンさんは再び踏み出していったのである。
「スイレンさんグラス! グラス忘れてる!」
「あわわ、そうでしたー!」
「……大丈夫かな……」
なんか、先行き不安である。
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