第五七九話 旅の目的
見晴らしの良い丘の上を、たったかと軽快に駆ける私。
時刻は午前九時を過ぎ、ご機嫌に照らす太陽は眼下の緑を青々と彩っている。
何とも心地の良い空気の中を、スイスイと泳ぐように走り、時折踊るように跳ね、遠慮なく自身に身体強化魔法を施しながらひたすらに息を弾ませた。
最初は頭に乗っかっていたゼノワも、今は隣を気持ち良さげに翼を広げて並走ならぬ並翔している。
それというのも、ゼノワの背に跨っていたモチャコから、クレームが来たからである。
私の頭にしがみつくゼノワ。その背に跨るモチャコ。という、鏡餅めいた状態で走っていると、当然モチャコへ伝わる揺れや衝撃というのが凄まじいものになるらしく。
「よ、酔う……ギモヂワル……」
と、顔を真っ青にし始めた彼女。
これにより、ゼノワは私の頭にしがみつくのを止め、モチャコを背に乗せている時は自力で浮遊ないし、飛翔するようになったのである。
その結果、
「まったく、ミコトは乗り心地が全然なってない! ゼノワのこの滑らかな移動を見習ってよね!」
などと、ご満悦のモチャコは謎のお小言をこぼし始める始末。
別に私、乗り物になった覚えはないのだけれど……。
っていうか、そんなに揺れが激しいのに、普段からゼノワはよくもまぁ文句も言わずにくっついているものだ。
なんてやり取りをしつつ、ふとモチャコが改めて問うてきた。
「ところでミコト、さっきからMPじゃんじゃん使ってるみたいだけど、それって大丈夫なの? ずっと鍛錬できないってボヤいてたのに」
「ん? ああ、そうだね。モチャコにはちゃんと説明しておかなくちゃね」
モチャコを始めとした妖精師匠たちには、ソロ活動の過程で体験した苦労やストレスなんかを、結構あけすけに相談して、一緒に解決策を考えてもらったりもした。
それ故にモチャコは、縛りのせいで私が満足な鍛錬を出来ず嘆いていたことをよく知っている。
それが一転、今はこうしてじゃぶじゃぶMPを使い、身体強化や各種スキル・魔法の鍛錬を並行しながら駆けているのだ。そりゃ不思議にも思うだろう。
ってことで、これを機に緩和された縛りについての説明をしておくことにした。
「実は、仲間たちと改めて話し合った結果、リィンベルで一通り『普通の苦労』ってものは既に体験できたってことで、ここからの活動に設けられる縛りには緩和が認められたんだ」
「へぇ、じゃぁもう鍛錬を我慢しなくていいってこと?」
「まぁね。一人旅をするに当たって、当初は『鍛錬ならいつでも出来る!』って豪語してたのに、全然それが上手く行かなかったからっていうのもあるんだけど……」
リィンベルでは、自分の考えが如何に甘かったかを痛感させられた。
まぁでも、結果として少しは常識も身についたし、ここからの旅は制限されていたスキル類の多くが解禁になったりもした。
「具体的には何が解禁になったの?」
「ガウ?」
良い質問である。
私は足を止めること無く、緩和された縛りの内容について彼女らへ語って聞かせた。
先ず原則として、解禁された能力は『人目を避けて利用すること』というのが大前提となる。
一部例外もあるけれど、基本的には他者に見られないように能力は行使されなくてはならない。
そして解禁されたスキル類はというと。
・汎用スキル(魔法)全般
・換装
以上である。
こうして考えるとあっさりして見えるけれど、汎用スキルの幅はとても広いからね。
相変わらずへんてこスキルの類は、ほぼほぼ封印状態だし、特殊スキル系も使用できないけれど。
とは言え、スキルレベル向上の為のトレーニングという名目でなら、一部解禁されているものもある。
代表格としては、そう。【物理無効】とかね。
私の使えるスキルの中で、一番再現の難しい特殊スキルだ。
まぁでも、ここだけの話。
発動さえしなければよかろうなのだ!
