第五四六話 望外の迷惑料
町の通りを駆け回り、路地を右へ左へデタラメに走る。
行き止まりなんて、ステータス任せに飛び越えてしまう。気分はネットで見たパルクールでも実践しているかのよう。
それを思うと、私の動きにはまだまだ無駄が多いな。頑張れ万能マスタリーくん!
まぁそれはそうと。
私、追いかけ回されるっていうのは嫌いなんだ。嫌なことを思い出すから。
だんだんイライラムカムカしてくる。
とは言え、逆に言えばその程度。過度なストレスから呼吸困難とか体が竦んで動けない、なんて程ではない。
ので、トラウマとは言っても深刻なものではないらしい。もしかするとトラウマと表する程の事ではないのかも知れない。
だとしても、気分はすこぶる良くない。
散々町の中を走り回って、それでもしつこく追いかけてくる追跡者に、いよいよ頭に血が上り。
すっと剣の柄に手がかかったところで、ゼノワに頭を叩かれ。
そして不意に、声が聞こえてきた。
それは、ずっと私を追い回している二人からの声だった。
「お~い……お~い……まってくださぁぁい……」
「怪しいものじゃ……ないんだぁぁ……」
どうやらスタミナ面では、重力やバフによる補正のない私より、向こうのほうが上手だったらしい。
いつの間にか随分と彼我の差も縮まっており、二人の声が風切り音や自身の呼吸音に勝るくらいには接近を許してしまったようだ。
私はゼェハァと仮面の中で酸欠になりながら、ようやっと足を止めることにした。
声からはどうにも、敵意らしきものを感じなかったためであり、流石にこれ以上走るのに嫌気が差したからでもある。
このままじゃ酸素が足らずに、私が先に倒れてしまう。仮面邪魔なんですけど!!(怒)
……いかん、冷静じゃないみたいだ。
場所は町門前。人目はそこそこあり、ここなら相手も無茶は出来ないだろう。私も出来ないけど。
そこでさっと振り返り、警戒態勢を保って二人を待った。
直ぐに二人組は追いつき、肩で息をしながらグッタリしている。
門番さんが、何事かとこちらを訝しんでいるが、丁度いいのでそのまま注意を払っていてほしい。
私たちはどうにか呼吸を落ち着かせると、ようやっと言葉を交わす用意を整えた。
早速誰何してみる。
「誰……私に何の用?」
警戒心を込めた、トーンの低い問いである。
対する返事は、
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。私はエィミー」
「俺はドルフ。ハイノーズのPTメンバーなんだ」
という、案の定要注意人物であると自ら名乗らんばかりの自己紹介だった。
私がすっと腰を落としたのを認め、慌てる二人。
「ま、待て待て待ってくれ! こちらに君と争うような意思はない!」
「そうですそうです! 先ずは用件をお話させて下さい!」
「用件……?」
そりゃそうか。用もなく追いかけ回してくるはずもない。
でもハイノーズの仲間ってことは、その用というのもまた、碌でもない事なんじゃないだろうか。
私は警戒を解くこともせず、しかし一先ずは耳を傾けてみることにした。
「……もし昨日の仕返しとかが目的なら、次は手加減しないけど」
「ち、違いますって! お忘れですか? もしあなたが模擬戦に勝ったなら、お望みの武器を買い与えるって約束をしましたよね?」
「俺たちはそれを果たしに来たんだ。それに、あいつが迷惑を掛けたことへの謝罪も」
そう言って、ヘコッと二人して頭を下げてくるエィミーさんとドルフさん。
どうやら本当に悪意や敵意は無いらしい。……と見せかけてドーン! って可能性を考えてしまうから、無性に心眼が恋しいところだけど。
ともあれ、一先ず構えは解くことに。警戒しすぎても、流石に感じが悪いだろうしね。
しかし、今更その話を持ち出されてもなぁ。
「それだったら、別に要らないです。もう自分で買っちゃいましたし。謝罪は受け取るので、もう帰ってどうぞ」
悪い人でないのなら、一応雑にだけど敬語を使っておく。初対面だし。心の距離は保っておきたいし。
私の返答に、顔を上げた二人は困惑顔だ。
それから一つ顔を見合わせると、眉をハの字にして口を開いた。
「それは困る」
