第五七四話 新たな心命珠の能力

 名工と名高いゴルドウさんの工房。

 鍛冶師の構える家と工房ともなれば、当然というべきか石やレンガなどを主な建材として採用した、燃えにくい家として設計されているみたいだ。

 しかも、町で一番立派な工房である。母屋がドーン、工房がドーンって感じで、なかなかに迫力のある佇まいであった。


 そんな工房、というか母屋の頑丈な扉へ、

「ごめんくださーい」

 と声を掛けてみれば、程なくして奥からはパタパタと、小走りに近づいてくる足音が一つ。

 そうしてすぐに開かれた扉からは、見知った顔が覗き。


「はいはい、どちら様でしょうか……?」

 と、小動物系の可愛さを持つ、Aランク冒険者のチーナさんが姿を見せたのだった。

 人見知りの気がある彼女だが、しかし既知である私の姿を認めるなり、顔を綻ばせた。

 が、後ろで念の為変装して立っているイクシスさんには、若干怯えた様子。

 けれどそこは、流石Aランク冒険者と言うべきか。

「ミコトさん、お久しぶりですね。それにその気配……あ、あのもしかして、勇者様ですか……?」

 と、見事に見抜いてみせたのである。


 帽子にカツラにメガネにマスク、服装だって普段の動きやすいそれとは大きく違っていて、ぱっと見完全に別人の装いであるイクシスさん。

 それを気配だけで見破ってしまうのだから、いやはや大したものだ。

「おお、正解だ! 流石だな、チーナちゃん!」

 と、見破られたイクシスさんもご満悦な様子。


 そんな玄関先でのやり取りもほどほどに、とりあえず中へどうぞと通されたのは応接間。

 出されたお茶菓子を頂きながら暫し待っていれば、一〇分ほどでチーナさんが二人の人物を引き連れ戻ってきた。

 一人はこの工房の主にして、国外にまで名を轟かせているらしいゴルドウさん。実はエルダードワーフという、何だか凄い人らしい。

 そして図体の大きな彼を邪魔そうに押し退けながら入ってきたのが、お久しぶりのオレ姉である。

 私が最強武器の作成を依頼している相手であり、カテゴリーに縛られない創作武器づくりを生き甲斐にしている、ちょっと変わった鍛冶師のお姉さんだ。


 そんな彼女は、私を見るなり顔を輝かせ。

「なんだい、随分ご無沙汰してたじゃないかミコト!」

 と、テンション高めに向かいの席へ腰を下ろしたのである。

 その隣にはゴルドウさん。彼が一人座っただけで、常人の二、三人分はスペースを取るため、オレ姉がなんとも嫌そうにしている。

 しかしそんな彼女の様子など、まるで気にした様子もなく。

「何じゃい、勇者までおるのか。また奇天烈な用件じゃなかろうな?」

 なんて、あっさりとイクシスさんの変装を見抜きながら、訝しそうな第一声を投げてくるゴルドウさん。

 そしてチーナさんに窘められるという、いつものやり取りが展開された。今日もゴルドウ工房は平和なようだ。


「それで、今日はどうしたんだい? 念話を使うでもなく直接足を運んだってことは、もしかして……」

 流石オレ姉。察しも良いし、話も早い。小言の多いゴルドウさんより、よっぽど接しやすいナイス姉御肌である。

 私は早速、目の前のテーブルにストレージより取り出した二つの宝珠をコトリと並べてみせ、ざっくりと入手経緯なんかを語り始めた。

 心命珠。イクシスさんをもってして、非常に珍しい品だと言わしめるそれは、どうやらその道の専門家であり、第一線で活躍するゴルドウさんにしてもなかなかお目にかかれる品ではないようで。

