第五七〇話 三つ目

 天高くより、テレポートにて水面に降り立った私。

 それを認めるなり、手負いのアメンボ女は守りの体勢に入った。

 一瞬で自らを水の膜で包み、引きこもったのである。

 狙いは十中八九回復のための時間稼ぎだろう。厄介なことに奴もまた、強力な再生能力を有しているようだ。

 っていうか私が当たる相手って、そういうの多くない……?


 何にせよ、想像以上にタフなモンスターである。

 無論この私が、敵を前に指を咥えて回復する様を眺めているはずなど無く。

 MP消費の激しい雷帝の双面を引っ込め、普段遣いの仮面へ戻した私は、すぐさま次の行動に出ていた。


 水の障壁くらい、普段ならテレポートで内側に侵入するなり、スペースゲートでゼロ距離攻撃を試みるなり、やり様は色々とあるのだけれど。

 さりとてアメンボ女は、私のテレポートを見越して障壁を展開している様子。何やら迎撃のトラップでも用意しているのだろう。

 であれば。

(敢えての正面突破!)


 既に駆け出している私は、接近を阻まんと飛んでくる水魔法を、心眼で先読みしながら掻い潜り。

 最後に一際強烈な踏み込みを水面に叩きつけると、渾身の一撃を水の障壁へと突き刺した。

 するとどうだ。本当に水なのかと疑いたくなる程に強固なそれは、異様な程の密度を誇る水壁で。

 繰り出したツツガナシの切っ先は、その先端が僅かに食い込む程度の成果しか挙げられなかったのである。

 一瞬アメンボ女の口元が緩む。

 攻撃後の隙を狙って、すぐさま集中砲火を浴びせんと水魔法が展開した。


 だが、勿論問題はない。


 それは、新技の一つ。名を『破裂針』と。

 文字通り対象をぶっ刺し、風船のように破裂させてしまおうというコンセプトの技だ。

 仕組みは単純。けれど結構テクニックが求められ、それなりに練習が必要だった。


 基本は例によって崩穿華の応用となっており、刺した剣先を起点に魔法を展開するというものなのだけれど。

 対象の内側へ送り込むのは、高圧縮した空気の玉。それを泡のように、或いはビー玉のように切っ先よりもりもり植え付けていく。

 あまり想像したくはないけれど、針を刺して卵を植え付ける虫のようでもある……。

 しかしこれだけでは、やがて傷口から空気玉が溢れ出てきてしまう。そうすると必然、十分な威力を発揮できぬまま中途半端な結果を迎えることだろう。

 なので刃を突き込む際、傷口にはピンポイントに隔離障壁を展開。

 空気玉の数が増えるに連れ、当然のように拡大する傷口に沿うよう、適宜障壁の補修もしなくちゃならない。

 隙間が開かぬよう密閉するのは非常に大変で、しかもほんの一瞬の作業である。

 当然こんな作業をちんたらやっていたのでは、良い的になってしまう。

 どれだけ迅速に大量の空気玉を送り込めるかが鍵の、地味なれど非常に繊細かつ高度な技術が求められるわけだ。


 そして、いよいよ十分な量の空気玉を詰め込むことが出来たなら、それら風の爆弾たちを一斉に起爆してやる。

 と同時、隔離障壁も一気に拡大。私自身への衝撃をガードするのだ。


 ──っていうのが、破裂針って技の詳細となっている。

 そして今、正に水壁内部にて膨大な空気が一斉に解き放たれた。結果、それは火を伴わない大爆発となり。水壁を容易く消し飛ばしたばかりか、アメンボ女すら容赦なく後方へと激しく吹き飛ばしたのである。

 私に向かってきていた迎撃用の水魔法も、その尽くが原型を失いただの水へと還った。そうでなくとも隔離障壁に阻まれるという念の入れようだ。


 とは言え、この程度が奴へのダメージになるかと言えば、そんなことはないだろう。

 吹き飛ばされながら、忌々し気にこちらを睨みつけるアメンボ女。さりとてやはり、新たに傷を負った様子などはない。むしろ回復が進んでいるくらいだ。

 それでも、ガードが崩れたというのは得てしてチャンスの到来を意味しており。

 私は再度、この手の内に流れを引き寄せたという確信を得たのである。


 嬉々として、テレポート。

 換装にて武器を切り替え、携えたるは舞姫だ。

 ツツガナシよりも攻撃力の面では引けを取る舞姫。なれど、舞姫だからこそ実現できる技も用意してある。


 舞姫の持つ特殊能力、『飛翔』。

 使用者の意思に沿い、さながらラジコンやドローンが如く自由自在に空中を泳がせることが出来るという能力だ。

 これにより舞姫は、飛び道具としての側面を併せ持つ特殊な武器となっている。

 そして私にとっては、この飛翔が有効である限り、自身の手を離れた状態にあって尚、『装備を維持した状態』としてステータスを落とさずに済むという、ちょっとした隠し効果をも有しており。

 同時にそれは、飛翔の効果中も依然として、私の体の一部であるということの証明に他ならなかった。

 いや、使い続けた結果そうなった、と言うべきか。以前は私の手を離れると、完全装着の恩恵が怪しくなったものであるが。もしかすると完全装着もレベルアップしているのかも知れない。


