第五八二話 プチ
時刻は午後六時を過ぎ。
例によってテントを張り、身を清め、晩御飯を済ませてからモチャコやゼノワと一緒におもちゃ屋さんへと戻った私。
イクシス邸での快適な日を挟んだせいで、なんだか不便さを思い出した気分である。
とは言え、すっかりテント設営も食事の用意も火起こしも慣れたもので、手際はモチャコも感心するほどに良い。
ちょっぴり得意げである。
そうこうしておもちゃ屋さんへと帰宅するなり、早速作業部屋にて机へと向かう私たち。
目的は当然、ゼノワの媒体作りにあった。
昼間、結局一日中野山を走ったり跳んだりしながら、絡繰霊起に用いる媒体についての話し合いを行っていたのだ。
その甲斐あって、ようやっと完成形のイメージも掴むことが出来、あとはこの場でそれを形にするだけという段階である。
予定としては、明日から実際に絡繰霊起の修行に取り掛かるつもりなので、この時間で仕上げなくてはならない。
とは言え、作成する物自体はそう難しい形状をしているわけではない。
既に試作品も、昼間の内に適当に拾った石ころで何度も作成し、ゼノワにもOKを貰っている。
なので問題となるのは、素材選びなのだけれど。
「ゼノワは相変わらず、何の精霊なのかよく分かんないまんまだからね。とりあえずこれを試してみたら?」
そう言ってモチャコが持ってきたのは、一見して氷と見紛わんほどに透き通った、無色透明の水晶だった。
「モチャコ、これは?」
「グル?」
問うてみると、彼女は勿体つけるでもなく教えてくれた。
「『精霊石』っていう、精霊力と親和性の高い石だよ。とにかくクセがないから、どんな精霊ともそれなりに相性が良いはず。逆に、これがベスト! っていう精霊もいないけどね」
「へぇ、動物にとっての水みたいなものかな?」
「そうかもね」
机の上に置かれた、およそ一〇センチ程の透明な立方体。
それをしげしげと眺めながら、ゼノワへと確認してみる。
「どう? これで大丈夫そう?」
彼女も同じくしげしげと精霊石の立方体を眺め、かと思えばペシペシ叩いてみたり、光魔法で照らして「キュァ~」と反射や屈折を楽しんだりして、最後にはこくりと大きく頷いてみせた。
「グル!」
「よかった、問題ないみたいだね」
「なら、早速クラフト開始だよ!」
「終わった!」
「だから速いって!」
既に模型は出来ていたのだ。
なら後は、その形同様に加工すればいいだけの話。
ツンと指先で精霊石をつついた私は、瞬間的にクラフトスキルを行使。
シュパッと立方体の形状を変化させ、模型と寸分違わぬそれを瞬く間に作り上げたのだった。
「ギャルゥ! グララ!」
「お、気に入ってくれた?」
「グラゥ!」
珍しい鳴き声である。喜んでいるようだ。
出来上がったのは、さながらクリスタルフィギュア。
模しているのは幼竜の、即ちゼノワの姿である。
ただでさえ幼竜なのに、それを更に手のひらサイズへ落とし込んだ、プチゼノワ。
話し合いの結果、ゼノワが操ることになる絡繰霊起の媒体は、このプチゼノワという形で作成することになったのだ。
それというのも。
「作っておいてなんだけど、本当にこんな小さな媒体で良いのかな……? これがゼノワの体になるんだよね?」
「だから言ってるじゃん。媒体は育つから、そのうち大きくなるって」
「グラァ」
そう。モチャコの話によると、精霊の媒体となった物質にはどうやら、特殊な変化が生じるらしいのだ。
具体的には、起こる変化は三つ。
一つは物質の変化。
一つはサイズの変化。
一つは形状の変化。
精霊が宿った媒体には、先ず物質変化が生じるのだそうだ。
変化は精霊によって千差万別。媒体のもともとの素材が何であろうと、絡繰霊起を使い続けている内に、契約精霊に最も適した物質へと自然に作り変えられていくとかで、極端な話適当な石ころを素材に選んだとしても、最終的に行き着く場所は同じなのだとか。
