第五九〇話 窮鼠

 不慣れなプチゼノワの身体は脱ぎ捨て、ゼノワ本体として離れた位置より魔法による支援を開始したゼノワ。

 これにはすぐに気づいたモチャコ。素早く念話が飛んでくる。


『遅かったじゃん! 町の方で何してたのさ!』


 問いかけに対し、私はカオスラットがバラ撒いた『子』の存在と、その危険性を彼女へと告げた。

 町に居た『子』らは、全て処理して来たとも。

『あいつの余裕そうな態度は、それが理由か……』

 忌々しげなつぶやきから、モチャコもまたカオスラットの醸し出す不穏さには感づいていたことが知れた。


 そして案の定。

 マップを確認してみれば、既に奴の子はこの荒野にも複数潜ませてあるらしく。

 きっと今相手にしているカオスラット本体を倒したところで、完全撃破とは行かないのだろう。

 確証こそ無いものの、予感と言うには些か確信が強い。

 で、あるならば。


『先に子を処理する。モチャコとゼノワはそのまま攻撃を続けて』

『オッケ!』

『グラ!』


 私とゼノワにモチャコを加えた、即興PTである。

 それでも付き合いは長いため、連携に支障はないようだ。

 防御不能の精霊魔法が猛威を振るい、その勢いはあからさまにカオスラットを圧倒していた。

 さりとて、カオスラットに認識できるのはモチャコだけの様子。

 結果、モチャコが攻撃に更なる力を注いできたと感じたのだろう。奴の余裕は若干失せ、モチャコへの警戒心の高まりを感じ取れた。

 好機である。


 私はマップにて捉えた子ラットたちへ向けて、一斉に黒宿木による遠隔精霊魔法を行使。

 忽ちの内に子はその全てが潰えた。

 その瞬間である。

 カオスラットの顔色が、明らかに変わった。


 余裕の気配は唐突に萎み、代わりにヒリつくような濃い殺気が場を満たしたように感じられた。

 と同時、確信をも得る。

 やはり奴の余裕は、子ラットあってのものだったのだと。

 それが失せた結果、奴は保証を失ったも同然。

 ばかりか、子を潰したのが私であるとすぐさま感づいた様子。射るような眼光でこちらを睨んできた。


『ひぇ、おっかないなぁ』


 赤の四つ星の本気。

 その威圧感は尋常なものではなく。

 念話だからこそつぶやける間抜けな感想も、喉を介してはとても発せられそうになかった。

 ゴクリと固唾を小さく飲み、気合を入れ直す。

 ここからが本番なのだと、嫌でも理解させられた。


 事実そのとおりであると、まるで証左を示すかのように。

 唐突に、爆発的に膨れ上がった奴の気配。

 いや、気配どころか、奴から感じられる魔力の大きさもまた、格段に膨張しており。


『──注意して。多分奴の子を処理したことが切っ掛けで、何かしらの強化系スキルが発動したんだと思う!』

『な、何さそれ! 今までは本気じゃなかったってこと?!』

『ガウガウ!』


 彼女らの抗議を聞き、短く思考を巡らせる。

 今までは本気じゃなかった? でも、本気になったからって魔力量に大きな変化が出るというのは考えにくい。

 だとすると、分身体を消して本体に力が集中した、みたいな?

 でも、それも変だ。

 消した子たちの力を鑑みるに、カオスラットの強化幅は割りに合ってない気がする。

 やはり子を消したことで何かしらのトリガーが引かれ、強化が発動したと考えるのが一番しっくり来るが。

 それではまるで、追い詰められて力を発揮する、創作物の中のボスや主人公みたいじゃないか。


(……ん? 追い詰められて力を発揮する……ネズミを、追い詰める……!)


