第五六三話 VS赤竜

 こう言っては何なのだけれど、今回皆で取り組んでいる特訓の趣旨は、あくまで『ステータスを伸ばすこと』にあるわけだ。

 であるならば、ステータスウィンドウをちょろっと覗きさえすれば、わざわざ実力テストなんて行わずとも、成長の度合いを見るのに事足りてしまうわけである。

 しかしながらこの世界、何もステータスの高さだけが全てだなんてことはなく。

 例えばめちゃくちゃ平均ステータスの高い騎士が居たとして、そんな人でも致死性の毒を盛られたなら、毒耐性の有無によってはイチコロでぽっくりなのだ。


 要するに、立ち回りや戦い方が重要って話である。

 皆は来る日も来る日も、うんざりするくらい強敵との戦いを重ね、ステータスは勿論のこと、その戦い方にだって磨きがかかったに違いないのだ。

 なれば実力テストは、ステータスだけでなく、そういった自身の力を如何に活かせているか、という部分を見るためにも有用であった。


 ってわけで、皆が一通りテスト相手を決定した頃、次いで問題となったのは『誰から戦うのか』という点で。

 順番決めに際し、手っ取り早くクジを用意した私は、それを皆に引かせて回った。

 勿論不正などはしない。ランダムである。

 因みにレッカとスイレンさんは、ずっと二人一組でやってきたため、今回もタッグでの挑戦となっている。他は全員ソロだ。


 皆に順番を示す番号の書かれた紙片が行き渡り、特に勿体つけるでもなく、せーのの合図で開封が成された。

 斯くして、最初に実力テストに挑むメンバーが決定したのだった。



 ★



 ゴツゴツとした大小様々な岩石の転がるそこは、頂きを近くに見据えた火山の峰。

 有毒ガスが漂っている危険性があるため、魔法でしっかりと対策を打ちながら、皆で転移してきた私たち。

 これから討伐する対象には既にマーカーを付けてあり、これによって遠く離れた位置からでもモンスターの居場所や、その脅威度を把握することが出来た。


 皆でマップを確かめながら、早速討伐対象であるモンスターの様子を眺め、言葉が飛び交う。

「星の数は、赤の〇・五つ星」

「と、特級ですよ~! 大丈夫なんですか~?!」

「確かに、強敵ですね……!」

 そんな声を聞き、私はふとあることが気に掛かって、思考をぼんやりと巡らせる。


 それはダンジョンの脅威度を示す星と、モンスターを示す星の評価基準について。

 オルカたちが挑んでいる屋敷の特級ダンジョンは、赤の一つ星だった。

 これはつまり、ダンジョン内には特級モンスターがわんさか現れるってことを意味しているのか。

 それとも、ダンジョンボスの強さを目安に脅威度が決定しているのか。

 はたまた、諸々を含めた総合的な評価を示しているのか。

 一番濃厚なのはやっぱり、総合的な評価って線だろうけれど。


 これが仮に、ダンジョンボスの脅威度を基準にダンジョンの星の数が決まるのだとするなら、赤の〇・五つ星である今回の討伐対象って、一人で戦うには荷の勝ちすぎている相手なんじゃないだろうか。

