第五五一話 仕方がなかったんだ!

 体内に潜り込み、あまりの痛みから紫大蛇を気絶までさせた。

 圧倒的な優位。勝ちを確信しても良いようなものであるが、さりとてそう簡単な話ではなく。


 この場に至って私には、戦うべき相手が幾つもあった。

 一つ、暗闇。

 真っ暗で何も見えないのだ。それはそうだ、光源となるようなものが何も無いのだから。

 勘だけで進むには限界がある。

 マジックバッグからランタンを取り出し腰に提げ、暗闇を克服。

 その代わり、全方位真っ赤でグチョグチョした肉の壁。最悪のグロがそこには広がっていた。


 一つ、MP及び体力の限界。

 崩穿連華にはMP消費が伴う。勿論体力も。

 それに奴の消化液の酸を無力化するための、清浄化魔法は定期的に使用しなくては溶かされてしまうからね。そこでもMPを削られる。なんなら精神的にもかなりしんどい。


 一つ、時間。

 強力な再生能力を持つ紫大蛇が、果たして何時まで気絶しているかも不明である。

 そのため、奴が目を覚ます前にケリをつける必要があった。


 そして一つ、最も切羽詰まった問題として……酸素。

 時折強引に空気穴を開けて、外の空気を吸わねば死んでしまう。

 なのに、せっかく硬い外皮や鱗を破って開けた空気穴も、再生能力のせいですぐに閉じられてしまい、常に苦しい状態を強いられているわけだ。


 正に地獄が如き環境下で、私はひたすら肉壁に深々と刃を突き刺しては、魔法でそれを破壊。

 そのように道を切り開きながら、必死に奴の核を探し回った。

 限界は然程遠くない。だからこそ気ばかりが焦るが、焦ったところで結果が好転するわけじゃない。寧ろ軽減できるはずのロスを量産するばかり。

 そうと分かっていればこそ、努めて冷静に崩穿連華を黙々と継続した。


 焦りや不安の尽くを必死に噛み殺し、無心で技を繰り出し続ける。

 こんな時こそ鍛錬である。寧ろ絶好の機会と言えるだろう。

 ここまで追い込まれた状態での鍛錬ならば、どれほど良い経験になるか。

 研ぎ澄ました、極限まで無駄のない崩穿連華。

 気づけば私は一心に、そんな理想の完成形を求めて技を振るい続けていた。

 延いてはそれが、自身を勝利に導くのだと確信しているから。


 そして、結局それが正しかったのだと。

 酸素が足りず、いよいよ意識が朦朧とし、夢うつつも平衡感覚も何もかもが曖昧な視界の中で、私は証明を果たしたのである。

 剣先に感じた独特の硬い感触は、これまでに肉を掘り進めてきた中で、感じたことのないもので。

 そうと認めるなり、私の体は既に行動を起こしていた。


 剣先は深々とそれを突き刺し。

 そしてアクアボムは、とうとう指向性を糸のように細く絞るまでに至り、更には『アクアボムの爆発中に向きを変じさせる』というレベルにまで、その操作自由度を昇華していた。

 これにより起こった現象は、極限まで圧縮された水で、斬撃を再現するというもの。

 要は、疑似ウォーターカッターである。

 勿論疑似ではなく、もともとそういう魔法は存在するのだけれど、おかしなことに瞬間的な威力は本家のそれを上回るほどだった。

 ぼんやりとした意識の中、ウォーターカッターも高いレベルで使いこなせる私は、その奇妙な手応えを実感したのである。


 結果として、核は一瞬の間にその内部よりバラバラに切り裂かれ。

 そして私の意識も、とうとう限界へ至った。


 腰に下げたランタンが消えたわけでもないのに、視界はフッと黒に染まり。

 私の意識は、そこで綺麗に途切れたのである。



 ★



 崖のダンジョン攻略リベンジ開始から、約二週間。

 二〇階層ボスフロア。

 大丈夫。意識はハッキリしている。

 気絶する直前の、地獄のような真っ赤な光景も、ちゃんと目に焼き付いている。

 核らしきものを破壊した、あの手応えも。


 目覚めは快適だった。

 結構無茶をした自覚はあったのだけれど、どこも痛くないし、身体に違和感らしきものもない。

 しかし一点、ゼノワが見当たらないことだけが不思議で辺りを見回せば、広いボス部屋の隅っこでこちらを遠巻きに眺めている彼女の姿を見つけることが出来た。

 それで察する。

(ああ、ヨルミコトの仕業か)

