第五六八話 VSオルドレイス

 オルカの対戦も終わり、順番を後に控えるのは残すところ私とソフィアさんだけとなった。

 そして、成り行きからトリを務めることになったのが私であるということはつまり、次に順番が訪れるのは彼女ということになり。


 時刻はそろそろ午後三時。

 まだまだ日が落ちるには早すぎる時間帯だ。

 しかしながら、例によって皆で転移をしてみると、目に飛び込んできたのはなんとも薄暗い景色で。

 心做しか不気味な肌寒さもあって、皆の表情にも自然と不穏な色が浮かび上がったのである。


 殊更、事前にモンスターの脅威度調査のためにあっちこっち飛び回り、既にこの場所にも訪れていた私としては、皆より一層不安を抱かざるを得ず。

 その理由に関しては、マップを確認したものから順に理解することとなった。

 最初に声を上げたのは、相変わらずリアクション上手なスイレンさんで。


「ひぇぇ、ぼぼ、墓地があるじゃないですかぁ~?!」


 場所は背の高い木々が空を隠し、昼夜問わず陰気に支配された森の中。

 マップでここから少し進んだ先の様子を眺めたなら、そこには既に廃屋となって久しいボロボロの教会と、苔むした墓石の数々が存在していることに気づくだろう。

 3Dマップの精度が高すぎて、案の定みんなして顔を青くしている。


 そして、そんな墓場の只中に、今回の討伐対象であり、ソフィアさんの対戦相手であるモンスターの反応が漂っているのだ。

 驚くべきは、そいつの携えたる星の数か。

 赤の一・五つ星。それが、そいつの脅威度を示す評価だった。

 言わずもがな、今日ここまで討伐されてきたモンスターたちの中で、最も高い脅威度を誇っている。

 例によってクラウがしょんぼりしているけれど、彼女にはまた別の機会で頑張ってもらうとして。


「もしかして、相手は死霊系モンスターなのです?」

 と、確認するように問うのはココロちゃん。

 対してソフィアさんは、勿体ぶるでもなく頷きで返した。

「ええ、討伐対象は『オルドレイス』。レイス系の上位個体です」


 死霊系モンスターというのは、非実体系のモンスターが一種であり、いわゆる幽霊がモンスター化したものとされている。

 ただ、実際のところは不明な部分も多く、本当に人の霊魂が変貌を遂げてモンスターになったのか、それとも全く別の何かが死霊系モンスターと呼ばれているのか。それに関しては、未だ解明されていない所であった。

 そんな中にあって、レイスというのは一種特異なモンスターと言われており。

 以前見たモンスターに関する本の中には、『レイスとは、何らかの要因で肉体から抜け出た魔法系術士の魂が、身体に戻れずモンスター化したものである』と記されていた。

 なんでも、魔法に長けた者はその魂の形を保ちやすいとかなんとか。それがなんやかんやで邪なものになったのが、レイスというモンスターなんだと。

 何だか眉唾ものの話である。私自身、鵜呑みにはしていないけれど。


 そして問題のオルドレイスだが、その脅威度からも分かる通り、長い時間を経て力を増したレイスが、進化を繰り返し至った姿であり、並のレイスなどとは比較にもならない強さを持っているらしい。

 特異な個体でこそ無いが、所謂『育ちすぎたモンスター』であることは間違いない。

 とどのつまり、強敵である。それも十中八九、魔法に長けた相手だ。

 であればなるほど、ソフィアさんが対戦相手として選ぶのも道理というもの。


「死霊系なら、一応ココロの得意分野なんですけど……」

「もっぱらシスターとしての出番に恵まれないからと言って、人の獲物を奪うのは感心しませんね」

「む。べ、別に死霊系モンスターを相手にすることだけが聖職者のお仕事ではないのです! っていうかココロのお勤めは、ミコト様にお仕えすることが全てですし!」

「なら黙って見ていて下さい」

「ぐぬぬぅ」


 ココロちゃんをシッシと追い払うと、踵を返して廃教会の方へ歩んでいくソフィアさん。

 私たちも、より観やすい場所で観戦するべく、暫しその背を追ってぞろぞろと移動を開始した。

 しかしながら、冒険者と言えど考えてみたら、私たちって女子供の集まりである。

 私に至っては女児だ。体格と精神年齢こそオルカたちとそう変わらないけれど、生まれてから今日に至るまでの経過時間的には、ようやっと一年ちょっとくらい。これを女児と言わずに何と呼ぼうか。

