第五九二話 生き汚い

 戦いは数だよお兄ちゃん!

 だなんて言葉もあるように、数の暴力というのはそれだけで脅威となる。


 たった一匹でも、そこらの三つ星モンスターを凌駕するほどの耐久力を誇る子ラット。

 それが、数えるのも馬鹿らしくなるほど大量に、カオスラットよりドバッと溢れ出したのである。

 その光景たるや、さながら洪水の如くあり。奴を中心に全方位へ向けて一斉に生じた子ラットの波は、瞬く間に荒涼たる地面を覆い尽くさんほどだった。

 もし呑まれでもすれば一溜まりもないだろう。


 さしものモチャコも、これを目の当たりにしては動揺を隠しきれず、動きにも雑さが交じる。

 かくいう私だって、驚きは禁じえない。

 よもや子ラットをここまで大量に生み出すことが出来たのかと……。

 っていうか、これは生み出すとかいう話ではないのではないか。

 感覚としては、そう。


(オルカの黒苦無が『増殖』する感じに近い……?)


 放っておくと、どんどん増えることで有名なGとネズミ。

 一匹見かけたら三〇匹はいると思え。だなんていうのは、昔から伝わる有名な言葉だった。

 それくらいネズミは、増えやすい。

 もしもこのカオスラットが、そんな特性を強化したような能力を有しているとしたらどうだろう。

 そうしたら、この大量の子たちにも説明が付くような気がする。


 そこでふと、ゼノワの魔法にて子ラットの一部が塵に変わる様を確認した。

(分身、ではないみたいだね。やっぱり『増えてる』って認識で正しいみたいだ)

 しかし仮にアレを、『増殖』とするなら、増えたラットたちが本体とは比べるべくもないほど小柄な理由がよく分からない。

 増殖ではなく、大量の子を生み出すスキル、というのであればまぁすんなり通る話でもあるのだけれど。

 しかし増殖だった場合、もう一個仮説を立てることが出来る。

 即ち。


(カオスラット本体。アレってもしかすると、『真の姿』ではない……?)


 脳内を過ぎったのは、某有名RPGの代表的なモンスター。憎み難い顔をした青いスライム。

 それが、ぴょんぴょんと複数体積み重なって、大きなスライムへと『合体』する様子である。


 考えてみれば、どれだけ攻撃を受けても崩れないアイツの余裕。

 ひょっとするとそこには、『いざとなれば合体を解除して立て直せる』という、子をばら撒くのとは別の保険があった可能性も低からず存在しているのではないだろうか。

 それに、仮に子に本体を移したとして。

 その瞬間子の一匹が、あんな巨体へ一瞬で変化するとも考え難いのだ。

 仮にそれが出来るとしても、変化には多少の時間を要するはず。

 それは決定的な隙であり、敵を目の前にして余裕を持てる理由とは思えない。

 ……つまり。


(カオスラットの本体は、子ラットと同じサイズである可能性が高い。そして、仮にあの大きなカオスラットのHPを削りきったとしても、本体だけは生き延びる可能性もある。しかも、自己バフをてんこ盛りにして)


