第五八三話 生まれたての

「出来た!」

「えぇ……」


 絡繰霊起の本格的なレクチャーを受け始めて、一〇分弱。

「取り敢えず試しにやってみなよ」

 と言われ、説明してもらったとおりに術を試みてみれば、存外それは簡単に発動し。

 その結果。


「グラァ!」

「おお! プチゼノワが動いてる!」


 媒体であるプチゼノワには、劇的な変化が生じたのだった。


 そも。

 絡繰霊起とは、宿木の応用であり。

 加えて普段からコミコトなんかを操作している私にとっては、感覚を掴むのにさしたる苦労は感じられなかったのだ。

 コツは宿木を自身の体ではなく、媒体に対して発動するイメージだと言われたなら、脳裏を過るのは精霊降ろしの巫剣を振るう時の感覚。

 とどのつまり、私の中には既に絡繰霊起を発動するのに十分なヒントと経験が蓄積されていたというわけだ。


 むむむと私とゼノワが同時に意識を集中し、慎重に術を紡いだなら、不意にゼノワの体はツルンと媒体の中へと吸い込まれ。

 そうして絡繰霊起が発動に至った今、私が掬うように両手に乗せたプチゼノワのクリスタルボディは、たちまちスゥっと銀色へと変色したのである。

 その結果、正しくゼノワそのものをちっちゃくデフォルメしたような、愛らしい姿へと変身を遂げたのだ。

 作り物だった瞳には、確かな生気が宿り。まるで産声でも上げるかのように鳴いた彼女。

 けれど。


「ガ、ガウ……?」


 不意にコテンとバランスを崩して転び、なかなか起き上がれずにいるではないか。

 私が心配して眉根を寄せれば、直ぐにモチャコが解説を入れてくれた。


「身体の操作には慣れが必要だからね。ここから先は、ゼノワが媒体を上手く操れるように頑張る番だよ」

「おお、ゼノワが鍛錬!」

「グルァ!」


 元気の良い返事を返すゼノワ。やる気は十分なようだ。

 どうやらプチゼノワボディを上手く操れるかどうかは、ゼノワの努力次第であるらしい。

「なら、私はどうしたら良いの?」

「当面は、術の維持がミコトの役目だね。後はゼノワが身体に慣れてからだよ」

 ということで、絡繰霊起に於ける私の鍛錬ターンは終了してしまったみたいだ。


 媒体作りにこそちょっと手間取ったけれど、早速手持ち無沙汰に陥ってしまった。

 仕方がないので通常のスキルや体力作りの鍛錬を行いながら、ひたすら移動を繰り返すことに。

 いつもの鍛錬も私にとってはとても大事なことなので、特に不満ということもないのだけれど。


(せっかくだし、今のうちに遠距離型の戦闘スタイルについて考えておこうかな)


 射撃を得意とした二体目の骸。

 彼女から引き継いだ力を用いれば、きっともっと器用な戦法を生み出せると思うんだ。

 上手く行けば王龍戦や、これからの戦いにも役立つことだろう。



 ★



 時刻は正午を過ぎ、適当な木陰に腰を落ち着けてのお昼休憩を挟んでいるところ。

 気づけば春もすっかり深まり、流石に夏にはまだまだ早いものの、晩春は着実に近づいてきていた。

 見上げれば葉の色も濃くなり始めているように思える。

 木漏れ日の光に目を細めていると、ふわりと吹く風に被ったフードが小さく揺らされた。

 良い心地である。


「グルゥゥ! グラァァ!」

「頑張れゼノワ! そうそう、いい感じ!」


 隣を見れば、背から降ろしたマジックバッグを舞台に、ゼノワが絶賛絡繰霊起の特訓中。

 まるで孵りたての雛が如く、おぼつかない調子で一生懸命に身体を動かそうとしている。

 当人は真剣そのものなのだろうけれど、傍から見るぶんにはすこぶる愛らしく思えた。

 と同時に、やる気も湧き上がってくる。


(ゼノワが頑張ってるのに、私がボケっとしてる場合じゃないな)