ただ、素材と精霊の親和性がもともと高ければ、その分だけ早く媒体に変化が生じ、スムーズな成長が出来るのだと。
あともっと単純な話、親和性の低い素材は精霊が嫌うらしい。
ある程度媒体の物質的変化が進むと、次はサイズが大きくなるようだ。
それ故に、最初の媒体が小さくとも問題はないと。
それどころか、媒体が小さいほど操るのは簡単であるため、操作に慣れるにはむしろ小さな媒体からスタートするのも十分に有効な選択なのだとか。
そうして、次第にサイズが大きくなるにつれ、段々と形状にも変化が見られるらしい。
精霊自身が望む姿へ。或いは、あるべき姿へ。
どんな姿になるのかは、育ってみてのお楽しみというやつである。
そういうの、ワクワクするんですけど。
そしてこれにはゼノワも同意を示し、巨大化に憧れを抱いていた彼女がプチゼノワにゴーサインを出したのも、この成長要素があったればこそだった。
とは言え、最初は媒体そのままのプチゼノワが、ゼノワの仮初の体になるわけだ。
細かなディテールへのこだわりは凄まじく、昼間の試作で何回リテイクを食らったかも分からない。
しかしその甲斐あって、どうやら完成品は一発で気に入ってくれたようだ。
早速光魔法で照らし、キラキラ光るクリスタルなプチゼノワを愛でるゼノワ。
目をキラキラ輝かせて、ご満悦な様子である。
媒体作りもスムーズに済み、後はいつもどおりに魔道具作りの修業を経て、自室でアルバムのチェックと日記をカキカキ。
どうやらオルカたちも、三一階層一日目の探索を無事に乗り切ったようで一安心である。
私も彼女らに負けないよう、明日もしっかり頑張らねば。
★
一夜明け。
朝のルーティーンを滞りなく済ませた私たちは、昨日のキャンプ地へと転移。
テントなどが荒らされていないことを確認した後、手早く朝食と後片付けを済ませると、早速今日の活動を開始したのだった。
崖登りに利用した見えざる手、エアハンドと地魔法を併用した移動方法。
これってもしかして、水平移動にも利用出来ないだろうかと考えた結果、現在私は世界的に有名な某蜘蛛男さんを参考にした移動方法を実践するに至っており。
用いたのは件の風魔法、エアハンドに加え、地魔法の代わりに空間魔法を併用している。
手順は至ってシンプルだ。
一、先ずは適当に離れた位置の空間を固定。なるべく高い位置が好ましい。
二、エアハンドを伸ばし、固定した空間を掴む。
三、伸ばしたエアハンドを収縮させ、その勢いで身体を宙に放り投げる。
四、手順一へ戻る。
勿論、空間魔法を使うまでもなく、掴まっても大丈夫そうなグリップポイントがあるのなら、そちらを利用しても良い。
独特な移動感は、さながら絶叫系アトラクションめいており、自在に空を切って突き進む爽快感は何とも癖になりそうだった。
身体に掛かる重力は確かにそれなりのものがあり、かと思えばふわりと突然訪れる浮遊感。
空中に投げ出され、落下する前に次のグリップポイントを用意しなくちゃならないというスリルやテンポ感も小気味よく、新感覚のスポーツって感じまである。
一言で言えば、チョー楽しー!
「うはははははー!」
「ちょっとミコト! 絡繰霊起は!?」
「ガウガウ!」
「あ、はいはいやります!」
器用に隣を飛ぶゼノワとモチャコに窘められ、一旦地上へ降りることに。
うっかり着地に失敗して足を捻ったりしてはバカらしいので、風魔法や重力魔法を併用したスマートな着地をスチャッと決め。
早速マジックバッグより取り出したるは、昨夜作ったクリスタルプチゼノワ。
絡繰霊起の媒体となる、重要アイテムである。
「それじゃモチャコ師匠。レクチャーのほど、よろしくお願いします!」
「グルゥ!」
「うむ!」
斯くして、準備だけで丸一日費やした、絡繰霊起習得のための修行が、ようやく幕を開けたのだった。
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