第五四八話 震え上がる一九階層

 崖のダンジョン一五階層。

 前回はここで限界を感じて引き返したのだった。

 ここから先は自作マップもないため、マッピング作業及び、罠へのしっかりとした警戒を行いながら進んでいかなくてはならない。

 しかもマップがないってことは、次の階段が何処にあるかも不明ってことだ。

 如何にも迷宮探索って感じがして心踊る部分でもあるのだけれど、無論気を引き締めて臨まねば痛い目を見ることだろう。


 時刻はお昼時を過ぎており、遅めの昼食を済ませて休憩を挟んでおく。

 前回完全なステータス不足により、切実に身の危険を感じた一四階層を、十分に余力を残して突破出来たことによる高揚感で、些か浮かれ気味な精神状態を、先ずはどうにか落ち着けなくては。

 浮ついていちゃダメだ。変なフラグが立っちゃうぞ。

「ゼノワ、私を叩いておくれ……慢心しかけてるこの私を!」

「ガウ!」

 容赦がなかった。

 いつものように、小さなお手々でビシバシ叩いてくるのかと思えば、まさかの魔法である。

 弱めのビームをビシバシぶつけられ、床ペロする私。

 相変わらず洞窟めいた、硬い床だった。


 しかしお陰様で、浮ついた気持ちも引き締まった。

 治癒魔法で自らを癒やし、十分に休憩も取ったなら、いよいよ一五階層探索へ取り掛かる。

 装備の新調に伴い、ステータスが大分上昇した私ではあるけれど、とは言え同ランク帯の冒険者と比較すれば、私の繰り出す単発攻撃の火力っていうのは決して高くない。

 肝になるのは『技』である。スキルではなく、純粋なテクニック。


 お浚いだが、現状私が開発した近接魔法の行使方法は、幾つかが実用レベルで安定している。

 代表的なのが、魔法・物理・魔法、を瞬時にぶつける刹那の三連撃。何かかっこいい技名でもつけたいところだ。

 そうだなぁ……中二っぽく『崩穿華(ほうせんか)』にしよう。うん、黒歴史感があってとても良い。未来の私が悶え転げる様が目に浮かぶようだ。

 崩し、穿ち、華を成す。その名の通り、武器をぶつける瞬間、魔法を用いて相手の対応を狂わせ、生まれた隙を武器による物理攻撃で穿ち、武器を介してゼロ距離魔法を華々しくぶっ放すという流れになっている。

 効果の程は、このダンジョンで何度も確認した。

 これまでのように、一つの手札を状況に応じて切り、適宜戦術を組み立てるって方法も好みではあるのだけれど、こういうテンプレート、或いはプリセットを予め作っておけば、強力な『技』として扱うことが出来る。

 スキルを組み合わせて技と成す。我ながらなかなか良い発想だって思うよ。


 崩穿華の他には、魔法を駆使して自身の動きを補助する運用っていうのも役立ってる。

 それで言うと、アクアボムはめちゃくちゃ便利な魔法だ。スキルレベルが高いおかげで、爆発の規模や衝撃の強弱、指向性のコントロールなんかもお手の物で、様々な場面で役立ってくれている。

 崩穿華に組み込むのは勿論のこと、私が大振りをスカして死に体を晒してしまった場合なんかも、自身の体勢を無理やり修正したり、緊急回避に用いたりと、用途の幅は実に広い。

 他にも、武器による攻撃の速度と威力を、アクアボムの衝撃を使って瞬発的にぐっと引き上げたり、相手の攻撃の勢いを殺したりなど、本当に色んな使い道がある。

 欠点があるとするなら、そのたびに私が濡れることくらいか。乾かすのにも水魔法を使うんだけど、加減を間違うと布や革が痛むんだよね……。


 しかし、アクアボムの運用だけじゃ、『技』ってほどじゃないなぁ。

 細々としたもので言えば、特定のスキルと魔法を組み合わせたコンボ。これなら既に、幾つも開発している。

 やっぱりコンボ開発って楽しいよね。

 例えばアーツスキルの【瞬刃】とマジックアーツの【ウォーターソウ】を使った、前後からの斬撃による瞬間的な挟み撃ちは使い勝手が良い。

 接地面に水を噴出させ、滑るような移動を可能にする【ウォータースライダー】と、ノックバック効果に優れた【斬り弾き】で、対象をすっ転ばせた挙げ句遠くへ吹っ飛ばすコンボも面白い。


