第五五三話 帰り道と影響

 特典部屋を後にした私は、改めて感慨に耽る。

 思い返せば一五階層で一度限界を感じ、攻略を諦めたのだった。

 それを、一旦町に戻って装備を新調し、ここまで一気に潜ってきたのだ。

 正直一九階層時点で、再びステータス不足を痛感してはいたのだけれど、その分技を磨くことにハマり、一週間ほど特訓に明け暮れた。

 どれだけ戦闘を繰り返したかも覚えていないくらい、ひたすら戦ったわけだけれど。それでもステータスに関しては頑ななまでに伸びず。

 さりとて頑張って磨いた技は、ステータス差をひっくり返せるだけのものになったし、それは私を止めなかったゼノワも認めるところだろう。


 想定外だったのはダンジョンボス、紫大蛇のサイズだ。それにステータスも想定を遥かに超えていた。

 もっと与し易いサイズだったなら、スマートな攻略法だってあったはずである。

 それが、全長にして高層ビルに匹敵せんほどのスーパーロングサイズ。太さも私を容易く丸呑みに出来るほどだというのだから、正直規格外と言わざるを得ない。

 しかも鱗も皮も硬く、再生能力まで持ってると来たもんだ。脳みそをぶっ刺しても死ななかったし、ほぼ無理ゲーだもの。

「……私、なんで勝てたんだ……?」

 冷静に思い返してみると、我が事ながら不思議である。


 しかしながら、それだけ苦労して得た戦利品も、縛りを設けた現在は使い道がないっていうのがとても切ない。

 心命珠はまぁ、後々出番もあるだろうけれど。特典で得た剣に関しては、鑑定してみた感じ完全にオーバースペックである。

 装備しちゃうと、余裕でBランクのステータスから逸脱しちゃうからね。

 あ、そうだ。鑑定と言ったら、あの剣って普通の剣ではなく、なんと蛇腹剣であることが判明した。


 試しにマジックバッグから取り出して、鞘から引き抜いてみる。

 一見、短めの片手剣。これといった変哲はないけど、業物って感じはする。

 しかしこれ、ちょっと念を込めて振ってみると、蛇腹状に変じてビックリするほど伸びるのである。

 っていうか多分、元の長さから考えると明らかに計算が合わないくらい伸びてる。

 しかも剣に付随した特殊能力のおかげで、伸びた状態の鞭の如きそれは、私のイメージしたとおりに動かせるのだ。

 加えて自動修復能力持ち。紫大蛇をイメージしたような武器である。

 非常に心躍る逸品なのだけれど、しかし残念ながら舞姫やツツガナシなんかと比べると、やっぱり見劣りするステータス補正値しか持ち合わせておらず。

 縛りを解いたなら、力不足から出番は訪れないのだろう。

 かと言って縛り中も振るう機会はない。強すぎるから。

 なんだかなぁ。頑張って獲得したのに、出番がないだなんて。


「せめて、売らずに記念品として残しておこう……」

「グァ……」

 蛇腹剣を鞘に収め、マジックバッグへ戻す。

 そう言えばイクシスさんが言ってたっけね。武器一つ一つにはエピソードが宿っているものなんだって。

 生まれも生い立ちもあるんだ。それが今なら、少しは理解できる気がした。

 この蛇腹剣は、差し詰め性能は良いのに使い手に恵まれなかった、不遇な剣ってところか。

 そう考えると、なんだか申し訳なくなる。機会があれば積極的に振り回すか、或いは私より相応しい使い手に譲るべきなのかも知れない。


 ……ともあれ、これにて崖のダンジョンでの用事は済んだ。

 ならばさっさとここを脱出しなくてはならないわけだけれど。

 これがいつもなら転移スキルでパッと脱出しちゃうわけだが、しかしそれが今は叶わない。

 縛り期間に於けるフロアスキップでのダンジョン脱出は、あくまで夜おもちゃ屋さんに帰る時に限った一時解禁仕様なので。

 単純にダンジョンから脱出したいだけの今は、転移系スキルを持たない一般冒険者よろしく、自らの足を使って何とかしなくては。


 一応、しばらくしてダンジョンが消滅する際、自動的にダンジョン内に留まっている人は外に転送されるって仕組みらしいけど、それをじっと待っているのも性に合わないし。

