第五四七話 ドンとなってガッてなってボンッ!

 崖をよいしょとよじ登り、ダンジョン入りを果たした私とゼノワ。

 早速攻略に取り掛かるわけだけれど、正直浅い階層は美味みが薄い。

 モンスターと戦ったところで然程張り合いがないし、他の冒険者と遭遇するリスクもある。

 ので、とにかく走ってさっさと抜けることにした。


 前回作ったお手製マップを参考に、ハイペースで駆けてフロアを突破していく。

 試しに遭遇したモンスターへ攻撃を仕掛けてみたけれど、難なく倒すことが出来た。新調した武器の性能テストをするにも、これじゃ相手の力量不足である。

 ドロップは、新しいマジックバッグにぽいと放り込み、駆け足を再開。

 階段を降り、早くも三階層目に足を踏み入れて一息ついたけれど、そこには既に先客があり。

 なんとテントを張っている冒険者の姿があったのだ。


 ダンジョン内では、テントを張る派と張らない派に分かれるって話を、前に仲間たちから聞いたことがある。

 女性冒険者は張りがちで、やっぱり着替えや寝顔なんかを他人に見られたくないみたい。他にも理由は色々あるっぽいけど。

 逆に男性冒険者は張らない人が多い傾向にあるとか。

 それで言うと、テントがあるってことは女性冒険者が居るってことかな?

 案の定、テントから顔を出したのは女の人だった。目が合ったので、会釈しておく。

 時刻はまだ午後二時くらい。野営準備には早いだろうに、それはつまるところこの階層を拠点にフロア探索を行おうってことだろうか。

 なるほど、ドロップアイテムを集めたり戦闘経験を積んだりっていうのは、確かに実力に見合った階層で腰を据えて行うべきなのかも知れない。参考にさせてもらおう。

 或いはもっと単純に、既に何泊かしているってだけの話かも知れないけど。それなら張りっぱなしのテントにも納得がいく……ような、いかないような。


「こんにちは」

「!」

 なんて考え事をしていたら、声を掛けられてしまった。

 思わずビクッと肩が跳ね、無様な私をゼノワがペシンと窘めた。

「ど、どうも」

「その仮面……もしかして、最近リィンベルで活動を始めたBランクの人じゃない?」

「!」

 ビクッと、また肩が跳ねてしまった。私ってもしかしてコミュ障なのかな……?


 曰く。

 トロル討伐の依頼でちょびっとやらかしたアレが、なんだかそこはかとない噂になっていたらしい。

 田舎の噂話はよく広がるってやつか、はたまた冒険者の情報収集能力が優れているのが理由か。

 多めに換金しちゃったこともそうだけど、人助けをしたあれも密かに話題になっているとか。

 そう言えばあったな、そんなこともって程度の認識だけど、行動には結果が伴うっていうのはきっとこういう事なんだなぁ。

 軽率な行いは避けなくちゃいけない。本日の教訓だ。


 ともかく、遅めのお昼ごはんを頂きながら、お姉さんとは幾らか他愛ない会話を交わし、私は早々にその場を後にした。

 あんまり話し込んでボロが出るのも困りものだしね。

 時間的にはまだ余裕がある。ってことで、午後もせっせとフロアを駆け抜けて、滞りなく四階層へと足を踏み入れた私である。


 時刻は夕方五時前。

 頑張ればもう一階層くらい進めそうだったけれど、無理せず今日はここまで。

 周囲に人の気配がないことを確かめた私は、一先ずテントを設営して身を清め、食事だの簡単なお洗濯だのと諸々の雑事を済ませ、そこから一つ思案した。

「これ、今回はテントを片付けてから帰ったほうがいいのかもね。ダンジョンではテント張らない派の人も居るわけだし、あんまり不自然なことでもないはず」

「グラ」

「そうそう。空っぽのテントを同業者に発見される可能性も結構高いからさ」


 テントを出しっぱなしにしておもちゃ屋さんに帰るより、テントは片付けてから帰ったほうが私にとっては都合が良い。

 野外の場合、テント無しでの野宿っていうのは避ける私だけど、ダンジョン内ならテントなしでも多分眠れるもの。

 そもそもテントを張るのは、普通の冒険者が寝床を確保するのに伴う苦労を知ることが目的だったので、それ無しで寝る場合も少なくないっていうんなら、無理に用意する必要もないのだ。


