第五六四話 燻る

 クラウの圧勝を皆で認めた後、次に転移でやってきたのは、とある大きな湖の畔だった。

 時刻はやがて午後二時を回る頃。水面に跳ねる陽光がキラキラと眩しくも美しく、正に風光明媚な景色である。

 尤も、ここはモンスターの跋扈する世界。呑気にピクニックなどと洒落込むような人は、得てして奇人変人剛の者と相場が決まっているわけだが。

 案の定何処を見渡しても、観光客なんて一人も居やしない。

 マップを見てみれば、モンスターの反応があっちこっちに点在しており、それらの脅威度も星にして四~五つ星。

 冒険者ランクで言うなら、丁度A~Eランクを星五~一つに当てはめて考えることが出来るため、それで言うとA~Bランク相当のモンスターが付近をうろついていることになる。

 まぁ、とんでもなく物騒な場所であることは間違いない。ほぼ特級危険域と言っても過言にはならないだろう。


 そして、マップ内には既に討伐対象の姿も捉えており。

 奴の掲げる星の数も、皆の知るところとなったわけだ。

 っていうか遠視を用いれば、奴の姿は既に目視で望むことが出来るのだけれどね。


 環境汚染などとは縁遠い、美しい水を湛えた湖。

 その真ん中にポツンと、水面に浮かぶ影が一つ。

 六つの脚は危なげなく、水の表面を足場に立ち。

 胴体はさながら、半蜘蛛半人間であるアラクネを彷彿とさせるような、人型であった。

 すなわち、上半身は美しい女性のそれ。下半身はアメンボが如き多脚を備え、背には巨大な虫の羽すら携えたキメラのようなモンスター。


 そして、そんな一風変わった容姿を持つアメンボ女の、気になる脅威度はと言えば……。

「あのぉ~……私の見間違いですかねぇ。赤い星が二つ見えるんですけど~……」

 控えめな声量でそのように言うスイレンさん。正に我が目を疑っているようだ。

 しかしながら、皆からは「私もそう見える」という声ばかりが返り。


 そして、そんな皆の視線は自然と、実力テストの二番手を担う者の元へと集まっていったのだった。

 即ち、私の元へ。


「おいミコト、お前……」

 と、呆れた様子で声を掛けてくるのはクラウ。

 今しがた赤の〇・五つ星を倒した彼女である。それよりも一・五も星の多いモンスターとこれから戦います! なんて言われたなら、そりゃ苦言の一つも呈したくなろうというもの。

 っていうか、当の私にしたって大変気まずい思いを味わっている最中である。

「だ、だって。新しい技を試したかったんだもん……」

 苦し紛れにそんな言い訳をすれば、ため息がチラホラと聞こえてくるじゃないか。

 そんな中ソフィアさんだけは、「素晴らしい!」と、皆と真逆のリアクションをしているけれど。しかし彼女は例外の人なので、勘定に入れるのはまずい。


 まぁでも真面目な話、先日編み出した新しい戦い方は、縛りを設けた状態でも強力な力となった。

 中間報告会ということで、一時的に縛りを解いている今、存分に力を試すには相応の相手が必要だと思ったのだ。

 でも言われてみたら、ちょっと大きく出過ぎた気がしないでもない。

 久しぶりにPTメンバーと合流したことで、気持ちが大きくなっていたことは、正直認めざるを得ないところである。

 とは言え、やっぱり無理ですと引き下がるようなつもりもない。

 確かに危険こそ伴うけれど、それこそいざとなれば仲間たちの力を借りることで、多分どうとでもなる相手である。

 であれば、胸を借りるつもりでガッツリ技を試してみたいじゃないか。実力テストっていうくらいなんだから。


「とにかく、先ずは戦ってみるよ。無理そうなら倒すの手伝って!」

「お前なぁ……」

「ミコトらしい」

「ココロの力が必要とあれば、何時でもお使い下さい!」

「ふふ、楽しくなってきましたね……!」


 などと、いよいよ仲間たちも血気盛んに盛り上がってきた、その時だった。

「ごめん、ちょっと待ってもらえないかな」

 アメンボ女へ向けて歩みだそうとした私を、レッカが引き止めたのである。

 何事かと振り返れば、なんとも申し訳無さそうな彼女が、右手に紙片を摘まんでおり。

 そこにはデカデカと、レッカ・スイレン組の順番を示した『六』の文字が記されていたのである。

 即ち、大トリだ。


 そんな紙片を皆に見せつけながら、彼女は言うのである。

「申し訳ないんだけど、トリを務めるには荷が重すぎるよ。ミコト、代わってくれない……?」

「お願いしますぅ~……」

 などと、実にレッカらしからぬことを言うじゃないか。

 私たちは一様に我が耳を疑い、訝しさを顔に浮かべてしまった。


 そんな中、口を開いたのはクラウであり。

「ど、どうしたんだレッカ、お前らしくもない!」

 と、率直に感じたままの疑問を声に出したのだった。

 これに対し、レッカは苦笑いを返して理由を語る。

「だって、私とスイレンはさ……来る日も来る日も特級のモンスターにボコボコにされて敗北続き。正直、未だに大きな手応えっていうのは掴めてないんだ。そんな私たちが、このメンバーの中でトリだなんて……」

