第五六一話 みんなの前で中間報告
片や公衆浴場にも行かず、洗濯も自分の手で行った私。
片やダンジョンに二ヶ月近く潜りっぱなしだったオルカたち。
何れに於いても清浄化魔法で身綺麗にしはしていたけれど、それがどうしたという話である。
お風呂に入れていないっていうのは、水面下で確実なストレスとして確かに蓄積していたのだ。
そんなものを抱えたまま、いざ仲間たちとの感動の再会に没入できるのかと言えば、そんな事は不可能であり。
それ故私たちの再会は、大浴場での裸の付き合いからが本番だった。
浴場に於いては、会いたかった寂しかったのくだりを一通り行い。
しばらく離れていた間に出来た、距離感のぎこちなさってものはそこで埋め合った。
何せ二ヶ月だ。話の種は尽きず、このままではのぼせ上がってしまうということで、早めに入浴を切り上げ。
湯上がりに冷えた飲み物で喉を潤してから、これまた久しぶりの会議室へと皆で集ったのである。
例によってマジックボードの前では、すっかり司会役が板についたイクシスさんが、感慨深げに皆を見回しており。
部屋の中には私を含む鏡花水月の他、レッカとスイレンさんも着席していた。
各々ややのぼせ気味のためか、なんとも気の抜けた空気が漂っているが、ワイワイと姦しい会話は途切れることを知らない。
が、それではここにわざわざ集った主目的が果たせないということで、イクシスさんが咳払いを一つ。
皆の意識を集めるなり、早速『中間報告会』が幕を開けたのだった。
「えー、先ずは。皆危険な特訓に挑みながらも、こうしてここに誰一人欠けること無く、五体満足で揃っていることを嬉しく思う。いや、マジで」
なんて、イクシスさんの軽くも物騒な挨拶から始まった、中間報告会。
実際問題、私以外のメンバーたちは毎日、四肢欠損級の大怪我を負っても何ら不思議じゃないような、危険な特訓を繰り返してきたのだろう。
それを思うと、イクシスさんの言葉を軽いジョークだなんて、受け流すことは出来なかった。
実際皆の表情も、真面目そのものである。それだけ思い当たる節があるってことだ。
そんな微妙に背筋の寒くなるような雰囲気漂う中、イクシスさんの司会進行により、先ずはこの二ヶ月での活動内容とその感想などを三班それぞれで発表することになった。
特級ダンジョンに籠もっていた、オルカたちの班。
イクシスさんのお仕事に付いて回った、レッカたちの班。
そして一人旅っていうかソロ冒険者活動を行った、私たちの班。私の場合は個人だけど、ゼノワも居たからね。一応班扱いだ。
ってことで、最初はオルカたちの班から、この二ヶ月を振り返った話を聞かせてくれることに。
四人が席を立ち、マジックボードの前に移動する。
なんだコレ、まるで学校の発表会みたいじゃないか。オルカたち、なんかちょっと恥ずかしそうなんですけど。前に出ないとダメなの?!
