第五七五話 秘密兵器開発プロジェクト

 心命珠の能力テストを済ませた私たちは、再度応接間へと場所を移し、皆で顔を突き合わせていた。

 テーブルの上にはお茶菓子……なんてものはなく。

 その代わりに何枚も、試作武器に関する設計資料が積まれていた。


 私たちが何だかんだと活動を続けている裏側では、こうしてオレ姉も私専用の最強創作武器作りに力を注ぎ、鍛冶修行の傍らあれこれと構想を練ったり、試作品の試作品を作ったりしてくれているようだ。

 今回私の持ち込んだ心命珠というのは、もしかするとそんなオレ姉の努力をひっくり返しかねない、ある意味厄介な代物である。

 そう考えると、非常に心苦しいところだが。


 さりとて当のオレ姉は、心命珠の能力を見てからこっち、目を爛々と輝かせている。

 どうやらインスピレーションに火をつけてしまったらしい。

 元より創作武器という、普通の鍛冶師は決して手を出さないジャンルに邁進する彼女だ。

 殊更心命珠を使って、一層普通じゃない武器を作ってくれと言われたなら、滾らないはずもないか。


「それにしても、内部を喰らい尽くす毒に、浸透する刃……どっちも凄い能力だねぇ!」

 と、オレ姉が鼻息荒く感想を述べれば、隣のゴルドウさんも深い頷きを返す。

「まったく、心命珠に影響を与えるほど衝撃的な勝ち方とは……一体何をどうしたらそうなるんじゃ……」


 彼のボヤきに、私はふと思い至ってプロジェクターをストレージより取り出すと、応接間の平らな壁へ向けてセッティングを始めた。

 すると当然、何事かと首を捻るオレ姉たち。

「ミコトさん、それプロジェクター……? ですよね」

「うん。実は青の心命珠を手に入れた時の戦闘なら、映像に残してあるんだ。良い機会だし、私の新しい戦い方も含めて見てもらおうかなって思って」

「ああ、確かにそれが手っ取り早いだろうな。アレは実際目の当たりにしないと、口頭で説明を聞いただけじゃいまいち凄さが分からないものな……」

 腕組みをして、一人でウンウン言ってるイクシスさん。

 それを尻目に、映写の準備はすぐに整い。


 そうして、僅か一分ちょっとの戦闘映像が、迫力の音声付きで再生されたのだった。




 鑑賞後。


 すっかり黙ってしまった三人へ向けて、技の基本となる崩穿華について一通りの説明を行った私。

 イクシスさんがちょこちょこ、隣で補足や解説コメントを挟んでくれる。

 それを、ぽかんと半口を開いて聞いているオレ姉たち。

 っていうか、ちゃんと聞いてるんだろうかコレ……。


「──って感じなんだけど。新しい武器の参考にしてもらえるかな?」

 締めにそう問いかけてみれば、ようやっと我に返ったオレ姉がゆっくりと頭を抱える。

「あんたはまた、ちょっと目を離すとこんな……」

「防御の上から攻撃を通してくる。それが余程恐かったんじゃろうなぁ……元々の水の能力と相まって、『浸透』へ変じたか。納得っちゅうか、同情は禁じえんの……」

「格上相手に……ってことですよね? あれ、格上ってどういう意味でしたっけ……??」


 何とも言えない空気が、一時応接間の中に充満する。

 苦笑するイクシスさんと、居た堪れない私。

 これは、何だろう。努力した結果手に入れた新スタイルを、評価されたものとして喜べば良いのかな?

 でもそんな空気じゃない気もするし。


 なんて、暫し漂った沈黙を破ったのは、オレ姉のため息で。

 しかし気を取り直した彼女は、私の顔を見ながら問うてきたのだ。

「新しい戦い方に、心命珠の能力ね……。それらを踏まえて、ミコトにはなにか『こんな武器が扱いたい』って希望はあるのかい?」

「希望、希望か……そうだねぇ。とりあえず、取り回しの良い武器が欲しいとは思ってるかな。ほら私、徒手空拳でも武器と同じだけの火力が出せるからさ。素手と武器攻撃を柔軟に切り替えるためには、取り回しの良さが重要かなって」