「ごめんなさいぃ~……自信がなさすぎますぅ~」


 その言葉に、皆が察した。

 完全に負け癖が付いてしまっていると。

 自信がなくとも突っ走るレッカが、まさかのこの有様である。余程酷い負け方を経験しまくったに違いない。

 午前中に話こそ聞いていたけれど、どうやら実情は話以上だったようだ。

 自然と、じっとりとした皆の視線が、二人の監督役を務めたイクシスさんへ向く。

 すると彼女は盛大に目を泳がせ、一歩後ずさるではないか。


「ち、違うんだ! だって、その、あの、えっと」

 うまい言い訳を捻り出せない彼女は、居た堪れなくなってしんなりと萎れていく。

 そんなイクシスさんの様子が気になって、私は久しぶりに心眼をアクティベート。

 懐かしいその感覚に、一瞬ゾワリと鳥肌が立つけれど、それも束の間のこと。

 イクシスさんの様子を観察して、なんとなく状況を把握した。


 得てして人は、『一言では弁明のしようがない事情』ってのを抱えるものだ。

 イクシスさんも正に、そういう状態なのだろう。

 あるいは、口で言っては台無しになるような仕込みでもしているのか。

 それを察すればこそ、私はイクシスさんを庇うように立ち位置を移動し、自ら皆の視線を浴びつつレッカに言ったのである。


「いいよ、分かった。二番手はレッカたちに譲ることにするよ」

「! ミコト……」


 皆が訝しむ中、私はレッカと紙片の交換をした。

 私の持つ、二の書かれた紙片と、レッカたちの六が入れ替わり、これで私が大トリだ。プレッシャーである。

 しかしまぁ、そんな事は良いんだ。

 紙片を交わすその瞬間、私は心眼を通し、確かにそれを確認した。


 レッカの中に燻る、確かな熱を。

 それも、それこそ鳥肌の立つような悍ましき熱量を。

 一見して安心したような表情。そのくせ、今にも叫びだしそうな程の悔しさを胸の内に抱えているじゃないか。

 やっぱりレッカはレッカだった。それを確かめられただけで十分。


 私は、静かに仮面を外した。

 そして、虚を突かれたように目を丸くするレッカの、その胸にどんと拳をぶつけ、言うのだ。


「その代わり、強いレッカを見せてね」

「っ!」

「スイレンさんも」

「ひぇ?!」

 ビクリと肩を震わせる彼女へ、告げる。

「カッコイイ二人を見せて」

「……!」


 私の言葉を、果たして二人はどう受け取っただろうか。

 燻ったその熱に、上手く薪を焼べることが出来たなら幸いなのだけれど。

 私は仮面を付け直し、背後のイクシスさんへ小さく視線を投げてみる。

 返ってきたのは苦笑。

 でも、心眼は確かに彼女の『期待』を捉え。

 私もまた、レッカとスイレンさんの変貌ぶりを、楽しみに感じたのだった。



 ★



 程なくして、私たちは視界を左右にデンとぶった切るような、雄大な大河を遠目にしながら、各々マップを眺めていた。

 そこに映るのは、討伐対象たるモンスターの反応。

 そして、赤い星が一つ。

 レッカたち曰く、イクシスさんの強引な勧めにより、無謀にもこれと戦うことになったと。

 確かに二人の冒険者ランクだけで言えば、スイレンさんはA、レッカはBである。

 どちらも一般的に見れば、十分にすごい冒険者であることは、先日ようやく学んだ私だ。

 何せAといえばハイノーズクラス……いや、うん。比べる相手が悪かった。

 しかしそこに到れる者というのは、相当に限られていることを私は知った。それだけスイレンさんはすごいってことだ。勿論レッカも。


 けれど、特級クラスのモンスターなんていうのは、普通に考えて明らかに荷の勝ちすぎた相手である。

 それもクラウの戦った〇・五より一つ上の、赤の一つ星。

 そりゃ、二人が不安に思うのも仕方がないだろう。

 でも、そう。二人がかりなのだ。

 一人では無理でも、二人なら……いいや、レッカとスイレンさんなら、決して引けを取ったりはしないと。

 不思議と、そんな気がしていた。


 そうして、彼女たちは徐に大河へ向けて歩み始める。

 その背に心眼は、確かに見ていた。

 チリチリと火の粉舞う、焔の気配を。

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