第五四九話 VS紫大蛇
崖のダンジョン二〇階層、ボスフロア。
正直、思ったよりは浅かったなって気持ちと、戦力的にギリギリだっていう焦りとで、心境は複雑だった。
それに、ここまで潜るのに日数も掛かっている。普通の冒険者は、本当に大変だ。
私もそんな大変な道程を経て、ようやっと今、ボス部屋へと足を踏み入れたわけだ。
地下遺跡然とした広大な空間。
等間隔に並んだ柱は古代文明の名残を思わせるようなデザインをしており、壁に掘られたレリーフなども相まって、一種独特な雰囲気を強く醸し出していた。
そんなボス部屋の中央へと歩を進めていけば、突如としてそれは始まったのである。
ボスポップだ。
膨大な量の黒い塵が何処からともなく湧き出し、一つの巨大な塊を形成していく。
それはデカい上に、長かった。ビックリするほど長かったのだ。
しかしだからこそ、一体黒い塵が何を形成しようとしているのか、すぐに察しもついた。多分、蛇である。
恐ろしく太く、そしてとんでもなく長い蛇。
似たようなモンスターなら、以前PTで戦ったこともあるけれど、単独で、しかも縛りを設けた状態でっていうのはこれが初めてだ。正直不安もある。
なので、ポップ処理が未だ完了しない黒い塊へ向けて、私はアクアボムを投げ込んでみた。
もしもこれが体内に埋没したまま本体の形成を完了した場合、もしかして内側からドカーンって出来ないかなと。
そんな淡い期待をしたのだけれど、黒い塵の塊に呑み込まれたアクアボムは、あっという間に形を保てなくなり、奴の体の一部へと変換されてしまったらしい。
かと言って直接叩きに行き、体よくそれで不完全な状態のボスを倒せたとしても、再ポップが起こるっていう前例を知っているからね。
おとなしく、ポップが終わるのを待つことにした。
それにしても巨大である。時間を掛けて育ったダンジョンのボスって言うだけのことはある。
戦闘準備を整えて待つことしばらく。
「うわぁ……どうすんのこれ」
「グァ……」
とうとうポップ処理は終了間際。
私とゼノワの前には、私を容易く丸呑みに出来るほどの大きな口を備えた頭と、それと同等のサイズでありながら、何十メートルとある長い長い体を持った、恐ろしい大蛇が顕現していた。
相対するだけで戦意を挫かれそうな、圧倒的なスケール感。深い紫色の身体が、如何にも毒々しい。絶対毒を使うぞコイツ。
しかし状態異常防止の魔法は行使済みだ。これに関しては縛りの対象外だから。
なので毒を使われようと大丈夫だとは思うのだけれど、しかし縛りのせいで完全に無効化出来るってわけでもない。
強烈な毒とか、或いは溶解液なんかはやはり完璧には防ぎきれないので、どうにか対処しなくては。
ともかく、ポップが終わるよりも前に私は動き出した。
向かうは頭。蛇は確か、首を切られても生きてるって言われるくらい生命力の強い生き物らしいから、とにかく頭部をどうにかして破壊する他無い。
私はポップが終わり、紫大蛇が活動を開始するその瞬間を見計らい、一気にその眼球へ向けて剣を深々と根本まで突き込んだ。
瞬間、切っ先に全力のアクアボムを生成し、脳があるであろう方向へ向けて指向性のある爆発を生じさせたのである。
衝撃は凄まじく、奴の体が一瞬波打つように大きく痙攣。轟くような悲鳴が起こり、しかし私は振り落とされぬよう奴の眉間にしがみついて、もう一方の目玉にも同じ攻撃を見舞ったのである。
ドタンバタンと、さながら頑張って地震でも起こそうとしている怪獣のように、紫大蛇の悶絶ぶりは凄まじいものだった。
