第五九一話 秘策!

 時は少し遡り。

 念話による緊急連絡を受けたイクシス。

 すぐに向かうと返答した彼女はしかし、思いがけず目の前のモンスターを相手に手こずっていた。


 例によって、レッカとスイレンを伴った討伐依頼の消化にやってきていた彼女。

 訪れたのはとある湿地。

 およそ膝下ほどまである水位が大雑把に広がり、深いところでは軽く全身が浸かるほどの非常に歩きにくい土地だ。

 陸地には背の高い草が青々と茂っており、独特の景観を築いている。

 空の青が反射して、まぁ如何にも風光明媚ではあるのだけれど。


 さりとて、そんな場所にも当然モンスターは居り。

 主に見受けられるのはリザードマンや半魚人といった、水陸問わずフィールド適性を持ったものの他、水生モンスターなどだ。

 ちなみに半魚人とは言うが、人魚とは大きく異なっている。

 人型の魚、と言ったほうが表現としては適切だろう。

 中には、普通の魚に人間の手足が生えたような、不気味なものも居るようだ。


 しかし普段ならそこら中に屯しているようなそれらのモンスターたちも、今ばかりはその鳴りを潜めていた。

 それというのも他でもない。

 近頃この辺りで大暴れしていた、突然変異のモンスターと、勇者イクシスによる戦闘の巻き添えを嫌ったからである。

 モンスターにも一応は、生存本能だって備わっている。

 どう足掻いても勝てない相手には、その敵対衝動すら押し殺して尻尾を巻くことだってある。


 故にこそ、普段であれば痛いほどの静寂に包まれていたはずのこの湿地。

 さりとて彼女が戦っていたのでは、そういうわけにも行かず。

 派手な水しぶきや泥がひっきりなしに、見上げるほど高く舞い上がり。

 ざんぶりとなかなか見ないような大きな波が、幾重にも波紋状に広がり、一層モンスターや他の生物問わず、この地を住処とする全てを怯えさせていた。


 そうまでして尚、未だに決着はつかず。


「ええいクソ、面倒くさい!」


 苛立たしげに剣を振るうイクシス。

 そのあまりの威力に、消し飛ばされたのはスライムの切れ端だった。


 そう。彼女が現在相手取っているのは、面倒な変化を遂げた特異種のスライムである。

 その脅威度自体は、イクシスにしては何と言うほどのこともない、赤の一つ星。

 さりとて実際に、彼女の手をこれでもかと煩わせているのは紛うことなき事実であり。

 イクシスを手こずらせている原因はと言えば、このスライムが持つ珍しい特性にあった。


 なんとこのスライム、自らの核をこの湿地を湿地足らしめている大量の水の中に、溶かし込んでしまったのだ。

 更にはその身は水と同化させ、不死性にも近い継戦能力を獲得。

 イクシスの力を持ってしても、おいそれと決着をつけられないほどには、厄介な存在である。


 例によって、まずこれに挑んだのはレッカとスイレンだった。

 が、端的に言って歯が立たなかった。

 と言うか、歯の立てようがなかった。

 何処をどうやって、何をどのように攻撃して良いかも分からず、立ち込めた毒霧や水に混ざった酸など、いやらしいささやかな攻撃により、徐々にダメージを蓄積していった彼女たち。

 そうしてとうとう、気絶。

 ぷかぁっと力なく水に浮かび上がったところで、コミコトがそれをちゃっちゃか回収。少し離れた陸地へ寝かせておいたが、どうにも戦闘の邪魔になると判断してイクシス邸へと送り帰した。


