第五八八話 ベイダの町と緊急措置
ベイダの町を目指して、大急ぎで駆けた私たち。
その甲斐あって、翌日の午前中には遠くにそれを捉えることが出来たのである。
「ミコト見て! 煙! 煙が上がってる!」
「グァ!」
モチャコとプチゼノワが声を上げたとおり、丘を登りきり遠景にベイダと思しき町の姿を捉えてみれば、何とそこからは不吉な煙が幾筋も立ち上っていたのである。
それは到底、平常ならざる光景に思えた。
よもや煙を焚くような催事が、タイミングよく開催されているとも考えにくい。
だとすると嫌でも行き着く想像は単純で。
「火の手が上がってる……!」
忽ち悪い予感が強烈な輪郭を帯び始めた。
町がモンスターに襲われたという、あの噂に真実味が増したのだ。
だとするなら、今はもっと情報がほしい。
遠視のスキルを駆使し、走りながらもつぶさに観察を行う私。
町の様子は、残念ながら町を覆う高い壁が視線を遮り、全部を見渡すことは出来なかった。
が、見た感じたくさんのモンスターが町の中で暴れまわっている、という様子では無さそうだ。
それに町の周囲には、チラホラと人の姿が見受けられる。
皆武装を身に着けた、冒険者や兵士の人たちっぽい。
ベイダの人たちなのか、それとも他所から派遣されてきた人たちか。
っていうかベイダの住民の人たちっていうのは無事なんだろうか?
ヨシダちゃんは……。
「ウエダちゃんへの手紙が途絶えた理由はコレだったんだ……」
モチャコが苦々しげな声でつぶやく。
その声に鑑み、今回の依頼内容を反芻する私。
今回私たちがベイダを訪れるべく走ったのは、手紙が途切れた原因の究明が目的だ。
延いては、ヨシダちゃんの安否確認も目的に含まれるだろうか。可能ならば救助も、という話だったが。
であるならば、もう少し詳しい調査が必要だろう。
町がモンスターに襲われたという情報も、未だ確実性にはもう一歩足りない状況である。
さらなる情報を求めて、私たちは一層速度を上げるのだった。
街道をひた走れば、やがて道の途中を通せんぼするように立っている、二人の兵士が見えてきた。
怪訝に思いながらも速度を落とし、彼らへと近づいてみれば。
「止まって下さい。この先は危険です」
と、制止の声を掛けられてしまった。
プチゼノワを懐にしまった私は、少しの人見知りを発動させながらも、好機と見て質問してみることに。
「ベイダの町に用事があるんですけど、何かあったんですか?」
量産型の鎧に身を包んだ男二人は、小さく顔を見合わせると、表情を苦くして情報をくれた。
「モンスターが暴れているんだ。それも誰も手がつけられないほどに強力なモンスターが」
「あの煙が見えるだろう。既に被害は甚大だ。死傷者も多数出ている……悪いことは言わない、引き返したほうが良い」
どうやら噂は本当だったらしい。
それは分かったが、依然として解せないことも多い。
私は更に彼らへ質問を投げ、詳しい情報を引き出した。
結果、分かったことは。
・モンスターは町の中に突如ポップしたらしい
・逃げ延びた人もそれなりに居るらしい
・町の中に取り残された人が居るかは不明
・モンスターがいつ町から出てくるかも分からない状況
・既に討伐に向かった者が何人も返り討ちにあっている
・ヨシダちゃんについては知らないようだ
そして。
「モンスターに関しては、『ユニーク』の可能性も囁かれている。もしもこれが真実だった場合、特級クラスの戦力が到着するのを待つ他ない」
「真偽の程は不明だが、何にせよ危険であることは間違いない。君も直ちにここを離れるべきだ」
顔を青くしながらそのように語る男二人。
到底そこに、嘘偽りの気配などは感じられず。むしろ自分たちだって可能であれば今すぐ逃げ出したいと言わんばかりだった。
これを受け、私たちは一旦その場を離れることに。
兵士さんたちにお礼を言って踵を返すと、そそくさと彼らの目の届かぬ場所まで引き返した。
茂みの中に身を潜めながら、懐より出てきたプチゼノワと肩の上のモチャコも交え、早速話し合いを行う私たち。
口火を切ったのはモチャコで。
「アタシは行くから! もしかしたらヨシダちゃんや、他にも逃げ遅れた子がいるかも知れないんでしょ?! なら早く助けてあげなくちゃ!!」
