第五六七話 観てるのに視えない

「ココロが大きくなれるのは、以前ミコト様から頂いたこのワンダークラウンのおかげなのです!」


 嬉しそうにそう語るココロちゃんは、両手の人差し指でビシッと、自身の頭に乗っかっているそれを差し。

 皆の視線は自ずとその金色の王冠へと集まったのだった。

 あれは、そう。確かツツガナシのテストを行った際に討伐した、自身の大きさを自在に変えられるモンスター……何だったっけ。えーと、確か……そう。エンペラー……じゃない、カイザーだ。カイザートロル。ワンダークラウンは奴がドロップしたアイテムだ。

 ココロちゃんはその金冠の特殊能力により、カイザートロル同様自身の大きさを思うままに変じさせることが出来るのだ。


 しかし実際、それを実戦で用いる機会はなかなか少ないようで。

 巨大化すると的が大きくなってしまうし、小さくなってもデメリットは多い。

 であれば、今回相手にした超巨大なゴーレムのように、スケール感の異なる敵と自身のサイズを合わせるって運用が、一番効果的なのかも知れない。

 いやそれにしても、とんでもない巨大化だったけど。

 身につけている装備類もまるっと含めて巨大化するっていうんだから、配慮も行き届いている。


「わ、私たちの激闘が~……」

「あっという間に霞んじゃうようなインパクトだったね……」

 と、半笑いで青空を眺めているのはスイレンさんとレッカ。

 掛ける言葉が見つからない……。


「それにしてもとんでもない効果だな。巨大化に伴うデメリットなどはないのか? こう、成長痛が生じるとか」

 なんて、人一倍興味を示したのはイクシスさんだ。でも成長痛て。

 対するココロちゃんの返答は。

「元のサイズからかけ離れるほど、多くのMPを消耗します。それに何だか、どっと疲れますね」

「ふむ。つまりあまり長い時間は変身しておけないわけだな」

「ですです。さっきの大きさにもなると、多分三分くらいが限界なのです」

 光の巨人かな?

 っていうかそんなに維持できるんだ。普通に凄いんですけど。


「ダンジョン内ではなかなか日の目を見ない能力だが、フィールドでのココロはとんでもないな」

「流石うちのパワー担当」

「是非スキルをどんどん組み合わせていきましょう!」

「もう百人力とかの次元じゃないね……」

「えへへぇ、最近は部分的な巨大化も覚えたので、ダンジョン内でも結構使えるんですよ!」


 こういうのを、鬼に金棒っていうのかな。私は大変なものを贈ってしまったのかも知れない。

 まぁでも、強力なことは間違いないので良しとしよう。


 そんなこんなでココロちゃんの出番も滞り無く終わり、私たちはすぐに次の現場へワープしたのだった。



 ★



 まばらに霧の立ち込めるそこは、遺跡らしきものが無造作に転がっている草地で、独特な雰囲気のある場所だった。

 遺跡は時間の流れの中で朽ちたのか、今はその原型をとどめていない。

 が、歴史的価値を鑑みると、荒らしちゃまずい場所なのは間違いないだろう。

 さりとて、今回の討伐対象はどうやら、ここに出現したようで。


 霧が立ち込めていようとも、勿論マップスキルは問題なく敵の位置をしっかりと捉えており。

 遺跡跡の更に奥まった場所に、そいつの反応はあった。

「今回もまた、赤の一つ星……か」

 と、しょんぼりとつぶやくのはクラウ。

 居た堪れないので、誰もそこには触れない。

 代わりに、

「それで、今回戦うのは……」

 と話を振ったのはレッカだった。


 すると、応えるようにスッと手を上げた者が一人。

 オルカである。

 自然と皆の視線が彼女へと集まり、そこに居心地の悪さを覚えたのか、スススと私の後ろへと移動する彼女。かわええ。

 そんなオルカは、斥候らしく事前情報を提示してきた。


「私が戦うのは、モノマネスライム。擬態能力に優れたスライムで、真似した相手の能力までコピーする厄介なモンスター。の、変異種。姿を真似るのが苦手になった代わりに、コピーした対象を上回る戦闘力を発揮するらしい」


 何とも恐ろしい特性を持ったスライムである。能力をコピーするってことは、もしかしてスキルまで真似されてしまうってことだろうか?