それだけ激烈な痛みを受けたのだろう。それはそうだ、眼球に刃物を突きこまれ、その中で爆弾が爆ぜたのだ。
私だったら即死してる。
なのにコイツは、両目を破壊され、脳にも大きなダメージを負っただろうに、未だ黒い塵へと変わらずに居るではないか。
私は依然として顔面に取り付いたまま離れない。
離れた瞬間、噛み殺されるような気がしてならないから。
しかし余程私を邪魔に感じたのだろう。暴れまわる勢いそのままに、何と自ら頭を壁に叩きつけようとする紫大蛇。このままではぺしゃんこにされてしまう。
やむなく衝突ギリギリで離脱すれば、壁の中に頭を突っ込んだ奴は、しかしすぐにそれを引っこ抜くと、恐ろしい速度で私を噛みに来たのだ。
開いた口は、直立した私なんかよりもずっと大きく、視界いっぱいに奴の口内が広がって見えるほどだった。
目は見えてないだろうに、他の手段でこちらの位置を捉えているようだ。ピット器官ってやつだろうか。或いは探知系スキルによるものか。
何にせよ、目を潰した甲斐はあまり無いらしい。
私は足の裏でアクアボムを爆ぜさせ、鋭く高く跳躍。奴の噛みつきを回避してみせた。
が、直ぐに尻尾が迫ってくる。ムチのように靭やかで巨大な尻尾だ。
それが、持ち前の高いステータスにより、目にも留まらぬほどの速度で迫るのである。大いに肝が冷える。
が、アクアボムによる回避運動は、空中に居たって何ら問題なく機能する。
ロボットアクションゲームのクイックブーストさながらに、バシュンと瞬間的な加速と軌道変更を駆使し、上手く尻尾をやり過ごす。
しつこくこちらを追いかけてくる尾先はしかし、ついぞ私を捉えられぬまま、一旦距離を取ることを許してしまった。
しかし、私に余裕などは一切なく。
(ヤバい。ヤバいヤバいどうしよう、なんでアレでピンピンしてるのさ?! っていうか私が一九階層で磨いた技って、こんな巨大な相手を想定したものじゃないんですけど!!)
心の中で盛大に狼狽し、どうしたものかと頭を抱えていた。
無論、そんなことお構いなしに紫大蛇は暴れまわる。
しかしながら手足もなく身体の無駄に長い奴は、物理攻撃に利用できる体の部位を、頭と尻尾という二点に限られている。
にもかかわらず、あろうことか長過ぎる自身の体が邪魔で思うように肉弾戦を振れないという、残念な欠点を持ち合わせているって所は、私に有利な点であると言えるだろう。
とは言え、立ち回りに失敗すればトグロを巻かれ、ギチギチと締め上げられる可能性も否定できない。
奴の体は、もはやその全容を視界内に捉えること自体が不可能に等しく、何処に立っていれば安全か、だなんていうのは判断の難しい問題だった。
そんな中、
(そうだ、あいつの背の上を駆け回っていれば攻撃されにくいかも知れない!)
なんて安直な発想が脳裏を通り過ぎ。
早速、未だにのたうち回っている紫大蛇のその深紫をした背に、私は素早く飛び乗った。
と同時、試しに剣を叩きつけてみる。
案の定鱗は恐ろしく強固で、剣の柄を握る手がジンと痺れた。
頭以外を傷つけたとて、きっと致命傷には程遠いと思われるが、そもそも傷つけること自体が驚くほど困難だ。
的が大きければ確かに攻撃は当てやすいが、そういう手合は得てして硬く、そしてタフなのだ。この紫大蛇もどうやらご多分に漏れないらしい。
もしも胴体をぶつ切りに出来たなら、一気に奴の行動を制限することが出来るのに、と思ったのだけれど。
どうやらそれは、実質不可能と言わざるを得ないみたいだ。少なくとも、縛りを設け遵守している今の私には。
(だとするとやっぱり、徹底的に頭部を叩くしか……!)
