第五七八話 簡単だけど簡単じゃない

「ひゃぁ……モチャコよくあんなの見えたね。多分二キロ以上離れてるよ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 助けなくちゃ! あの馬車に子供が乗ってるかも知れないじゃん!」


 彼方に見える街道の真ん中で、立ち往生を余儀なくされている一台の馬車。

 優秀なコミコトの瞳は、現場の様子をしかと捉えていた。

 どうやらモンスターに襲われ、窮地に陥っているらしい。

 馬車を囲っているのは、数にして十匹を超える犬型のモンスター。


 対して馬車を守るのは、冒険者風の人が三人。PTだろうか。

 実力で言うなら、モンスターに遅れを取ってはいないみたいだが、如何せん数と連携によって戦況は絶望的。

 モンスター側は、じわりじわりと冒険者を追い詰めており、破綻は目前に迫っていた。

 確かに、どう見ても助けが必要そうな状況だ。

 が、しかし。


 コミコトでアレに介入したのでは、まぁ面倒なことになるのは間違いない。

 バレないように、コソッと助太刀すればいいだけの話かも知れないけれど、リスクを背負うことは間違いないのである。

 であるからして。


「こりゃ、イクシスさんのところで別れを惜しんでる場合じゃなさそうだね」


 言うなり私は、転移を発動した。

 私が飛んだ先は、イクシスさんの頭の上。

 近くにはレッカとスイレンさんも居るので、一応人形のフリ。なんかもう、コミコトが動く人形だってことはバレてそうだけど、それでも一応ね。


 そして、今の今までこの場にいた私(本体)は、入れ替わるようにしてモチャコたちの元へと飛んだのだった。



 ★



 屋敷のダンジョンへクラウたちをしかと送り届け、ついでに彼女らの攻略プランに少しだけ口出しして、安全性を高めさせた。

 そんな旨を、転移室に戻ってイクシスさんへ報告していると。

 何やらコミコトの方でイベントの発生を検知。


「あー、ごめん。ちょっと急用が出来たみたいなんで、私もう行くね」

 唐突に私がそんなことを言い出せば、レッカとスイレンさんが別れを惜しんでくれる。

「え、もしかして何処かから念話でも入ったの?」

「緊急出動ですかー? ま、また大事件とか起こさないで下さいねー……?」

 惜しんでくれてる……のか? 心眼には一応、そう見えてるんだけどなぁ。


 まぁともかく。

「それじゃイクシスさん、またね。レッカとスイレンさんも頑張って」

「ああ、いってらっしゃいだ、ミコトちゃん!」

「ミコトも気をつけてね」

「お元気で~」


 そうして慌ただしくも、私はモチャコたちの元へと転移にて飛んだ。

 コミコトとの入れ替わり転移は、何気にちょっとした高等テクニックである。幸い座標ズレなどのミスもなく、無事現場に到着した私は、すかさず指でピストルの形を模し。

 遠視のスキルにて彼方のモンスターたちに狙いを絞ると。


「スタンバイ」


 瞬間、犬型モンスターたちの口内にピンポイントで生じたのは、アクアボム。

 超圧縮された水の塊であるそれは。


「ファイアッ」


 格好つけてつぶやいた、なんちゃってトリガーワードを合図に、一斉にモンスターたちの頭部諸共強かに爆ぜたのだった。

 すると、いつの間にやら自前のリュックから妖精謹製の双眼鏡を取り出し、その様子を眺めていたモチャコが「うわぁ……」と、嫌そうな声を漏らす。

 それはそうだ。グロいもの。


 でも、モンスターの凶手から何かを守るってことは、モンスターを狩ることと殆ど同義なのだ。

 なれば、そこで顔を青くするようなことがあってはならない。それが、加害者のマナーってものだ。

 ……嫌な言葉だけどね。

 紫大蛇を大変グロな方法で屠った末に得た、私なりの学びである。

『殺しておいて文句を言うな』

 とは、心命珠となった紫大蛇さんの言であり。私はそこに、それはそうだと深い納得を得たのだった。



 そんなわけで、兎にも角にもモチャコのオーダー通り、馬車を囲っていたモンスターたちを押し並べて黒い塵へと還した私。