 であるからして、みんな押し合いへし合い一つの塊になって、歩きにくさを覚えながらもソフィアさんの後について歩いた。


 すると程なくして、マップで見たままの光景がそこに現れ。

 やはりマップで見るのと直接訪れるのでは、得られる情報量ってものの次元が違う。

 生ぬるい風。背筋に感じる悪寒。草の匂いすら不気味で、薄暗さは視覚にフィルターを掛けているようにも思えた。

 朽ちて風通しの良い廃教会の奥へ目を凝らせば、既に墓石らしきものがちらりと見えており、皆で建物を遠巻きに回り込むようにして移動すれば、やがて墓地の全容が見えてきた。

 そして、件のオルドレイスや、その取り巻きと思しき死霊系モンスターの姿もそこにはあり。


 情けなくも悲鳴を上げそうになるスイレンさんの口元を、必死に押さえるレッカ。

 しかしそのレッカすら、じんわりと涙目になっている。

 いざ戦闘に入ればまた違うのだろうけれど、こうして眺める限り、まぁ不気味で仕方がない。

 私もぶっちゃけ帰りたいんですけど……。

 ソフィアさんは平気なんだろうか? と目の前のハイエルフに目を移してみれば、指で輪っかを作り、鼻息荒くオルドレイスたちを観察している彼女。

 技能鏡のスキルで、奴らを暴いている真っ最中であった。

 なるほど、実に彼女らしいことである。


 そうして一頻り、声を潜めながらはしゃいだソフィアさんは、興奮冷めやらぬままにズンズンと一人、オルドレイスへ向けて接近していった。

 すると当然、直ぐに彼女の存在に気づいた奴らは警戒態勢に入り、早速牽制がてら取り巻きたちがソフィアさんめがけて突っ込んでいったのである。

 さて、私の知っているソフィアさんは基本的に後衛一辺倒であり、魔術の発動にだって随分と時間の掛かるフィニッシャーって印象が強いのだけれど、モンスターの接近に対してどんな対処を見せるのか。

 やはりお得意の閃断だろうか? でもあれって、実体のないモンスターに効くのかな? だとしたら他の術?

 などと、ここからの展開を想像しながら眺めていると。


 パッと、唐突にソフィアさんの前方に現れた、幾何学模様の魔法陣。

 そこから生じた空色の火炎が、迫りくるオルドレイスの取り巻きたちをぺろりと一舐め。

 直後、ジュワッと黒い塵へ変わってドロップアイテムを落っことしたではないか。


 その光景に、皆が瞠目を禁じ得なかった。

 だってそうだ。今のは間違いなく、魔術である。

 確かにその出力を見るに、私がこれまで見てきた、デタラメな威力のものとは違っているようだけれど。

 それでも魔術って、もっと発動までに時間の掛かるものじゃなかったのか。

 そもそもあんな、迫られてぱっと出せるような代物ではないと思うのだけど。

 魔術の行使に際する、複雑怪奇な魔力の動きっていうのは、ソフィアさんの魔術行使を何度も目の当たりにしてきたためによく知っている。

 あれを一瞬でこなすなんていうのは、ハッキリ言って不可能な芸当だろう。


 よもや、ソフィアさんはそんな不可能を可能にしたっていうのだろうか?

 そんなの、どれだけ魔力の扱いに長けていても、流石に無理だと思うんだけどな……。

 しかし実際問題、結果は今目の当たりにした通り。

 なにかカラクリがあるのだろうか?