「取り敢えず、走って出口を目指そうか」

 全二〇階層。思ったよりは浅かったけれど、それでも走って帰るにはまた数日の暇を要するんだろうな。

 階層を駆け上がる毎に、徘徊しているモンスターの残党は弱くなっていく。エンカウントのし甲斐もない。

 それを思うと、なんか……。

「帰り道って、不毛だな……」


 何ともモヤッとしたものを感じながらも、私は自身で書いた地図を片手に、勢いよく走り始めたのだった。

 マッピングのスキル効果により、一応頭の中にこのダンジョンの地図っていうのはハッキリ記録されているのだけれど、それでも記憶よりもやっぱり、手帳に記した地図のほうが信頼できる。

 時折思い出したように七色に光るゲーミングゼノワを頭にくっつけ、私はひたすらダンジョンを駆け登るのだった。



 ★



 ミコトが崖のダンジョンをクリアし、日記にその旨を書き記した翌朝。

 屋敷の特級ダンジョン攻略に、未だ取り組んでいる最中のオルカたちは、皆すごい顔で朝食の席を囲っていた。

 ポツリと、ココロが口を開く。

「さす……ミコ……」

 ビクッ!

 皆が肩を跳ねさせ、一斉にココロへ視線を向けた。目を泳がせるココロ。

 しかしながら、それを切っ掛けにようやっと会話らしい会話が始まった。


「いや、すまない。昨夜の日記があんまりな内容だったものでな……」

「まさかの心命珠……ジャイアントキリング」

「あれだけ無茶をするなと言ったのに、ミコトさんと来たら……」

「ですが、ミコト様はそれを成せるだけの『技』を磨かれたそうじゃないですか。流石ミコト様なのです!」

 ココロの前向きかつ肯定的な意見に、皆も二の句が継げずに一旦押し黙る。

 そこで、再度口を開いたのはソフィアであり。


「ミコトさんならではの、緻密な魔法制御と速射。それをまさか近接戦闘と組み合わせるとは。しかも【完全装着】の特性を生かして、対象の体内へ差し込んだ武器を介してのゼロ距離魔法!」

「考えてみたら、確かにミコトの強みを最大限に生かした戦法」

「崩穿華というネーミングもいいよな。私はとても好きだ!」

「ココロも拳をモンスターに突き刺せば、『穿華』くらいは出来そうです!」

 話題は一時、ミコトの編み出した『技』に関するものへと染まった。


「ステータスが伸びないから技術を磨くというのは、発想としては確かに自然なのだろうが……」

「でも、言うほど簡単なことじゃない。ましてそれを自分より強いダンジョンボスにぶつけるなんて、無謀すぎる」

「挙げ句、叱るつもりなら真似をしちゃダメだそうですよ。先手まで打たれましたね……」

「流石ミコト様です!」


 などと、一頻りミコトの話題で盛り上がった彼女たち。

 そんな会話の中で、ふと一つ、ミコトにとって重大な話題がポンと提示された。

 それは、彼女が特典部屋より獲得した蛇腹剣に関するものであり。

「それにしても、せっかく自分一人の力で攻略したダンジョンのクリア特典を、使うことが出来ないというのは流石に可哀想だな……」

 というクラウのコメントから、意見交換が始まったのだ。


「それなんですが、ダンジョン攻略の証拠として、件の蛇腹剣はギルドに提示することにもなるでしょう。そんな武器を、ミコトさんが腰に下げていないというのは不審がられる要因になり得るのでは?」

 ソフィアがそのように懸念を述べれば、皆は一様に唸った。

 事実、厄介なダンジョンから得たクリア特典であれば、当然それを身につける冒険者は多い。

 それは誇る意味もあり、また同時に実用性の面からもそうだ。

 そんなクリア特典アイテムを隠すように持つのは、場合によっては痛くもない腹を探られるような事態を招きかねないわけで。


「だけど蛇腹剣は、オーバースペックだっていう話。ちょっと装備を買い替えただけで、苦戦していたダンジョンを一気に攻略してしまうミコトにしてみたら、蛇腹剣を装備することは間違いなく劇的な変化を招く」

