第五八五話 誘惑に弱い

 モチャコに連れ回され、散々町の中をあっちこっちと散策し。

 ついでにギルドへ立ち寄ったり、昼食を摂ったり、消耗品や食料の買い出しなんかを行ったり、宿をとったりなど、結構な駆け足であらかたの用事を済ませた私たち。

 時刻は午後も四時を過ぎ、そろそろ夕の気配が漂い始めようかという頃。


 私たちは特に目的もなく、お店の並んだ通りをブラブラと歩いていた。

 モチャコは何にでも興味を示し、右を向けばあれは何かと声を上げ。

 左を向けばあれを見てみようと突っ込んでいく。落ち着きのないことである。

 しかしその過程で、モチャコが人の体をすり抜けるさまを目撃し、ぎょっとした。

 妖精が大人の人間と触れ合えないというのは、こういうことなのだ。


 余談だが、大人が身に着けているアイテム類はどう見えるのか、と問うたところ。

 どうやら『装備』しているものは、彼女らの目に映らなくなるらしい。

 なので装備品以外のアイテムは、普通に宙を浮いているように見えるのだとか。

 さぞ奇妙な光景だろう。興味深い話である。



 そんな具合にフラフラしながら歩いていると、不意に一軒のお店が目についた。

 魔道具屋さんである。

「ミコト! ここ! ここに入るよ!」

 どうやらモチャコも気になったようだ。何せ魔道具だものね、やっぱりスルーは出来ないらしい。


 モチャコに急かされ、私たちはカランコロンとドアベルを鳴らしながら入店。

 店内独特の匂いを感じつつ、先ずはお店の中をざっくりと眺めてみれば、雰囲気は町の電器屋さんって感じ。

 魔道具は高級品だもの、したがってお店の様子というのも得てして上品になりがちな印象がある。

 その例に漏れず、白を基調とした清潔感のある店内は明るく、特に照明魔道具が陳列されている一角なんかは眩しい程だ。

 これにはモチャコが目を輝かせ、懐のプチゼノワももぞもぞしている。

 仕方がないので足を向けてみることに。かくいう私も、キラキラ光るものは好きだしね。


 おっと、それより忘れちゃいけないのが、ホールドアップである。

 何せ私、性懲りもなくマジックバッグを所持したまんま入店してるからね。

 ただでさえ仮面のせいで怪しまれがちだし、なるべく疑われないようにしないと。


 すると案の定、お会計カウンターに居るお姉さんの目が、こちらをロックオン。

 っていうかあのお姉さん、何気に強者の雰囲気があるな。

 魔道具屋さんだなんて、如何にも泥棒や万引の類に狙われそうなお店だもの。そこで店員をするっていうのには、相応の腕っぷしが求められたりするものなのかも知れない。知らないけど。

 って、よく見たら隣に女の子がちょこんと座っているじゃないか。もしかしてお子さんだろうか。

 だとすると、子供が出来たから引退した元冒険者、なんて線が見えてくる。

 人に歴史あり、というやつだ。

 うん。やっぱりなるべく迷惑を掛けないよう、しっかり両手を上げて無害アピールをしておかねば。


「あの、お客さん。それは一体何のマネでしょうか……?」


 何がいけなかったのか。

 頑張って無害アピールをしていたのに、わざわざカウンターから出てきたお姉さんに声を掛けられてしまった。

 めちゃくちゃ訝しんできてるんですけど。何故なのだ。

 懐ではプチゼノワがため息をついているし、モチャコはこちらの様子に気づくでもなく、店内をビュンビュン飛び回っている。

 そのせいで娘さんらしき女の子に見つかってるじゃないか。完全に視線がモチャコの姿を追いかけてる。

 って、それより今は弁明をせねば。


「えっと、あの、実はですね──」


 なんか前もやったな、このくだり。

 私はお姉さんへ向けて、マジックバッグを所持していることや、見てくれが怪しくて疑われやすいこと。だから窃盗などを疑われないように両手を上げているのだということを、なるべく丁寧に説明した。