 そうして回ってきたイクシスの出番。

 というところで、ミコトからの緊急連絡が届いたわけである。


 さっさと倒して彼女の元へ駆けつけるつもりだったイクシスではあるが、実際戦ってみれば存外どうしようもなく。

 いっそこの辺りの水ごと全て蒸発させてやろうか、だなんて勇者にあるまじき物騒な考えが脳裏を過るも、サラステラという脳筋代表と同列になりたくない一心で自己却下。

 さりとて有効打は見い出せぬまま今に至り。


 幸いと言うべきか、当然と言うべきか。

 イクシスを相手に、この水溜りスライム(仮称)のささやかでいやらしい攻撃が意味を成すことなどはなく。

 毒や酸などの回りくどい攻撃は、その尽くが状態異常無効のスキルにより封殺され。

 彼女が敗北する事自体は、兆に一つもあり得ないと断言できるような有様ではあるのだが。

 さりとて、勝てるのかと言えばとても難しい、面倒くさい相手である。


「く……これは、少し手間がかかりそうだ。よりによってこんな時に……!」


 ミコトを案じ、焦燥に駆られるイクシス。

 どうやら、今暫く彼女の元へ駆けつけるのには、暇が要りそうであった。



 ★



 モンスターを相手に、心眼の『狭く深く』を用いるのには抵抗があった。


 それというのも、モンスターには強烈な人間への敵意ってものが宿っており、あまり深く覗いたのでは、私までその影響を受けないとも限らないためである。

 しかしそうして躊躇えば、奴の狙いを読み切ることは難しく。

 奴の狙いが、魔法を食べて糧にすることにあるのか、はたまたガッツ効果による超強化を狙っているのか、或いは別の何かを隠しているのか。

 その辺りの予測が絞りきれず、結果大技の発動に踏み切れないで居た。


 するとモチャコが、焦れたように念話を投げてくる。

『大技を撃つなって、だったらどうするのさ! このままじゃ埒が明かないよ!』

『ガウ……!』

 ゼノワも同じく、もどかしげな様子。


 他方で私は、観察を続けながら考えを巡らせた。

 迂闊に強力な攻撃を仕掛けて、みすみすトラップを踏むのは好ましくない。

 であれば、現状取るべき最善手とはなんだろうか。


 このままちまちまとカオスラットのHPを削り続けたところで、奴は着実に力を上乗せしている。

 下手をすると攻撃が通じなくなり、優勢がひっくり返ってしまうだろう。

 そうなったのではどの道アウトである。だったらいっそ、リスクはあれど大技に懸けたほうがマシというもの。

 けれど、物事をマシかどうかで判断するというのは、正直あまりよろしくない。

 やはり不足しているのは情報だ。

 どういう結論に至るにせよ、自信を持って打てる手であって欲しい。

 なれば必然、相応に判断の根拠足り得る情報を集めなくては話にならないだろう。


 しかしどうする。

 懸念点は、奴が大ダメージにも踏みとどまれる一手を隠している可能性にあり。

 その有無だけではなく、可能なら詳細まで暴きたいところ。

 しかしそれは如何にも困難で。


 なれば、現状分かっている情報から組み立てられる、最善の攻撃方法をでっち上げようか。

 最も警戒するべきは『ガッツ』である。

 致死量のダメージを食らっても、HP1で踏みとどまるという効果を持つ、ガッツ系スキル。

 この世界ではまだ実際出会ったことこそ無いけれど、奴がそれを有している可能性は決して否定できない。

 だからそれがある、という前提で考えるとして。


 この場合有効になるのは、HP1で踏みとどまられたとしても、問題なく止めを刺せるような攻撃となる。

 即ち、継続ダメージや連続ダメージなどがそれだ。

 踏みとどまっても直後にそれを削られたのでは、即死も同義である。

 尤も、踏みとどまった瞬間奴は、凄まじい自己強化の恩恵を受けるだろうから、生半可な攻撃では通らないことが予想される。

 となると、固定ダメージを与える手段なんかがあると、非常に便利だろう。

 どんなに硬い相手にでも、当たりさえすれば特定のダメージ値を与えることが出来る。そんな攻撃。


 果たしてそういったスキルや装備に、心当たりはと言えば……。


 勿論、ある。

 ゲーマーでプレイヤーでもあるこの私が、そんな有用効果をみすみす見逃すはずもなく。

 ストレージの中には、仲間たちにそんな物売ってしまえと白い目を向けられた、しょぼい固定ダメージしか出ない装備なんかがチラホラ保管されており。

 スキルに関しても、そうした固定ダメージ系のアーツスキルは幾つか習得済みである。

 勿論、スキルや魔法も。しっかりとレベル上げまで済んでいるため、なかなか馬鹿にできない固定ダメージを叩き出すまでになっている。


『うん……これだったら倒せるか……?』


 デメリットを挙げるとするなら、HPを直接削る効果のため、核破壊によるレアドロップが狙えないという点だが。

 そこにさえ目をつぶれば、大きな武器となる。

 例えばHPが一万もあるモンスターを相手に、固定ダメージ10しか出ない攻撃をするとして。

 それでも、千回もヒットさせれば理論上は倒せてしまうのである。

 そして、反復練習の鬼であるこの私にとって、同じ攻撃を繰り返すなんてのは呼吸も同然で。

 まして『固定ダメージ × 連続ヒット』の組み合わせによる運用はとっくに考案済み。


 レアドロップ欲しさに日の目を見なかった技の数々だが、ガッツや高い防御能力持ちに対しては、メタ級の効果を発揮しかねないわけだ。

 正に秘策。

 モチャコの大技と連携を取れば、意表も突けて確実性もアップだろう。

 正直なことを言えば、赤の四つ星が落とすレアドロップに心惹かれもするけれど、それは言っても詮無いこと。邪念というものだ。


『よしモチャコ、私も合わせて動くから大技ぶちかましちゃって!』

『! オッケー、待ってました!』

『ガウガウ!』

『そうだね、ゼノワもやっちゃえ!』


 なんて、いよいよアクションを起こそうとした、その時である。

 私たちに先んじて、動きを見せたのはカオスラットの方だった。


 それはさながら、爆発のようですらあった。

 実際私たちの目には、奴が唐突に自爆し四散したかのように見えたほどだ。

 けれど、違った。


 奴はその身より、膨大な量の『子』を生み出し、ぶちまけたのだ。

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