第五七二話 宴にて

 宴と言っても、イクシスさん主催の身内で催されるものだ。従って大きなものではない。

 蒼穹の地平を含めても、参加人数は一五人にも満たないため、食堂の一角を使ったラフな立食形式での催しとなった。

 皆は思い思いに好きな料理を皿に取り分け、或いは飲み物を片手に談笑へ興じたのである。


 そんな中、冒険者らしく山盛りの料理にがっついている蒼穹の地平メンバーたちの元へ歩み寄ると、その背に声を掛けた。

「リリ」

「! もご、むぐもっ」

「こらリリエラ、口にモノを入れたまま喋ってはいけません」

「ミコト様に失礼だよ!」

「もぐもぐ」

 クオさんは我関せず、黙々と食事を続けているけれど、他三人は応対してくれるようだ。

 咀嚼していたものを急いで喉の奥へ押し込み、飲み物を流し込んで一息つくと、改めて口を開くリリこと、PTリーダーのリリエリリエラ。


「何よ、なんか用?」

「ああうん、改めてお礼を言っておこうと思って。私たちの勝手な計画で、お仕事を押し付ける形になってごめんね。すごく助かってるよ、ありがとう」

 ヘコッと頭を下げてみせると、リリは私の様子にフンと鼻を一つ鳴らして応える。

 すると、後ろでモリモリ食事を続けていたクオさんが、しれっとコメントを挟んできた。

「確かに危険だし面倒だけど、その分実入りは良いし、悪いことばっかりじゃなかったかな」


 これには、アグネムちゃんと聖女さんもこくんと頷き同調する。

「ええ、そのとおりです。何よりやり甲斐のあるお仕事ばかりですしね」

「だよね! 普通のモンスター以上に、多くの人を困らせてる特別に強いモンスター。それを討伐するっていうことは、それだけ多くの人の為になるってことだもん!」

 と、思いがけずポジティブな返事があり、私は思わず胸を撫で下ろしたのである。


 何せ彼女らは今回の特訓に際し、本来特級PTとして私たち鏡花水月が請け負うはずだった依頼をガッツリ肩代わりしてくれている。

 コミコトで移動のサポートこそ行っているものの、余計な手間と危険を強いてしまったことは間違いないだろう。

 だからずっと彼女らには、申し訳なく感じていたのだ。

 一応コミコトを介して彼女らには、色々と細かい事情も説明してはいるのだけれど、それでもきっと十分ではないだろう。

 その証左として、リリが言うのだ。


「いい機会だから、もっと詳しく教えなさいよ。あんたたちが敵わなかったっていうその『王龍』ってやつについて!」


 問われ、私はそこら辺で丁度ウロウロしていたクラウとレッカを手招きし、一緒になって王龍の恐ろしさを語って聞かせた。

 鉄壁を誇るクラウの防御を、その盾の上からまともに打ち崩した王龍。

 唯一痛痒らしい痛痒を与えたレッカだが、代償として酷い火傷を負った。

 攻撃も防御も、まるで規格の違う上位の存在。王龍とはそういう相手だったと。


 すると話を聞き、深刻な顔をするリリ。

 ボソリと、

「私たちも、現状に甘んじてるわけには行かないみたいね……」

 なんて呟き、静かに闘志を燃やし始める彼女は、果たして何を思ったのやら。



 リリたちとの話に区切りがついたことで、私はもう暫くの協力をお願いした後、彼女らの元を離れた。

 そうして料理でも取りに行こうかとフラフラしていると、そこへ声を掛けてきたのはイクシスさんで。

「ミコトちゃん、楽しんでるか?」

「あ、うん。おかげさまで」

 相変わらずの気さくっぷりである。


 かと思えば、彼女はずいと顔を近づけ一つの話題を振ってきた。

「ところでミコトちゃん、さっき新たな心命珠を得ていたようだが」

「え、あぁ、うん。コレね」

 ストレージより手の平の上に綺麗な青の宝珠を取り出して見せれば、彼女は「おぉ……」と小さく感嘆を示した。


 心命珠とは、ジャイアントキリングボーナスと言って、格上のモンスターにソロで打ち勝つことで生じる、特殊なドロップでしか出現しない、稀有なアイテムである。

 すっかり格上だなんてものが存在しなくなってしまったイクシスさんからすれば、自力で入手することが非常に困難な幻のアイテムと言っていいだろう。

「あれだけ圧倒しておいて、ミコトちゃんが格下だったとは……にわかには信じられない話だな」

「そうかな? ツツガナシも普通に振るってたら、抜刀剣ですら軽い切り傷をつける程度のダメージしか与えられないんだから、ステータス的には完全に負けてたよ」


 そう。もし私が新しい戦闘スタイルを確立させていないまま挑んでいたとすると、間違いなく苦戦していただろう。

 ツツガナシの抜刀剣は、ほんの一秒に限り凄まじいバフを自身に施し、強力な斬撃を仕掛けるという、私の中ではかなり火力の高い攻撃手段に位置付けされている。

 それを用いても、小さなダメージしか与えられないっていうんだから、私が力負けしているのは確実だった。

 防御力も然ることながら、テレポートからの抜刀剣に対応してみせた、その反応速度も異常だ。あれではきっと不意打ちすらまともに機能しなかっただろう。

 考えれば考えるほど、恐ろしい相手である。


 だからこそ、皆と離れて一人ダンジョンの奥、せっせと磨き上げた技が通用したのは素直に嬉しかった。

