第五八七話 尾を噛む

 翌日。

 宿を引き払って、朝一番でタルファの町を後にした私たち。

 現在は隣町であるベイダの町へ向けて街道を駆けている最中である。

 道なりに進んでいるため、派手な鍛錬は控えて、地味めな鍛錬を集中的に行っているわけだけれど。

 そんな中、人目を引きそうなものが一つあり。


「ミコト、これ何やってんの?」

「グラ?」


 モチャコとプチゼノワも、傍らにあるそれを不思議そうに眺めながら、質問を投げてきた。

 なので私は、どう答えようかと一拍考えてから返答を寄越すことに。


「私の前世の世界には、『自分の尾を噛む竜』なんていうものがあってだね」

「? 何の話?」

「そこから着想を得たっていう話。後は崩穿華もそうだけど」


 プチゼノワの背に跨りながら首を傾げるモチャコ。

 サイズ感的に大丈夫なのかとも思うけれど、プチゼノワはモチャコを乗せているにも関わらず、難なく飛んでいる。媒体の操作に慣れてきたらしい。

 流石、すくすく育つゼノワである。成長が速い。

 そんなプチゼノワも、私の言にはキョトンとしている。説明を足す必要がありそうだ。


「どうやら私、骸の影響で長距離精密魔法が得意になったみたいだ、っていう話はしたよね?」

「うん、この前聞いた」

「グル」

「で、それを活かした新しい戦闘スタイルを確立できないかなって、色々試行錯誤してみたんだけどさ」

「その成果が、コレってこと?」


 街道を疾走する私。と、並行して飛ぶモチャコ・オン・プチゼノワ。傍から見たら、なかなかに洒落にならない移動速度に見えるんじゃなかろうか。

 しかしそんな私たちの隣を、同じく並行して飛ぶものがあった。

 それこそがモチャコが『コレ』と指したものであり、私の編み出した新技である。


 私たちの隣を、火の玉がプンと走る。

 されどそれは、短射程の低コスト魔法であり、発生から程なくして敢え無く消滅してしまった。

 が、ここからが肝である。

 私は消え入った魔法の残滓を捉え、そこに残った魔力の名残を起点に、新たな魔法を発生させたのである。

 次に生じたのは風の弾。同じく短射程のそれが消え去ったなら、また次の魔法を継ぎ足し。

 そうして、バトンを延々と繋ぎ渡すように生じては消える魔法たち。その様は一匹の竜が如く尾を引いており、私たちの隣を悠然と泳ぐようであった。


「『連鎖魔法』って名付けた技術だよ。魔力の余韻に噛み付いて、そこから別の魔法を生じさせるってイメージかな」

「だから『自分の尾を噛む竜』ってこと?」

「そうそう」

「ガウガウ!」

「お、ゼノワも練習してみる?」


 興味を示したプチゼノワは、その表情にやる気を漲らせ、早速自身の隣に身の丈の数倍はある火球を走らせた。

 ……うん。精霊魔法は強力だからね、加減が難しいようだ。

「あぢぢ!」

 と、モチャコが悲鳴を上げているが、プチゼノワはお構いなしに続ける。


 サイズは大きい火球だけれど、その射程は短く。発生から程なくして消滅してしまった。

 すると、消滅地点からすぐに別の魔法が生じたのだけれど。

 今度は先程より更に大きな水球がドバっと生じ、モチャコが更なる悲鳴を上げる。

 しかも、引き継ぎに少し手間取ったようで、駆ける私たちの後方でそれは発生したのである。

 つまるところ、巨大水球に追いかけられる図が出来上がったわけで。


 しかしそれも、短射程なため直ぐに形が崩れ、街道を派手に濡らす結果に終わった。

 が、残った魔力の残滓から更なる魔法を紡ぐプチゼノワ。

 引き継ぎが難しいらしく、力んでしまった彼女は更に巨大な魔法を行使し。

 今度は土埃を舞い上げる竜巻が、背後から恐ろしい勢いで迫ってくるではないか。

「ぎゃぁぁ! 何してんのさゼノワぁ!!」

「グラァ!」

 危うく風に引っ張られて、竜巻の餌食になりかけるモチャコたち。

 私はそれを何とか捕まえて踏ん張りダッシュで持ちこたえると、ややあって竜巻はその猛威を鎮めたのだった。

 力んだせいで、射程もちょっと長引いたらしい。おかげで余計なスリルを味わってしまった。


 失敗に凹むプチゼノワ。

 飛び方にも高度にも元気がなく、私の膝の高さ辺りでヘロヘロと並行飛行する彼女である。