 これら一個一個の組み合わせにそれらしい技名をつけるのもいいけど、多分忘れちゃうからこれぞってもの以外は名無しでいいか。

 そういう意味じゃ、周囲を水浸しにしてからその水を再利用した節約水魔法は、近接魔法でこそ無いけど一つのコンボとは言える。大事なテクニックなので、これには【流転】と名付けておいた。

 前世だとこういうの、妄想だけのお話だったんだけど、この世界じゃ実践できちゃうからなぁ。楽しいなぁ。

 でも、技っていうんなら研鑽が付きものだ。

 これまでのように、出来合いのスキルを延々と使い続けるんじゃなく、『技』なら繰り返し使う中で自由に改良やアレンジも出来る。そこがまた楽しい。

 そして私は、鍛錬が好きだ。


「どんどん戦って、技をガシガシ磨いてやる……!!」

「グァ」

「そ、そうだね。やりすぎには注意だね。テンション上がりすぎちゃったら止めてね」

 ゼノワに改めて監視役をお願いしつつ、私は獲物を求めて一五階層を練り歩くのだった。



 それから程なくして、最初のエンカウント。

 出会ったのはトカゲだった。確か図鑑で見たことがある。名前はエメラルドコモドラ……コモドドラゴンの略なのか、コモンドラゴンの略なのか。或いはこの世界特有の名称か。

 何にせよ、その外見はコモドドラゴンを彷彿とさせる体躯で、大きさも動きも正にそんな感じ。

 ただし全身には鮮やかな緑色の鱗が生えており、斬撃には強そうだ。剣士をやっている私とは相性の悪い相手である。

 硬い相手には速攻が利きづらく、かと言って真っ向からやり合えばそれだけ苦戦も消耗もする。

 嫌な相手である。さて、どうしようか。


 なんて考え事は、接敵する以前に済ませるのが当然で。

 戦法をまとめた私は、早速行動に出ていた。

 硬い鱗や殻を持ったモンスターっていうのは、その多くが共通した弱点を抱えているもので。

 それは、お腹である。

 背中はバカみたいに堅くても、お腹は意外なほど柔らかかったりすることは、稀でもなんでも無い。お腹には内臓も詰まっているからね、モンスターでなくたって弱点なのは当たり前だ。

 なので、今回もセオリー通りに狙うは腹部。


 こんな深さの階層にもなると、モンスター側の索敵能力というのも高く、完全な奇襲というのはそもそもが困難。案の定相手は目視以前に私の存在に気づいており、視界に入るなり早速魔法を放ってきた。

 風魔法だ。不可視の刃が幾重にも飛んでくるが、魔力感知が大得意な私には見えているも同然。回避もお手の物である。

 万能マスタリーくんによる動作補正により、最小の動きでエメラルドコモドラ略してエメドラへ接近。

 間合いに入るなり瞬刃を発動し、一瞬で残りの距離を詰めての斬撃を見舞う。

 が、ここにプラスで崩穿華をブッパする。


 私の接近に合わせ、大きな口と鋭い牙で迎え撃つつもりだったエメドラ。

 しかし私の刃が届く直前、腹の下でアクアボムが強烈に弾け、奴の喉を勢いよく上に打ち上げた。

 動揺は大きく、そして何より私に対し、腹を見せてしまった。

 瞬刃による強烈な一撃が奴の腹部を裂き、それと同時に剣身を媒介とし、奴の体内で魔法を生成した。

 傷口の中で爆ぜるアクアボムは、エゲツない程に患部を破壊する。傷口を広げるどころの騒ぎではない。

 更には、爆発の衝撃でノックバックするエメドラ。悲痛な叫び声には、なんとも心苦しさを感じてしまうが、これも命のやり取りなれば掛ける慈悲も無し。っていうか、相手を気遣えるだけの戦力差が無いのだ。


