第五五〇話 テクニック(力技)!

 ステータスで及ばないのなら、テクニックで突破する他無い!

 ってことで気合を入れはしたものの、今のところはまだ、肝心要の戦術プランが用意できていない。

 磨いた技を用いるにしても、無闇に行使したところで効果は薄いだろう。

 大事なのは、最大限の効果を発揮できる場所やタイミングを見つけたり、作ったりすることにある。


 なので先ずは、奴の動きや手持ちの攻撃手段なんかをよく観察・分析して、付け入る隙を見つけることが肝要なのだが。

 まともな手段で相対したところで、こちらの攻撃じゃ奴にろくな痛痒を与えられないことは判明済み。

 膨大と思われるHPに、堅い防御。そして極めつけに、強力な再生能力である。

 大技を駆使してみたところで、これらを前に奴のHPを削りきれるかと言えば、無理筋だと言わざるを得ないだろう。


(っていうかそもそも、HPを削って倒せるような相手じゃないよね……)

 紫大蛇の大迫力な攻撃を丁寧にいなしながら、自身の火力で奴の再生速度を上回るダメージを与えつつ、HPを見事削り切ることが可能かと考え、早々に匙を投げる私。

 無理である。仲間たちがこの場に居たなら、そんなこともなかっただろうけれど、今は私一人。それも縛りを設けて戦っているのでは、その勝ち方は不可能と言い切ってしまうべきだろう。


 であれば、自ずと選択肢は絞られる。

 奴を倒すには、核を見つけ出して破壊する他無い。

 だけれどそれも、この巨体だ。身体の何処に核が隠されているとも知れず、しかも全身を硬い鱗と皮に覆われており、到底地道な核探しなんて出来ようはずもなかった。

 それでも、勝ち筋が恐らくはそこにしか残されていないのも事実。

 どうにかして核を見つけ破壊することだけが、私が紫大蛇に勝利する為の唯一の方法なのだ。

 だから、そのための手段を捻り出さなくてはならないわけだが。


(お約束の方法としては、やっぱり敢えて食べられるとか、そういう作戦になっちゃうよね……)

 昔話にもあるように、大きな化け物を退治するためには、お腹の中に飛び込んで攻撃するっていう方法が定番だ。

 実際この紫大蛇だって、そのような手段を取られては痛痒を免れ得ないはずである。

 しかしだからこそ、そんな弱点を放置しているとも考えづらい。

 例えば、何かを飲み込む時は、しっかりと息の根を止めてからにするだとか、消化液が強力な酸だとか、もしくは強い毒性が含まれているとか、そもそもよく噛んでから食べるタイプかも知れないし。

 口から奴の体内に飛び込むというのは、正直リスクが高すぎる。溶解液を吐いてくるっていうのも分かっていることだし、あまりに危険すぎた。


(あ。でももしかすると、清浄化の魔法を使えば、溶解液って無害化とか出来ないかな? 実験してみるか)

