第五六六話 ワンパンですよ!
決着。
レッカの凄まじい一太刀により、真っ二つになったタガメが一瞬にして灰に、そして塵になったのを認めた私たちは、その瞬間彼女らめがけて駆け出していた。
イクシスさんの方針により、特訓開始からこっち敗戦を繰り返してきたレッカとスイレンさん。
頑張りの甲斐あって、確かにステータス数値だけならばぐっと伸びていたのだろう。
さりとてその代償に、己の実力を信じられなくなっていた。
特級のモンスターを自分たちで倒す、ということを、とても縁遠く感じるようになってしまっていたのだ。
しかしこの一戦は、そんな彼女たちの中に埋もれてしまっていた炎を、見事に蘇らせた。
決定的だったのは、タガメに肉薄を許した際のレッカの動きだ。
気持ちの折れかけたレッカは、さりとて気持ちよりももっと深い部分で、前進することを選んだ。
積もりに積もった敗戦のストレスを、一気に吹き飛ばした瞬間である。
あの一撃こそが、勝敗を分けたと言っても過言ではないだろう。
心眼を持っているからこそ見えた、決定的な瞬間である。
きっと他のみんなには、レッカによる見事な反撃か、或いはタガメの見せた甘い踏み込みにしか見えなかっただろう。
けれどそうじゃないんだ。
タガメはあの瞬間、レッカの弱気を察していた。
だからこそ飛び込み、決着を付けに掛かったのだ。
それが、蓋を開けたらどうだ。
驚くべき一撃で大ダメージを貰い、そこから一気に勝負を持っていかれたではないか。
レッカの弱気は演技でもなんでも無いもので。故にタガメの判断ミスと言うには酷だろう。
そこはやはり、土壇場で弱い自分を振り切ったレッカをこそ、評価するべきなんだと思う。
兎にも角にも斯くして決着は成り、私たちは暫しワイワイと、スイレンさんやレッカを皆で褒めちぎったのだった。
特に監督役を務めているイクシスさんなんかは、よくぞ踏ん張ってみせたと目尻に涙まで浮かべていた。
彼女もレッカたちが精神的に追い込まれていたことは重々承知していたようだ。
それでも尚、二人の強さを信じたのだろう。
そしてレッカとスイレンさんは、見事それに応えてみせた。
文句なしの成長である。
っていうか、そう。成長といえば一つ気になったことがあり。
「そう言えばレッカ、火傷は大丈夫? 最後に見せたあの焔、王龍戦の時に近いものだった気がするんだけど……」
と案じて声をかければ、しかし当人はケロッとしたもので。
剣を握っていた手を私に向けて、何不自由なくグーパーしてみせたのである。
「全然平気だよ。なんか、あの熱量にも対応できるようになったみたい!」
なんて、あっけらかんと言ってのけたレッカ。
するとこれにはスイレンさんが口を挟み。
「実はー、特訓中何度も無茶をして、その度に酷い火傷を負ってたんですよー。それを克服できたのはレッカちゃんの努力の賜物です~」
「ちょ、ちょっとスイレンっ! そういうのは言わないほうがカッコイイんだから!」
どうやら、レッカは陰でたくさん努力をして、事も無げに振る舞うタイプらしい。見栄っ張りと言うかなんと言うか。
しかしまぁ、毎日特級モンスターにボコられた上、自分の火にも傷つけられるというのは相当に辛かっただろうに。
それを乗り越えてしまうというのは本当に、大した根性である。
「それで言うとスイレンだって、いっつも泣きべそかきながら演奏してたじゃん! 指先も血まみれにしてさ!」
「あぅ……そ、それはそのー……」
思わぬレッカの反撃に、目を泳がせるスイレンさん。
指先が血まみれになるくらい演奏するって、一体何をしたらそうなるんだ……回復魔法のある世界でそれって、とんでもないことだよね。
と思っていたら。
「百王の塔で手に入れたこの子を、弾きこなすのにちょっと手を焼いただけです~。レッカちゃんよりは全然マシです~」
とのこと。
なるほど、そんな苦労もあるのか……でもスイレンさんだって頑張ったことに違いはない。
改めて、どっちもちゃんと凄いと皆からの称賛を受け取り、揃って照れ笑いを浮かべたレッカとスイレンさん。
見事、赤の一つ星撃破である。
★
再び転移して、やって来たのは広大な平原。
背の低い若草が延々と広がる平らな大地は壮観で、さながら緑の絨毯である。
そんな雄大な景色の中、当然チラホラとモンスターの姿がところどころに見て取れはするのだけれど。
故にこそ、私たちの目には『それ』の存在が際立って見えた。
一言で言うなら、大きい。
ただただ大きい、スケール感の狂ったロックゴーレムがそこに立っていたのだ。
