第五八一話 媒体

 頂上が見えてきた。

 見えざる手を操り、地魔法にてこさえた突起を掴んで、ぐんぐん身体を断崖の上へ上へと運んでいく。

 思いがけず単調な作業だ。

 だから、ということもないのだけれど、私の意識はもっぱら、傍らをゼノワに跨り飛んでいるモチャコへと注がれていた。

 いや、彼女の述べた言葉にこそ、か。


「媒体は、私が手作りしていい……ってことは、ゼノワをさらにイカした姿で顕現させられるってことなんじゃ……?!」

 魔法を使うだけで、息切れなどするはずもなく。

 トーン高めにモチャコへそう確認すれば、しかし彼女は小さく首を横に振ってみせた。


「いやいや、そう簡単なことじゃないんだよミコト。大事なのは精霊がそれを気に入ってくれるかどうかだもん、素材の相性とかも考えなくちゃいけないし、ミコトの好みが完全に反映できるわけじゃないのさ」

「素材の相性……っていうと、火の精霊なら火と親和性の高い素材で媒体を作らなくちゃならない、みたいな?」

「そうそう」

「グラグラ」


 なるほど、確かに言われてみればもっともな話である。

 精霊の操る仮初の身体となるのだから、当の精霊にとって都合の良い物でなければ、媒体には成りえないというのは当たり前。


「それに、媒体のデザインも重要だしね」

「気に入らないデザインじゃ使う気がしない、か」

「そういうこと」

「グゥ」


 精霊を宿す媒体っていうもんだから、てっきり霊験あらたかな神器が必要なのじゃ~!

 みたいな話かと思っていたのだけれど、存外そうでもなかった。

 むしろ理にかなった話であり、そういうことならゼノワと相談のし甲斐もあるというものだ。

 幸い、ゼノワと私の美的感覚というのは、実のところ似通った部分が多く。

 それ故、デザインに関しては然程の心配もないだろう。


「ってなると、先ずはゼノワと相性の良い素材の割り出しを行うべきかな?」

「ゼノワの場合、それが問題でしょ」

「ガウ……」


 眉をひそめるモチャコと、困り顔のゼノワ。

 かくいう私も、顎に手を当てて思案に耽る。


 ゼノワと出会ってから、なんやかんやで数ヶ月。

 今となっては、何だか生まれたときから一緒に居た気さえする、不思議な関係性の相棒だけれど。

 しかして今に至って尚、彼女が何の精霊なのか、という点については謎なままであり。

 そうなると必然、相性の良い素材というのもまた、想像がつかないというのが本当のところだった。


「相性の良い素材か……ゼノワとしては、その辺どうなの? この素材が好き! みたいなのってある?」

「ギャウ」

「なるほど、綺麗なやつね……」

「ゼノワらしいじゃん」


 派手好きな彼女だ。ならばなるほど、綺麗な素材は確かにゼノワの好むところかも知れない。

 でも、綺麗な素材ってなんだろう? 鉱石とか、宝石とか、或いは世にも珍しい何か? 光を放つ謎の物質、みたいな。


「まぁ、そこら辺はいろいろ試してみる他ないか」

「ガウ」

「なら先に、デザインの方を考えちゃいなよ」

「だね」


 やれるところからやる。分かる問題から解く。効率的に物事をこなす上での基本だ。

 尤も、特定の手順ってものが重要視される場合もあるため、『やれるところから』という解釈には注意が必要なのだけれど。

 今回の場合は、先にデザインを決めてから素材を選んだとて、特に問題は生じないだろう。

 ってことで、早速どんな形が良いだろうかと思案し始め、ふと基礎的な部分で引っかかりを覚える。


「ところで、サイズってどのくらいが良いとかある? 山のように大きくなくちゃダメとか、手のひらサイズでもOKとか」

「それも精霊と要相談」

「ふむ。ってことだけど、そこら辺はどう?」

「グラァ」

「デザインによる、か」


 例えば怪獣を模したデザインなら、でっかいほうがロマンがあるだろう。

 でも、可愛らしい小鳥のデザインなら、小さい方が適している。

 だからデザインによる、と。

 ゼノワめ、なかなか分かってるじゃないか。


 しかしそれならどうしたものか。先に大きさを決めてからデザインを始めようか。

 それとも、その絡繰霊起とやらの『使用目的』に沿った大きさやデザインを踏襲して考えるべきかな。

 っていうか、そう言えば絡繰霊起は精霊に身体を与える術、っていう概要こそ聞いたけれど、それ以上に詳しい部分はまだ曖昧なままだった。

 先ずはそこら辺をもうちょっと確認する必要がありそうだ。


「ねぇモチャコ、そもそも絡繰霊起って何のための術なの? 精霊に身体を持たせてどうしようっていうのさ?」

「えー? そりゃぁ……あー……精霊にとってのおもちゃ、みたいな……?」

「お、おもちゃ……」


 ラジコン感覚ってことですか。もしくは、乗り込んで操作できるロボットか。

 そう考えるとまぁ、私としてもロマンは理解できるわけだけれど。


「あ、でも昔は、戦うのに使ってたらしいよ」

「妖精や精霊が戦うの……?」

「そういう時代もあったんだよ」

「へぇ……」


 どこか他人事のような顔でそう語るモチャコ。

 恐らくは、彼女よりも前の世代の話なのだろう。もしかするとアーティファクトなんかが製造されていた頃の事かも。

 その頃は絡繰霊起によって、精霊が実体を持って力を振るっていたりもしたってことだ。

 そう考えると、一気に話が伝説めいてくる。そんな伝説の術を指して、『おもちゃ』と表するモチャコって……。

 まぁ、今の彼女らは、絡繰霊起に頼らずとも十分な戦力を有しているしね。そもそも戦う機会からして殆どないし。精々、資材集め用の人形がモンスターを討伐するくらいだろうか。

 それで言うと、よくも精霊術そのものが廃れること無く、今まで引き継がれているものだと思わないでもないが。


「ガウガウ!」

「そうだね、戦うのに使うとなると、ゼノワも物理攻撃が出来るようになるってわけだ」

「だったらやっぱり、大きくて強そうな身体が良いんじゃない?」


 シンプルな発想だけれど、それ故にこそ真理に近いだろう。

 大きな体で大きな力を振るえば、必然それだけで十分な戦力を獲得することが出来る。

 質量を大雑把にぶつけるだけで、大抵の敵にとっては恐るべき脅威と成り得るのである。

 であれば、デッカイは正義。大きさこそ力。実に脳筋めいた考え方だが、的は射ている。

 が、しかし。


「確かに悪くないだろうけど、その分デメリットもあるよね。大きければ目立つし、狭い場所じゃ使えない。それにきっと、身体を動かすためのエネルギーだって、その分余計に掛かると思うんだけど」

「む。流石アタシたちの弟子、よく分かってるじゃん」


 満足気にウンウン頷くモチャコ。

 どうやら指摘した点はどれも、その通りだったらしい。

 加えて言えば、媒体の持ち歩きにだって困ってしまうだろう。私のようなストレージを持っていたり、或いは妖精師匠謹製のスーパーなマジックバッグがあれば話は別かも知れないが。

 更には、媒体の制作ないし修理コストも考えると、大きければ良いというものでもないはずだ。


「ガウガウラ!」

「え、巨大化?! まぁ、ロマンだけどさぁ」


 ここでゼノワからの無茶振りである。

 どうやら、先日のココロちゃんを見てときめいてしまったらしい。気持ちは分かる。

 っていうか、見てたのか。あの時はモチャコたちと一緒に居たはずなんだけど、そこは流石精霊とでも言うべきなのかな?

 天を衝くほどの巨大ゴーレムを、それと同等のサイズまで巨大化し、一撃で破壊したココロちゃん。

 さながら神話が如き光景だった。そりゃぁ感銘も受けようというものである。


 そうなると、ゼノワのために巨大ロボットを……っていやいやいや、それはロマンが暴走し過ぎか。

 それこそコストも馬鹿にならないし、技術的にも……まぁ、師匠たちの力を借りれば出来なくはないかもだけど。

 しかし何にせよ、実用性に現実味が薄い。

 でも、サイズを変えられるっていうのは……出来なくもないか?


「ふむ……ところでさ、モチャコ。媒体っていうのは、一つしか用意しちゃダメなのかな? 場合によって使い分けとか出来たら便利かなって思ったんだけど」

「ガウガウ!」

「ん、そりゃ一つしかダメってことはないけどさ、複数の媒体を使い分ける術士なんてめったに居ないよ?」

「? なんで?」

「媒体が育たないから」

「?!」


 媒体は、育つ!?

 絡繰霊起。思ったより奥深い術のようだ。

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