 不意に訪れた閃きが有用なものであるか否かを判断するべく、私はすぐさま実験を行った。

 奴が吹き付けてくる溶解液を躱しながら、液体へ向けて清浄化の魔法を行使したのだ。

 すると。バシャッと床を叩いた溶解液は、しかし思った通り別の液体へと変化を遂げていたのである。

 先程までは、液を受けてどろりと溶けていた床。それが今回に限っては何ら変化が見られず、ただ液体にビショっと濡れたのみ。

 これならば、体内へ突入しても溶かされる心配はしなくて良さそうだ。


 ただし、この実験結果は奴も目の当たりにしており、どうにも目ざとくそれを認めたようであった。流石蛇と言うべきか、知能が高いらしい。

 証拠に、奴は溶解液の発射を控えるようになり、その分一層凄まじい勢いで噛みつきや頭突き、体当たりなどを仕掛けて来るようになった。

 攻撃パターンの明確な変化。

 厄介なことに、一見考えなしに見える奴の攻撃は、着実に私を壁の方へ追い詰めるような、面を意識した攻めであり。

 どうやら私がバテるのを悠長に待ってくれるつもりはないらしい。

 溶解液という手札が封じられたとて、奴は自身の優位性を確信して疑わない。


 それに、奴が既に手札の全てを晒したとは思えないのだ。

 ダンジョンボスがただの頭突きや突進、噛みつきや溶解液だけを武器にするっていうのは、あまりに地味というものである。

 鏡花水月の常であるように、相手が手札を十分に切る前に決着をつける、というのであればまだしも、まともに対峙している今の状態であれば、奴はまだまだ攻撃の手段を隠していると考えるべきだろう。

