第五七三話 緩和

 イクシス邸会議室。


 昨日の宴から一夜明け、時刻は現在朝の一〇時を回っている。

 二ヶ月ぶりとなる、『おもちゃ屋さんでルーティーンをこなしてからイクシス邸に朝食を食べに来る』という一連の流れを済ませた後、皆とのんびり過ごしてから、こうして例によって会議室へと集っているわけだ。

 何だか不思議な気分である。会議室はともかくとしても、以前はこういう朝のサイクルが普通だったのに、今は何だか特別なもののように思えて。


 まぁそれはそうと、こうして改めて会議室へ集まった理由としては、当然話し合いを行うために他ならず。

 この場には、特訓活動に協力してくれている蒼穹の地平メンバーも参加しており、ちらほら雑談をしつつ会議の始まりを待っていた。

 尚、彼女らには一応、昨日こっそり撮影しておいた皆の実力テストの映像を見せている。

 協力してもらっておいて、情報を開示しないというのもよろしくないからね。

 そういう意味では、クマちゃんにも見せておくべきなのかも知れないけれど、それはまたちょっと話が異なってくるため、場合によりけりだろうか。


「私たちが特訓したいって言ったら、次はあんたたちが協力してくれるんでしょうね?」

 とはリリの言。

 無論否やなどあるはずも無し。

 どうやらテストの映像に、刺激を受けたらしい。ライバル精神って感じで、実によろしいことじゃないか。

 彼女らが強くなろうと特訓に本腰を入れる時は、喜んで手を貸すとしよう。



 そうして着席したまま待つこと少し。

 イクシスさんがマジックボードの前に立ち、いつものように司会を開始した。

「おはよう諸君。昨夜は楽しんでもらえただろうか? さて、早速だが本日の議題は」

 すっかり慣れた調子でそう切り出すと、マジックボードへデカデカと文字を書き込み始めるイクシスさん。

 書かれた議題は、

『ここからの特訓活動について』

 というものだった。


 皆がふむと関心を示す中、彼女は淡々と説明を続けていく。

「約二ヶ月に渡って特訓を続けてきた諸君だが、当初想像していた通りに事を運べているだろうか? 実際に取り組んでいく中で、想定外が生じていたりはしないか? なぁミコトちゃん」

 話を振られ、私は少しばかり苦い顔を作って率直な返答をした。

「確かに、私の場合は『一人旅』と銘打って始めた活動だったけど、ようやっと先日リィンベルを出発することが出来た。それまでは思いがけず、ソロ冒険者としてダンジョン攻略に集中しちゃってたね……。それに何より、転移が使えないことで生じるタイムロスが想定を大きく越えてた」


 一言で言うなら、考えが甘かった。

 移動時間ってものが冒険者活動においてどれだけの割合を占めるか。

 それは、体験してみて初めて実感できたことだった。


「移動時間にも、こなせる鍛錬の内容が大きく制限されるし、ストレスは溜まる一方。裏技が使えないからMP残量を気遣わなくちゃいけないし、そのせいでスキルトレーニングもままならないんだもん。実際活動してみて何度頭を抱えたかも分からないよ……」

 分かりやすく項垂れてみせたなら、周囲からは苦笑が返ってきた。

 ようやくお前もその苦労を知ったか、みたいな反応だ。

 でも私にしてみれば、苦労を知れたことは皆へ一歩近づけたことと同義である。

 そう考えると、少しだけ嬉しい気持ちもあった。


「ふむ。ではクラウたちはどうだ?」

 と、次にイクシスさんは特級危険域での活動を行っているクラウたちへ水を向ける。

 すると問われたクラウは、ちらりと仲間たちと視線を交わし、口を開いた。


「我々も、正直想定していた以上にダンジョン攻略に時間がかかっているな。当初は『特級危険域の調査』を目標の一つとして掲げていたのだが、とてもそれどころではないのが現状だ。事前の見積もりが甘かったと言わざるを得ない」

 これまた苦い顔をして、そのように答える彼女。

 本来であればダンジョン攻略をもっと早くに終わらせ、危険域内を歩き回る予定だったのだ。

 それが、いざダンジョンに潜ってソロ戦闘にスポットした訓練を行ってみると、手応えは確かにあるものの、当初考えていた予定より随分と時間を費やすことになっているらしい。