 結果。


「ならそんな格好しなけりゃ良いじゃないですか……」

「その、とても他人に見せられるような顔をしていないので……。一応私、冒険者なので」


 冒険者を名乗っておくと、得てして相手は勘違いしてくれる。

 きっと顔に酷い傷を負って、その痕を隠すために仮面をつけているのだろう、と。まして女子だもの。

 このお姉さんもご多分に漏れず、急に同情したような表情へと転じ、理解を示してくれた。

「そうでしたか……事情も知らず勝手なことを言ってごめんなさい」

「いえいえ、分かっていただけたのならそれで」

 フッフッフ。計画どおりである。


「ところで、なにかお探しですか? よろしければご案内しますよ」

 ここで話題転換と仕切り直しを図るお姉さん。

 私としても変に突っ込まれるとボロが出そうなため、素直にそれに乗っかっておくことにする。


 とは言え、別段何かを求めて入店したってわけでもないのだけれど。

 こういうのを冷やかしっていうのかな。こりゃまずい、折角だし何か買っていかねば。

 欲しい魔道具……欲しい魔道具ねぇ……。


「マジックバッグ……ってありますか?」

「ええ、こちらです」


 お姉さんの案内で、お店の一角へと導かれる私。

 別に購入予定ってほどのこともなかったのだけれど、欲しい魔道具と問われてパッと思いついたのがそれだった。

 すると案内された先には、目玉商品とでも言うように堂々と展示されたマジックバッグが数点。

 如何にも頑丈そうな、透明なケースの中に並べられており、値札も添えてあった。


 一番安いものでも五〇万デール……。

 無茶苦茶高価な品である。

 そこでふと、今肩から下げているカバン型のマジックバッグへ意識が向いた。

 リィンベルでなんやかんやあり、Aランク冒険者の何とかっていう変な人……の仲間から、迷惑料として譲り受けた品だ。

 展示品と見比べてみると、百万は下らない品だってことが分かる。

 そう思うと、今更ながらに恐れ多い気持ちが沸き上がってきて、自然と背筋もひんやりしようというもの。


「や、やっぱり良いお値段しますね……」

「どんな方にとっても、非常に重宝する品ですからね。作成できる職人も非常に限られますし、ダンジョンからの出物も潤沢ではありませんから、どうしてもお値段は相応の値となりますね」

「なるほど……」


 ちなみに、マジックバッグというのは厳密に言うと、魔道具とは異なるアイテムだったりする。

 どっちかと言えば『マジックアイテム』とでも言うべき品だ。

 何故なら、マジックバッグは魔石を動力源としているわけではないから。

 ではどうやって機能の維持を行っているのかと言えば、実はまだ解明されていないそうで。

 スキルって不思議だねー、っていうフワッとした部分なのだそうだ。勿論、研究は何処かで進められているらしいのだけれど。


 なのでマジックバッグを作れる職人というのも、特定の特殊なジョブを持った人に限られるらしい。

 普通の魔道具職人では、マジックバッグは作れないってことだ。

 ダンジョンからも稀にしか取得できないし、希少性が高ければ当然値段も高くなる。

 ってことで、このお値段ってわけだ。


 流石に、冷やかしを誤魔化すために買うには、あまりに高価な品だ。

 ここはやはり、野外で使うランタンとかその辺りでお茶を濁すのがベターだろうか。

 ああでも、小ぶりなウエストバッグ型の物ならちょっと欲しいかも。裏技が解禁された現状、回復薬をリュックやカバンから取り出すのは少し手間なのだ。

 ウエストバッグなら、その点楽かも知れない。それにマジックバッグなんて、幾らあっても困るようなものじゃないしね。

 でもでも、やっぱりお値段がなぁ……。


 なんて、小さく唸りながらケースの中を眺めていると。

 ふと私好みの、小洒落たウエストバッグ型が目に入ったのである。

 お値段も五〇万と、この中では最安の一つ。となれば気になるのは内容量だけれど。

 お姉さんに確認してみれば、回復薬を持ち運ぶには何ら困らない事が判明。


「ぐぬぬ……」

「お客さん、迷った時は買っておくべきですよ。ウエストバッグ型は、特に冒険者の方に人気の商品ですし、こちら展示品限りの一点物となっておりますので、恐らくこの機を逃しますと……」

「ぐぬぬぅ!」


 お姉さんのセールストークが私を攻め立てる!

 斯くして!

 私は呆気なくお会計カウンターの前に立ち、お財布の中から金貨をドチャリと取り出し、トレーの上に並べたのである。

 ああ、私の五〇万デール……と、モチャコやゼノワにせがまれて買わされる分の、ランタン代七五〇〇デール。

 お財布にダイレクトダメージである。


 尤も、ダンジョン攻略でそれなりに儲けているからね。

 悲鳴を上げるほどではないけれど……でも、ソロ活動を始めた当初の所持金が一〇万デールだったことを思うと、どうしたって胃がキリキリしてくるってものだ。

 ランタンくらい、モチャコなら片手間で作れるくせに! 何なら私だってそれくらい作れるのに! ぐぬぅ!

 なんて、恨みがましく横目でモチャコを見てみれば。


「ねぇミコト、ちょっとその子の話を聞いてあげてよ。さっきっから何だか浮かない顔をしてるんだけど。アタシ心配なんだけど!」


 と、耳元でそんなことを告げてくる。

 何の話かと彼女の指す方を見てみれば、なるほど確かに暗い表情の女の子が一人。飛び回るモチャコを目で追いかけていた子だ。

 お姉さんの隣にちょこんと座って、ぼんやりしている。

 見ず知らずの人に声をかけるというのは、たとえ相手が子供と言えどあまり得意ではないのだけれど……。

 とは言え、スルーしてはモチャコがうるさいに決まっている。


 私は意を決し、一先ず私にマジックバッグを売りつけたお姉さんの方へと、質問を投げてみることにしたのだった。

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