 遠くを見渡せば、草原を徘徊するモンスターの姿がチラホラ。

 こうして眺めている分には、野生動物がうろついてるだけの、ある意味のどかな、牧歌的な風景に見えないでもない。

 けれど一度距離を詰めようものなら、間違いなく殺し合いにまで発展するのだから、距離感の重要性というものを教えられているような気分にもなる。


 絡繰霊起がゼノワの上達待ちに突入した以上、今私が優先するべきは、もう一つの戦闘スタイルを開発することだ。

 別に無くちゃ困る、と言うほどのことでもないのだけれど。

 しかしせっかく骸から受け継いだ力である。出来ることならしっかりと役立てたいじゃないか。

 そのための新スタイル。

 なにかすごい事が出来そうな予感だけはあるんだ。


「取り敢えず、遠くにいるモンスターを適当に狙撃してみる? ……いや、それだと動かない的を撃つのと大差ないよね。あんまり意味はないし、わけも分からず殺されるとか相手側も嫌だろうし。だとすると……」

「……なんかミコトが、物騒なことつぶやいてるんだけど」

「グラ……」


 モチャコとゼノワの視線を感じながらも、私はすっくと立ち上がる。

 お昼ごはん前に、もうひと頑張りである。


「ちょっと行ってくるね。すぐ戻るから!」

「え、ちょ、ミコト?!」


 エアハンド移動法……長いな、名前をつけておこう。

 ええと、空を掴み引き寄せて飛び上がるから、『空引(そらひき)』でいいか。


 空引にて一気に宙へと舞い上がると、遠くのモンスターめがけて一直線に接近を試みた。

 時折脚力を駆使しての跳躍も交えてやれば、その移動速度はなかなかのものである。

 軽く二〇〇メートル以上は離れていたモンスターへ、僅か数秒の内に接近を果たし、しかと互いを『敵』と認識した次の瞬間である。

 一先ず挨拶代わりの無属性魔法、魔弾をそいつめがけて撃ち込めば。

 鼻っ柱を赤くした、そのゴブリンの一種と思しき人型のモンスターは、私が射撃型の魔法を扱うのだと正しく認め、警戒の色を濃くしたのである。


 これで準備は整った。

 ただの的から、警戒を顕にした敵へと移ろったゴブリン。これで勝負の体裁は成っただろう。

 なれば、次である。


 私は奴が何かしらの行動を起こすよりも早く、空引にて一気に高度を上げ、奴の攻撃が届きようのない安全圏にまで遠ざかった。

 こちらが射撃魔法持ちだと知っているゴブリンは、尚も警戒の色を薄めること無く。

 むしろ、何を仕掛けてくるつもりかと厳しい表情を作る。


 そんな奴へ向けて、私は。

 地魔法で作った円形の刃を投擲。

 それはさながらUFOが如き不可解な軌道でもって飛行し、ゴブリンを翻弄しながら、あっという間に彼我の距離を詰めていったのだ。

 投擲後も自由自在に軌道をコントロールできる、刃の魔法。

 緻密な魔法制御能力が要求されるため、確かにある程度の器用さがなければその価値を十全に引き出すことは出来ないだろう。

 けれど。


「……ダメだ、簡単すぎる」


 バスっと、呆気なくゴブリンの首が飛んだ。胴体は力なく倒れ。

 そうしてすぐに、黒い塵へと代わっていった。

 魔法も制御を解除したなら、ボロボロとたちまち空中分解し。まるで何事もなかったかのような現場には、ただゴブリンのドロップアイテムだけが悲しげに転がっていた。


 ストンと着地し、それら戦利品をマジックバッグにしまいながら、私は考える。

 円刃のコントロールが舞姫を操る時の感覚に似ていたことも原因だろうけれど、それにしてもこんなに容易い技では到底満足できない。

 もっと難度が高く、そして同時に強力な技。

 そういった技術を私は求めているのだ。


「もっと工夫しないと……発射後にコントロールを行うっていうのは有用だし、それなりの難しさもあって悪くはないんだけど、もうちょっとこう、なんか……」


 ブツブツと試行錯誤しながら、私はその後もモンスターを狩り続け。

 結局モチャコたちのもとへ戻ったのは、それから一時間ほど後のことだった。


 その甲斐もあり、一応アイデアは芽生えたのである。

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