 ってことで、そうと決まれば行動は迅速に。

 さっさとテントを片付けてマジックバッグへ収納した私は、改めて人目がないことを確認してから、転移スキルにておもちゃ屋さんへと帰還したのだった。



 ★



 崖のダンジョン再アタック開始から、五日目。

 現在私は、何だかんだで一三階層にまでやって来ていた。

 一日あたり三階層をきっちり駆け抜け、道中では新しい戦い方を試しつつドロップアイテムを拾いながら、あれよあれよと一二階層を突破した。

 時刻は朝の九時半。朝食も済ませ、出発準備は既に済んだ。


 前回の攻略では、この一三階層時点で既に火力が全然足りておらず、一戦一戦にやたら苦労したものである。

 だから、前回との違いを実感するのはここからが本番であると言えるだろう。

 気持ちを引き締め、今日も今日とて攻略開始である。

 例によって自作マップに沿ってダンジョンを進んでいく。

 すると程なくして、早速エンカウントが生じた。


 現れたのは、大きなムカデ。確かヤイバムカデとかいう気持ちの悪いモンスターである。

 脅威度はBランク相当。BランクPTなら問題なく倒せるだろうっていうレベルだ。

 ただし、ダンジョンでは階層の関係もあって、モンスターの強さがランク以上だったり以下だったりと上下する事がままあるので、あくまで目安に過ぎない。

 ヤイバムカデはハサミ状の鋭利な顎に加え、無数の脚も鋭い刃で出来ている。

 身体もカチコチで、かなり厄介なモンスターである。前回は結構苦戦した相手なので、正直苦手だ。

 しかしだからこそ、戦う価値がある。


 エンカウントするなりすぐさま襲いかかった私は、鎌首をもたげる奴の頭を、アクアボムにて地面に叩き落とし、間髪入れずに首関節の隙間を剣で突き刺した。

 思ったより簡単に刃は通り、刃先は首を貫通して地面に突き立つ。

 奴はドッタンバッタンと幅一メートルくらい、長さにして一〇メートル近くあるでかい体を、苦しげに暴れさせた。そのくせ厚みは然程でもないため、なんだか巨大な平紐が強風に煽られているよう見えなくもない。

 そんなヤイバムカデの弱点は、背面である。背中には顎も足も届かないため、こうして頭部を地に縫い付けてマウントを取り、無理な体勢からのまぐれ当たりにさえ気をつけていれば、そんなに苦戦することはない。

