第五六二話 星と脅威度
リィンベルでの活動を振り返りながら、苦労話をポツリポツリと語る私。
羞恥心はある。
何せ私の感じた苦労だなんていうのは、その多くが冒険者にとって、初心者の段階で経験したであろうものばかりだったし、何だったら初心者未満の一般人が経験するような、お前今までどうやって生きてきたんだってレベルの苦労話だって含まれていたのだ。
それを自覚しているからこそ、語るのが恥ずかしい。
そして静かに聞いてくれる皆の、その生暖かい視線が無性にむず痒い。
けれど話は進み、それがいざダンジョン攻略失敗の段階を迎えると、皆の表情は一変。
真剣な顔つきで私の語りを咀嚼し、時には質問なんかも飛んできた。
特に私の開発した『技』に関しては、その関心度合いも一入で。
更には紫大蛇戦の話や、心命珠の実物を提示した際などは、なかなかの盛り上がりを見せた。
その際、
「ミ、ミコトちゃん! もしその子を武器に融合させるつもりがあるのなら、一度ゴルドウ殿に相談してみてはどうだ! きっと素敵な武器が誕生するに違いないぞ!!」
なんて、某武器愛好家の勇者様からアドバイスが飛んできた。後日有り難く相談させてもらうとしよう。
とまぁ、そんな具合に私の活動報告は終わり。
最後にまとめとして、私は正直な気持ちを皆に吐露した。
「やっぱり、思ったとおりだったよ。私は本当にあまりに無知で、未熟で。頭を抱えることばっかりの毎日だった。自分のスキルがどれだけ大変なものなのかも、以前よりずっと理解出来たし、それに何より……」
一度言葉を区切り、皆を見回す。
特に、オルカをはじめとした鏡花水月の仲間たちを。
「私がこれまで、どれだけみんなに支えてもらっていたのか。それがよく分かった……ううん。きっとまだまだ気づかないところで助けられてるんだと思う。そのことに思い至れたことが、私は嬉しいよ。ソロでの活動をした甲斐は、確かにあったって感じてる」
深々と、頭を下げる。
「みんな、これまで色々迷惑を掛けてごめんね。支えてくれて、助けてくれてありがとう」
ゆっくりと頭を上げ、そして更に言葉を足す。
「こんな私だけど……きっとこれからも、色々負担をかけちゃうと思うけど。今後とも、仲良くしてくれると嬉しいです!」
すると次の瞬間だった。
バチバチバチバチ! と、勢いよく立ち上がったココロちゃんがとんでもない勢いで拍手を始め。うぉーんと言葉にならない何かを叫びながら顔面をグシャグシャにしているではないか。
ふと見れば他のメンバーもウンウン頷きながら、温かい表情で手を叩いている。
ココロちゃんに続き席を立ったのはオルカで、彼女はヨロヨロと私の元へと歩み寄ってきたかと思うと、ヒシィッと抱きついてきた。
そして言うのだ。
「ぐすっ……私たちも、ミコトと離れてみて、痛いくらいに理解した。ミコトの存在がどれだけ大きかったのか。ミコトが居ないことが、どんなに不安なのか。支えられていたのはむしろ、私たちの方だった……っ」
オルカの背をポンポンしながら、思う。
彼女の言葉は素直に嬉しい。嬉しい、けれど……。
みんなと別行動をした事っていうのは、これまでに何度もあった。だけど、ここまで長く顔を合わせなかった事なんてなかったし、提供しているスキル類の一切を禁じたこともこれが初めてだった。
それを思うと、少しだけ不安になる。
私が皆に貢献できていたのは、このへんてこスキルがあればこそだったんじゃないかって。
極端なことを言えば、それは何も私じゃなくてもよかったんじゃないか、って。
「ミコトさんのスキルによる恩恵が失われ、私がどれだけ不安だったか……!!」
ほら、ソフィアさんだって泣きながらあんなこと言ってるし。
するとその時だ。クラウが、スンと鼻をすすって口を開いたのである。
「私にとってミコトは……PTのリーダーであると同時に、ライバルなのだと。厳しい戦いの中でそう理解した……! 強敵と相対した時、何時だって頭に浮かぶのは『こんな時ミコトなら』って……いつの間にか、私はお前の戦い方に憧れてたんだ! それに苦しい時、お前の弛まぬ努力を引き合いに出して、何度自分を叱咤したかもわからない! ミコトは私たちにとって本当に、本当に大きな支えなんだ……っ」
クラウにしては珍しい、内心の吐露。
私のヘンテコスキルっていうイレギュラーな力と違って、確かな才能と実力を誇る彼女が、まさかそんなことを思っていただなんて。
胸に過ぎった不安を吹き飛ばすようなその言に、ブシャーッっと。
堪らず、仮面の中が大変なことになった。
思わず仮面を外して、袖で目元を押さえる。
するとココロちゃんもオルカ同様フラフラと寄ってきて、ひしっと私を抱きしめてくれた。
そんなこんなで、中間報告会午前の部は一旦の区切りとなったのだった。
再開は昼食を挟んだ後、午後から。
その内容はと言えば、いよいよみんなお楽しみの実力テストである。
自分たちの成長を実感するための催しだ。否が応でも滾ろうというもの。
先程までの感動の余韻も何処へやら。ヒリついた空気の中、獰猛な笑みを浮かべる彼女たちの表情には、一種異様な迫力があった。
★
それは、昼食の席でのことだった。
イクシス邸の食堂で久々の、もはや懐かしさすら覚える馴染みの味を堪能している最中、当然のように話題に上ったのは、午後からの具体的な予定についての話である。
大いに盛り上がりを見せたトークテーマだったけれど。
ふとそこから話題は脇道に逸れ、イクシスさんやレッカたちがポロッと、とある情報を零したのだ。
「ああ、そう言えばマップに新たな変化があったな」
午後からは何でも、依頼の消化がてら強力なモンスター退治に赴き、そこでの戦闘を実力テストとする予定だったというイクシスさん。
それで思い出したのだろう、正しく『そう言えば』から飛び出した情報であった。
私やオルカたちはへんてこスキルをガッツリ使用禁止にしているため、当然マップなんて今朝までの二ヶ月近く、全く開いていなかったのだけれど。しかしそれ以外のメンバーに関しては例外である。
それゆえ、イクシスさんの言う『変化』にも当然気づいており。
「そうそう、ダンジョンに星が付くようになったんだよね。それにサーチ範囲も拡張されたみたいだし」
「画面端のボタンに触れると、モンスターにも星が付くんですよー。多分強さを表してるんだと思いますー」
とかなんとか。実に自然な調子で語ったのである。
すると当然、そんな話を聞かされて平静を保てるはずもないハイエルフが一名。
ナイフとフォークをカランカランと取り落し、白目を剥いて固まったではないか。
瞬間、そっと彼女から距離を取る鏡花水月。
案の定ソフィアさんは、幽鬼のように音もなくスッと席を立ち、心許ない足取りで向かう先はスイレンさんの元。
ヌルリと伸ばされた白魚のような手は、不気味なまでに自然な動作で彼女の首をガシリと掴み。
「ふぇ~?!」
そうして、盛大にガックンガックンと彼女を前後に揺さぶり始めたのだ。
「どうしてっ! どうしてっ! どうしてぇっ!!」
「な、な、なにがでふかぁ~?!」
「どうして私を差し置いて、マップの変化を堪能しているんですかっ!! この私を差し置いてぇ!!」
スススと、いつの間にか彼女らから距離を取るレッカとイクシスさん。次は自身が標的にされかねないと考えたからだろう。
っていうか真っ先に狙われるスイレンさん、やっぱり不憫属性持ちだったか。
スキル大好きソフィアさん。二ヶ月もダンジョンに籠もっていた彼女は、どうやら余程ストレスを溜め込んでいたらしい。
考えてみたら、彼女も一応マップを開こうと思えば開ける状態にあったんだ。フロアスキップをアクティベートするためには、フロアマップを埋める必要があったからね。