 それも変異種だ。コピーした相手を上回る戦闘力ってことは、つまり上位互換として襲ってくるってことじゃないか。

 流石にイクシスさんクラスをコピーできるとは思わないけど、赤の一つ星ともなればきっと、成長した今のオルカの能力すら再現できてしまうのだろう。

 間違いなく厄介。特にオルカの上位互換だなんて、正直想像もしたくないんですけど……。

 ひょっとするとこれは、以前訪れた鏡のダンジョン以上に大変なんじゃないだろうか。

 本来なら数で囲って処理するのがセオリーだろうけど。


「オルカ、大丈夫なの……?」

 心配になってそう問うてみれば、彼女は微笑んで答えた。

「問題ない。見てて」

 言うなり、静かに歩き出す彼女。

 しかしこちらに背を向けたまま、最後に一つ言葉を残していく。

「だけどごめん、私に派手な戦闘は期待しないでね」

 皆の脳裏に過る、ココロちゃんの戦闘。そりゃ、アレの後じゃそう言いたくもなるか。

 それ以前に、オルカはニンジャである。元より静かなる勝利こそが正しい在り方だ。

 まぁ、忍者ではなくニンジャなので、必ずしもそうとは限らないけど。

 何にせよ、お手並み拝見である。



 草を踏む音すら鳴らさず、歩き続けたオルカ。

 すると不意に、ぶんと腕を振るう彼女。

 それだけで周囲の霧が容易く吹き散らされ、見晴らしが良くなった。観戦する側は大いに助かるところである。

 淀みない足取りで尚も真っ直ぐ歩んでいくオルカ。すると、何処からともなく湧いて現れ、彼女と対峙した不気味な流動体が一つ。

 それは銀色でベチャベチャした、可愛げのないスライムだった。

 しかしそいつは直ぐに形を変え始め、あっという間に人型へと変じたのである。


 情報のとおり、オルカへ擬態したのだろう。

 けれど出来は悪く、身体のあっちこっちが崩れて不格好になっており、色も銀のまんま。

 擬態が下手くそだっていうのは本当らしい。

 けれどその分、戦闘力は高いそうだが、果たして……。


 そっと腰を落とし、構えるオルカ。

 全く同じ様に、腰を落とすスライム。

 そうして、睨み合いは数秒間続いた。



 その時である。

 オルカを真似たそのスライムが、動いた。

 というか……。


 ドロリと、形を失って崩れたではないか。

 視界の先で起きたその動きに、観戦していた私たちは一様に訝しみ。

 そして。

 何故か、そのまま黒い塵へ還っていくスライムを認め、いよいよ盛大に首を傾げた。


「え……あれ? 終わり?」

「い、いやいや、何かをしたようには見えなかったぞ……?」

「自滅、ですか……?」

「不可解ですね……」

 と、鏡花水月。

 イクシスさんたちも、

「あ、あれ、オルカさん構えを解いちゃいましたよ~……??」

「どういうこと? 不戦勝?」

「むぅ…………わからん」

 というリアクション。


 そうして程なくし、戻ってきたオルカに皆で話を聞けば、返ってきたのは身の毛もよだつような答えで。

 事も無げに彼女は言うのである。


「分身して、気配を殺して、核を砕いた。ちゃんと私の勝ち」

「………………」


 そう。オルカは、皆の視線が集まる中で、難なくそれをやってのけたというのだ。

 特筆するべきは、その『皆』の中に、イクシスさんまでもが含まれているという点だ。

 誰に気取られるでもなく、対峙した相手を暗殺してみせた彼女。

「だから派手な戦闘は期待しないでって言った」

 と、少し気まずげにそう語るオルカだけれど、それどころじゃない。

 皆一様に顔を引きつらせ、彼女だけは何があっても敵に回すべきではないと、深く深く理解したのだった。


「も、もぉ、何なんですかぁ~……鏡花水月は化け物集団かなにかなんですか~?!」

 とはスイレンさんの言である。

 どうしよう、段々否定できなくなってきたぞ。

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