第五六九話 VSアメンボ女

「まだ不完全燃焼ですね」


 言うに事欠いて、そのように宣ったのはソフィアさんである。

 今しがた散々な大破壊をやらかした彼女は、スッと冷静さを取り戻しこちらへ戻ってくると、そんなことを言い出したのだ。

 曰く、調子に乗ってMPを使いすぎた。披露したい術はまだまだあった。オルドレイスに手応えが無さすぎた。

 相変わらず底の見えないハイエルフである。流石は超越者、とでも言うべきか。

 もともと100超えだったステータスが、今回の特訓でさらに大きく伸びたらしく、割と手がつけられない感じになっている。

 まぁでも、ステータスが伸びたっていうことは、彼女も皆に負けず劣らずダンジョン内でギリギリの戦いを繰り広げたってことだろう。

 その飄々とした様からは、さっぱり想像がつかないのだけれど。

 そんな不満げなソフィアさんへ、クラウが声をかける。


「ソフィア。気持ちは分かるが、ここはおとなしく順番を譲ろうじゃないか。何せ今回は特訓の中間報告に過ぎないわけだからな。次の機会に見せつけてやればいいのさ」

「やけに説得力のある言葉ですね……まぁいいでしょう。何より、この後に控えるは我が嫁の大活躍ですからね。それを遅らせてまでワガママを通そうとは思いません」

「さらっとハードル上げるのやめてもらえないかな……」


 説得は成り、引き下がることにしたらしいソフィアさん。

 不完全燃焼と言うなら、軒並み自分より脅威度の高い相手を皆が選んでしまい、モヤモヤしているクラウに勝るものはないのだ。彼女に言われては仕方がないだろう。

 そうしたならソフィアさんの言う通り、次はいよいよ実力テストがラスト。

 即ち、私の順番である。

 自然と皆の視線が集まる中、一先ず私は先程一度訪れた湖の畔へと、皆を連れてワープしたのだった。



 ★



 彼方の空にのんびりと流れる雲は、ぼんやりと霞がかった青の中を泳いでおり。

 春らしい午後の日差しの注ぐ中、私たちは湖畔に立って広い湖の中心に視線を投げていた。

 水面を足場に佇むは、一体の異形。

 下半身がアメンボ、上半身は人間の女性。背には大きな虫の羽を携え、付いたあだ名が妖怪アメンボ女。命名私。

 正式名称は残念ながら知らない。


 目を合わせると襲ってくる気がするので、みんな観察には入念な注意を払いつつ行っている。

 私は今から、赤の二つ星という本日最大の脅威度を誇る奴と戦うわけだけれど。

 今更になって、ちょっとだけ日和ってる。

 だってそうだ、みんなは特訓によって確実にステータスを引き上げたし、何より死線を潜ったことで戦い方も洗練された。


 翻って私はどうだ。

 地道な鍛錬こそ続けたけれど、ステータス自体は何ら変わらないし、縛りの関係上実力の近いモンスターと戦ったりもしたけれど、これも皆と比べればイージーモードだと思う。

 そんな私が、赤の二つ星と戦おうっていうんだ。ちょっとチャレンジしすぎたかなって……。

 まぁでも、今回は久しぶりに縛りを抜きにして戦えるっていうんだ。

 新しい戦闘スタイルだって、実戦で思い切り試すことが出来る。流石に精霊術とかは控えるつもりだけどさ。

 新戦術と既存のスキルや装備の特殊能力を組み合わせたなら、案外いい勝負が出来る気もしている。

 それを思うと、少しワクワクもする。オラワクワクすっぞ! ってやつだ。


 一先ず、観戦用に羽つきカメラとモニターをストレージより取り出しておく。今回はちょっと距離があるからね。裸眼で眺めるには不便だろうと思っての配慮だ。

 勿論スイレンさんには、アーティファクトってことで誤魔化しておく。


 そうしたら次は換装にて、久しぶりに強力な装備たちを身につけた。

 ただし、綻びの腕輪は一旦お預け。アレはいざって時用だ。

 綻びの腕輪は、私の持つ装備の中でも特別に強力な品で、装備すれば私のステータスを軒並みぐぐっと引き上げちゃうからね。実際戦ってみてどうにも力不足だって思ったら、その時に装備するとしよう。