にもかかわらず、スキル大好きな彼女はそれを意思の力で我慢してみせた。
喩えて言うなら、飢餓の只中にあり、ポケットに入った大好物のおやつを、しかし食べてはならぬと耐え続けたようなものだ。
だというのに、他方でスイレンさんたちは空腹でもないくせに、その大好物を好きなだけ貪っていたと。
今にも血涙すら流さんばかりに、嘆きまくるソフィアさん。
これは、助け舟を出さないとスイレンさんの首が、揺さぶられすぎてポロッともげてしまいかねない。
私はバーサーカーと化しているソフィアさんに聞こえるように、マップを開きながら言った。
「あ、本当だ! ダンジョンの星には今朝気づいたけど、モンスターのは初耳だったなぁ。ねぇイクシスさん、コレについてもうちょっと詳しく聞かせてくれない?」
「ひ、ひぃ、なんで私に振るんだ?!」
「じゃぁレッカでもいいや」
「わわわ私はあんまり、そこら辺気にしてなかったから、チョットワカンナイナ~」
気づけば、ピタリとソフィアさんの動きが止まっていた。
何かしらの術で、普通の人間の丸い耳に見えるよう偽装しているらしいその可愛らしい耳が、ピクピクと分かりやすく動き。
そして、その目に怪しい光を灯し、こちらへ振り向くソフィアさん。
ヌルリとした謎の挙動で近づいてくる彼女は、ガシッと力強く私の両肩を掴むと、鬼気迫るような迫力でもっていうのだ。
「私が! 私が調べますから!! すべてまるっとこのソフィアにお任せを!!」
「あ、はい」
ってことで、あっという間に調べは進み。
マップスキルのレベルアップに伴う変化は、ソフィアさんの手によって詳らかにされた。
サーチ範囲は以前の半径約一二キロから、約二〇キロへと広がったようだ。
そして気になる星に関してだが、星は最大で五つ。
ダンジョンやモンスターの脅威度を、五段階評価で示してくれるらしい。
と思ったら、何と星半分って場合もあるようで。つまり〇・五にも対応した一〇段階評価である。
そして、特級のダンジョンやモンスターに関しては五つ星を越え、赤い星で評価が成されるようだ。
未確認だが、通常の星同様に赤星も最高五つ星まであるんじゃないかという話だった。
通常の星は金色。特級は赤色。もしかするとその上が存在する可能性も……、なんて私なんかは勘ぐってしまうのだけれど、恐ろしいのでこれ以上は考えないことにしておく。
余談だが、モンスターの星が表示切り替え制なのは、もしモンスターが密集した場合画面が見づらくなることを考慮しての仕様なのではないか、というのがソフィアさんの見解だった。
私としては、『誰が』その配慮を行ったのかってところが気になるわけだけれど。
これもまた、今考えても詮無いことである。
きっと神様とか、そういうよくわからない存在なんだろう。
などと、ワイワイしている間に昼食の時間は過ぎ。
軽い食休みを挟んだ私たちは、各々装備を整えた後、転移室へと集ったのである。
装飾の施された転移室。出入り口の上には、デカデカと『おかえり!!』の看板が掲げられており、イクシスさんのはしゃぎっぷりがありありと伝わってきた。
そんな彼女は、今日これから倒しに行くモンスターの情報が記された、依頼書の束をテーブルの上に乗せ。
「さぁ、この中から自分のテスト相手を選んでくれ。必要とあらば、現地に飛んで脅威度を測ってきてもいいぞ。マップが非常に役立つからな!」
なんて言うのである。
脅威度リサーチに関しては、「その役目は私が!」と両手で挙手するソフィアさんを放置し、皆は早速自身の力試しに相応しそうな依頼を選ぶべく、テーブルへと殺到するのだった。
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