「負けた上に約束も守らないなんてアリエナイ!! って癇癪を起こしてるんです、彼。でもあなたにはすっかり苦手意識を持っちゃったみたいで」
「えぇ……それでお二人が?」
頷きで肯定する二人。っていうかエィミーさんモノマネ上手いな……。
「グァ」
と、ゼノワも何だか同情したようで。
事情を聞かされたせいで、私もこの二人には悪感情を懐けなくなってしまった。
しかしそうは言われても、剣は買っちゃったし。今更何かを奢ってくれと言うつもりもない。
「既に武器をご購入されたとのことでしたら、せめてその代金をお支払いします!」
「いやいや、そんな生々しいのは要らないので」
「だったら欲しい物はないか? 武器じゃなくても構わない!」
「ふむ……」
言われ、顎に手を当て考えてみる。
すると一つ、脳裏を過ぎったものがあった。
口をついてそれが、ぽろりと零れる。
「……マジックバッグ……」
「「!!」」
「はっ……いやごめんなさい、なんでもないです」
やばいやばい。とんだ無茶振りである。
マジックバッグと言えばレアアイテムだ。欲しいと言って、はいどうぞ! と出てくるようなものじゃない。
っていうか多分、武器よりもずっと高価なんじゃないだろうか。
そんな物を要求したとあっては、流石にふっかけ過ぎだろう。
とは言え、手持ちのマジックバッグが一つの現環境では、ドロップアイテムを満足に持ち帰れないっていう大きな問題を抱えているのも事実で。
正直なところ、もし手に入るのであれば、今一番欲しいアイテムであることは間違いなかった。
するとこれに対する二人の反応は。
「マジックバッグ……確か、この前手に入れたものがありましたよね」
「だな。今は予備として確保してるやつが……」
などと、期待を持たせるようなことを言うじゃないか。
結果。
「ほ、本当にいいの……?」
「はい。是非使って下さい!」
「迷惑料としては高くついたが、あのバカを懲らしめてくれたお礼も込みだと思えば安いものだ!」
とかなんとか。どうやらハイノーズには仲間であるこの二人も迷惑しているらしい。
とは言えそこには、私なんかじゃ分からない関係性ってものがあるんだろう。あんなのでも仲間として扱っているようだし。
人は多面性の顕著な生き物だもの。私の知らないハイノーズの良い部分、っていうのをこの二人は知ってるんだろう。多分。
だから私は、受け取ったマジックバッグを有り難く使わせてもらうことにした。
用事の済んだ二人はさっさと帰っていき、その背を見送ってから私も静かに踵を返す。
「ミトラさんへの出発報告も、一応は済ませたし。準備は大丈夫だよね?」
「ガウ」
「よし、そんじゃ行こうか」
町門は目の前である。
私は肩掛けカバン型のマジックバッグをペンペンと軽く叩いて、ダンジョンへ向けて歩き出したのだった。
★
出発してから四日目の午前一〇時。天気は程良く晴れ。
私は崖を見上げ、口をぽかんと半開きにしていた。
理由は単純。崖をよっこいしょよっこいしょと、よじ登っている最中の冒険者PTらしき人たちを見つけたからである。
登った先にあるのは、崖のダンジョン入り口。
とどのつまり、先客である。
「うーん……面倒だなぁ。この前は他に人と会わなかったから、キャンプも気兼ねせずに張れたけど……」
「グゥ」
「だね。もし同じ場所でテントを張るとなると、おもちゃ屋さんに帰りづらくなっちゃうな……どうしよう」
ダンジョンアタックで、何気に一番の問題点かも知れない。
私の場合、他の冒険者との折り合いが悪すぎるんだ。
まぁ今回は、へんてこスキルも基本的には使わないわけだし、テントもいっそのこと張らずに帰るって選択肢もある。
これが普段だったら、マップスキルを使ってなるべく同業者とは遭遇しないようにしているし、わざわざテントなんて張らずにダンジョンを出るのがベターなんだけど。
今は縛り中だからなぁ、諸々の兼ね合いを考えると、あんまり迂闊な真似はできない。面倒だなぁ。
「まぁともかく、急いで深い階層まで行っちゃえば多分大丈夫でしょう」
「グー」
そんな具合に、崖のダンジョンリベンジ、スタートである。
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