第五八四話 タルファ

 のどかな天気。

 のんびり揺蕩う雲を遠目に眺めながら昼食を済ませ、そろそろ出発しようという午後一時半。

 不意にモチャコが思い出したかのように口を開いた。


「そう言えばさ、町とか村に立ち寄ったりはしないの? アタシそーゆーの楽しみにしてたんだけどっ!」


 普段はおもちゃ屋さんごといろんな場所に転移して、現地の子供たちと交流を持つモチャコたち。

 けれど逆に、通常の移動手段を駆使して町から町を渡り歩く、なんて経験はあまりしたことがないようで。

 今回の旅では、そうした楽しみを密かに懐いていたらしいモチャコ。

 彼女の発した問いかけは、いっそ要望という方が相応しいものだった。

 それを受け、私は腕組みをして考える。


「うーん、どうしようかな。確かに食料や消耗品の買い出しなんかはしたいし、ドロップアイテムも売却しないと、マジックバッグをどんどん圧迫する一方だけどさ」

「だったら行こうよ! ほらほら地図出して!」

「グラグラ!」


 急かされ、畳んだ地図をモチャコに手渡す。

 彼女は身の丈以上に大きなそれを、バサァッと豪快に地面の上へ広げると、早速現在地と最寄りの町を探し始めた。

 が。


「ミコト、アタシたちって今何処にいるのさ?!」


 あっという間にギブアップである。

 しかし実際問題、山や谷や森なんかを好き勝手突っ切ってきた私たちである。

 道なりに現在地を割り出すことは難しく、モチャコが首を傾げるのも無理からぬ事だった。

 とは言え、道なりにこそ進んではいないものの、リィンベルからグランリィスへ向けて直線移動をしてきたわけで、必然現在地は出発地点と目的地を直線で繋いだ、その途中にあるってことは間違いない。