 ガッツスキルの有無は未だ不明なれど、合体したカオスラットを倒しても本体が生き延びる仕組みなのであれば、それは実質ガッツスキルも同義である。

 それでいて更にガッツも持ち合わせているのだとしたら、それはもう二回まで致死量ダメージを耐えきるシステムってことじゃないか。

 そりゃ余裕も生まれようというもの。

 加えて子をばら撒いておけば、本体がやられたとしても滅びることはない。

 生存特化型の能力である。


 まぁ勿論、これは今のところ推測でしか無く、検証不足も甚だしい空論だ。最悪の想定、とでもいうべきもの。

 けれどもし、これが正鵠を射ていたのだとすると……。


『……徹底的に潰さなきゃ』

『! な、何さミコト、突然物騒なこと言って』

『グラ……』

『え、あ、ごめん。ちょっとね……嫌な想像をしちゃって』


 うっかり思考が念話に漏れてしまった。

 モチャコたちには引かれてしまったけれど、已むからぬことだろう。

 どんな可能性も、根っこの部分は脆弱なものだ。

 ならば可能性が実現の芽を出す前に、根本から潰してしまえば問題なかろうなのだ。


 つまりは全ての子を先に潰し、ガッツ対策に大技には継続ダメージ、或いは連撃を強く意識。これでカオスラットの攻略は叶うはず。

 一番良くないのは、大技を撃って消耗したのに奴が何食わぬ顔で復活を遂げるって展開だもの。そうさせないことこそが肝要。

 先回りして、打てる手を打っておく。予め来ると分かっている脅威なら、対処だって相応のものが用意できるってわけだ。

 まぁ読みが外れていた場合、目も当てられないけど。それでも今は、自分の予想が的外れでないことを信じて行動する他ない。


 一先ず、最初は子の処理からだろう。

 アレが一匹でも生き延びていると、それがイコールでカオスラットの残機になり得る。

 って考えると、エゲツない能力だ。

 確証にこそ至っていないけれど、そうした恐れがある以上潰すに越したことはない。


 なんて、黒宿木を再発動した上で魔法をぶっ放しながら思案していると。

 今なおもりもりと子を量産し続けるカオスラットに、更なる動きが見られた。

 いや、正しくはカオスラットでなく、奴の子たちが動いたのだ。

 子ラットたちは、さながら一つの個を形作るかのように折り重なり、見事な造形を成したのだ。

 それは、ドラゴンを思わせる巨大な頭部。

 地よりニョッキリと生えたように見えるそれは、次の瞬間モチャコめがけて襲いかかったのだった。


 そのあんまりな異様に、普段直接の戦闘とは縁遠い彼女は、思わず呆然と静止してしまった。

『モチャコ!』『ガウガウ!』

『っ!』

 だが、それも一瞬のこと。

 心眼にて彼女の異変を感知し、念話にてその名を呼んでやれば、直ぐに我に返って距離を取るモチャコ。

 何せ光の速さである。当然子ラットにモチャコを害することなど叶わない。

 これには流石に、忌々しげな感情を迸らせるカオスラット、そして子ラットたち。


 戦況はさながら千日手。

 生き延びる手段に長けたカオスラットは、このまま生半可な手を打ち続けたのではきっと仕留め切れないだろう。

 もしかすると他にも手を隠している可能性すら残っている。なれば状況を見極めて、何処かで大技をしかける必要がある。

 そのタイミングが掴めない以上、決定的な有利は握れないっていうのが現状だ。

 かと言ってモチャコは、逃げに関して凄まじく。尋常な手段では彼女を捉えることなど叶わないはず。攻めあぐねているのは向こうも同じ。


 私やゼノワからの攻撃だって、あれ程の数の子ラットで身を固められたんじゃ、流石に本体を害すのは困難だ。

 まして、削れば削るだけ本体は力を増してしまう。

 逆に言えば、大量の保険を配置している今のカオスラットは、ほぼ自己強化の恩恵にあやかれていないものと考えられるけれど。

 かと言って今、ピンポイントで本体を攻撃し、仮説の一部を証明することに成功したとしても、消滅した本体が子ラットの何れかに乗り移る可能性がある。

 そうすると必然、戦闘は長引き。

 先に息切れを起こすのは十中八九こちらになるだろう。結果として、現状が維持されると不利を被るのは私たちだろうか。


 けれど、こちらにだって奥の手はある。


 今現在、厄介なスライムに手を焼いているイクシスさんも、しばらくすれば駆けつけてくれることだろう。

 そうなれば、如何に奴の生存能力が高かろうと、きっと意にも介さないはずだ。

 何せあの人の力は、未だに底が見えないから。

 つまるところ、私たちの息切れを待つのが奴の狙いだろうと、それは却って自身の首を絞めることになる、というわけだ。


(こっちは奴の逃亡にだけ気をつけて、イクシスさんの到着を待ちさえすればそれで片がつくのだ。そうとも知らずカオスラットめ、持久戦の有利を信じているだなんて。ふふふこの勝負、勝ったな! がはは!)


 だなんて、内心そんなフラグめいたことを考えていると。

 不意にモチャコのつぶやきが、念話を通して聞こえてきたのである。


『……コイツ、自分の子を何だと思ってるのさ……っ』


 直後、急速に高まるモチャコの精霊力。

 そして。


 天空より降ってきた巨大な光の柱が、唐突に子ラットたちの発生源を穿ったのだ。

 即ち、カオスラットを狙った強烈な一撃である。

 それも一瞬で終わるような攻撃ではない。照射だ。

 さながら敵を確実に屠る、神の怒りが如き凄絶なる光。

 否、神ではなくそれは、モチャコの怒りそのものというべきだろう。


『子供』というものに親しみを持つ彼女は、己の『子』を蔑ろに扱うカオスラットに対して、強い憤りを感じたようだ。

 正しい意味で『子』と言っていいのかは定かじゃない子ラットたちだが、モチャコにとってはどうやら些細な問題らしい。

 自らが産み落とした命を、蔑ろにする。そのことがモチャコの逆鱗に触れたようだ。


 それでも、子ラットはモンスターである。ましてベイダの町を襲い、住民を、町の子たちを害した奴らへと力を振るうことに、躊躇うつもりはないらしい。

 が、その内心は複雑なのだろう。それも含んでの怒りである。


 そして、図らずもそんなモチャコの攻撃は、私の立てた仮説の検証に一役買ってくれることとなった。


 周囲の子ラットをも巻き込みながら、蒸発したカオスラット。

 照射による激烈な継続ダメージは、カオスラットの巨体を呆気ない程容易く焼き切ったのだ。

 さりとて。

 その過程には、興味深い拮抗があった。


 光の柱にカオスラットたちは、僅かな間なれど確かな抵抗を見せたのだ。

 そう、柱へと喰らいつくことにより、その無効化を図ったのである。

 だが結果は、精霊魔法の前に屈したカオスラット。幾らかは確かに食うことで無効化に成功したらしいが、ダメージ比率のほうが圧倒したらしい。

 これが通常の魔法であったなら、きっと結果は違ったのだろうけれど。


 更に言えば、カオスラットの巨体が破壊された際、私の見間違いでなければ、その中から奴の本体が姿を現したように見えた。

 まぁこれも、光に焼かれて消滅したわけだが。

 ……それにしても。


『?! 小さいのが、消えない!』

『……やっぱりそうか』

『グァ!』


 本体を失ったにも関わらず、消滅しない子ラットたちに驚くモチャコ。

 するとゼノワがいち早く、子ラットたちの中に異様な気配を見つけたらしい。

 マップにもその存在は確かに映っていた。

 赤の四つ星、カオスラットの反応は案の定、子ラットの一体を乗っ取り、すげ替わったのである。


 それは即ち、残機の証明。

 ばかりか、忽ち周囲の子たちと合体して巨体の再生までしてみせた。

 モチャコは怒り任せの大技にて、どの程度かは不明なれど消耗を強いられた。悪い予感程よく当たると言うが、正にという感じだろうか。


 私は急ぎ、モチャコとゼノワへ向けて、奴の能力に関する考察を念話で共有したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る