第五五二話 光る~光るぜ~

 説教をくらってしまった。

 古びた石畳の上に正座させられ、心命珠からお小言がちくちくちくちく。

「そうは言っても、私も必死だったんだ」

 なんて口答えしようものなら、体当たりを噛ましてくる始末。え、心命珠なのに動けるの?!

 前に入手し、今では魔道具作りのお供として欠かせない存在になっている、白九尾の心命珠はそんなことしなかったのに……ぐぬぬ。


 これも心命珠に宿る個性のなせる業、とでも言ったところだろうか。

 しかしそう考えると、モンスターとは言え心のあり方は千差万別ってことなんだろう。

 そういうところは、人もモンスターも変わらないのかも知れない。



 そうして三〇分ほどもグチグチ言われ続け、ようやく解放されたことで、やっと気になっていた問いを投げることが出来た。

 痺れた足を崩し、ゼノワのちょっかいを警戒しながら、私は問う。

「それで、あなたはどんな力を持ってるの?」

 白九尾には、念力という珍しい能力があった。それは心命珠となっても健在で、魔道具を作る際にパーツを自由に浮かしたり動かしたり出来る能力として、ものすごく重宝している。

 ならば、紫大蛇は心命珠にどのような力を宿したのか。


 返答までには、少し間が空いた。確認でもしているのだろうか。

 そうして返ってきた答えは、なんだか思いがけないもので。

「敵を『内から喰らう力』……?!」

「ガウ?!」


 曰く、倒された際に体験した、体の中を破壊されるっていう強烈な痛みと恐怖が、力に変質を及ぼしたらしい。

 恐らく元は『毒を操る』という、自慢の毒牙が元になった力だったはずだと。

 それがおかしな変化を遂げ、対象の内部を喰い漁るというエゲツないものに変わってしまったとか。

 具体的にそれがどういうものかは、実際使ってみないことには分からないと語る心命珠さん。

 けれど、ただならない能力であろうことは、疑う気にすらなれなかった。


「毒の能力が変質したってことは、毒に似た力って可能性が高いのかな?」

「グァ」

「ああ、ドレイン系の能力ねぇ。喰らうって言うくらいだし、確かにあるかも」

 なんてゼノワと能力の具体的な内容を予想しながらも、一先ず腰を上げる。足の痺れは随分マシになった。


「何にせよ、何かの武器に宿ってもらわなくちゃ、調べようは無いみたいだね」

 そのように結論づけると、心命珠にはマジックバッグに入っていてもらうことに。

 ひょっとすると白九尾の心命珠のように、珠の状態でも何かしら能力を発揮できる可能性はあるけれど、聞くからに物騒な能力みたいだし。

 検証はまた日を改めてからが良いだろう。


 ……それにしても、まさかの心命珠か。

 言われてみれば紫大蛇は確かに遥か格上だし、ソロで戦ったし、心命珠をドロップしてもおかしくないくらいの強敵だったし。っていうかダンジョンボスだし。

 ……うん。図らずも条件は満たしていたようだ。

 正に棚ぼた。頑張って挑んだ甲斐があるってものだ。


「待てよ……? そうすると、もしかしてオルカたちの方ももしかしたら……」

 彼女たちも、苦戦を求めてダンジョンに潜っているのだ。

 そうしたら必然、自分より格上のモンスターと単独で戦う機会も沢山あるだろう。

 そんな戦闘を延々続けているとしたら、心命珠を得られる可能性も当然出てくる。

 まぁ、そこら辺の野良が落とすとは考えにくいけども。

 もしそうなら、今頃彼女らの手元にどっさり心命珠が集まっていても不思議じゃないもの。

 だとするとボスとか、特殊モンスターがドロップしやすいのかな。


「とりあえず今日の日記にはしっかりその辺りの報告を……ああでも、それが切っ掛けで無茶をされたら嫌だなぁ……うーん」

 そもそも、私が格上に喧嘩を売ったってことがバレるわけだし。でも報告は大事だし。

 どうしよう……。


「ガウ」

「! なるほど、私の行いを窘めたいなら、真似しちゃダメだよって書けばいい、か。ゼノワ天才!」

「グァ!」

 そうだよね。オルカたちが私のことを心配して、またアルバムで抗議のメッセージを送ってくるにしても、だったら自分たちの行いも顧みてね! っていうカウンターが利くわけだ。

 叱られるのは気が重いけど、その作戦で行くとしよう。


 なんて、今日の日記について考えを巡らせながら、足の向かう先はボス部屋奥の扉。

 即ち、特典部屋の扉である。

 と言っても、所詮はBランク冒険者がクリアできちゃう程度のダンジョンだ。

 であれば得られる特典というのも、まぁ高が知れているとは思うのだけれど。

 だとしても、やっぱり頑張った成果がそこにあるのだから、どうしたって気持ちは高ぶるもので。


 自然と速くなる歩調に任せて、扉の前までやってきた私。

 すると、何とも言えない感慨深さが湧いてきて。

「そっか、ソロ攻略か……」

 思えば、私が最初から最後までダンジョンを一人で攻略したことってこれまでにあったっけ?