「ココロとしては、ミコト様が少しでも安全に動けるようになるというのであれば、気兼ねなく装備してほしいですけど……」

「仮面も同時に手に入れたという話だったよな。ならギルドへの提示はそちらで済ませるべきか? ……だが、それでも問題の解決にはならんか……」

「仮面一つの違いでも、ステータスは大きく上がる。それがミコト」

 クラウの自問自答をオルカが補足すれば、皆も難しい顔で黙ってしまう。


 そして結局出た結論はと言えば。

「ミコトさん当人に任せてしまいましょう。彼女が使うべきと判断すれば使えばいいですし、そうでなければマジックバッグにしまっておけばいい」

 ということになり、アルバムへ載せる写真メッセージには、そのような旨が記されることとなったのである。



 そうしてそろそろ皆が食事を終えようという頃。


 不意にボソリと、オルカが言うのだ。

「……ミコトはすごい。縛りを背負っても、関係なく結果を残してしまう。それに比べて、私はこのダンジョンでちゃんと成長できてるの……?」


 誰に言ったわけでもない、不安の吐露。

 ここまでの階層攻略で積み重ねてきた手応えを、ミコトの破天荒が揺らがせてしまったらしい。

 オルカの言葉に、皆も自信なさげに眉を歪めた。


 しかしそんな中、ソフィアだけは平常運転で。

 皆を見回すと、事も無げに言うのである。

「それは勿論ですよ。オルカさん、ここが何処で、何階層かお忘れですか?」

 その言葉に、皆が顔を上げる。


 そう。ここは屋敷の特級ダンジョン。その、二八階層目である。

 攻略速度は確かに緩やかになった。一日一階層のペースからぐっと落ち、現在は三日掛けて一階層を攻略するというペースで進んでいる。

 それというのも、モンスターの強さに自分たちのステータスを馴染ませるためであり。

 階層を下る毎に苦戦を強いられる彼女たちも、三日掛けることによってそれを克服。

 しかし感覚としては、『成長』と『慣れ』の境目が曖昧であり、ステータスが上昇している実感、というのは当人たちが期待しているほど確かなものではなかった。

 確かに戦う毎に身体は少しずつ軽くなり、攻撃は鋭く重く、防御は堅くなる。敵の攻撃もよく見えるようになってくる。

 それでも、階層を降りればまた苦戦。自信は何時まで経っても根付かない。


 だが、もとより超越者であり、皆より余裕のあったソフィアには違って見えていた。

 一日の終りに行われる、報告会。一階層に二日掛けるようになった日から、ソフィアは驚かされていたのだ。

「二一階層から、一階層あたりの攻略に二日掛けるようになりましたが、普通は『今日苦戦した階層を明日クリアする』なんてあり得ないことですからね? それが出来る皆さんは異常です。ミコトさんに毒されすぎています」

 冷静なその指摘に、ポカンとする一同。

 ソフィアは小さく溜息をつくと、言を継いだ。

「それでも、やはり無理は禁物です。あのミコトさんですら、技を磨くのに一週間、一つの階層に留まったそうじゃないですか。我々ももう少し腰を据えて良いのだと思いますよ」


 幸か不幸かこのダンジョン、モンスター脅威度の上がり幅というのが、階層を経れば経るほど際立ってきており、異様な成長速度を誇る鏡花水月のメンバーですら足踏みを余儀なくされるものとなっていた。

 ソフィアはその点を懸念し、予感していたのだ。このままではそう遠くない内に、ミコト同様に無謀な挑戦を行う機会が訪れてしまうのではないかと。

 しかしそれは、ミコトの日記に書き添えられた一文により、既に挫かれている。

 だからソフィアは、この機に提案したのだった。


「五日。ここからはしばらく、一階層に五日掛けてじっくり進んでいきませんか? 命懸けで自らを磨くという目的を持ってやってきた我々ですが、ステータスの上昇幅を鑑みれば現状、急ぎすぎています。これではミコトさんをとやかく言うことも出来ません」

 この提案に、当然ながら賛否は分かれた。

 が、議論は然程長引くこともなく。クラウの発した、

「考えてみれば我々は、強敵を倒しステータスを引き上げることだけに執着していた節があるな。ミコトのように、優れた戦術を見出すこともまた、今の我々には必要なのかも知れない」

 という言葉が決め手となり。


 斯くして、勇み足気味だったオルカたちは進行速度を見直し、一つの階層にガッツリ五日間を掛けての、しっかりとした階層攻略に乗り出したのだった。

 成長著しい彼女たちは、これを機に技術面にも着目。一層の自分磨きへ邁進したのである。

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