なんて内心で抗議している内に、話は始まり。
最初に口を開いたのはクラウだった。
「えー、鏡花水月(リーダー不在)だ。特級危険域の調査と銘打って開始した我々の特訓だが、特級ダンジョンの攻略という形で現在も続いており──」
曰く、各階層を各々個人に分かれて散策し、実質ソロでのダンジョン攻略を行っているらしい。
朝食を終えたならバラバラにフロア内に散って、一日中戦闘を繰り返しながら下りの階段を目指す。
そして一日の終りに合流し、その日の成果報告や反省会などを行うのだと。
それが彼女らの特訓サイクルであり、序盤は一日一フロアずつ順調に攻略を進めていったそうな。
しかし二一階層辺りからペースダウン。一階層攻略するのに、二日以上掛けなければモンスターの強さに順応できなくなっていったらしい。
「大変だった。特に新しい階層に踏み入れてからの初日」
「ですね。初日は一戦一戦が特に危険で、戦闘よりも下り階段を見つけ出すことを優先するのが常でした……」
「いざ階段を見つけてみれば、先に辿り着いていた誰かしらが大怪我をして倒れている、なんてことも一度や二度ではありませんね」
「逆に、ボロボロで遅れてやってくるメンバーがいたりな。流石にあれは心臓に悪い……」
ガタッ! と。思わず立ち上がる私とイクシスさん。
オルカたちはそれに対して苦笑を返し、言を継いだ。
「だけどその分、前の日苦戦したモンスターに、翌日は割と簡単に勝てた」
「ええ。ステータスの上昇を肌身で感じましたね」
「昨日突破した三〇階層なんて、余裕を持ってモンスターを倒せるようになるまでに一週間も掛かったがな。しかし間違いなく良い修行になっている筈だ」
「その分ココロは大忙しでした……」
曰く、一対一でならどうにか勝てる相手でも、時には複数体を相手取ることがあり。しかも疲れの溜まった夕方辺りにそういうエンカウントが起こると、正しく死物狂いの戦いになるらしい。
全員が全員、そうした死線を幾度も潜り抜け、そんな危うさの中に身を投じたからこそ、急成長を感じることが出来たのだと言う。
そんな恐ろしい話をさも当然のように語る彼女らは、なんだか危機感のタガが外れているように見えて、たちどころに私は不安に苛まれたのだった。
「みんな元気な姿をアルバムに載せてるから、もっと卒なくこなしてるものだと思ってた……」
私がそのように表情を曇らせれば、オルカたちは顔を見合わせて苦笑い。
「ミコトに余計な心配をかけたくなかった」
「ですです! 日記を拝見させて頂いた限り、ミコト様も気苦労が絶えないご様子でしたから」
「それに、そこまでしたからこそ結果を得ているわけだしな」
「ミコトさんこそ色々無茶をしたようじゃないですか。お互い様ですよ」
なんて言われてしまえば、苦言の一つも言えなくなってしまう。
そも、命懸けの特訓である、ということは初めから分かっていた事だった。
それで言うとむしろ、彼女らに比べれば比較的安全な活動をしていたはずの私が、心命珠を得るほどの無茶をしたと言うんだから、どちらかと言えば私は苦言を呈される側だろう。
それを思えば、静かに着席する他無かった。
だとしても、やっぱり心配なものは心配である。
けれどこれに関しては、私同様に立ち上がったイクシスさんも、グッと言いたいことを堪えている様子。ならば私にとってもここは、心配を言葉に出すような場面ではないだろう。
そうして暫く話を聞いていると、具体的にどのようなアイテムや力を得た、という話もあり。
何だかんだで興味深く聞き入るうちにオルカたちの報告は終わり、席へ戻る彼女たち。
次いで出番を迎えたのは、レッカとスイレンさんだった。
一番手から中々に濃い報告がなされ、いい具合に場も温まった中。物怖じせず堂々と皆の前に立つレッカと、おずおずとその隣に並ぶスイレンさん。
皆の顔を一通り見回し、早速口を開いたレッカは、しかし思いがけないことを言い出した。
「では、まずはこちらを聞いて下さい」
そう言って一歩下がり、スイレンさんへ場を譲ったのだ。
すると対象的に一歩踏み出した彼女は、百王の塔で手に入れたおニューの弦楽器を掻き鳴らし、歌に乗せて苦労話を語り始めたのである。
曰く、イクシスさんのお仕事に同行し、各地を転々とした二人。
イクシスさんが戦う前に、先ずは決まってレッカたちが各地の強大なモンスターと真剣勝負を繰り広げるらしい。
そして毎日何度も、ボッコボコにされる二人。
いよいよ絶命の危機ってタイミングになって、ようやく助けに入るイクシスさん。
治療以外の空き時間は、次こそ痛い目を見なくて済むようにと、死物狂いで自己鍛錬に努め、それでもボコられることが常の毎日。