 致命傷にこそ至らなかったが、衝撃で吹き飛ぶ奴は死に体。

 瞬刃にて再度間合いを殺せば、一思いに奴の喉元へ刃を突き込み、アクアボムにて頭部を思い切り吹き飛ばした。

 大変なグロ映像である。

 とは言え、肉片は瞬く間に黒い塵へと還り、痕跡が消えてなくなるのは救いだったけれど。


「ちょっとMP使うなぁ……薬以外での回復手段が恋しい」

 残心を解き、発した第一声はそれだった。切実な問題だ。

 ダンジョン内でのMP管理っていうのは、本当に生命線と例えられて然るべきものだ。

 アクアボムも、スキルレベルが高くて燃費が良いとは言え、やっぱりたくさん使えば消耗もする。威力を上げたならそれだけ使う魔力も増えるしね。

 コスパ面でもっと強化できないか、色々考える必要がありそうだ。

 如何に少ないMP消費で、致命級の火力を叩き出せるか。

 研鑽のしどころである。



 ★



 一日二階層の攻略ってことで、翌日一六階層以降は丁寧に丹念に足を進めていった。

 マッピングもしっかり行い、地図を描くのにもかなり慣れてきた。休憩時間にパパッと作成している。

 一昨日で一六、一七階層を。

 昨日で一八、一九階層を攻略し、そして今日。

 二〇階層。ボスフロアに立っているわけである。


 洞窟と遺跡の混合したような景色は、すっかり見慣れたダンジョンのそれ。

 偶にはこう、ダンジョンの中に空が広がってる! みたいな、広大なダンジョンっていうのにも出遭ってみたいものだけれど、残念ながらそういうのを見たのは過去に一回か二回か。

 まだまだ活動歴が短いせいもあるけれど、そういうタイプのダンジョンは希少なのかも知れない。或いは地域柄とか関係あるのかな?

 何にせよ、特に際立って珍しい景色ではない。地下遺跡タイプのボスフロアだ。

 長い一本道の先には、大きくて立派な扉が一つ。ボス部屋の入り口である。

 とうとうここまで来たか、っていう感慨深さはあるけれど、しかし私は迷っていた。

 いや、ボスフロアは一本道だからね。迷子とかっていう話じゃない。

 ボスにこのまま挑んでも良いのかどうか、という迷いを覚えていたのだ。

 それというのも……。


「またしても、ステータス不足だよ……」

「グゥ……」

 そう。一九階層時点で、敵へのダメージがなかなか思うように通らなくなっていたのだ。

 崩穿華を実行しようにも、肝心の刃が弾かれてしまっては決定打を出しにくい。

 確実性を求めるのであれば、ここまでに得た戦利品を一旦町で換金して、一層強力な装備を得てから再挑戦したなら、今度こそ苦もなく此処へ到れるだろうし、ボス戦も多分楽にクリアすることが出来る。

 でもその代わり、またかなりの時間を使うことになるだろう。町で目立ちもする。

 それを思うと、やっぱり今回で決着をつけてしまいたいというのが本音である。


 なので。

「よし、決めた。力が足りないのならレベリング! ステータスが上がらないのなら技を鍛えるしかない!」

「ガウ?」

「一九階層に戻って、何日かひたすら実戦での鍛錬だ!」

 私は一九階層下り階段前のセーフティエリアを仮拠点として定め、腰を据えての鍛錬に乗り出したのだった。

 敵は硬く、ステータスは足りない。

 技術がなければ苦戦の連続だ。硬いばかりか、攻撃力も速さも脅威で、知恵も回るような奴らを相手にするのだ、油断せずとも命すら危ない。

 そんな環境下で、ひたすら技を磨く日々。


 私、リア充。とっても充実した日々だった。

 朝から晩まで一心不乱に一九階層を徘徊し、モンスターを見つけるなり戦闘を挑む。

 技を研究し、開発し、磨き上げ、時に大胆なアレンジや改良を加えて。

 そんなこんなで一週間は、瞬く間に過ぎていった。

 ダンジョン籠もりのストレスは、鍛錬で得られる充実感により相殺。寧ろお釣りが来るレベル。


 斯くして崖のダンジョン再挑戦開始から二週間。

 いよいよ私はダンジョンボス入口の扉を、力強く開け放ったのである。

 さぁ、楽しいボス戦の始まりだ!

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