 っていうか腕輪なしでも、十分に力は漲る。久しぶりのせいで、得も言われぬ万能感のようなものを感じている。


「ミコト、気をつけて」

「ミコトのガチ戦闘か、随分と久しぶりだなぁ」

「必要とあらば、いつでもココロをお呼び下さい!」

「スキル! 新スキル! 新戦術!」

 なんて声を掛けてくれる仲間たちに見送られ、いよいよ私は湖へ向けて歩みだした。


 水面に足をつけ、水魔法で足裏にだけ足場をこさえて、水の上を歩行しアメンボ女の元へ油断なく近づいていく。

 後ろでは小さなざわめきが起きたけれど、空だって飛べる私が今更水面を歩けたところで、別に驚くようなことでもないだろう。

 そんなことより、意識を向けるべきはここからの戦闘だ。どう戦おうか。


 勿論接近戦を主体にすることは決めているのだけれど、相手の戦い方や選ぶ武器によっても戦法は変わってくる。

 アメンボ女の力は、現状未知数。その脅威度しか判明していないため、実力を出させぬ内に勝負を決めるか、一手一手確実に潰していくか。まずはそこから方針を定めなくちゃならない。

 無論、普段なら前者一択なのだけれど、脅威度が脅威度である。ステータス的に、生半可な攻撃が通じない可能性だって考慮しておかなくちゃならない。

 一気に攻め立てて仕留めきれなかった場合、思わぬ反撃を貰う可能性は否めないのだ。それを思えば相手の力を見極め、確実な立ち回りを優先するのもまた正攻法と言えるだろう。

 とは言え、実力を出させぬ内に勝利することの重要性は、勿論よく理解している。可能であるならば、それを成すに越したことはない。


(……ってことは、初手から大技をぶつけて一気に流れを掌握するか。結局いつものパターンだけど)


 ふと、水面を踏む足をピタリと止める。

 心眼が仕事をしてくれた。ここからもう一歩踏み込めば、奴のテリトリーだ。

 踏み入れたが最後、一気に襲いかかってくる腹積もりのようである。

 私はその境界を跨がぬよう足を止めると。


 テレポートにて、奴の死角へ飛んだ。


 虚は突いた。

 携えたるはツツガナシ。抜刀術にて閃かせた刃には、巨大な威力補正のバフが乗り、刃は神速にてその首元へと迫った。

 だが。

 ギンッ! と、到底肌を斬りつけたとは思えない衝突音が鳴り、ツツガナシの刃は奴が異様な反応速度で翳した腕に阻まれたのである。

 恐るべきことに、刃先は薄くその表皮に食い込んだだけ。明らかなステータスの壁がそこにはあった。


(だけど!)


 直後である。アメンボ女の表情に、確かな動揺が浮かんだのは。

 理由は至極単純。ツツガナシの一撃を阻んだその腕が、斬り飛ばされたのだ。さぞ不思議に思っていることだろう。

 私の攻撃力は、明らかに奴の誇る防御力を大きく下回っていた。

 刃はさしたる傷をつけることすら叶わず、精々が肉を少し傷つけたのみ。骨に至りもせず、まして断つだなんて到底想像もしなかったはずだ。


 けれど、私にはソフィアさん直伝の【閃断】がある。

 そして、新たに磨いた『技』がある。


 僅かにでも刃先がその肌に潜り込んだなら、そこを起点にゼロ距離の閃断を放つことが出来るのだ。

 閃断の肝は、相手への魔力干渉にあり、ステータスや魔力制御力が自身を上回るような相手には本来通じにくい技である。このアメンボ女だって、通常の閃断なら先ず通用しなかっただろう。