 私が眠っている時に、自動で鍛錬や脅威の排除なんかを請け負ってくれる、ある意味もうひとりの私と呼ぶべき存在。まぁ、人格のようなものは無いらしいけど。

 そんな彼女が、諸々のケアをした挙げ句鍛錬をやらかしたのだろう。覚醒状態の私をも凌ぐ、苛烈な鍛錬を。

 そしてゼノワは、それにビビって部屋の隅に居る、と。


「ゼノワ、大丈夫だよ。もう起きたよ」

 と呼びかけ、手招きすれば、彼女は盛大に溜息をついてフワフワと近づいてきた。

 そして、何時になく乱暴に頭へへばりついてくる。

「ガウガウ!」

 と、お叱りの言葉も貰ってしまった。私が無茶な作戦を実行したことを責めているらしい。

 とは言え、勝つために必要だったのだから、後悔などは無い。

 その辺りはゼノワにしても理解しており、だからこそ存外お叱りは淡白なものだった。


 そうこうして、改めて周囲を見回してみれば、紫大蛇の姿も、奴が使っていた魔法の痕跡すら綺麗に消え去っており。

 代わりに遠く部屋の奥、見覚えのない扉がぽつんと一つ出現していることに気づいた。

 十中八九、特典部屋の扉なのだろう。

 つまりは……。


「勝った……ってことだよね?」

 ゼノワへ、そのように確認してみれば、彼女はぺしんと私の頭を一つ叩き。

「ガウ!」

 と、力強く肯定の返事を寄越したのだった。


 瞬間、込み上げる気持ちは複雑で。

 勿論嬉しさや達成感はとても大きく、思い切り叫び出したくもあった。

 けれど、想像以上に苦戦したこともまた事実であり、これまで体験した中でも屈指の、ドロドロな勝利だった。

 へんてこスキルに頼らずにやると、私はこんなもんなんだって強く思い知り、気落ちもする。


 それでも、やっぱり嬉しいものは嬉しい。

 すっくと立ち上がった私は、一先ずぐっと拳を突き上げてみる。

「やった! 私の勝ち!」

「グァ!」

 ささやかながら、勝鬨である。ゼノワもノリよく応えてくれた。


 しかしまぁ、鍛錬の重要さを思い知る、良い一戦だった。

 多分一九階層で技を磨いておかなかったら、今頃は……今頃は……。

 あー……そっか。ヨルミコトが大暴れして、多分何とかなってたのか。


「なんか、切ないなぁ」

 小さく肩を落とす。私の心情をよく察してくれるゼノワは、よしよしと頭を撫でてくれた。

 ともあれ、それでもヨルミコトに頼らず勝ちを掴んだっていうのは事実なのだし、そこはきっと誇って良いはず。

 そうだ。私は頑張った。頑張ったから勝てた。それでよしなのだ!


 一通り心の整理を終えた私は、再度顔を上げて辺りを見回す。

 そう、勝利したってことはその証拠があるはずなんだ。特典部屋の扉とはまた別の証拠が。

「お……あれかな?」

 キョロキョロと視界を巡らせたなら、ちょうど私の後方にそれらしき物体を見つけ、ワクワクしながら歩み寄っていく。

 そう。モンスターを倒したのなら、当然ドロップアイテムが落ちているものだ。

 しかも今回は核を砕いたからね、レアドロップである。


 一体紫大蛇は何を残してくれたのか。

 期待を胸に歩を進めれば、遠目にそれの正体が察せられ。

 だからこそ、私はまさかという思いでドキリと心臓を高鳴らせた。

「え、え……ほんとに……?」

 自然と足は速まり、小走りでそれの元へと駆けつけた私は、恐る恐る拾い上げたのである。


 その、『心命珠』を。


 ジャイアントキリングボーナス。

 明確な格上のモンスターと相対し、独力にて正面からこれを打ち破ることで生じる、発生条件の非常に厳しいアイテムドロップである。

 そして、そんなジャイアントキリングボーナスでしか得られないとされているのが、この心命珠。

 モンスターの心と力を宿しているとされる、非常に稀有な素材アイテムであり、装備の材料にすれば世にも珍しい逸品が出来るとか何とか。


 よもや、そんな物がドロップするだなんて、完全に予想外だった。

 っていうかそれより何より、心命珠にはものすごく特殊な特性があり。

 モンスターの心を宿すその珠は、自身を打倒せしめた相手と、意思の疎通が可能なのだ。

 であるからして。

 あんなとんでもない方法で殺害してしまった手前、私、とんでもなく気まずいんですけど……。


 私は両手で掬い上げるように持ち、頭上に掲げた心命珠へ、深々と頭を下げると、

「メ、メチャクチャなことして、ごめんなさいでした……っ!」

 一先ず、深く謝罪をかましたのだった。

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