 だってその場合、相手は屋敷のダンジョンのボスに近い力を持ったモンスターかも知れないってことだもの。

 屋敷のダンジョンは赤の一つ星ダンジョン。『ダンジョンボスの脅威度 = ダンジョンの星数』だとするなら、屋敷のダンジョンボスは赤の一つ星モンスターってことになる。

 一方で今回の討伐対象は、赤の〇・五つ星。

 そんなのに単身で挑むというのは、やはり無謀なんじゃないだろうか……。


 すると、そこへ声を掛けてきたのはソフィアさんで。

「そのお顔は、何やらスキルに関する考察をなさっているようですね!」

「だから何で、仮面をしてるのに分かるのさ……」

 もはやエスパーである。まぁ、ソフィアさんだもの、もし「実は本当にエスパーでした」とか言われたとしても、多分今更そんなに驚きはすまい。

 そんなことより、丁度いいので星に関する懸念を彼女にも聞いて貰った。

 興味深そうにふむふむと、時折相槌を打ちながら聞き終えた彼女は、早速自身の見解を語る。


「一応特級冒険者を名乗らせてもらっている私からしますと、恐らくはミコトさんの仰るように、ダンジョンの星の数は『総合的な評価を表したもの』だと思います」

「やっぱりそう思う?」

「ええ。そうでなくては、序盤に登場したモンスターの脅威度が低すぎましたし、三〇階層時点のモンスターは逆に強すぎます。この調子では、とてもダンジョンボスの脅威度が赤の一つ星程度で収まるとは思えませんからね」