 記憶には何時だって、オルカをはじめとした仲間たちの姿があり、いつもなら彼女らが私の隣りに居たはずなんだ。

 だけど今は、私一人。

 頭にゼノワはくっついてるけど。それは一応ノーカウントってことで。


 普段との差異に、何とも言えない気持ちを覚える。

 一人で出来たんだっていう嬉しさや達成感、誇らしい気持ちも確かにあり。

 けれど同時に、一抹の寂しさも感じていて。

 何だか無性に、みんなに会いたいって気持ちが込み上げてきた。

「……ああ、ヤバい。ホームシックを患いそうだよ」

「グル」

 しっかりしろと、ゼノワに頭を叩かれた。手厳しいことである。


 私は一つ嘆息すると、気を取り直して扉へと手をかける。

 ぐいと押し込めば、内開きの扉は然程の抵抗もなく開き。

 そして、ある意味見慣れた光景が眼前に広がるのだった。

 部屋の中央に立派な宝箱が一つ。

 部屋の端には様々なアイテムが乱雑に転がっており、何とも贅沢に内装を飾っていた。


 思わずゴクリと、生唾を飲み込む私。

 歩を進め、宝箱の前まで近づいたなら、そこでふと気づく。

「そっか、今回は分配の必要がないんだ……」

「ガウ」

「ああはいはい、ゼノワには何かあげるよ。欲しい物があったらね」

 お世話になっているからね。彼女の有するべき当然の権利だろう。勿論否やはない。


 しかし、普段は攻略メンバーで分け合うのが当たり前のアイテムたち。

 それが今回は、概ね私だけのものだというのだから、少しばかり現実味が薄い。

 ほ、本当に貰っちゃっていいんですか……?

 なんて、誰にともなく腰が引けてしまいそうだ。


 ぺしんとゼノワに頭を叩かれ、再度気を取り直す私。

 こほんと咳払いを一つすると、いよいよ宝箱へ手をかけ、徐にその蓋を持ち上げた。

 緊張の瞬間である。中には一体何が入っているのか……!


 結果。


「まぁ……仮面は当然あるよね」

 お約束である。私が攻略に携わったダンジョンは、決まって特典に仮面を差し込んでくる。

 ここまで来ると、何者かの意思を感じるのだけれど、ダンジョンは攻略者に適したアイテムを特典として用意するって話もある。

 だとすると、仮面はダンジョンが良かれと思って用意してくれているのだろうか。まぁ、有り難くはあるけどさ。


 他には。

「お。手頃な長さの剣だ!」

 今私が装備しているものと同程度の、取り回しに長けた長さと軽さの剣である。

 崩穿連華にはこれが役立つんだよね。コンボに体術なんかも加えるなら尚の事だ。

 やっぱり私に適したアイテムを用意してくれているのだろう。殊更、ソロ攻略だとその傾向が顕著だ。

「でも、これもやっぱり装備するわけには行かないのかな……使っていいのは店で買ったものだけって話だし」

「グゥ」

「まぁ、そうだね。日記で一応相談してみようか」

 ゼノワの助言に頷き、一先ず仮面と剣をマジックバッグへ収納しておく。

 そして次。


「これは……」

 箱に残った最後のアイテムを取り出し、まじまじと眺める私とゼノワ。


「剣、だね。でもなんか、おもちゃっぽい……おもちゃの剣?」

 そう。それは、透明な素材でできた剣身と、少年が好きそうな星モチーフの鍔が特徴的な、お子様サイズの剣だった。

 よく見たら、柄にはボタンがあり、おっかなびっくり試しに押してみると、透明な剣身が七色に光りだしたではないか。

 うん。おもちゃの剣だね。でも刃はちゃんと切れるようになってるから、完全なおもちゃってわけでもない。どこをターゲットに絞ったアイテムなんだろうか……?


 っていうか、私におもちゃを差し出してくるとは、なかなかいい度胸をしている。

 日々おもちゃ屋さんで師匠たちとともに魔道具やおもちゃ作りに勤しんでいる私に、こんな物を寄越すなんて。

 いや、寧ろそれが影響してこういう形になったってこと……?


 などと、おもちゃっぽい剣を握ったまま考え事をしていると、ゼノワがべしべしと頭を叩いてくる。

 何事かと思えば、どうやらコレが気に入ったらしい。

 光る剣。確かに派手好きの彼女は気に入るだろう。

 っていうかもしかして、それを見越してのチョイスだったり? うーん、ダンジョンくんの考えることはいまいちよく分からない。

 まぁでも、ゼノワが欲しいというのであれば、私に否やはない。


「はい、じゃぁこれはゼノワにあげるね」

「キュルゥ!」


 何時になく高い声で喜びを表すゼノワ。ういやつめ。

 早速おもちゃの剣を受け取ったゼノワは、ご機嫌に手元のボタンを押し込み、剣を光らせた。

 すると。

「うわ」

「クアー!」

 七色に光り始めるゼノワ。装備に応じて身体に変化があるという、おもしろ精霊のゼノワは、どうやらおもちゃの剣を装備することで『ゲーミングゼノワ』となるらしい。なんだそれ。

 まぁ、彼女はとてもご機嫌な様子なので、私は何も言うまい。


「気に入った?」

「キュルゥ! キュルルゥ!!」


 満足してもらえたのなら、私も頑張った甲斐があったよ。

 斯くして、崖のダンジョンリベンジは、見事に成功したのだった。

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