第五七一話 実力テスト終了

 時は少し遡り、観戦組。


 赤の二つ星という、今日イチの強敵にこれから挑もうとするミコトの背中を、オルカたちは心配気に見送った。

 スイレンなどは、ミコトが置いていったモニターに興味津々なれど、やはり本当にミコト一人でそんな強敵と、果たしてまともな勝負になるのか疑問を感じていた。

 何せ彼女は知らないのだ。ミコトがソロで戦う姿というものを。

 ミコトの異常性に関しては理解しているものの、さりとて今回彼女はステータスアップの特訓に参加したわけでもなく、対戦するモンスターも恐るべきもの。

 きっと強力なスキルや装備を適当に振り回すだけでは、勝ち目などありはしないだろう。

 だからスイレンは、懐疑的だった。ともすれば、ミコトが自身の特別感に酔って自惚れてやしないかと心配になったほどである。


 そんなスイレンを含めた皆の視線の先、ミコトはさも当たり前の如く水面に立ち、徒歩でアメンボ女へ向けて歩き出したのである。

 冷静に考えれば、何を今更と思うところかも知れない。さりとてそれでも、普通の人間は水面など歩けやしないのだ。

 だからこそ皆の口からは、条件反射的に小さな驚きが漏れた。

 けれどそんなものは、これより目の当たりにする光景と比べたなら、本当になんでも無いことだったのだと。

 彼女らは後に、そう理解したのである。



 順調に歩みを進めたミコトの足が、ピタリと止まった。

 それが、始まりの合図だった。


「来るぞ」

 イクシスが予言のようにそう呟けば、次の瞬間ミコトの姿は忽然とその場より消失し。

 さりとて優秀なカメラはしかと彼女の動きを捉え、モニターはその姿を映していた。

 故にこそ、皆の口がぽかんと開く。


 彼女の閃かせたツツガナシの刃が、不自然にアメンボ女の左腕を斬り飛ばしたのだ。

 確かに防御は成ったと、誰の目にもそう映った。ミコトの一撃は防がれたのだと。

 けれど結果は思いがけぬもので。ミコトの刃が奴の腕に触れ、何なら硬質な衝突音がモニターのスピーカーを通して聞こえた瞬間、単なる斬撃とは異なる不可思議な切断が発生。奴の腕をくるりと宙へ舞わせたのである。

 しかしそんな奇妙な光景にはどこか覚えがあり、特にソフィアなどは、それが閃断によるものであると即座に看破することが出来た。


 が、そんなものは瞬く間に生じた攻防の、ほんの始まりに過ぎず。

 皆が瞠目したその時には既に、次の一手が打たれた後だった。

 すかさず飛んできた反撃を、これ以上ないタイミングで発生させた、小さな隔離障壁により容易く防御。

 かと思えば、伸ばされたアメンボ女のその右腕に掴みかかり、ミコトはそれを容易く握りつぶして、ひしゃげさせたのである。

 これには流石に苦悶を顕にするアメンボ女。一瞬で腕を断たれるよりも、どうやら強い痛みを感じたらしい。


 すると更に、その直後だ。

 突然ミコトが、ビカビカと強烈に光り始めたではないか。

 ばかりか大気を引き裂かん程の音をも纏い、何事かと皆の口から小さな音が漏れる中、アメンボ女は雷に打たれたかの如く焼け焦げていったのである。

 そしてまたも、ミコトの姿は消える。

 ここに至ってはもう、見守る皆の理解を越えてしまったと言っても良い。

 何せ、自らを雷と化し敵の体に飛び込もうなどと、常人の発想ではないのだから。

 少なくとも今何が起こったのか。それをパッと察せられる者は、この中には居なかった。

 ミコトの姿が消えた瞬間、ようやっと雷帝の双面という装備の存在に思い至った者ならば、チラホラ居たけれど。


 アメンボ女の体から、雷が飛び出し消え去る。

 そうして不意に訪れた、数秒の静寂。

 奴は残った電流に全身を痙攣させ、身動きの一つも取れないようだったけれど、しかしどうやら強力な自己再生能力を有しているらしい。

 麻痺状態をすぐに治してみせると、凄まじい速度で傷の修復を開始したのだ。

 が、そんなアメンボ女にとっては息つく暇もなく、ミコトは再び水面へと前触れもなしに現れたのである。


 堪らず防御を固めるアメンボ女。

 その必死な様には、いっそ観戦組の中に同情を感じるものすら出てきたほどだ。

 が、それを声に出す暇もなく事態は動く。


 ミコトが突っ込んだ。襲い来る水魔法の弾幕を、踊るように、戯れるように避け、容易く奴への接近を成す。

 ズドンと、凄まじい踏み込みが水面を叩いたなら、直後繰り出された神速の突きは。

 しかしながら、奴のこさえた強固な水壁により阻まれた。

 そう、見えたのだけれど。


 次の瞬間、水壁は盛大に弾け飛び、壁向こうのアメンボ女すら凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされてしまったではないか。