 実際屋敷のダンジョンに潜り、戦い続けているソフィアさんの意見である。しかも、スキルに関する考察でソフィアさんが簡単に推察を外すとも思えない。

 であればほぼ間違いなく、ダンジョンの脅威度を示す星とは、ダンジョン内に存在する全ての脅威をまるっと引っ括めての、独自の評価基準を持っている。


「でもそれってつまり、屋敷のダンジョンには赤の一つ星以上の恐ろしいモンスターが複数居るってことになるんじゃ……?」

「ですね。より気を引き締める必要がありそうです」

「だ、大丈夫なの……?」

「それを試すための、実力テストでしょう」

「……ごもっとも」


 何にせよ、とどのつまり赤の〇・五つ星は、心配したほど手に負えないような相手ではないらしいことが分かった。

 そんな話をしながら、マップに見えるその討伐対象めがけて、えっちらおっちら歩き難い岩場を進んでいると、程なくして遠くにそいつの姿が見えてきた。


 背には大きな翼。全身を覆う鱗は赤く、逞しい足先に付いた爪は黒く鋭い。尾先には棘が生えており、これまた殺傷能力が高そうだ。

 要するに、アレだ。ドラゴンである。

 正直王龍戦以降、ちょっぴりドラゴンってものには苦手意識があるのだけれど、しかし敢えてそれ故のチョイスであろうことは想像に難くない。

 何せ、奴を対戦相手に選んだのは、私たちの中でも人一倍負けん気の強い彼女なのだから。



 クラウが、皆の中から徐に歩み出た。

 奴までは一〇〇メートル以上も離れたこの岩陰。そこに観戦するべく身を潜める私たちへ背を向け、

「では、行ってくる!」

 と勇ましく告げた彼女は、勢いよく赤いその竜へ向けて駆け出していったのである。

 その様を見て、私は小さく驚いた。

「! クラウ、いい動きをするね」

 スピードやキレも然ることながら、動作一つ一つが以前よりも洗練されているような気がしたのだ。

 現に、この岩だらけで動きにくい足場を物ともせず、スイスイ進んでいくクラウ。動きに無駄がないっていうのは、きっとああいうのを指して言うんだ。

「ミコトちゃんも、なかなか目が肥えてきたじゃないか。クラウめ、暫く見ない間にまた一段と力を付けて……うぅ、ママ感動して泣いちゃいそうだぞ」

 なんて、イクシスさんのお墨付きが得られるくらいに、クラウの動きは以前にも増して洗練されているらしい。


 そうしてあっという間に、赤竜の至近距離にまで駆けていった彼女。

 そんなクラウの接近に気づき、赤竜は迎撃せんと早速、真っ赤な火炎を吹き付けた。

 が、彼女は事も無げにそれを盾でいなすなり、足を止めること無くヌルリと奴の腹下へ潜り込んだのである。


 体格差は人と子猫程もあるが、クラウに恐れる様子は全く無く。

 むしろ警戒を顕にしたのは赤竜の方。忌々しげに一鳴きしながら、力強い羽ばたきとともに飛び上がった。

 と同時、足元へ向けて炎塊を吐き出す。さながら某空の王者さんが如きアクションを披露したのだ。


 が、しかし。

 岩石を派手に弾き飛ばし、爆炎をドッと展開してみせたその一撃は、残念ながらクラウに掠り傷一つ負わせることすら叶わなかった。

 理由は単純。彼女は既に、その場には居なかったのだ。

 さながらオルカの隠密が如く、クラウの姿は奴の腹下に潜り込んで以降、忽然と消失したのである。

 だが、それもほんの一瞬のこと。

 次の瞬間、彼女はこれでもかと自身の居場所を主張してみせたのだ。


 それは閃光。刹那に迸った、蒼の眩い光。

 素人目に見たなら、もしかすると「うぉまぶしっ」くらいのことだったかも知れない。


 しかしそれが只事でないことは、この場の誰もが理解していた。

 光源の中に私たちは、おぞましい程の力の濃縮を感じ取ったのだ。

 覚えのある感覚ではあった。何故ならそれは、クラウが聖剣に聖なる光を漲らせる時に感じられる、あの気配によく似ていたから。

 しかしながら、その様変わりした運用については、全く以て初めて見るもので。


 ほんの刹那に練り上げられた聖光は、同じく瞬きに等しいほどの短い時間のうちに、一気に解き放たれたのである。

 それも、乱れのない一筋の剣閃として。

 一連の動作の結果として生じたのは、一瞬の蒼光。

 さりとてそれが齎した結果は、絶大だった。


 片翼を根本から失い、バランスを破壊され地に転げ落ちる赤竜。


 どうやら、クラウはいつの間にか奴の背に身を潜ませていたらしい。それも、赤竜に気取られること無くだ。

 驚異的な身のこなし。それに自らが発する気配の大きさや有無すら、見事にコントロールしているようだ。

 しかしそれより驚くべきは、赤の〇・五つ星という特級にしては最低ランクと言えど、それでも特級クラスのドラゴン。その硬い鱗を物ともせず、大きな翼を根本からバッサリと切り落としてしまった彼女の技量である。

 勿論ステータスによる威力の上昇もあったのだろう。

 しかし同時に、聖光を扱う練度が以前と段違いに思えた。


 無駄に浴びせるのではなく、たった一瞬、ほんの一撃、一点に威力を集中させることにより、恐ろしいほどの切断力を実現してみせたのだ。

 そして彼女は、地に落ちゆく赤竜の背より飛び上がると、次に金色の光を聖剣に纏わせ。


 ザンッ! と。

 太いやつの首を、灼輝の閃きとともに叩き斬ったのである。


「おぉぉおお!!」

 と、こちら側では歓声が起こり。クラウは尚も油断なく、赤竜が灼輝に焼かれながら黒い塵へと還る様を見届けた後、静かに残心を解いた。

 そうして聖剣を収めるなり、こちらへと大きく手を振るではないか。

 私たちは駆け足で彼女へ群がると、興奮そのままに皆で一頻り称賛の声を送ったのだった。



 それにしても、思いがけずあっさり勝利してしまったクラウ。

 私はてっきり、こう、鱗に刃が阻まれるなどして、もう少し激しい攻防があるものと思っていたのだけれど。

 しかし蓋を開けてみたら、ツルっとペロッと。大変あっさりした勝利であり。

「すごいねクラウ、楽勝じゃん!」

 なんて声を掛けてみると、彼女は鼻を高くするでもなく、さも当たり前のことのように答えたのである。


「如何に楽に勝てるか。それが重要なんだ」


 日々恐ろしく強いモンスターを、時には複数体同時に相手取るクラウたち。

 それを思えば、確かにそうだ。楽に勝てねば、待つのはジリ貧。敗北一直線である。

 日々の試練の中で、文字通り彼女の戦い方は洗練されていったのだろう。

 先ほど見せた、ほんの一瞬に全てを集約させたような斬撃も、きっと楽に勝つために編み出した技巧なのだ。


 クラウの確かな成長に舌を巻き、斯くして二番手の戦闘に期待が寄せられる中。

 私たちは足早に、次の現場へと転移を果たしたのだった。

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