「その分成長は実感できているのです!」

「ええ。ですが、すっかり特訓にだけ集中してしまっていますね」

「並行して別の活動を行うだけの、余裕がない」


 そう言えば私だってそうだ。

 実は密かに、『旅の過程でキーパーソンの一人でも見つけられればなぁ』なんて考えていたりもした。

 が、実際は他人を警戒するあまり、とてもそんな余裕など無く。

 今のところドラマチックな出会いなんてものは、さっぱり感じられないままでいる。

 そりゃ、森で冒険者を助けたり、ギルドで勝負を仕掛けられたりと、ちょっとした他人との接点はあったけどさ。別に大したイベントってわけでもない。


 そう考えると、私もまたソロ活動だけしか出来てない。

 もっと視野や手を広げて良いのかも知れないな。


「では、レッカちゃんたちはどうだ?」

 次はレッカたちへ同じ問いが投げられ、スイレンさんと顔を見合わせるレッカ。

 そうして出た返答は、

「私たちの場合はまぁ、予定通りと言えばそうかな。思ってたよりボコボコにされてるっていうのはあるけど」

「地獄の特訓ですぅ~……」

 とのこと。

 これにはイクシスさんが苦笑い。


 まぁでも、レッカたちの場合はイクシスさんが監督を務めているわけだから、想定外っていうのは確かに起こり難いだろう。

 特訓が始まる前から決めていたとおり、いろんな強敵とガチンコで戦う日々、というプランを順調にこなしているわけだしね。

 想定外があるとするなら、イクシスさんが想像以上に厳しかったってことくらいだろうか。そのせいで昨日まで、すっかり負け癖が付いちゃってたわけだし。

 それで言えば、レッカとスイレンさんには、昨日の実力テストは良い刺激になったはずである。

 それこそ、ここからの特訓が二人にとっての本番になりそうだ。


 そうして、一通り私たちの答えを聞いた彼女は大きく一つ頷くと、話を前に進めた。

「ではそれらを踏まえ、特訓の後半戦をどうするかという話をして行きたいと思う。現状を維持するのか、特訓内容を変更するのか。それに特訓終了時期も改めて、具体的に決めておきたいところだな」

 挙げた項目を一つ一つマジックボードへ書き出すと、いよいよ本格的な話し合いが開始されたのだった。



 結局、会議は午前中いっぱいを費やして行われた。

 その中で、一番盛んに意見が交わされたのは、私の活動に関する話で。

 グランリィスへ向けた私の旅に於ける、縛りの緩和が本格的に決定したのである。

 それというのも、鍛錬の効率を落とした状態で漫然と移動を続けたところで、そんなものは時間の無駄であるという意見が大半を締めたからに他ならず。

 私自身、リィンベルでの活動で『不便』ってものはたくさん体験することが出来た。

 それを殊更この先も感じ続けることに、どれほどの意味があるのか、という点は確かに首を傾げるところであり、それ故に縛りの緩和は有り難い措置として受け入れることとなったのである。


 活動終了の目安としては、これから約一ヶ月後。

 オルカたちはとりあえずダンジョンの踏破を目指すらしい。レッカたちはこれまで通り、強敵とのガチンコバトルだ。

 活動内容に大きな変更こそ無かったけれど、その代わり一点、リリたちからの指摘により議題に上がった話があり。


「王龍リベンジとやらに力を入れていることは分かったけど、他のアプローチはどうしたのよ? 新しい骸は探さないの? オーパーツは? 他の特殊ダンジョンの調査は? キースポットは?」


 という、最近盲目的になりがちだった私たちの視野を、ぐいっと広げさせる彼女の発言。

 そう言えば確かに、そうだった。

 王龍を打倒することで、なにか重要な情報が得られるはず。

 そういった確信を懐いているせいで、もっぱら王龍リベンジにとらわれていた私たちだけれど。

 しかし肝心要の目的は、そもそも『私(ミコト)の謎を探る』ってことであって、王龍と戦うのはそのための手段に過ぎない。

 リリの言う通り、他のアプローチを探るのも、確かに重要なことなのだ。


 それゆえ、急遽話し合いはその様相をぐいっと変じさせ、王龍リベンジに向けた特訓とは別に、他に今できるアプローチはないだろうか、という意見交換へ舵を切ったのである。

 けれど、実際特訓真っ最中であるオルカたちやレッカたちは手一杯であり、一区切り付くまでは難しいだろうという結論に。

 一方で私はと言えば、旅にモチャコを加えてしまった手前、これまで以上に他人との関わり方には注意する必要があり。縛り緩和もあって、最優先はとにかくグランリィスへ急ぐこと。

 謎解明へ向けた別アプローチに関しては、その後に行うということで話がついた。


 また、イクシス邸には今日一杯留まり、活動再開は明日からということに決まった。

 これを受け、昼食を挟んだ私たちは各々、別行動を取ることに。

 オルカたちはダンジョンで消耗したアイテム類の補充などを行うべく、グランリィスの街へ赴いたし、私はレッカやスイレンさん、それにリリたちも交えて訓練場で技を磨くことになった。

 特にリリたちは、実力テストの映像を観たことで私の新しい戦闘スタイルに興味を持ったらしく、実演を要求されてしまった。


 時刻は午後一時を回り、オルカたちが出かけるのを見送った後、早速訓練場に集まった私たちは、昨日に引き続いて合同鍛錬に興じたのだった。

 流石に、敵に食い込ませた武器を起点に魔法を行使する、というテクニックは完全装着というスキルがあってのことなので、これを布教することは出来なかったけれど。

 しかし相手に素手で触れて魔法やスキルを直接叩き込む、というスタイルは汎用性も高く、近接戦主体のメンバーには好評を博した。

 まぁ、その分反撃のリスクもあるため、重点的にそれに備えた対応策や、飛び込むべき隙の見極めについての話も大いに盛り上がったわけだけれど。


 他方で後衛組には、どうしたってトリッキーになりがちなこのスタイルとの、新たな連携についてあれこれ語ったり、意見を交えてみたりした。

 やっぱり自分一人では思いつかなかったようなアイデアっていうのは、こういうやり取りの中からポロっと出てくるもので。

 私としても有意義な時間を過ごすことが出来た。



 そんな具合に四時頃まで過ごしたなら、次に私は遠出をすることに。

 向かった先は、ゴルドウさんの工房である。

 目的は言わずもがな、先日手に入れた二つの心命珠に関する相談で。

 これを新しい最強武器の試作品に取り入れてはどうか、という相談をオレ姉に持ちかけるべく、わざわざイクシスさんを伴い訪れたわけである。

 っていうかまぁ、イクシスさんは頼んでもないのに付いてきたんだけど。


 そんなこんなで、私たちは久々に工房の扉を叩いたのだった。

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