 であれば、後は移動した感覚や周囲の地形なんかを参照しつつ地図を確認すれば……。


「ええと……多分この辺りだね」

 地図の一点を指でとんとんしてやると、モチャコとゼノワはふむふむと訝しむでもなく鵜呑みにしてくれた。

 そうしてすぐに、進行方向上にある最寄りの町を見つけ、揃って顔を輝かせたのである。

「ミコト! ここ! ここに行くよ!」

 バンバンと地図を叩いて激しいアピールをしてくるモチャコ。ゼノワも乗り気な様子。


 彼女らの指す町は、存外ここから距離があり、しかもグランリィスへの直線ルートから些か外れている。

 が、まぁ。

「寄り道も旅の醍醐味、か」

 ってわけで、移動と鍛錬ばかりだったグランリィスへの旅路は、少しばかり趣を変え。

 進路を変更し、町へと立ち寄ることが決定したのだった。



 ★



 翌々日。

 やや曇りがかった空のもと、早くもよく動くようになったプチゼノワを頭に乗せ。

 私は既に遠からず認められるようになった町へ向けて、のんびり徒歩を進めていた。


「もうすぐ着くけど、モチャコは町に行って何がしたいのさ?」

 と、今更な疑問を、右肩に乗っかり足をプラプラさせているモチャコへ投げてみれば。

「え? そりゃぁ、観光とか子どもたちとの触れ合いとかかな」

 という、尤もな返答があり。

 少しだけ不安に思った私は、余計なお世話かと懸念しながらも念を押すことにしたのである。


「分かってるとは思うけど、大人と一緒にいる子に無闇に話しかけちゃダメだからね? きっと面倒なことになるもん」

「分かってるよ。アタシが何年妖精やってると思ってるのさ!」

「……そう言えばモチャコの年齢とか知らないや」

「ガウ」


 長生きらしいってことは知ってるけど、具体的にどのくらい長生きなのかとか、モチャコの実年齢がどのくらいか、なんていうのは、ちゃんと訊ねたことがなかった気がする。


「モチャコって今何歳なの?」

「んん? 何歳って、そんなの数えてるわけ無いじゃん」

「えぇ……」

「なにさ。っていうか、妖精で自分の歳を数えてるやつなんて、そんな変わり者はそうそういないよ!」

「そ、そういうものなの……?」

「グルゥ?」

「そういうものなの! 季節なんて気づいたら変わってるものでしょ。確かにそういうのを数えるのが好きなやつも居るけどさ、アタシはさっぱりだよ」


 そう言われてみると、ちょっとだけ分かる気がしないでもない。

 例えば生前の世界でも、年が明けても暫くは前の年のつもりで過ごしていたり。

 〇〇は何年前の出来事だ、とか言われてもしっくりこなかったりして。

 二〇年にも満たない私の人生の中でも、年単位の感覚っていうのは結構曖昧だった。

 それが人間より遥かに長い時間を生きてるっぽい妖精である。

 数えるのが面倒くさくなるのもまぁ、仕方がないのかも知れない。


 まぁ尤も、そういう分野にこそ興味を持つ妖精だって居るには居るのだけれど。

 彼らの作るおもちゃは、ちょっと年長者向けと言うか、学者の卵向けと言うか。

 なかなかに難解で不思議なものが多い。

 ひょっとすると人間の学者の中には、そうしたインテリ師匠たちのおもちゃを、幼い頃に手にした人なんかが存在するのかも知れない。

 そう考えると、需要の多彩さってものが見えてくる。


「捨てる神あれば拾う神あり……かぁ」

「ガゥ」

「そんなことより、そろそろだよミコト!」

「おっと」


 モチャコに言われ、見上げた遠くの空から目の前へと視線を戻すと、確かに町の入口まで残り数十メートル。

 門番さんなんかは、バッチリこちらを捉えており。

 私は小声で、ゼノワへと告げたのである。


「ゼノワ、町の中……っていうか人前で絡繰霊起は使っちゃダメだからね。プチゼノワは他の人にも見えるらしいし、下手をするとモンスターに間違われちゃうから」

「グラゥ」


 頭の上で体を動かすトレーニングをしていたゼノワは、注意を受けてそそくさと私の懐へと潜り込んできた。ちょっとくすぐったいんですけど。

 どうやら術を解除するつもりはないようなので、見つかりそうになるまでは私からも解除は行わない。

 プチゼノワを懐に忍ばせ、モチャコは堂々と右肩に乗っけたまま、少しだけドキドキしつつ歩みを進める。


 斯くして私たちは、タルファの町を訪れたのである。



 ★



 タルファの町は、これと言って特徴的な何かがあるわけでもない、なかなかに素朴な町だった。

 強いて言えば、時計塔のないリィンベルのようなもので。

 正直観光のし甲斐がある場所とは言い難い、けれど穏やかな空気の流れる、良くも悪くも平凡な町である。

 とは言え、それは町に踏み入れてざっくりと感じた感想でしか無く、この町の何を知っているわけでもない私の、テキトー極まりない雑感に過ぎない。


 もしかすると、門番さんの

「何もないところですが、ゆっくりしていって下さい」

 という言葉に引っ張られているのかも知れない。

 まぁそれでも、何もないと言う割には整った町であり。宿もお店もギルドも一通り揃っているようなので、そういう意味においても平凡。

 もしかすると、存外快適に過ごせる町なのかも知れない。


「でも、こういう平凡な町にこそ、意外と何かの『切っ掛け』が埋もれてたりするんだよね……油断せずに行こう」

「ガウガウ」

「何を警戒してるのやら。それよりミコト、早く観光観光!」


 案の定、私の肩の上に居ても一切気づかれなかったモチャコが、待ちきれないとばかりに急かしてくる。

 こんな風に町門を通るだなんて初めての経験だと語る彼女は、平凡な町でも十分に楽しめるようだ。


 時刻は一一時過ぎ。

 急いで用事を済ませる必要もないため、モチャコに言われるまま早速町の中をあっちこっちと歩き回ることに。

 リィンベルでのダンジョン攻略のおかげか、マッピングのスキルにより脳内にはこの町の地図が生成され、一度通った道を忘れることも無くなった。

 マップウィンドウに頼らずとも、今や町歩き程度なら問題なくこなせるわけである。

 これがなかったら、私はきっと今でもダンジョンに潜ったままだったんじゃないだろうか。


 マッピングは冒険者にとっては必須レベルと言っても過言じゃないくらい、非常に有用なスキルだ。

 でも、誰もがそれを覚えられるわけじゃない。

 と言うかむしろ、覚えられる人のほうが少ないってソフィアさんが言ってたっけ。

 だからこそPTにマッパーをこなせる人員が必要とされるし、ダンジョンマップの価値も高いと。


「もしかすると、私が思ってるよりも普通の冒険者PTって、少ないスキルをやりくりして、助け合って活動してたりする……のかな?」


 むぅ。思いがけない気付きである。

 それを得られただけでも、この町を訪れた価値はあっただろうか。

 それにしても、どうやら私はまだまだ自分の異常さをきちんと把握できていないらしい。

 もっと見聞を広げなくては。

 モチャコに振り回されながら、密かにそんなことを思うのだった。

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