 けれど、直接その肉体、それも『内側』に触れた状態なら別だ。

 完全装着の効果により私の体の一部となったツツガナシ。それが直に触れた奴の体内に通う魔力を強引に掌握し、刹那の術を成した。

 仮に『零閃』とでも呼んでおこうかな。崩穿華の応用に当たる技である。


 これを受け、危機感を刺激されたのだろう。

 しかしながら奴が選んだ手は、反撃。プライドの高いことだ。

 無事な右腕で貫手を放ってくるアメンボ女。

 その指先は、残念ながらピンポイントで展開した隔離障壁により阻まれた。

 そして、瞬間的に私は奴の右腕に掴みかかり、掴んだ二の腕を、握力と重力魔法でひしゃげさせた。


 そう。私の強みは、完全装着の恩恵により素手に於いても火力が出ることだ。

 縛りのある状態では控えていた、素手での攻撃。

 それが今なら、誰の目を憚るでもなく好きなだけ使える。これにより、私の戦闘スタイルは更なる自由度を獲得する。


 想定外からやって来た痛みに、今度こそ確かな狼狽を見せるアメンボ女。

 接近戦を危険と判断したのか、どうにかして一度距離を取ろうと試みる。

 が、その右腕は未だ私に掴まれており。

 狼狽というリアクションで1ターン無駄にしたアメンボ女へ、私は容赦なく次の手を仕掛けた。


 瞬間、換装にて仮面を変更。

 装備したのは『雷帝の双面』。特級PT認定試験のために潜った特級ダンジョンのボスより得た、ドロップアイテムである。

 秘めたる特殊能力は二つ。

 一つは、我が身を雷として、稲妻の駆ける速さで動けるようになる能力。

 そしてもう一つは、常時全身に凄絶な雷を纏う能力。


 これに加え、掴んだ手から思い切り雷魔法を発動。

 刹那、湖に轟く凄まじい爆音が如きそれは、視界を真っ白に染めるほどの強烈な光を伴っており。

 ボルト換算にするなら、果たしてどれ程の値が出ただろうか。正直想像もつかないが、べらぼうに強力であったことは言うまでもないだろう。

 それほどに途方も無い電流が、アメンボ女の身体を内外問わず焼き付けた。

 私自身が雷と化していなければ、とんだ自滅技である。持っててよかった雷帝の双面。


 しかしながら驚くべきは、そんなバカみたいな攻撃を受けて尚、アメンボ女が絶命は疎か気絶すらしていないことだ。

 ばかりか、全身をギャグみたいに痙攣させながらも、反撃を狙っている節がある。信じられないタフさだ。

 だから私も、こんな程度で満足したりしない。


 案の定だ。足元から魔法の予兆を感知。叡視のスキルはその詳細すらも既に見抜いている。

 だから私は、それが形を成す前に次の手を打ったのである。

 我が身を雷とした私は、奴の体内へと侵入することで、襲いくる魔法の脅威から身を守ったのだ。

 これぞ攻防一体の避難技。MP消費は流石にエグいけど、一瞬をやり過ごせればそれで十分なのだから、実用には十分足りる。


 直後、想定通り生じた水の棘は、さりとて私という攻撃対象を見失い、あてもなく彷徨って元の水に戻った。

 それを認め、私は奴の体より飛び出すなり、テレポートにて天空へ移動。

 裏技にてMPを補充し、再度水面へ降り立ったのである。


 するとどうだ。

 視界の先、アメンボ女は驚異的な速度で自己再生を行っており、未だプスプスと身体から煙を上げ、長い髪の毛もチリチリになっているけれど、それでも思ったよりかは随分と元気そうにしているではないか。

 どうやら決着には、もう少し時間と手数が掛かりそうだった。

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