 ともあれ、これにより舞姫と崩穿華の相性というのは、多分私の有するどの武器よりも優れたものへと昇華した。

 よりトリッキーな動きを可能にしてくれるのが、随分と付き合いの長いこの愛剣、舞姫なのである。


 テレポートにて奴の背後へ飛べば、しかし相変わらず頭のおかしい反射速度でもって逆に先制攻撃を仕掛けてくるアメンボ女。

 まだ再生が完了せず使い物にならない腕ではなく、六つある足の内一本が、私を貫かんと鋭く迫ってきた。

 が、心眼を駆使すれば対応は容易く。

 紙一重で足の一本を避けざま、私は舞姫の一振りをひょろ長いその黒足へと叩き込んだのだ。


 刃が対象へと接触するその刹那、ほんの一瞬だけ行使するのは強烈なバフとデバフ。

 剣にはバフを、刃との接触面にはデバフを掛け、一気に力の差をひっくり返す。

 本来デバフとは、ステータスのMND値により抵抗を受けるため、なかなかどうして思うように通らないものなのだけれど。

 しかしながら、直に触れさえすれば抵抗も受けにくくなる。

 まして、発動するその一瞬に効果を集中させたなら、ほぼ劣化なく奴のステータスを引き下げてくれるわけだ。


 刃が触れたその瞬間、奴の防御はガクッと低下し、逆にほんの刹那の時間なれど舞姫の火力はバフで大きく上昇した。

 結果、すんなりと刃は奴の皮膚を通り抜け。

 そして。

(零閃!)

 刃が体内へ侵入を果たしたなら、ゼロ距離閃断の発動タイミングである。


 これにより、舞姫による一振りはまるで呆気ないほどに容易く、奴の足を一本斬り飛ばしたのだった。


 だが、忘れてはならない。

 そう、舞姫は四本で一つの武器。

 振るった一本の他、残り三本は既にアメンボ女を囲うように展開しており。

 すぐに状況を理解したのだろう。奴の心に絶望が影を落とした。


 舞姫は踊る。

 一つ閃く度、奴の四肢が宙を舞い、肉片が飛び、何なら首までクルクルと。

 だが呆れたことに、それほど切り刻んで尚、奴はまだ黒い塵へ還らない。

 細いくせに、なんてしぶとい奴なんだ。


 けれど、身体をバラバラにしたことで、肉片の一つから青色の石が顔を覗かせていることに気づけた。

 間違いない、核である。

 そして奴も、事ここに至ればいよいよ冷静では居られないらしい。

 生首が声にならない声を上げる。悍ましい魔力の反応。最大級の水魔法が繰り出されようというのだ。


 が、勿論そんなものに巻き込まれるつもりなど毛頭なく。

 私は肉片の中から無理やり奴の核を引っこ抜くと、それを手に天空高くまでテレポートにて逃亡。

 核持ち逃げ事件の発生である。ついでに皆に終わりを見届けてもらうべく、羽つきカメラも連れてきた。


 私は拳大の、その美しいとすら言える青核を小さく掲げると、握る手に意識を集中させる。

 特級、それも赤の二つ星ともなれば、有する核も強固なものだ。

 以前イクシスさんに、モンスターの核が硬くて厄介だ、という相談をしたことがあった。

 その際彼女は言ったのだ。より強いモンスターの核には、甲羅がついてるものだと。

 通称『甲核』。要は、核を守るケースがセットで付いてるってことらしい。だから硬いのだと。

 更には核自体の硬度も高く、当然生半可な攻撃では破壊できない。強いモンスターの核はそれ程に厄介なのだ。


 なので、生半可なことはしない。


 先程のバフやデバフ同様、魔法はその射程や効果範囲、発生時間などを犠牲にすることで、その威力を極大に高めることが可能だ。

 崩穿華の鍛錬を繰り返すうちに得た気付きである。

 核を砕くのには、ズバリこの技術を利用しようというのだ。


 今回用いるのは光の攻撃魔法。

 本来は閃光で対象を貫くという、使い勝手の良い強力な魔法だけれど、それをここでは超圧縮して使用する。

 全ては核を握る、この手の内で完結させるのだ。

 射程距離は極めて短く。

 照射時間もほんの一瞬。

 それでいて使用する魔力は通常の数倍。


 そうして。発動してみたなら、なんてことはない。


 私の手が一瞬、チカっと強烈な光を放ったかと思えば、それで終いである。

 甲核は容易く崩壊をきたし、そしてレアドロップアイテムへの変化を始めたのだった。


 私の手の中で、青い光がぐるぐると渦巻き。

 すると遠く下方より、黒い塵へと還ったアメンボ女の塵と思しきもやもやが飛んできて、光へ吸い込まれていったではないか。

 まさか復活したりしないだろうなと警戒していると、しかし程なくしてその変化は収まり。


 そうして、私の手の中には一つのアイテムが残ったのである。

 即ち。


「……えぇ……心命珠じゃん」


 斯くして、アメンボ女戦および実力テストは、三つ目の心命珠入手という思いがけない形で幕を降ろしたのだった。

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