ってことで、実はソロ活動中の暇な時間(主に移動時間)などに、発動一歩手前の状態にまで魔力のカタチを持っていくっていう訓練は、地道にこっそりと続けていたりもした。
なので、現状でも既に実戦投入間近ってレベルまでは持ってこれてると思う。
流石にまだまだ、瞬時に発動可能! って練度には程遠いけれどね。
そのうちソフィアさんを驚かせてやるんだ。ふっふふふ。
逆に、使用を禁止されているものはと言えば。
・マップウィンドウ
・アイテムストレージ系
・転移系
・通信系
・心眼
などが主だったところだろうか。その他諸々って感じではあるけど。
まぁ場合によっては使用する場面もあるだろうから、あくまで私的な利用の禁止、みたいな感じだ。私のスキルなのにね。
他にも、他人に見られて困るようなスキルや技術、アイテムの使用も鍛錬以外の目的では使っちゃダメ、と。
後は移動にも使うべからず。スペースゲートとか飛行とか。
「……って感じかなぁ」
「うぅん……あれぇ? スキルって、個人がそんなにたくさん持てるものだったっけ……?」
「グラ」
「私の周りの人は、みんなたくさんスキル覚えてるし、きっとそんなもんなんだよ」
「…………」
そう言えば私、そこら辺の常識にはまだちょっと疎いかも。
でも、他人のスキルを詮索するのってマナー違反だしね。
私がスキルを詮索されちゃ困るように、他の人だって自分のスキルはきっと明かしたくないと思うもの。
だからその方面には、いまいち明るくない。
何だったら私、普通の人も実はたくさんのスキルを隠し持ってるけど、他人には明かしてないだけって説を推してるまであるもん。
まぁそれにしたって、私の持ってるスキルの量が、ただ事じゃないっていうのは理解してるつもりだけどさ。
魔力調律を駆使して、汎用スキルをバカみたいに再現、習得してるしね。そりゃ流石に普通じゃないよ。ソフィアさんも言ってたから間違いない。
だからこそ、人前で何でもかんでも使わないように、十分気をつけなくちゃいけないわけだけど。
「あとは、装備に関してだけど。これも鍛錬っていう用途に限ってなら、色々解禁されてるよ。だから裏技も使える。MPを気にしなくていいっていうのはそういう理由だね」
「はぁ、なるほどねー」
「グゥ」
なんとも、胡散臭いものでも見るような目でこっちを見てくるモチャコ。
努めてそれをスルーしつつ、私はそっと話題を逸しに掛かる。
「それらを踏まえた上で、旅の目的なんかもここで発表しておこうかなって思うんだけど」
そのように述べれば、表情をころりと変えて興味の色を示すモチャコ。
「え、なにそれ。この旅に目的なんてあったの?」
「そりゃあるよ。目的がなかったら、ただ遊び歩いてるだけになっちゃうじゃん!」
「違うの?」
「違うよ!」
「ガゥ」
失敬なやつである。
私はプンスコしながら、この旅に於ける目的を勿体ぶるでもなく発表した。
「この旅の目的は、三つ設定してあるんだ。一つはこれまで通り『普通』を知ること」
「ふんふん」
「二つ目は、さっき思いついたけど『遠距離型』の戦闘スタイルを確立すること」
「さっきって……それじゃぁ三つ目は?」
「そんなのは決まってるよ」
隣をゼノワに跨り飛んでいるモチャコ。
キョトンとしたその表情へ顔を向け、私は笑みを作って言った。
「モチャコに精霊術の修行をつけてもらうこと!」
「!」
一瞬目を丸くした彼女。
しかしかと思えば、まぁわかりやすくニマニマと表情を崩し始め。
「ふ、ふーん、なるほどねー?」
と、何とも嬉しそうな様子。
これにはゼノワも同じく、ギャウギャウとテンション高めに羽ばたいてみせ、やる気をアピールしてくる。
するとますます調子づいたモチャコは、
「まったく、やっぱりミコトにはアタシが居ないとダメなんだからなーもー」
などとブツブツ言いながら、スンと胸を張り。
「オッケー、そういうことなら『とっておきの術』を教えてあげようじゃないのさ!」
と、実に小気味良いリアクションをくれたのだった。
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