第五九三話 実戦投入

 ここまでの戦闘で見えてきた、カオスラットの能力。


・カオスラット本体が滅んでも、子ラットが無事ならそれとなり変わることが出来る。

・子ラットを幾らでも生み出すことが出来る。恐らく『増殖』系の能力を持っている。

・追い詰められるほどステータスが上昇する。

・様々な属性の魔法を行使出来る。

・魔法を食べることで、吸収することが出来る。

・子ラットを操り、攻撃にも利用出来る。

・子ラットたちと合体することで、巨大な姿へ変身することが出来る。

・合体した姿でHPが0になっても、本体だけは生き延びる事が出来る。


 これらを念話にてモチャコたちへ伝えたところ、返ってきたリアクションはまぁげんなりとしたもので。

『何さそれ、無茶苦茶じゃん! どうやって倒すのさ!』

『グラグラ!』

 と、抗議すら送ってくる始末。


 そこで私は、次に対応策も伝えることに。

 能力を分析できたなら、後はそれらを冷静に一個一個潰していけばいいだけの話である。


『子ラットに関しては、私が何とかするよ。モチャコとゼノワは本体をお願い』

『それはいいけど……大丈夫なの?』

『ガウ……』

『子ラットを全部倒せば、カオスラットの逃げ場はなくなる。そしてモチャコの攻撃はカオスラットを一回焼き切った実績があるもの。それぞれの役目を全うできれば、多分問題なく倒せるはずだよ。ただ……』

『ただ、なにさ?』

『今のはまだ子ラットが大量に残った状態だったからこそ、カオスラットを押し切れたのかも。私が子ラットを削れば、それだけカオスラットは強力になっていくから、次はもっと強い火力が必要になると思う』


 カオスラットは、窮地に陥れば陥るだけ力を増すらしい。

 なれば奴が最も力を発揮するのは、子ラットが全滅し、合体も解除され、あらゆる保険が失われたその時に違いない。

 もっと言えば、止めの一撃を目前にしたその瞬間だろうか。

 そこに至った時、奴がどれほどの力を手にするか。正直ちょっと想像がつかない。

 その点ばかりは、最大限に警戒するべきタイミングだと言えるだろう。


『だから取り敢えず、奴の合体を解除するまではモチャコたちに頑張って欲しいかな。最後は私も加勢するから、協力して止めを刺そう。もしそれでダメでも、イクシスさんっていう後詰めも手配済みだし、思い切りやろう!』