 驚く私たちを尻目に、取り巻きたちを一蹴したソフィアさんは間髪入れずにオルドレイスへも攻撃を仕掛けていく。

 新たに展開された魔法陣が、バシュンと紫色の光線を吐き出せば、しかし奴はこれを難なく魔法障壁にて弾いてみせた。

 すると、何故か心眼がソフィアさんより嬉しげな感情をキャッチする。

 かと思えば、彼女は敢えて攻撃の手を止め、手番を相手に譲ったではないか。

 これに関してはもう、悪癖とでも呼ぶ他ない。オルドレイスのスキルを見たいがために、敢えて手を止めたのだ。


 皆から非難の視線が突き刺さるのも気にせず、余裕の態度を見せるソフィアさん。

 対するオルドレイスに遠慮などあるはずもなく。デタラメに撃ち出された、バレーボール大の黒紫色をした無数の弾。もやもやしたどす黒いオーラを纏い、曲線軌道を描いてソフィアさんへ殺到するそれには、如何にも触れちゃダメそうな雰囲気があり。

 しかし相変わらず嬉しそうなソフィアさんは、これに対して更に喜色を浮かべた。

 かと思えば、体の前に大きな魔法陣を展開。


 するとどうだ。驚くべき現象が生じたではないか。

 無数の弾はその尽くが魔法陣に吸収され、そして。

 魔法陣内で奇妙な魔力の変化を遂げると、魔術へと姿を変えて撃ち返されたのである。

 魔法陣より伸びるは、先の尖った丸太のように太く鋭い杭。相変わらず禍々しい色ではあるけれど、どう見ても吸収した魔法とは別物の術である。


 更に驚くべきは、オルドレイスが先程同様に展開した、強固な魔法障壁。これにぶつかった際の奇怪な現象にあった。

 なんと、然程の抵抗もなくそれを貫いたのだ。

 しかも貫通の仕方が異様だった。障壁を壊したのではなく、喩えていうなら……そう。膨らんだ風船の先っちょ、一際ゴムが厚い部分に、えいやと爪楊枝をぶっ刺しても何故か割れないっていう、あのちょっと不思議な現象を彷彿とさせたのだ。

 即ち、障壁は割れるでもなく、形を保ったまま杭の通過を許したのである。


 これには、流石に興味が刺激された。目を凝らして魔力のカタチを観察してみれば、なんとなくそのカラクリが見えてくる。

 理屈だけで言えば、なるほど。割りかしシンプルな話ではあった。

 奴の魔力で生成された魔術だから、奴の魔力で張った障壁を中和し、あっさり貫通できたと。

 話の上だけなら簡単なこと。

 けれど勿論、実際問題そんなことは、起こり得ない現象である。

 理由は色々あるけれど、長くなるから割愛するとして。簡単に言うなら、魔法行使における『誰の魔力か』なんていうのには、本来大した意味なんて無いのだ。誰の魔力で紡がれようと、魔法は魔法なのだ。

 たとえ自分の撃った攻撃魔法を、自分の魔法障壁で弾いたとしても、何ら問題なく障壁は機能するはず。それが常識。


 では何故非常識が生じたか。

 これも簡単な話だ。ソフィアさんが展開したあの魔術に、それを成すための仕組みが組み込まれていたからに他ならない。


 とどのつまり、今ソフィアさんが見せたカウンター魔術は、相手の魔法を吸い込み、その魔力をまるっと利用して別物へ作り変え、防御不能の魔術として撃ち返す。

 そういう代物なのだ。まぁ……無茶苦茶な話である。

 そして唐突にそんな無茶苦茶をやられては、オルドレイスも対応し切れず。

 まんまとその体には大穴を開けられている。大ダメージだ。



 そこからの展開は、酷いものだった。

 ソフィアさんは相手をしこたま挑発し、あらゆる魔法を引き出しては撃ち返し、時には攻撃魔術でバカスカと攻め立て。

 そしてあらかた奴の力を引き出し終えたと判断した彼女は、背に携えたる竜の翼を模したアクセサリーの力で空中高くに浮き上がると、この辺一帯を覆わんばかりに無数の魔法陣を大規模展開し、実に楽しそうな笑い声を発しながらオルドレイスもろとも、墓地も廃教会も何もかも、雨霰が如く降り注ぐ魔術で蹂躙していったのである。


 危うく巻き添えを喰らいそうになった私たちは、急ぎその場を離脱。

 遠くから聞こえる盛大な爆発音。木々を大きく揺さぶる爆風。大地さえグラグラと振動し、カラフルな光が森の中を染め上げた。

 何であの人は、毎度テストの場において加減ってものを忘れちゃうのか……。


 斯くして、確かな魔術の進化を見せ付けたソフィアさん。

 オルドレイスはいつの間にやら、黒い塵へと還っていったのだった。

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