と、テコでも動かぬと言わんばかりの、決意の籠もった表情でそのように宣言したのである。
しかし、これには流石に待ったをかけざるを得ない。
「でもモチャコ、もしあの話が本当だったらどうするのさ! 暴れてるモンスターがユニークかも知れないって話!」
ユニークモンスター。別名を『唯一種』。
突然変異系モンスターの最上位に位置すると言われ、同系統の種族内にただ一個体しか存在し得ないとされる、極めて希少かつ絶大な力を持った最強格のモンスターである。
以前読んだ本によると、ユニークは世界の何処かで倒された場合、一定の期間を経て別の場所で再発生する特性があるらしい。
さながらモンスターの王様、或いは勇者だ。
例えばスライムにはスライムのユニークがいるし、スケルトンにはスケルトンの、トロルにはトロルのユニークが存在しているらしい。
主に特級危険域の奥地や、ダンジョンボスなんかを務めていることが多いらしいユニークモンスター。
けれど、ポップはランダムである。時には人里近くに出現することもあるだろう。
それが今回は、たまたま町のど真ん中だったと。
確かにそう考えるなら、町の中に突如ポップした、だなんて話にも一応の説明はつくだろう。
まぁ、どんな確率だとツッコみたくなるところだけれど。実際そんな不幸なミラクルが起こってしまったのなら、文句を言っても何にもならない。
もしその話が本当だとするなら、不用意に町へ入るのはあまりに危険。自殺行為とすら呼べる無鉄砲である。
とは言え、逆にそれが何かの間違いだという可能性も、勿論残っており。
確かなのは、現在ベイダの町は非常に危険な状況にあり、もしもモチャコの言う通りヨシダちゃんや、誰かしら逃げ遅れた人が残っていた場合、こうして手をこまねいていたのでは、みすみすモンスターの餌食になってしまうってこと。
私たちが行動を起こすことで、そうした人たちを救い出せる可能性は、確かにあるのである。
「……仕方ない、マップウィンドウを一時解禁するよ。先ずはそれで町の様子を探ってみよう。逃げ遅れてる人がいればそれで分かるし、モンスターの情報も得られるはずだから」
「! うん、お願いミコト!」
「ガウ!」
緊急措置である。ルール違反などとは思うまい。
私は急ぎマップウィンドウを展開すると、すぐさま町の様子を注視した。
そして。
真っ先に目に飛び込んできたそれに、大きく瞠目したのである。
「うそ……赤の、四つ星……?!」
ユニークモンスターの出現。
どこか眉唾めいたその話が、この情報一つで急速に確信へと変わる。
間違いない。本当にユニークモンスターが、何の因果かベイダの町中に突如ポップしたんだ。
そんなの、誰の手に負えるはずもないだろう。
私は急ぎ、イクシスさんへと念話を繋いでいた。
『緊急! ベイダの町にユニークモンスターと思しき反応を確認! 数は一体、脅威度は赤の四つ星! 出来ればすぐに来て!』
すると、反応は素早く。
『何だと?! 了解だ、すぐに向かう!』
そのように返事はあれど、しかし向こうの状況はコミコトを通して把握している。
レッカとスイレンさんは、例によってボロボロで倒れており。イクシスさんは交戦中。
合流までには少し時間が掛かるだろう。
すると、雰囲気の変化を察知したモチャコが、心配げに問うてくる。
「な、何さミコト! 何か分かったの?! 逃げ遅れた子供はいるの?!」
「ガウガウ!」
問われ、改めてマップを見ながら返答する。
「うん……子供かどうかは分からないけど、町の中に人間の反応がまだ幾らか残ってる。身を潜めてるみたいだけど、多分見つかるのも時間の問題だと思う」
「っ……!!」
その瞬間だった。
まばゆい光を帯びたモチャコは、忽ち光の速さで飛び出して行き。
流星が如き閃光は真っ直ぐ、ベイダの町へ突き刺さったのだ。
モチャコの精霊術、光の精霊の力を行使する彼女の宿木である。
正に居ても立ってもいられなかったのだろう。
こうなっては、イクシスさんの到着を待つこともままならない。
「く……仕方ない、ゼノワ行こう!」
「グラ!」
遠視・透視を駆使し、私たちはモチャコの後を追ってテレポートにてベイダの町へ転移。
否応なく、そいつと対峙したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます