第五八六話 ウエダ

 魔道具屋さんの会計カウンターにて、店番をしているお姉さんの隣で浮かない顔をしている女の子。

 彼女を指して、私はお姉さんに問うた。


「妹さんですか?」

「あら、ふふ。そう見えますか? 娘ですよ。一〇歳になります」

「なんと! 少し歳の離れた姉妹かと思いました!」

「ふふふ、おだてたって何も出ませんよ」

「それは残念」


 本当に娘さんだった。

 この世界の人は、容姿レベルが非常に高いため、ママさんもえらく若く見えることがしばしばある。

 特にクラウのママであるイクシスさんとか、別格だしね……。

 まぁでも、取り敢えず話の取っ掛かりとしては十分だろう。


「ところでお嬢さん、何だか浮かない顔をされてますね」

「ええ、まぁ……」


 苦味のある愛想笑いで返すお姉さん。

 どうやら、他人にペラペラと語るような内容ではないらしい。

 となると、聞き出すのは一苦労だ。もしそれが込み入った事情からくる落ち込みなら、私が首を突っ込むのもおかしな話だしね。

 しかし話も聞かぬまま捨て置いては、後でモチャコがうるさそうだし。

 っていうか今だって、もう一歩踏み込んで事情を聞き出せと、肩の上でドスドス跳ねている。


 すると、果たしてそんなモチャコの行動が功を奏したのかは不明なれど、不意に女の子がこちらへと顔を向けたのである。

 そして、何とも不思議そうな表情のまま言うのだ。


「お姉ちゃん、ミコトっていうの……?」

「?! ……え、あ、うん。そうだけど、どうして知ってるの?」

「妖精さんがそう呼んでたから」

「「!!」」


 肩の上で固まるモチャコ。仮面の下で顔を引き攣らせる私。

 そして、お姉さんは戸惑いを表情に出し、何を言い出すんだこの娘はと女の子を凝視している。

 いや、それより何より私の名前を言い当てたという事実にこそ驚いているのか。


 別に妖精が子供と触れ合うことは自然なことなのだ。

 問題があるとすれば、それをお姉さんの……つまりは大人の人の前で行うことであり。

 更に言えば、私と妖精に繋がりがあると知られることも良くない。


 故にこそ、やらかしに気づいたモチャコ。そして迂闊さを呪う私である。

 自身の油断になら警戒を払うことは出来るが、それが他者のものとなると忽ち難しくなるわけで。

 案の定モチャコの奔放さにしてやられた形である。

 とは言え、楽しげにしている師匠の顔を曇らせるのも憚られるため、これは迎えるべくして迎えたプチ窮地というところか。

 ここはどうにか、子供の戯言かエスパーってことで受け流すとしよう。


「ミコトお姉ちゃんは冒険者さんなの?」

「! そうだけど、それも妖精さんが言ってたの?」

「ううん、さっきママと話してたから」

「ああ、そっか……」


 なかなか耳聡い娘である。

 もしかすると聞き耳スキルとか持ってたりして。そんなのがあるかは知らないけど。

 ちょっと魔力調律とスキルシミュレーターで探してみるか。

 ……ってホントにあるやんけ!

 聴力強化のスキルなら既に覚えてるけど、【聞き耳】は多分効果が異なるんだろう。

 こう、大事な情報を聞き逃さない、みたいな。その辺は検証するか、ソフィアさんの解説に期待するとしよう。


 なんて、思考が横道を闊歩していると。

「ミコトお姉ちゃん、お願いを聞いてほしいの!」

 と、不意に女の子がそんなことを言い出し。

 お姉さんは彼女を窘めようとするが、女の子の表情は如何にも深刻げで。

 気を遣って言葉を発さないモチャコも、肩の上から聞いてやれオーラをズモモモッと放出している。


 小さく嘆息した私は、お姉さんを柔らかく制止。

 女の子へ向き直り、先ずは質問を一つ。


「あなたのお名前を聞いてもいいかな?」

「ウエダ」

「上田?!」

「ウ↑エ↓ダ→だよ」

「あ、あぁ、そう」


 びっくりした。日本名かと思った。いや、上田って言ったら大体名字だけども。

 イントネーションとしては、似た名前で言うと『ヒルダ』なんかが近いだろうか。


「ちなみに私はヒルダよ」

「エスパーかっ」


 びっくりだ。考えを読まれたのかと思った。まさかの心眼持ち? いやいや、流石にそれはないだろうけどさ……。

 エスパーだなんて聞き慣れない単語を発したせいで、一瞬不思議そうな顔をするヒルダさん。

 しかしそれを努めてスルーし、私は改めてウエダちゃんへと向き直る。


「それでウエダちゃん、私に聞いてほしいお願いって?」

「うん、えっとね……」


 必死な、それでいて不安げな表情で彼女は語った。

 曰く、彼女には手紙のやり取りをしている友人がいるのだそうだ。

 隣町に住む女の子で、出した手紙には毎回、おおよそ二週間ほどで返事が届くらしい。

 特にケンカをするでもなく、良好な関係を築けているとのこと。


 ところが今回、手紙を送ってから既に一月近くが経つにも関わらず、一向に返事が返ってこないのだと。

 それどころか、隣町がモンスターに襲われただなんて噂を先日耳にしてしまい、心配で堪らないと。


「ミコトお姉ちゃんには、隣町の様子を見てきてほしいの! それでもし、本当にモンスターが居たなら、ヨシダちゃんを助けてあげて!」

「ウエダ……」


 切実に願いを告げる娘を、迷いの表情で見つめる母ヒルダ。

 その心境はきっと、止めるべきか一緒に頭を下げるべきか、決められずにいるのだろう。

 しかし、そんな迷いも束の間のことだった。

 ヒルダさんは意を決したように顔を上げると、私へ向き直り言うのだ。


「ミコトさん、ご迷惑とは思うのだけど、もし出来れば娘の願いを聞いてやってくれませんか? 勿論報酬も支払います」


 思いがけないイベントの発生である。

 しかし、町がモンスターに襲われる……そんなことってあるのかな?

 この辺りは辺境と呼ぶにはモンスターのレベルもそこそこ下がってきてるし、人里にモンスターが入り込むほどの破綻にはまだまだ遠いように思うのだけれど。隣町というくらいだから、バカみたいにここから距離が離れているとも思えない。

 となると、デマ? 或いは何かの比喩表現?

 何にせよ、確かに気がかりな話ではある。モチャコもどうやら乗り気だし。ゼノワにも異存はないみたい。


 であれば、一先ず私はマジックバッグから地図を取り出し、断りを入れてからカウンターの上にそれを広げる。

 そうして彼女らへ訊ねたのだ。


「隣町って言うと、どの辺りですか?」

 質問にはすぐに返答があり。

 ヒルダさんに先んじて、ウエダちゃんが地図の一点をビシッと指で指し示したのである。


「ここ! ヨシダちゃんが住んでるのは、このベイダの町だよ!」


 ベイダの町は、幸いこの町からグランリィスへ向かう道程の途中に存在しているようで、余計な遠回りをする必要などは無さそうだった。

 であるならば、私としても否やはない。

 ギルドを介さない依頼ではあるけれど、私はこれを引き受けることにしたのである。


 その後、依頼の詳細を皆で詰めた結果、報酬は気前よく先払い。

 ただし額のほどは然程ではなく。

 しかしだからこそ、額に見合わぬ無理はしないで下さい、という言葉をもらえた。こういう気遣いもあるのかと、ちょっと感心した。


 達成報告に関しては、一旦この町に戻って直接行うか、若しくはお手紙での報告でも十分であるとのこと。

 そう考えると、まぁ依頼というよりは旅のついでって感じなのかも知れない。

 ただし、本当に町がモンスターに襲われていた場合は、話が変わってきそうだけれど。

 そこは臨機応変、無理なく対応するとしよう。



 斯くして、話し合いを終えた私たちは魔道具屋さんを後にしたのだった。

 帰り際、モチャコとウエダちゃんが手を振り合っていた。

 微笑ましいけど、ヒルダさんに感づかれやしないかとヒヤヒヤである。

 モチャコにはもうちょっと、自重を覚えてもらわねばなるまい。

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