「ま、まぁ、失敗は誰にでもあるって! 練習したら上手くなるよ!」

 と、さっきまで叫んでいたモチャコがプチゼノワを励ます。

 すると不意に視線を上げ、未だ連鎖の続く私の魔法を一瞥するプチゼノワ。

 そして、はぁと盛大なため息をついて項垂れた。


「こらミコト! 空気を読みなよ!」

「えぇ……」


 なんかモチャコに怒られたんですけど。

 とは言え、何気に負けず嫌いらしいプチゼノワ。っていうかゼノワ。

 凹んでいたのも束の間で、懲りること無く特訓を開始したのだった。

 これは、思いがけずゼノワまでパワーアップしちゃうかも知れないな。



 そんなこんなで走り続けることしばらく。

 目指すベイダの町まではまだまだ距離があるけれど、ずっと気がかりになっていることを今のうちにモチャコへ問うてみることに。


「ところでさ、ベイダの町がモンスターに襲われたっていう話だけど」

 話を振ってみれば、彼女も腕組みをして眉根を寄せた。

「心配だよね、ヨシダちゃん」

 ヨシダちゃん。ウエダちゃんと来てヨシダちゃん。イントネーションこそ違うけど、ちょっぴり郷愁を感じちゃう名前である……。


 まぁそれはいいとして。

「噂が本当なら、その原因ってなんなんだろう? 辺境ってわけでもないのに、そういうことって起こり得るの?」

 人里にモンスターはポップしない。

 ばかりか、本来なら近づこうとすらしないのがモンスターたちの常である。

 にも関わらず、今回はベイダの町が攻撃を受けたとのこと。

 件の噂はヒルダさんたちだけでなく、町角の井戸端会議だったり、宿の食堂なんかでも聞こえてきた。多分新たに取得した聞き耳スキルの効果だろうけど。


 話によれば、冒険者ギルドから調査だか討伐だかの為に人員が派遣されたとか。

 それに兵士だか騎士だかも動いているらしい。

 ただの根も葉もない噂だとは、ちょっと考えにくい内容である。

 だからこそ不思議なのだ。

 どうして町が、モンスターの襲撃を受けたのか。ベイダの町に何が起きたのか。


 これに対するモチャコの見解はと言えば。

「幾つか可能性は考えられるよ。一番あり得るのは、特殊個体の出現だね」

「変異種とか特異種なんかのことだね」

「そうそう。奴らは所構わず暴れまわるからね」


 変異種。普通のモンスターが、イレギュラーな変化を遂げたものを指し、通常は獲得し得ない独自の能力や高いステータスを持っていたりする。

 特異種は更に危険で、非常に珍しい生まれ方や、奇妙な進化を果たした極めて高い脅威度を誇る災害のようなモンスターである。

 彼らは本来のテリトリーなどに縛られること無く、デタラメに暴れまわることで知られており、特に人里を見つけたなら積極的に潰しにかかってくるとか。

 正しく歩く災害そのものであり、極まれば『厄災級』と認定されることもある。


「他にも、何かの切っ掛けでモンスターパレードが起こったりとか、町の中にモンスターがうっかり転移してきたとか、誰かが召喚したってことも考えられないわけじゃない」

「そ、そんな事も起こり得るの……?」

「可能性はすごく低いけどね。でも、アタシたちも前に遭遇したことあるし、絶対ない話じゃないかな」

「まじか……」

「グァ……」


 そう聞くと、何だか急に心配になってきた。

「まさか今頃、町が壊滅してたりとかしないよね……?」

 不安を思わず口から零せば、モチャコもその表情を渋くした。

「町には大勢の大人が居るんでしょ? ならそう簡単にやられたりしないって!」

「ガウガウ!」

 モチャコとプチゼノワはそのように言うけれど、やっぱり不安は拭えないようで。

 それこそ、特異種なんて現れようものなら、生半可な冒険者では手に負えないはずである。


「……ちょっと急いだほうが良いかもね」

「そうかもね。もしもの時は、アタシも手を貸すから!」

「グラグラ!」


 一抹の不安に急かされるように、私たちは一層速度を上げてベイダの町を目指すのだった。

 そうして彼方に立ち上る灰色の煙を見つけたのは、翌日のことである。

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