 ミコトは一体何をしたのか。

 あまりに一瞬の出来事に、これまた理解の追いつかぬ面々。

 さりとて彼女は待ってくれない。


 パッと消え、アメンボ女の吹き飛ぶ先へフッと現れた彼女は、舞姫を握っていた。

 そして、振るった刃は奴の足を容易く切り飛ばしたのである。

 それは始まりの一太刀。

 悪夢は直後に顕現した。

 残り三本の舞姫たちは、凄まじい勢いで宙を踊り、目にも留まらぬ速さでアメンボ女を斬りつけていったのだ。


 その一太刀一太刀が、確実に奴を切断し。

 一秒にも満たぬ刹那の内に、アメンボ女のその体は、バラバラの肉片へと変貌を遂げていったのである。


 するとその最中、何かを見つけたミコトは肉片の中よりそれを引っ掴み、再びその場から姿を消した。

 モニターはそんなミコトの姿をしっかり捉えている。

 空の上だった。

 そしてミコトの持つそれは、十中八九アメンボ女の核に他ならず。


 小さく掲げられたそれは、美しい青の甲核。

 けれどミコトの手が、ほんの一瞬まばゆく光り輝いたかと思えば、それで決着がついていた。

 甲核が、ボロっと砕けたのである。



 そんな、時間にしてほんの一分にも満たない光景を、皆は瞬きや呼吸すら忘れて、見入っていた。

「……………………」

 決着がついた後も、暫し誰もが声を出せずに居り。

 そんな沈黙を破ったのは、モニターに付いた内蔵スピーカーの吐き出す、ミコトの声。


『……えぇ……心命珠じゃん』


 これを受け、いよいよ誰からともなく大きな、大きなため息が溢れた。

「ジャイアントキリングボーナス……だと……?」

「これは、倒されたモンスターも納得行かないと思う」

 と、クラウとオルカが放心気味に言えば、皆が深い頷きで返した。


 すると。

「終わったよー」

 と、突如傍らから聞こえるミコトの声。モニター越しのそれではなく、肉声である。

「ひぇぇっ~!」

 腰を抜かすスイレン。


 見ればそこには、テレポートにて帰還してきたと思しきミコトの姿。

 皆は一様に、顔を引き攣らせたのだった。



 ★



 時刻は午後四時を回り、実力テストを終えた私たちは皆でイクシス邸に引き上げ、ざっくりと総評なんかをイクシスさんが述べた後、現在は自由時間となっている。

 そんな中私はと言えば、夜に開かれる宴会に備え、そろそろリリたちを迎えに行くべきだろうかと念話で連絡を取ったり、訓練場に出て仲間たちと鍛錬したり、さっきの戦闘についての詳細を問い詰められたりと、何気に忙しなくしていた。


「日記で概要は把握していたつもりだったが、実際目にすると完全に想像を超えていたな……」

「スピード、タイミング、構築、制御……どれ一つとっても異常なレベルでスキルが行使されてた」

「流石ミコト様です!!」

「私は……恥ずかしいです。新しいスキルばかりに執着し、既存のスキルの深堀りを疎かにしていました……感服しました。それでこそ自慢の嫁です!」


 というのが仲間たちのコメント。

 そんな彼女らへ、実演を交えながら技を一個一個解説して聞かせた結果、みんな揃って遠い目をしていた。

 が、そこは向上心豊かな彼女たちである。


「私にも出来そうな技はあるだろうか?!」

「伝授して欲しい……!」

「ココロにも是非お願いします!」

「代わりに魔術を教えてあげますよ!」


 って具合に、結局皆で鍛錬に励むことに。

 するとそこへレッカやスイレンさんも合流し。

 暫し技のレクチャーや、新技の考案会などに興じたのだった。


 そうこうして空に朱が差し始めた頃、ワープにてリリたちを迎えに飛び。

 彼女らとともに改めて大浴場にて汗と疲れを落とすと、いよいよ宴である。

 皆で食堂へ向かうと、慰労会の準備はバッチリで。


 イクシスさんによる開宴の挨拶を皮切りに、ワイワイと賑やかな晩餐会が開始されたのだった。

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