彼我の距離は一キロ近くも離れていると言うのに、見上げても天辺が見えるかどうか。まぁ、角度の問題もあるのだけれど。
何にせよ、遠近感を台無しにするようなとんでもないモンスターが、今回のターゲットであった。
そう、今から私たちの内の誰かが、そんな奴と単独で戦おうっていうのだ。
まぁ、無茶苦茶な話である。無謀と言ったっていい。
だって質量からしておかしいからね。
あまりの重量のせいで、奴の足元が地盤沈下を起こしちゃってるくらいだもの。
それで尚、あの高さ。
謂うなれば、HP極振りの怪物って感じだろうか。身体は岩で出来ているようだから、防御力自体は多分然程じゃないのだろうけれど。
しかしそれでも、正に目に見えて尋常ならざる相手である。
「赤の一つ星か……なんか皆、私より強い相手を選んでるな……ぐぬぬ、選択を誤ったか……?」
なんてこっそり嘆いているのはクラウ。
彼女が相手にしたのは、赤の〇・五つ星だったからね。
変に見栄を張って、手に負えない相手を選ぶことのないよう、暗黙のルール的に個々人で対戦相手を選んだのが裏目に出たのだろう。
まぁそれでも、単独で特級を狩れること自体すごいことなんだけどね。しかも全然余裕の秒殺だったし。
それは皆も重々承知しているところである。当人が思うより、周囲はちゃんとクラウを評価しているので、あまり気にしないでほしいものだ。
それはともかく。
百王の塔もかくやと言うほどに巨大な、そのゴーレムを前にして、私たちの中から一歩自信満々に歩み出た者があった。
「それじゃ、ココロちょっと行ってきます! ミコト様、どうかしっかり見ていて下さいね!」
そう、我らがパワー担当のココロちゃんである。
「うん、しっかり応援してるから頑張っておいで」
「はいっ!」
溌剌とした返事を返すなり、グッと地面を踏み込み、そして消えたかと思うほどの信じ難い速度でゴーレムめがけて突っ込んでいくココロちゃん。
ただでさえ小柄な彼女だ。駆けて行くその背はあっという間に小さくなり、すぐに見えなくなってしまった。ゴーレムとの体格差が冗談めいてる。
なんて、皆で期待と不安を胸に眺めていると、異変は突如として起こったのである。
「ど、どっひぇぇぇ~~~!!」
なんて、今日日ギャグアニメでも聞かないような素っ頓狂な声を出し、ぺたんと尻餅をついたのはスイレンさんだった。
でもその気持はよく分かる。
私だって思わず、変な声が漏れたくらいだ。
何せ、私たちの見上げる先には────
超巨大ゴーレムに匹敵するほどに、超巨大化したココロちゃんが出現したのだから。
ばかりか、彼女は突っ込んだ勢いそのままに、拳をえいやとゴーレムに叩きつけ。
そして実に呆気なく、奴をものの見事に粉砕してみせたのである。
が、大変なのはその直後だ。
私は大慌てで障壁や遮音の結界などを展開し、来る衝撃へと備えた。
そしてその判断は、大正解だった。
ゴーレムの大粉砕から僅かに遅れて、私たちを襲ったのは大地をも揺るがすほどの凄まじい音と衝撃。
何も対策を打たねば、きっと鼓膜の一枚や二枚簡単に葬られていたことだろう。
っていうか、防壁を貼って私たちは難を逃れたけれど、その外は惨憺たる有様だった。
よもや、地面が波打つだなんて光景を目の当たりにしようとは、流石に想像もしてなかった。
ココロちゃんの踏み込んだ足元を起点に、さながら水面に生じる波紋が如く、地面がズモモモと大きくウェーブしたのである。
空にかかった雲さえも勢いよく吹き散らし、神話が如き光景を演じてみせたのだ。
誰もが言葉を失い、あんぐりと口を開ける中、巨大なゴーレムは静かに塵へと還っていき。
そしてココロちゃんもまた、それを見送るなりぱっと消えてしまった。っていうか、元のサイズに戻ったのだろう。
それから間もなくのことである。
ドロップアイテムを抱え、パタパタとこちらへ駆け戻ってくる彼女の姿を認めたのは。
度肝を抜かれるっていうのは、多分こういう事を言うんだろう。
私を含めた皆は、なんとも間の抜けた調子で彼女を迎え。
しかしふと、
「ふ……ふふ、ははは! ふははははは!!」
なんて大声で笑い始めるイクシスさん。
数え切れない修羅場を越えてきた彼女にしても、今の光景は十分に琴線を震わせるに足る衝撃だったようだ。
そして、イクシスさんが笑ったなら、私たちだってもう笑うしかない。
しばし、冗談のような直前の出来事に、感情が行方不明なまま皆でゲラゲラと笑い声を上げ続けたのだった。
一人、ココロちゃんだけが可愛らしく首を傾げていたけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます