第五八〇話 察しの良いミコト

 スキルを使いながらのランニングは続く。

 時刻は午前一〇時を回ろうかというくらい。

 スキルを使っているおかげでスタミナには余裕があり、余裕があるからスピードに振る。

 結果、なかなかエゲツない速度で今は、どこかの谷底を爆走中である。

 谷底を走ってると、以前ゴーレムと戦った時のことを思い出すなぁ。

 まぁそれはいいとして。


「ところでミコト、ゼノワが他の人に見えなくて不便だな、困ったなーってこと無い?」


 モチャコがふと、そんなことを問いかけてきた。

 脈絡から考えると、多分新しい精霊術に関する前フリだろうか。

 私はふむと小さく思考し、答える。


「まぁ……あんまりないけど」

「……だったらこの話、ここで終わっちゃうよ」

「え! ああ、あるある! ゼノワの可愛さを仲間たちに自慢したい時とかね! 私にしか見えなくて惜しいなぁって思うことは、確かにあったかも!」

「そうでしょうそうでしょう!」

「グラ……」


 慌てて記憶を引っ張り出し、「はい、ここにゼノワという精霊が居ます」だなんて仲間たちの前で彼女のことを紹介した時のことを思い出しつつ、モチャコの求めるアンサーを提示すれば、彼女は満足げにウンウンと頷きを見せた。

 しかし確かに、仲間たちに向けてって考えると、ゼノワが私以外には見えないし触れもしないっていう現状は、不便なのかも知れない。

 まぁ、誰にでも見えるっていう状態になってしまえば、それはそれでモンスターと間違えられたりして面倒かも知れないけど。


「そんなミコトに、オススメの術があるんだけどなぁ。どう? 教えて欲しい?」

「そりゃ教えて欲しいけど。それってつまり、ゼノワを他の人にも見えるようにする術……ってこと?」

「ちっちっちぃ」


 モチャコが指を振っている。そのジェスチャー、異世界にも存在したのか。


「このアタシが教えようっていう術が、そんな地味なものなワケないじゃん!」

「ガウガウ!」

「お。ゼノワさんが派手な術なのかと期待されておりますが」

「それはミコト次第かな!」


 私次第で派手な術? なんだろう。ちょっと気になってきた。

「あと、ゼノワ次第でもある」

「ガウ?」

 ますます分からぬ。


「それって、なんて名前の術なの?」

「お、小賢しいねミコト。名前から内容を予想する作戦だなんて! 別にいいけどね!」

「教えて教えて!」

「グラグラ!」

「ふっふっふー、仕方ないなぁ君たちはぁ」


 ゼノワの背の上で、ご機嫌なモチャコ。

 彼女のそういう、とってもおだてられやすいところ、好きだなぁ。

 などと、私やゼノワが微笑ましげにしているのにも気づかず、モチャコは胸を張って言を継いだ。


「教えてあげよう、術の名前を! それは! 『絡繰霊起』!」

「からくりれいき……」


 この世界にも漢字が存在している、というわけではない。

 漢字のようなものはあり、謎の翻訳機能か或いはスキル、はたまたこの体に備わる脳みそが、それらの文字を漢字に置き換えて私に理解させるのである。

 結果として、私の頭はそれを『絡繰霊起』と処理し、受け取った。


「絡めて操り、霊……精霊が、起きる……?」

「もう! 名前だけで惜しいところ突かないで欲しいんだけど!」

「あ、おしいんだ」

「グゥ」


 加えて、ゼノワの姿を他者に見えるようにするっていう前フリ。

 そこから察するに。


「もしかして、ゼノワに身体となる何かを操らせて、実体を持たせる術……とか?」

「ぐ、ぐぬぬぅ……これだから……」

「正解?」

「…………ふんだっ!」

「正解みたい」

「ガウガウ!」


 勿体ぶりたがりのモチャコが、ヘソを曲げてしまった。

 でもまぁ、推察は的を射たらしい。けれど、かと言って未だ詳細は不明なままだ。

 であれば、ここでモチャコに拗ねられては困ってしまう。


「そんな術があるの? それをこれから教えてくれるって? 流石モチャコ、私の知らないことをたくさん知っててすごいなぁ! 尊敬しちゃうなぁ!」

「グラグラ~」

「……ま、まぁ? それほどでも、あるけど?」


 チョロい。流石モチャコ、チョロい。


「概要は察せられても、使い方なんてさっぱり想像がつかないや。モチャコ師匠、その『絡繰霊起』ってどうやるの?」

「まったく、ミコトってば知りたがりなんだからなぁ、誰に似たんだか」

「それは勿論、好奇心旺盛な師匠に似たんだよ!」

「そっかそっかぁ、それじゃぁ仕方ないなぁ。可愛い弟子のために、このモチャコ師匠が教えてしんぜましょう!」


 チョロすぎて心配になるよ。

 やっぱり私がしっかりしないと……!



 谷底を駆け続けていると、不意に前方に現れる断崖絶壁。

 グランリィスを目指すなら、真っ直ぐ行くのが最短距離だけれど、迂回って手もある。

 少し考えた後、私は崖を登ることを決めた。これも鍛錬である。

 それに、スキルが使えるのなら何も問題はない。


 今回用いますは、風魔法の【エアハンド】。

 空気を固めた、不可視の手を創造して操るっていう、なかなかに汎用性の高い魔法だ。

 これと併用して、地魔法にて即席のグリップポイントを手頃な位置へ形成し、エアハンドにてそれを掴み身体を引き上げていく、即ち魔法式ロッククライミングを実践しようというのだ。


 ただし、エアハンドの射程は長い。術者のスキルレベルだったり、魔法制御能力なんかにも左右されるところではあるのだけれど、長けた術者であれば一〇〇メートル以上も伸ばすことが出来るってソフィアさんが言ってた。

 そして、その点私には自信があり。

 とは言え一気に崖を登ってしまえば、それはそれで鍛錬の機会を逃すことになるため、およそ一〇メートル感覚でグリップポイントを生成、エアハンドでそれを掴み、ワシャワシャと壁面を駆け登る虫が如く崖登りを実行したのだった。


 そんな移動の最中も、ゼノワはモチャコを背に乗せたまま、難なく私の隣で浮かんでおり。

 会話も何ら滞り無く進んでいる。


「絡繰霊起には、必要なものがあるんだよ!」

「必要なもの? ……っていうと、アレかな。派手になるかどうかは私とゼノワ次第って言ってたのと関係があったりする?」

「グラ」

「むぅ、察しが良すぎる……まぁそのとおりなんだけどね!」


 おっと。またうっかりモチャコを拗ねさせるところだった。

 崖登りなんかより、余程気を使うコミュニケーション。難しいものである。


「絡繰霊起は、ゼノワに身体を与えるための術だよ。でも肝心なその『身体』は、何もないところから生じるようなものじゃない。術者が事前に準備しなくちゃいけないものなんだ」

「なるほど……」

「つまりは『媒体』だね。そしてこの媒体となる物は、何を用意してもいいってわけじゃない。精霊と相性のいい物じゃなきゃ、媒体として役には立たないんだよ」

「グル」


 モチャコの説明に、ふむと顎に手を当てて考える。

 ふと脳裏に浮かんだのは、とあるアイテムの存在で。


「それって例えば、『精霊降ろしの巫剣』とか?」

「! なかなか鋭いじゃん。当たらずとも遠からずっていうやつだよ」


 精霊降ろしの巫剣。それは、禁忌の一振りとして封じられていた、精霊を喰らうとされる恐ろしい古代の剣だ。

 現在は私が保持しているけれど、なかなかどうして出番がない。不憫剣である。

 まぁ朝のルーティーン時なんかには、結構鍛錬がてら使ってるんだけどね。

 如何せん実戦で振るうには、抵抗の強い武器となっている。

 だってそれは、精霊の力を戦闘に用いることと同義だから。

 私はそれを、あまり良いことだとは思えないんだ。

 妖精の作るおもちゃもそうなんだけど、そういうのはなるべく物騒な争いとは無縁のところにあってほしい。


 現に、精霊術を争いの道具にしよう、なんてやつを私は知らない。っていうか、精霊術を使えるのは妖精師匠たちくらいのものだからね。

 なら、そんな他の誰も知らないような術を戦闘に用いるっていうのは、他でもない私が精霊術や精霊の力ってものを、わざわざ汚しに掛かっているような気がして。

 それが、たまらなく気に入らない。

 だから、ここぞっていうタイミング以外では、精霊術や精霊降ろしの巫剣には頼らないようにしているわけである。


 まぁ、ゼノワが積極的に手を貸してくれてる場合は別だけどね。

 そういう意味じゃ、私はゼノワの厚意につけこまないよう、きちんと線引する必要がある。

 と、それはともかく。


「当たらずとも遠からず……もしかして、媒体となる何かっていうのは、自然に存在する石とか枝とかじゃなくて、私が手作りするべきものだったりする?」

「…………ぐぬぬ」

「ガウ」


 ……なるほど。

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