 この心命珠は、正に私の努力の結晶とでも言うべき品なのだ。


「ミコトちゃんに小さな傷でも許そうものなら、その瞬間切り飛ばされるか、破裂するか……恐ろしい話だが、それならば王龍にも通用しそうだな!」

「問題は、その『小さな傷』すらつけられないってことなんだけどね」

「ふむ、その点がこれからの課題か……」

「でも、みんなが順調にステータスを伸ばすのなら、キャラクター操作や腕輪を駆使して、力と技を融合させることが出来ると思う。可能性は見えてきたと思ってるよ」

「な、なるほどな……」


 であれば、私も私でより優れた装備を求めて活動するのも、ありなのかも知れない。

 キャラクター操作を使用する際、私のステータスが高ければ高いほど、融合時のステータスも大きく上昇することになる。

 そして私のステータスを上昇させるために必要なのは、より優れた装備だ。

 もしくは、綻びの腕輪の育成か。


「よもや、ソロ活動の過程でその様な突破口を見出してくるとは……流石に想像もしていなかったぞ」

「私としても予想外っていうか、必要にかられて思いついたような戦闘スタイルだしね」

「まだ一人旅を続けるのか?」

「そうだね。っていうか、ようやく旅を始めるための準備が整った段階だもの、本番はここからなんだよ」

「むぅ」


 一人旅というコンセプトで始まったソロ活動。

 しかし蓋を開けてみれば、想像以上に世間知らずだった自分。路銀だって少なく、諸々の準備を整えるのにリィンベルで結構な時間を過ごしてしまった。

 いや、正しくはダンジョン攻略に時間を費やしたってことなんだけど。

 それに関しても、ビックリするくらい移動に時間と労力を持っていかれた。

 へんてこスキルを駆使した移動であれば一瞬で済むところを、片道数日を要したり。

 本当に冗談みたいなタイムロスである。


 それを思えば、ソロ活動はさっと切り上げて、私も戦力アップのための活動に本腰を入れたほうが良いのかも知れない、とは思う。

 しかし同時に、せっかくモチャコと旅を始めたのだ。継続したいっていう気持ちもあり。

 それに、旅でしか得られない経験っていうのは、まだ未体験な部分も多いだろう。

 それを知らずして活動を切り上げるというのには、正直抵抗を感じていた。


「まぁ、なんだ。今後の活動に関しては、明日また皆で話し合うとしよう。ミコトちゃんの縛りに関しても、ちょっと見直すべきかも知れないしな」

「そうなの……?」

「だってキミは、縛りを設けたにも関わらず破天荒じゃないか。であれば、無闇なしばりは寧ろ無意味な足枷になっているんじゃないかと思ったんだ」

「破天荒って……」


 まぁでも、想定以上にリィンベルで時間を使ってしまったのは事実である。

 もしも縛りが緩和されるのなら、グランリィスを目指す旅程も、グッと短縮することが出来るかも知れない。

 そうしたら戦力アップのための活動にも力を入れられるし……であれば、確かに一度皆と相談するべきなのかも知れない。

 破天荒って評価には異を唱えたいところでこそあれ、イクシスさんの言葉には一応頷きで納得を示しておいた。


 そうして話も一区切り付いたところで、ふとソワソワし始めるイクシスさん。

 そんな彼女の視線は、さっきからチラチラと私の持つ心命珠に向けられており。


「ところでミコトちゃん、その心命珠にはどんな力が宿っているんだ? っていうか、それでどんな武器を作るつもりなんだ?!」

 と、実に彼女らしい質問を繰り出してきたのだった。

 そう言えばなんやかんやで、このアメンボ女の心命珠に関する解析は機会を逃したまんまだった。


 それというのも、こうしてアメンボ女の心命珠を持っていると、延々と愚痴が思念として伝わってくるのである。

 やれ、「負けは認めるけど納得がいかない」だとか、「実力は認めるけど理不尽」だとか。

 なんというか、女々しいやつである。

 まぁでも、そんな青い心命珠の秘めた能力はと言えば。


「ほぉ……なんか、紫大蛇の時と同じで、意外な倒され方をしたせいか能力が変質しちゃったみたい。元々は『水を自在に操る力』を持ってたみたいだよ」

「まぁ、あんなやられ方をしたんじゃ無理もないだろうな……それで、変質した今の能力は?」

「えっと……あー……なるほど」


 心命珠に宿ったアメンボ女の思念と対話し、私はざっくりとその概要を知る。

 納得と不穏さを覚えながら、イクシスさんへとその能力をそのまま語って聞かせた。


「『浸透する力』」


 曰く、敵の内側へ潜り込んで力を行使する、っていう私のスタイルに影響を受け、対象の内部へ浸透することに長けた能力を得たらしい。

 ただ、具体的に浸透したからと言ってどうなるのか、に関しては実際試してみないと何とも言えない。


「それ、絶対エゲツないやつだろ……」

「うん、たぶん……」


 イクシスさんと二人、なんとも言えない面持ちで青い心命珠を暫し見つめた後、私はそっとそれをストレージへとしまい込むのだった。

 そんなこんなで、宴の夜は賑やかさに時折混沌を交えながら、駆け抜けるように更けていったのである。

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