自分たちが果たして、ちゃんと強くなっているのかも判然としない中、時々モンスターをあと一歩のところまで追い詰める場面があり。
それが少しだけ、二人に自信を与えているのだと。
そんな内容の歌を、時折「もっと早く助けて下さい」というイクシスさんへのメッセージを挟みながら、しみじみと歌い切ったスイレンさん。
皆の拍手を受け、お辞儀をしてから一歩下がり、レッカと入れ替わる。
「私たちの活動はそんな感じです。正直、自分たちがちゃんと成長できているのか、っていう点に関しては不安もあるけれど、全然歯が立たないモンスターと毎日戦わせてもらえるこの経験には、何物にも代えがたい価値があると確信しています」
レッカの言葉に、腕組みをしてウンウンと頷いているイクシスさん。
あの様子じゃ、スイレンさんの切実なメッセージは残念ながら、聞き入れてはもらえないのだろう。
まぁでも、こう言っては何だけれど、二人の場合はイクシスさんがついてくれているので、本当に危ない一線だけは決して越えないだろうという安心感がある。
当人たちにしてみたら、本物の死の恐怖を毎日のように覚えているのだろうから、オルカたちに比べたらどうこうなんて評価は、とんだお門違いなのだろうけれど。
っていうか実際、私も二人の様子に関しては、コミコトを通して見てるからね。
毎日本当にボッコボコなのだ。毎度手足が明後日の方向を向くまでモンスターにぶっ飛ばされてるし、イクシスさんはそれでもなかなか助けには入らない。
時々見かねた私(コミコト)が動こうとすると、それを察して制止してくるのだ。歯がゆいったら無い。
するとそんな二人の監督役であるイクシスさんが、ここで口を開いた。
彼女はしかとレッカとスイレンさんを見て、真面目な顔で言うのだ。
「レッカちゃんの雑草根性やハングリー精神は、実に大したものだ。何度打ちのめされても、決して強くなろうとする意思が揺らがない。どんな強敵を前にしても、あくまで勝とうと頑張るその姿勢に、私は確かな可能性を感じている。もちろん結果も、着実に出始めているぞ!」
言われ、目を大きく見開くレッカ。
イクシスさんめ、下手な称賛や励ましは意味がないからって、普段二人をあんまり褒めないんだよね。
まぁ、ファインプレーは評価するし、不甲斐なければ叱咤する。
彼女は二人のポテンシャルや限界ってものを、当人たち以上によく把握した上で俯瞰的に眺めているみたいなんだ。
その秀逸な観察眼には、コミコトを通して日々驚かされている。
稀に力量以上の力を示せば、惜しみない賞賛を。逆に実力に見合わない失敗をすれば、的確な叱咤と指摘を。
これを指導者としての適性とでも言うのか。私にはちょっと、真似の出来ない芸当だ。
「それに比べてスイレンちゃんは、勝利への渇望という点に於いては弱い。負けるくらいなら逃げ出そうという姿勢、生き延びるためのセンスとしては悪くないのだがな……」
「あぅぅ~……」
「だがキミは、自身の安全よりもレッカちゃんのことを優先しているよな。彼女を上手くサポート出来なかった時の悔しがり方は、尋常なものではない。だからこそ、未だにキミは逃げ出さず、努力も惜しまない。レッカちゃんを勝たせるためにと磨き続けたキミの力は、間違いなく日々成長を遂げているよ」
「っ!!」
ブワッと、顔面を崩壊させるスイレンさん。
めったに貰えない褒め言葉に、感極まってしまったのだろう。
レッカの胸に顔をうずめ、よしよしと慰められている。
努力を誰かに認められるっていうのは、やっぱり嬉しいものだものね。感受性豊かな彼女は、あっさりと涙腺をやられたらしい。
そんなこんなで報告発表を終えた二人は、自分たちの席へと戻っていった。
本当にみんな、必死こいて頑張ってるんだ。
今の私には、そんな彼女らの姿が眩しく見えた。
そして何より、羨ましい。鍛錬に没頭できて、心底羨ましい。
そうしていよいよイクシスさんの司会進行により、三班目である私の名が呼ばれ。
私はおずおずと席を立ち、前へと歩み出て、マジックボードを背に皆へ向き直ったのである。
ここまで発表はみんな複数人だったのに対し、私だけソロ。なんか恥ずかしい。
さりとて、みんなが必死に頑張っている最中、果たして私が何をしていたのか。
今日は日記を通してではなく、私の口から直接それを知ってもらわなくちゃならない。
斯くして私は、皆へ向けてこれまでの活動内容を訥々と語り始めたのだった。
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