『なるほどね、了解だよ!』

『グラ!』


 念話による話し合いは斯くして済み、改めて私たちはカオスラット攻略戦を再開したのだった。


 モチャコの生み出した光の柱により、一度は本体を消し飛ばされたカオスラット。

 さりとて立て直しは異様に速く、一〇秒とせずに合体まで終えた奴は既に、元気いっぱいにヒュンヒュン飛び回るモチャコめがけて執拗に魔法を放っている最中だった。

 どうやら彼女の一撃は脅威になり得ると判断してのことらしい。

 幾重にも生き延びるための手段を有し、準備しているくせに、何とも用心深いことである。

 そう言えばこっそりとばら撒いていた子ラットを私が処理したときも、目くじらを立てて敵視してきたっけ。

 その臆病とも言えるほどの慎重さこそが、奴の特徴なのかも知れない。


 厄介でこそあれ、卑怯などとは言うまい。安全マージンってやつだ。奴のそれが、他に比べて相当に分厚いと言うだけ。

 言い方を変えるなら、それだけ頭が回るということでもある。

 ネズミは賢しいと言うけれど、どうやら事実のようだ。

 がしかし、勝負は賢さだけでどうにかなるものではない。


 ぶっちゃけ一番大事なのは、相性だ。

 三竦みが良い例である。勝てない理由というのは何処にでも転がっているもので、それを上手く揃え使いこなした者ほど手堅く勝ちを手に出来る。

 そして、相性で勝つために必要なのは、分析力である。

 その点はどうやら、私の得意分野のようで。

 私はモチャコたちに先んじて、遠距離から早速と魔法を行使したのである。


『今こそ見せようじゃないか。鍛錬用のそれではなく、実戦用の連鎖魔法。己が尾を噛む竜になぞらえた、新たなる遠距離戦闘スタイル!』


 天よりズドンと、閃いたるは雷。

 五感に優しくないそれは、それ一つで子ラットたちの目を焼き、肌を焼き、耳や鼻をダメにし、あまつさえ全身を痺れさせ自由さえも奪ってみせた。

 無論、子ラットのすべてを無力化したわけでこそ無いが、影響を受けた個体は大半に上ったことだろう。


 けれど、それは当然始まりに過ぎず。

 雷の余韻。己が魔力の残滓。

 私はそれを捉え、新たなる起点としたのである。


『行くよ、【ウロボロス】!』


 雷を受け、その身に電流を浴びた子ラットが果たしてどれ程居たものか。

 謂うなればそれらは、私の魔力の残滓を漂わせる、新たな起爆ポイントであり。

 次の瞬間、帯電した全ての子ラットたちが勢いよく爆炎に呑まれたのである。


 これで塵に還ったものは、全体の四割と言ったところか。

 さりとて、まだまだここからである。

 爆発により飛び散った魔力の残滓は、更なる魔法の起点となり。

 次に奴らを襲ったのは、指向性を持たせた冷気。

 一瞬でその身を凍てつかせるほどの、尋常ならざる冷たき風は、爆炎の直後に生じ子ラットたちへと更に襲いかかったのだ。


 これにより、子ラットたちが化けてみせたドラゴンヘッドは、その内部に至るまで氷結。

 よくあるコミック調の表現で、対象が氷の中に閉じ込められるような凍り方などでは勿論無く。

 体の芯まで冷凍され、さながら冷凍庫に長時間放り込まれたかのような凍てつきっぷりを披露したのである。

 そして。

 冷気は次いで音魔法による振動へと変じ。

 振動は氷結した子ラットらを押し並べて粉砕したのである。


『う、うわぁ……』

『ガゥ……』


 モチャコとゼノワから、何だか引いたような声が念話に乗ってやってくる。

 が、まだまだだ。


 音魔法により生じた、その音を聞いた耳。

 そこに僅かにこびりついた、私の魔力の残滓。

(いやぁ、ウロボロスと音魔法の組み合わせは最強かも知れないな)

 なんて心の中で自画自賛しながら、私は次なる魔法のトリガーを引いたのである。


 耳の奥にて始めに生じたるは、極めて小さく堅い鉱物。

 それはムクムクとたちどころに成長を見せ、数瞬の後には大惨事を引き起こした。

 さながらウニか、或いはクリの棘か。

 四方八方デタラメに、鋭く硬い無数のトゲをジャキンと伸ばした耳奥の石は、情けも容赦も躊躇いもなく、子ラットらの頭部を内側より突き破ってみせたのだ。

 まぁ……グロである。

 幸いだったのは、あっという間に彼らが塵へ還ったことか。


 更には、育った棘は爆ぜるように放射状に勢いよく飛び散り、子ラットの残党にもダメージを与えた。

 そして。

 放たれた棘は、更なる魔法の起点となり。


 斯くして私の連鎖魔法ウロボロスは、瞬く間に子ラットたちを蹂躙、駆逐していったのである。



 そんなあんまりな光景の傍らで、モチャコとゼノワも自身の役目を果たすべく、精霊魔法を振るっていた。

 いや、正しくは違うか。

 精霊魔法を行使していたのは、ゼノワだけである。

 ではモチャコは何をしていたかと言えば。


『ごめんゼノワ、少しだけ時間を頂戴。その代わり、いいもの見せたげるから!』

『ガウ?』


 ゼノワへ一時カオスラットへの攻撃を任せ、いそいそと一人後ろへ下がったモチャコは、とある精霊術を行使し始めたのである。

 手始めに、宿木を解除したモチャコ。

 そうして彼女は徐に、自身のカバンを空へ向けて高く掲げた。

 カバンの口は大きく広げてあり、一見すればその中に太陽光でも取り込んでいるように見えた。


 だが、そんな私の見解は随分と見当外れだったことに、直後気付かされたのである。

 何故なら、彼女が叫んだから。

 長い付き合いの中で、たまにちょろっと聞いたその名を、モチャコは高らかに叫んだのだ。


「来て! ラナク・ラティエ!!」


 直後だった。

 モチャコの掲げるカバンの口が、ギャグ漫画もかくやと言わんばかりに、グワッと何十倍、いや何百倍程も大きく広がり。

 そこから、ズモモモモモととある物体がゆっくりと顔を出したのだ。


 彼女の呼んだその名。

 それは、おもちゃ屋さんでの修行中などに時折耳にした、モチャコの契約精霊の名であり。

 そしてゆったりと現れいでた、山のように巨大でいて、しかし形に一切の歪みもない、その何処までも透き通った透明な水晶は即ち、『媒体』であった。


 そう。

 これより始まるのは、目下ゼノワが特訓中の精霊術。

 精霊に肉体を与える、妖精の用いる神秘が一つ。


 とどのつまり、師匠の繰り出す『絡繰霊起』が手本に他ならなかったのだ。

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