 但し、体よく頭部を縫い付ける事が出来るなら、という前提あっての話にはなるけれど。

 だからこそ前回はそれで苦戦した。殻は勿論、関節の隙間すら堅くて、刃がなかなか通らなかったのだ。

 しかしその点今回は楽だった。ザクッと、一撃で首を貫いたのだから。


 ムカデはしばらく暴れ続けたけれど、結局は私に僅かなダメージを入れることも出来ぬままに黒い塵へと還っていった。

 楽勝である。

「おぉ……おぉぉ」

「グァ」

 流石にこれには、手応えを感じる私。

 装備を買い替えただけで、ここまで変わるものなのだ。

 冒険者はガッツリ稼いでガッツリ使うものだ、なんて言うのはやっぱり、それだけ装備が重要であるってことを意味しているんだなぁ。

 さらに言えば普通の冒険者は、新調した武器の火力アップに加えて、伸びたステータス分の攻撃力も上乗せされるっていうんだから、尚更である。

 それを思うと、うん。以前の装備でこの階層に挑んだのは、やっぱり無茶だったのかも知れない。

 しかしまぁそれもまた、一つの学びである。


「火力は十分。戦い方さえ間違えなければ、どんどん進める気がする!」

 ドロップを回収しながら独り言ち、私は自信を持って駆け出したのだった。

 前回苦戦した階層であるため、鍛錬のためにもエンカウントは積極的に仕掛け、戦闘は丁寧にこなしていく。

 ドロップアイテムがマジックバッグを圧迫するって心配も今は無く、気持ちよく鍛錬を繰り返すことが出来ていた。

 あぁ、効いてる効いてる! 戦闘経験が私の中に蓄積されていってるぅぅ!!


 気配感知を最大限に駆使し、引っ掛かったモンスターの気配には迷わず突っ込んでいく。

 複数の敵が相手なら、突撃しながら策を練った。

 速攻で策を練るの楽しぃぃぃ!!

「ガウ」

 と、ゼノワに頭を叩かれようと、気にせずハッスルした私。


 気づけば階段を一つ降り、一四階層。

 目の前には、この前手こずったスケルトン。が、三体!

 よく見るとこの骨たち、体の一部が銀色で出来ている。この前の説教ついでに、ミトラさんから聞いたとおりだった。

 前回はてっきりただのスケルトンだと思っていたのに、正しくはハイスケルトンというらしい。ハイ・スケルトン、つまり上位種だ。

 道理で手強いわけである。相手にとって不足なし。油断せず挑むとしよう。


 複数の敵を相手にする場合、一番大事なのは敵を分断することだ。

 理想的なのは一対一の状況を作ること。

 なので常套手段として、先ずは三体居るハイスケルトンの内二体を、アクアボムでなるべく遠くまで吹っ飛ばす。

 幸い試みは成功。スケルトンはやっぱり軽いのだ。いくらステータスが高かろうと、重量ばかりは仕方がない。


 一体残った骨へと躍りかかる私。こちらの動きをしかと見て、柔軟に応じる構えのハイスケルトン。

 以前までの火力では、剣を叩きつけたところであっさり防御されてしまっていた。

 ならば今はどうか。

 勢いよく剣を振るう。ハイスケルトンは腕をクロスし、受けの構えだ。

 一瞬と待たずして、私の刃と奴の尺骨が衝突する。

 その、直前だった。


 ここまでの戦いで確立した、新たな技術。

 それは、武器による一撃を入れる前後に、魔法による瞬撃をねじ込む技。

 これにより、時に相手の体勢を崩したり、動作を妨害したり、単純にダメージを与えたりと、一回の攻撃で二度ないし三度の攻めを行う、刹那の魔法物理コンボ。

 私の振り下ろした剣が奴へと至るその前に、得意のアクアボムがクロスした両の腕を下から弾き上げたのだ。

 見事にがら空きな頭部。そこへ、狙い通り刃を叩きつけたなら、剣身は見事に頭蓋骨を半ばまでかち割り。

 瞬間、完全装着にて私の体の一部となっている剣身より、生成するはさらなるアクアボム。


 敵に突き立てた刃を介して、敵の体内にて魔法を発生させる。

 この目論見は、ここまでに繰り返した戦闘の中で、既に発動の可否を確認済みであった。

 結果として、ドバっと内側から爆ぜるハイスケルトンの頭蓋骨。

 飛び出した核を見逃さず、素早く斬り捨てたなら、奴が黒い塵へと還るのを見届けもせず、私は残りの二体へと突っ込んでいった。


 決着には結局、二分と掛からなかった。

 行ける。十分に通用している。でも慢心や過信はダメ。

 私は手応えと一緒に剣の柄をぐっと握りしめ、「ふふ、ふふふふ」と小さな笑いをこぼすのだった。

 一四階層の階段を降りたのは、それから二時間ほど後のことである。

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