うねったり跳ねたりと、とんでもなく走りにくい紫大蛇の背を、しかし我ながら見事なバランス感覚で乗りこなしつつ、頭を目掛けて駆けていく。
幾ら長いと言ってもたかだか数十メートル。頭部へ到るのに然程の時間も掛かりはしない。
そうしてすぐに、奴の頭部を視界に捉えた私は、堪らず歯噛みしてしまう。
せっかく破壊した両目が、既に完治していたからだ。再生能力持ちであるらしい。
生命力が強いのは予想済みだったが、流石にこれはズルい。勝ち筋が見えない。
対する奴はと言えば、私を見つけるなり再度首を伸ばし、大口を開けて喰らいに掛かってきた。
口内へアクアボムを放り込んで素早く飛び退く。
バクンと閉じられた口内で、水球が勢いよく爆ぜ。ダバダバと大量の水を口から溢れさせる紫大蛇は何だか滑稽だった。
が、とても笑っていられるような状況ではない。
アクアボムの効果で、一瞬口が限界を超えて大きく開き、口の端がブチブチと僅かに裂けはしたけれど、所詮その程度。余程顎の力が強いのだろうか。
噛みつきを避けた私へ忌々しげに殺気を向けながら、見失うことなく追いかけてくる紫大蛇。
頭部は勿論のこと、尾先の動きにも注意を払わなくちゃならない。
(完全にこれ、勝負になってないな……)
こちらの攻撃はほぼ効かず、与えたダメージもすぐに回復されてしまう。
逆に相手の攻撃は強力かつ避けづらく、それに速い。
とてもじゃないけど、ソロで挑んで良いようなボスではないのだ。
最低でもPT。出来れば複数PTによるレイド戦を仕掛けるべき、恐ろしいモンスターである。
当然のことながら、私には体力にもMPにも限界があり、そしてそれはきっと奴と根比べが出来るほどのものではない。
とどのつまり、このまま勝ち筋を見い出せずグダグダ戦っていたところで、こちらのジリ貧である。
「ガウ……」
ゼノワが心配げに声を掛けてくるけれど、返事を返せる余裕などはない。今尚噛みつきの脅威に晒されている私は、回避運動で手一杯だった。
するとどうだ、私がひょいひょい避けることに苛立った奴は、攻め手を切り替えたのである。
ビシュッと吐き出されたのは、如何にもヤバそうな液体だった。正確無比に私めがけて発射したそれを、しかし私はアクアボムによる瞬間的な加速で回避。
背後の様子をちらりと確認してみれば、案の定床がガッツリ溶けているじゃないか。溶解液である。
ますます自分の顔色が悪くなったのを実感しながら、一層回避に力を入れる。
当たらなければ、どうということは無かろうなのだ!
とは言え、それにも体力を使う。永遠に避け続けることなんて出来るわけがない。
確実に破綻へのリミットは迫っていた。
敗色濃厚。
いっそ撤退するって選択肢が脳裏を過る。
圧倒的なステータス差。驚異的なタフさと、再生能力。これだけデカくちゃ核の位置も分からないし。翻ってこちらは、一撃まともに受けただけでも敗北が決定するような、無理ゲーもかくやという状況。
命を大事にするのなら、さっさと帰る以外の選択肢はない。
けれど言わずもがな、普通の冒険者にはそんな選択肢自体が存在せず。
故にこれで、詰みが確定する。
(私が普通の冒険者だったなら、ここで死亡が決定していた……?)
……否。そんなことはないはずだ。
そうならないために、私は一九階層で技を磨いてきたのだから。
確かに戦力差は絶望的。まともにやっては勝ち目なんて無いだろう。
破天荒な手段を用いるにしても、今の私に許されている手札じゃ、十分な策を練ることも叶わない。
しかしだからこそ、『技』の真価が試される。
どうしようもない力の差を、テクニックでひっくり返す……。
(それでこそ、『プレイヤー』だよね……!!)
ゲーム世界に於いて、『プレイヤー』の宿った主人公キャラは息をするように奇跡を起こすんだ。
なら、プレイヤーってジョブを背負った私も、そうでなくちゃならない。
ヘンテコスキルなんかに頼らず、この程度の苦境をひっくり返せなくて、何がゲーマーか。
「絶対倒す!!」
「ガウガウ!」
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