 そして、そのように警戒していれば案の定。


 魔力感知が奴の魔法行使を素早く看破し、私はすぐさまステップを踏んだ。

 直後、地面から飛び出したのは濃い緑色をした植物だった。

 避けなければ、緑の槍が足元から私を串刺しにしていたところである。

 しかしながら、奴の攻め手は単発にあらず。次々と、私の動きに合わせて緑の槍を足元より発生させ、貫かんと追い立てたのだ。

 ばかりか、回避した槍はそのまま長く伸び、先の鋭い触手へと変じてしまった。

 これには流石に顔が引きつる。


 更に奴は手札を切る。大盤振る舞いだ。

 長く伸びた植物の触手槍は、その茎から毒々しい花を咲かせ。

 あっという間に花弁を開いた花々は、元気に紫色の花粉を振り撒き始めたのである。

 毒だ。予め状態異常対策をしておいたから良かったものの、そうでなければ恐ろしいコンボだったろう。

 私の動きが鈍らないと見るや、僅かに目を細める紫大蛇。

 観察するようなその視線は、なんとも腹立たしいものだ。

 一手一手追い詰められていくような感覚。普段私が行っている戦闘とは、真逆の展開である。

 それだけ奴が聡く、狡猾である証拠か。


 回避行動をしながら、次々に植物たちを切り払う。

 けれど切った部分が新たな穂先となり、何苦楚と襲いかかってくるのは厄介極まりない。

 それに植物相手の水っていうのも、相性が悪くて笑えない。

 これが火とか氷なら、まだ楽だったのに。

 だけど普通の冒険者は、自身に芽生えたスキルと付き合い生きていくしか無いんだ。私のように、何でもかんでも真似て覚えられるようには出来ていない。

 だからこれも、あって然るべき苦労。体験しておくべき貴重な経験だ。

 よりによってそれが、ボス戦である今現在だというのは、正直最悪に近いタイミングなのだけれど。


 とは言え、嘆いていても仕方がない。

 このままでは本当に攻め切られてしまうことだろう。奴の手札もまだまだ残ってそうだしね。

 幸い、攻撃をいなす内にやるべきことは見えてきた。

 ならば早速、それを実行に移さねばならない。


 タイミングを待っている。紫大蛇はひっきりなしに、私の足元へ緑の槍を仕込み、触手のように伸びたそれらを波状攻撃としてけしかけてくる。

 そして時折、自らが直々に噛みつきを仕掛けてくるのである。

 ちょうど今が、それだった。

 迫る大口。私を容易く丸呑みに出来る大きな口だ。それが、恐ろしい速度で迫ってくる。


 私がその攻撃を、待っていたとも知らずに。


 私は躊躇いもせず、自ら奴の口へ向けて飛び込んだ。体内に飛び込むことは、結局の所避けられないのだから必然とすら言える選択だろう。

 さりとてそんな事は、紫大蛇にしても予測済みだったらしい。

 敏感にこちらの動きを察知し、完璧なタイミングで顎を閉じたのだ。確実に噛んだと確信しての、迫真の噛みつき。


 が、私の飛び込みはフェイントである。

 溶解液を無力化出来ることが知られている以上、奴は自身の口へ私が自ら飛び込む可能性を把握しているものと、私もまた予測を立てていた。

 だからこそ、フェイントが有効だろうとも。

 すると案の定、ギリギリで急制動を掛けた私に騙され、目と鼻の先で上下の顎が噛み合わさったではないか。

 引っ掛かってくれて良かった。正直チビるかと思った。

 でも、狼狽えている時間なんて無い。


 私はひらりと奴の鼻先へ乗っかり、それを強く踏んづけるなり、初手の焼き直しが如く剣をその大きな眼球へと突き込んだのだった。

 私がここまでの戦闘で、こいつに与えた唯一の痛痒。

 眼球になら、刃が通る。

 そして、眼球内で即座に爆ぜる、アクアボム。

 悲鳴を上げる紫大蛇。痛みにやられ、魔法制御が鈍ったようだ。触手槍たちの動きが大きく乱れたのを、気配で察知する。


 だが、本番はここからである。

(よし……やるぞっ!!)

 ぐぐっと湧き上がってくる抵抗感をどうにか噛み殺し、私は自らの身体を奴の眼窩へと押し込んだ。

 と同時、崩穿華を繰り出す。

 指向性を持たせたアクアボム、突きに特化したアーツスキル、更にアクアボム。

 これを間断なく繰り返した。


 眼窩。即ち、眼球を収めるための窪み。その奥にある骨を、このコンボで一気に突き崩し。

 そうして私は狭っ苦しいその場所から、肉と骨をほじくりながら奴の喉へと侵入を果たしたのである。

 当然、奴は狂ったように暴れている。

 あんまり動くものだから、まるで絶叫系アトラクションにでも乗っているような、無茶苦茶な重力が私にも掛かるわけだけれど、そんなに痛いのならさっさと気絶すればいいじゃないか。

 っていうか、ここまですれば気絶して当然だと思っていた。読みが甘かったようだ。

 仕方がないので、サブプランを採用。恐らく脳みそが収まっているであろう肉壁をぶち破り、骨を穿って、狙い通りそれを剣で思い切りぶっ刺してやった。勿論アクアボムのおまけ付きだ。

 清浄化魔法でしこたま身を清めてなきゃ、ドロドロで大変なことになっていたことだろう。っていうか溶解液で私自身がドロドロにされていたか。


 ともあれ、これを受けては流石に意識を保っていられなかったのだろう。

 最後に一度、大きな衝撃と轟音が響き、ようやっとデタラメな揺さぶりが鳴りを潜めたのである。奴の動きが停止したのだ。

 が、既に再生は始まっている。

 脳をやられても生きているとか、とんでもない話だが。だからこそ、ここまでやる意味があるわけで。


(やってやる! やってやるとも!!)

 自らを奮い立たせた私は、奴の喉へと戻るなり、急ぎ行動を開始した。

 掘削作業である。

 空間は流石に狭く、立って歩けるほどのスペースなどはない。精々、四つん這いでなら移動できる程度。

 だけれどそれじゃあ満足の行く動きが出来ないので、私は肉壁へ剣を突き込むと、アクアボムで穴を開け。

 そうして、立って動くのに支障ないスペースを確保しながら、突き刺しと破壊を交互に繰り返していったのだった。


 これぞ、一九階層で磨いた技が一つ!

 崩穿華の応用。名付けて、『崩穿連華(ほうせんれんが)』である!

 本来はこんな、突きと破壊を交互に行うだけの技ではないのだけれどね。

 崩穿華の基礎である、崩し・穿ち・破壊の流れを繋いで、怒涛の連撃を叩き込むのが崩穿連華の正しい姿となっている。


 とは言え、現状は突いて壊して突いて壊して、というシンプルな動作こそが最も効率的かつ強力であると判断し、私は紫大蛇の体内をひたすらに掘り進んだのだった。

(核! 核は何処だ!!)

 こんなグロい作戦、とても正気じゃやってられない。ゼノワなんて、流石についていけないからと外でお留守番である。

 一秒でも早く脱出するために、私はひたすらに大暴れするのだった。

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