 私の要望に、フムと顎を撫でるオレ姉。隣ではゴルドウさんも腕組みをしている。

 するとそこでイクシスさんが。

「なぁミコトちゃん、この際だし王龍戦を見据えた対抗武器を依頼するのも良いんじゃないか?」

 と、なかなか良いアドバイスをくれた。

 確かにそうだ。これまでは単純に、私が最も使いやすい、万能寄りの最強を求めてきたけれど。

 しかし王龍という壁にぶつかったのだから、それを打ち破るための武器こそが最強! みたいな発想はありなのかも知れない。


 すると、そこでチーナさんが首を傾げる。

「王龍と言うと、確か百王の塔で皆さんが対峙したっていう……」

「ああ、うん。実は……」


 彼女らには、念話を介しての大まかな概要程度しか情報が行っていなかった。

 そこで一旦、王龍戦に到るまでの経緯と、戦ってみた感想、課題などを説明することに。

 特に王龍の脅威については、なるべく詳細に語り、少しでも対策武器の参考になるよう質問にもなるべく細かく返答していった。


 そうして話を詰めていくと、やがて一つの可能性が垣間見えてきて。


「圧倒的に硬い鱗か……それならさ、もしかして『浸透』が役に立ったりするんじゃないかい?」

「そうじゃの。それにさっきの、崩穿華と言ったか? あれとも相性が良いかも知れん」

「でもその王龍って、すごく大きいんですよね? 取り回しの良い武器だと、ダメージを与えづらいかも知れませんね」


 提供した情報から、オレ姉・ゴルドウさん・チーナさんの三人は、テンポよくあれこれとアイデアを組み上げていく。

 オレ姉の発想力に、ゴルドウさんの経験と知識、それにチーナさんの持つ実戦的な視点が相俟って、非常に優れた開発チームが形成されているように思えた。

 そこに加えてイクシスさんも喜々として意見を差し込んでいくし、時折ちゃんと私にも話を振ってくれる。


 そんなこんなで今回も、創作武器のアイデア出しは白熱し、時間も忘れての語らいとなったのだった。



 ★



 時刻は既に夕方六時を大きく過ぎ、イクシス邸転移室に戻った頃には、窓から覗く空もすっかり暗くなっていた。

 オレ姉たちとの話し合いはどうにか一区切りつき、早速開発に取り掛かってくれるらしい。

 幸い、これまでにオレ姉が考えていた構想の一つが、どうやら役に立ちそうだということで話は進み、存外スムーズに製作作業が進行しそうな気配があった。

 進展があればまた連絡してくれるらしい。

 さながら今回のそれは、最強武器の試作品、兼、対王龍戦の秘密兵器といったところだろうか。

 今から完成が楽しみである。


 まぁ、それはそれとして。


「ぐぬ、つい夢中になって話し込んでしまったな……クラウたちは明日にはまた出発してしまうというのにっ!」

 と、傍らで焦りを顕にするイクシスさん。

 そうだった。二ヶ月ぶりに仲間たちと過ごせる貴重な時間が、なんやかんやで消し飛んでしまっているじゃないか。


 慌ててマップを確認し、皆の現在地を把握する私たち。

 すると、裏口付近にみんなして屯している様子。

 顔を見合わせた私とイクシスさんは、小さく頷き合うと駆け足で現場に急行するのだった。



 バタバタと皆のもとへ駆けつけてみれば、どうやら彼女たちは今しがたまで訓練場で鍛錬を行っていたらしい。

 私がオレ姉のところへ向かうべく離脱した後も、レッカやリリたちは合同で訓練を続けており、そこに帰ってきたオルカたちも加わったと。

 そこからは興が乗って、模擬戦なども行われたりとかで、結構ドッタンバッタンと激しくやりあっていたのだとか。


 なぜ、私はその場に居合わせることができなかったのか……非常に歯痒い思いを味わいつつも、これからお風呂へ汗を流しに行くのだという彼女らに同行し、イクシス邸大浴場へと向かうことに。

 すると道すがら、これみよがしにリリが言うのである。

「いやぁ、良い経験になったわねぇ。合同訓練も偶には良いものよねぇ」

 どうして私の方を見ながら言うんですかね。何で口元ニヤついてるんですかね。


「そんなこと言うけどリリエラちゃん、あそこにミコト様が加わってたら勝負にならなかったよ」

「ええ、間違いありません。というか、天使様を除いた鏡花水月の皆さんだけでも、既に我々の手には負えない実力を得ている様子……。レッカさんたちの実力も既に冒険者ランクを超越したものでしたし」

「……なんか特級PTの先輩として悔しいんだけど」


 アグネムちゃんたちの声に、表情を一変させて苦そうにするリリ。

 どうやらオルカたちは、模擬戦にて彼女らを相手にその実力をガッツリ見せつけたらしい。

 しかしながら、蒼穹だってあの若さで特級に到るほどの怪物集団である。

 あの淡白なクオさんが悔しがっていることから、存外本当に良い経験になったのかも知れない。


「我々は少し、調子に乗っていたのかも知れませんね。もっと力を付けなくてはなりません」

 という聖女さんの言葉に、さらなる飛躍を予感させる蒼穹の地平。

「ふ、ふんっ、ちょっと力を付けたからって、いい気になるんじゃないわよ! 直ぐにあんたたちの度肝を抜いてやるんだから!」

 だなんて実に彼女らしいセリフを吐くなり、パタパタと皆に先んじて浴場へ駆けていくリリ。

 すると、「なにぃ! 負けないぞー!」と、その後を追って駆けて行くレッカ。


 こういう光景を見ると、ふと感慨深い気がしてくる。

 いつかの周回で私が一緒に旅をした、別々の仲間たち。

 それがこうして顔を合わせ、ワイワイとやっているのだ。それは何だか、ちょっとした奇跡のように思えて。


「……明日から、また一人なんだ……」

 目の前の光景が、この空気感が、却って寂寥感を煽ってくるようだった。


 少し足を早め、オルカの横に並んで歩く。

 そっと彼女の手を握れば、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。

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