 モチャコはふぅと安堵の溜息を零し、ゼノワは早速私の後頭部へ張り付いた。顎を頭頂部にポムと乗っけたなら、すっかりいつものスタイルだ。

 そうしたら改めて。


「うわ、コミコトがでっかくなった!」

「本体だから!」

「ガウガウ!」


 なんてお約束ネタを交わす私たち。初めてやったけどね。

 まぁそれはそうと。

「っていうか、今の何したの? 急にモンスターの頭が大変なことになっちゃったけど」

 と、解説を求めてくるモチャコ。好奇心の強い彼女らしい質問だった。


「もしかして今のが『遠隔魔法』っていうやつ? マップスキルを使うっていう」

「え、違うけど。普通に狙いをつけて魔法を使っただけ。あいつらの口の中にアクアボムを生成して、ボンって」

「…………えぇ」

「グラ……」

「? 何さそのリアクションは」


 そもそもマップスキルは、緩和されたとは言えまだ縛りの対象だからね。したがって遠隔魔法も実質封印状態である。

 でも遠視は開放されたから、あのくらいは普通に出来るよ。驚くようなことじゃないはず。

「待ってミコト。え、なに? あんなに離れた場所に居たモンスターの口の中に、魔法を発生させたの? しかも十匹以上も居たのに? 同時にあの威力で……?」

「そうだけど……?」


 それくらい普通に出来て当然。だって、少しも難しいとは感じなかったし……。

 と、そこまで考えて、ちょっと不思議に思う。

 流石にこの難度を、簡単だと感じるのは変かも知れない。

 以前の私なら、無理とは言わないまでも、きっと困難だとは感じていたはずだ。

 それがどうしてこんなにお手軽感覚で実現できたのか。


 思えばこの前、リィンベルでの初依頼時、茶緑の猿たちを一斉にヘッドショットで仕留めたのも、もしかして想像以上に高度な技術だった……?

 でも、それにしたって一切難しいとは感じなかった。

 その理由に心当たりがあるとするなら……。


 骸か。


 銃を扱う骸。リリにキャラクター操作を使ったことで出現した、かなり強かったやつ。

 最終的にイクシスさんたち同様、金ピカになるスキル【神気顕纏】まで使ってみせた、とんでもない骸だった。

 確かあいつは戦闘の序盤、マップスキルにすら姿を映さぬ完璧なステルスと、超長距離からの精密射撃によって、一方的に私たちを狩ろうとしてきたんだっけ。


 ひょっとすると、そこら辺の影響を受けて、命中率やスキル・魔法の精度が大きく向上している可能性は十分に考えられた。

 今更感じる地味な変化である。地味すぎて、違和感なく受け入れてたほどだ。

 ってことは何だ、もしかして私って、自分が思うより長距離戦への高い適性を手に入れてる可能性がある……?


 それって、崩穿華とは真逆の戦闘スタイルじゃん。

 だとしたら、折角なのでどうにかして活かしていきたいけど、どう扱ったものだろうか。

 まぁ、旅の過程でぼちぼち形にしていけたら良いか。


「うん。なんか思いがけず、新しい目標ができちゃったぞ」

「なに一人で納得してるのさ! ミコトはもっと、自分が常軌を逸してるって自覚しなさい!」

「グラグラ」

「えぇ……」


 モチャコとゼノワから、何とも理不尽めいたお説教を受けながら、ちらりと横目で先程の馬車を眺めてみる。

 すると、未だに動く様子はなく。

 どうやら護衛の冒険者や、馬車馬が怪我を負ってすぐには動けない状態らしい。

 それに、急にモンスターの頭が爆ぜたことで、すわ新たな脅威の襲来かと、気が気ではない様子。


 こうなったら物の序でである。

 私は再度馬車の方へめがけて、指でピストルを作ると。

「ファイアッ」

 今度は治癒魔法を発動。 

 馬を含めた負傷者を癒やし、今度こそ一仕事終えたのである。


「さて、それじゃ出発しようか」

「あの馬車のところに行くの?」

「え、なんで?」

「私が助けました! って言いに行かないの?」

「そんなイベントは求めてないので」

「ガゥ」


 向かう先はグランリィス。

 改めて地図と方位磁石を取り出し、方角を確かめた私は、草をかき分け道なき道を歩み始めたのだった。

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