 皆の視線がテーブルの上に釘付けになる中、続いてこれらを武器に組み込みたいのだという旨をオレ姉へ告げた。


「とは言え、急にそんなこと言っても今手掛けてる試作品と互換性が薄いかも知れないと思って」

「なるほど、それで相談しに来たってわけかい」

 頷きで肯定を示せば、顎に手を当てフムと考え込むオレ姉。

 するとその隣では、年甲斐もなくゴルドウさんがソワソワしており。

「それで、なんじゃ、その。早く肝心な部分を説明せんか! 小奴らはどんな力を秘めとるんじゃ!」

「おっと、それをまだちゃんと説明してなかったね」

 紫大蛇とアメンボ女については語ったけれど、心命珠の持つ能力に関してはまだ、大まかにしか説明していなかった。


「実は、倒し方が特殊だったせいか、能力がちょっぴり尖ったものになったみたいで」

「ほぅ……?」

「紫大蛇の心命珠は『敵を内から喰らう力』。アメンボ女の方は『浸透する力』っていう、ちょっとよく分かんない能力になってるみたい」


 心命珠の力というのは、装備に組み込まずとも、それ自体に触れていればある程度能力を引き出し、行使することが出来るわけだが。

 紫大蛇の心命珠は、あからさまにヤバそうな内容だったためまだ試したことがないし、アメンボ女の心命珠は昨日手に入れたばかりなので、これもまだ試していない。

 ということで、

「具体的にはどういうものなんじゃ?」

 なんて訊かれても、知らぬ存ぜぬとしか返答のしようがなかった。


 すると、師弟揃ってニヤリと口角を上げるオレ姉とゴルドウさん。

「そりゃいいね。だったら」

「早速試してみんとのぉ!」

 これにはイクシスさんも、そうこなくてはと嬉しそうに返し、三人して勢いよくソファから立ち上がったではないか。

 私とチーナさんはやや乗り遅れながらも、彼女らの後に続いて応接間を後にしたのだった。




 所変わって、ゴルドウ宅裏庭。

 制作された武具の試験なんかをするために、広く取られたそこへ移動してきた私たち。

 以前は演舞と称して、ここで舞姫を使ってみせたことがあったっけ。その時はゴルドウさんのお弟子さんたちがギャラリーとして出てきていたけれど、今日はそんなこともなく。

 私とイクシスさん、オレ姉にゴルドウさんにチーナさんという五人ぽっちである。


 さりとてゴルドウさんとオレ姉は、なんともウキウキとした様子で的の用意をしてくれており。

 以前同様、今回も的となるのは鎧を着せられたマネキンの、ヨロイくんであった。

 手早く準備を整えたオレ姉たちは、早速私へ向けて言うのだ。

「さぁミコト、このヨロイくんに向けて心命珠の能力を試してみなよ。試作武器に使えるかどうかは、その結果を見て判断させてもらうからさ!」

「分かっとるとは思うが、心命珠以外の能力は使うなよ? 心命珠から得られる力のみを使ってみせるんじゃ」


 開始を促された私は、一先ず紫大蛇の心命珠を左手に握り、逡巡する。

 この『敵を内から喰らう力』というのは、一体全体どうやって発動するものなのか。先ず以てそこからよく分からないのだ。

 けれどヨロイくんを前にしてみれば、何となく心命珠より伝わってくるイメージもあり。

 それを受け、私は一先ず心命珠を頭に乗せ、ツツガナシをストレージより取り出すと、抜剣。

 その切っ先で、ヨロイくんを軽く斬りつけた。

 流石はツツガナシ。金属を斬ったとは思えないほどスルッと刃が通り、鎧とヨロイくん本体に斬り傷が付く。


 そんな様子を、後ろでじっと眺める面々。

 時間にして三秒くらいか。ツツガナシを納刀し、ヨロイくんを前にそれ以上アクションを起こさない私へ、いよいよチーナさんが小首を傾げた、その時だ。

 不意に、グシャッと潰れるようにヨロイくんがその場に崩れ落ち、皆は一様に目を剥いた。

 それは当の私にしても同様で、目の前の光景に思わず一歩後ずさったほどだ。


「な、何じゃ、これは……?!」

 ゴルドウさんが、唸るように動揺を口に出す。だがそれも已むからぬことだろう。

 何せ崩れたヨロイくんの様子は、正に異様そのものだったのだから。

 喩えるなら、抜け殻のようなものだろうか。

 表皮一枚を残し、その中身がごっそりと失われていたのである。


 さながら飴細工でも砕けたかのように、中身がスカスカになったヨロイくんの残骸が地面に散らばり、無残な姿を晒している。

 その様子から、この場に居る皆は紫大蛇が持つ能力に、夫々当たりをつけることが叶った。

 代表するように口を開いたのはイクシスさん。


「『内から喰らう力』とは、なるほど……薄皮一枚を残し、対象の中身をスカスカにしてしまう能力ということか……!」


 具体的な発動条件だとか、実戦で何処までの効果を発揮できるものなのか、という点はまだ検証が必要だろうけれど、何にせよヤバい能力であることは間違いない。

 っていうか、紫大蛇は一体私の攻撃をどう曲解して、こんな奇抜な能力を持つ心命珠へ至ったのか……解せない話である。


 ともあれ、とりあえず紫大蛇の心命珠に関しては、一応実演テストが済んだ。

 であれば次。昨日手に入れたばかりの青い心命珠を調べていくわけだが。

 先程までのウキウキから一転、やや顔を青くしながら次のヨロイくんを準備するオレ姉とゴルドウさん。

 そうして三分と経たずして、私の前には先程とほぼ同じヨロイくんが用意されたのだった。


「さ、さぁミコト。お次の心命珠を試しておくれ」

 オレ姉にそう促された私は、頭に乗っけた紫大蛇の心命珠をストレージにしまうと、代わりにアメンボ女の心命珠を手の平の上に乗せた。

 そうして、むむむと意識を集中してみれば、これまた何となく能力の使い方が分かり。

 それを早速実践するべく、先ずはツツガナシをストレージへ戻し、代わりに安物の剣を一振り取り出して軽く構えた。


 心命珠の能力発動を念じながら、鞘に収まったままの剣の切っ先を、ゆっくりとヨロイくんへ向けて近づけていく。

 後ろで皆が固唾を飲む中、切っ先が鎧の表面へ触れると。

 それは、起きたのである。


 まさしくその様は、『浸透』だった。

 剣の切っ先はこれといった抵抗もなく、音もなく、違和感すら感じさせず。

 極めて自然に、鎧の奥へと沈み込んでいったのだ。

 さながら、布に水が染み透るように。

 それを成している私からしても、何だか手品でも見ているような、他人事のような感覚で。


「ミ、ミコトさん、それってその状態で能力を解除したらどうなるんでしょう……?」

 というチーナさんからの質問を受け、実行してみたところ。

 唐突に生じたのは破壊音。

 無事だったのは、どこぞのダンジョンで拾った安物の剣。風穴が空いたのは、鎧とヨロイくんの方であった。


 紫大蛇の時ほど分かりやすいインパクトこそ無かったものの、使い方次第ではこちらの方が余程ヤバい代物なんじゃなかろうか……。

 それをよく理解してのことだろう。

 難しい顔で腕組みをしたオレ姉が、絞り出すように感想を述べた。


「また、とんでもない物を持ってきたもんだねぇ……」


 私もそう思う。

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