 そこでふと、生前日本で有名だったことわざが一つ、脳裏をスタスタと横切っていった。

 と同時、とある予想が構築され。

 私は再度、モチャコたちへと警告を発したのである。


『窮鼠猫を噛む。もしかするとコイツ、追い詰められるほどステータスが上昇するような、特異なスキルを持ってる可能性がある!』

『!?』

『グラァ?!』


 こんな時、ソフィアさんが居てくれたら技能鏡でその辺り、はっきり確かめることが出来るんだろうけど。

 残念ながら私は習得してないし、今慌てて覚えたとしても、スキルレベルが低くて期待通りの働きはしてくれないだろう。

 ぐぬぬ、役割分担が仇になったか……鍛錬時間だって無限じゃないもの、何でもかんでも一気に習得したって仕方がないと言えばそうなんだけど、遣る瀬無いな。

 まぁ、無い物ねだりをしても仕方がない。 


『まだ確証があるわけじゃないけど、奴がそういったスキルを所持している可能性は念頭に置いておいて!』


 警戒を促し、私自身もそうしたスキルが存在するものとして、注意深く攻撃に加わったのである。


 一気にその火力と規模を増した、奴の魔法。

 その煽りを一番に食ったのは、他でもない私だった。

 何せモチャコのように、気軽に光速で移動できるわけでもなければ、転移で避けようにもMPや精霊力は有限。回復には僅かなれど時間がかかる。精霊力の補充には尚更だ。

 どうにか隙を見つけて、裏技にてMPの回復こそしたものの、テレポートは乱発するようなスキルではないのだ。

 鍛錬などで地道に使い続けたことによるスキルレベルの上昇に伴い、習得したての頃よりもずっとMP消費量は低く抑えられるようになったけれど、それでもである。


 だから私に取れる手は自然と限られ、必然的に長距離からの援護というポジションにつくことになった。

 モチャコは光の速度で動き回るため、バテるまでは問題ないだろうし、ゼノワはそもそもスキルで害せる存在ではない。

 反則級の一方的な攻撃は、さしものカオスラットでも脅威に感じているようだ。


 斯くして、パワーアップしたカオスラットにも柔軟に対応し、五分以上の戦況を維持しはしたのだけれど。

 しかしパワーアップに伴い、耐久力までもが大幅に上昇したカオスラットである。

 私たち三者からの精霊魔法を浴びせられても、まだまだ元気そうにしている。

 ばかりか、ダメージを負うほどにステータスが上がっているようにすら見える。


『くっ、こいつやっぱり……っ』

『グルゥッ!』

『追い詰められるほどステータスが上がる。予想通りか……!』


 傷つけば傷つくだけダメージは通りづらくなり、火力は増し、敏捷性も高まる。

 優先的に脚を傷つけているため、回避力こそ然程ではないにせよ、自己治癒能力もちゃっかり備えており。

 倒し切るのは如何にも困難に思えた。


『ちまちまやってたら、先にこっちが息切れを起こしちゃうよ……大火力で一気に消し飛ばすしか無い!』


 そう言ってモチャコが、何やら大技の準備に取り掛かった、その時だった。

 心眼がカオスラットより、不穏な気配を読み取り。

 さながら「狙い通り」とでも言いたげな心の動きは、あからさまに手札を切る前触れに見えた。


『待ってモチャコ。多分アイツ、相手の大技を利用して何かするっぽい。そういうスキルを持ってるのかも』

『はぁ?! そ、そんなのズルいじゃん! っていうか何かって何さ!』

『……暴けないか、ちょっと試してみる』


 言って、一旦黒宿木を解除する私。

 奴が何をするつもりにせよ、精霊魔法の飛び交う戦闘に於いて、スキルによる干渉が出来ないそれらよりも、通常魔法のほうが標的にしやすいのは間違いないだろう。

 奴に狙いがあるとすれば、与し易い通常魔法にこそ食いつきを見せるはずだ。


 私はツツガナシを構え、魔砲形態へと変形させる。

 そうして出力を控えめにし、彼方のカオスラットめがけて閃光を撃ち放ったのである。

 すると。

 魔力感知でも持っていたのか、奴は迫る光の奔流を完璧に迎え撃ったのだ。


 駆使したのは、その長い前歯が特徴的な口。

 迫る閃光めがけ、奴はなんと、喰らいついたのである。


 瞬間、消え去る魔砲の光。

 私の魔力感知は、奴の中に魔力の増大を見て取り、すぐに察した。

 なるほど、奴は魔法やスキルを食べることが出来るらしい。

 すると、そこで脳裏を過ぎったのは、私が今も身につけている『綻びの腕輪』のこと。

 これも似たような能力を持っているのだ。魔法やスキルによる脅威を、分解して吸収するという破格の能力を。

 もしも奴が、それと同じようなことを可能にする能力を有しているのなら、大技の気配に喜色をちらつかせたのも頷ける。


 ただ、それが果たして精霊魔法に対して有効かどうかは、正直定かではないけれど。

 少なくとも奴は、モチャコの魔法を食えると信じているのだろう。食って自身の力に変えられると。


 或いは別の可能性もある。

 モチャコの大技に対して、死なない自信があるのかも。

 もしも奴が死亡するギリギリで踏みとどまる、所謂ガッツ系の能力を持っているのだとしたら。

 極限まで追い詰められた奴は、最大級の自己強化を得るはず。

 そうなっては、確かに一瞬で戦況がひっくり返りかねない。


 何れかが狙いだとは思う。それでいて、何れもが有り得そうで恐ろしい。

 カオスラット、想像以上の難敵だ。

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