第五四五話 噂のアイツ

「お帰りはスタッフ用の裏口からどうぞ」

 ミトラさんに散々叱られた私は、なんとも釈然としない気持ちを抱え、冒険者ギルドの裏からコソコソと外に出た。

 先程の模擬戦には、大人数でこそないものの、チラホラとギャラリーの姿もあり。

 もしかすると変に騒がれる可能性がある、ということでミトラさんに配慮してもらった結果である。

 ちなみにダンジョンの戦利品を換金したお金は、ミトラさん経由で受け取っている。

 思ったよりずっしりした布袋を渡され、正直びっくりした。少なくとも装備を揃えるのには、今度こそ不自由しないだろう額が入っている。

 大金だ。ひったくりにでも遭ったら大変である。お金はしっかりとマジックバッグへしまい込み、急ぎ足で私とゼノワはギルドを離れた。


「そう言えば好きな武器買ってくれるって話だったけど……」

「グゥ」

「だよねぇ……またおかしな言い掛りをつけられても嫌だし、忘れよう」


 向かう先は、先程篭手を買った武具屋さん。

 予算は確保したので、今度こそ新装備を揃えられるはずだ。

 そうしたらステータスの問題は解決。新戦術も、まだ全然試し足りないにせよ手応えらしきものはあった。

 課題があるとすればMP管理だけど。

 MPを増やせそうな装備があるなら、それも購入して身につけておくとしよう。



 先程往復したばかりの道なので、迷う余地もなく武具屋さんへ到着。

 早速入店したなら、ホールドアップ。

 おじさんが何だかすごく嫌そうな顔をしてきたけれど、私はこれでもお客様である。マウントを取るつもりこそ無いけれど、流石にもうちょっと丁寧に応対してほしいものだ。

 なんて不満を感じながらも、取り敢えずおじさんの元へにじり寄っていく。

「ああもういい。分かったからそれをやめろ」

 シッシと煩わしそうに手を振りながら、そんなことを言うおじさん。

 しかし『それ』とは一体どれのことだろうか。にじり寄ることだろうか。それともホールドアップ?

 無言で首を傾げてみせれば、おじさんは大きなため息を一つ。

「手を下ろせ。にじり寄ってくるな」

「あ、はい」

「ガウ」



 買い物は、存外スムーズに済んだ。

 予算は幸い十分だったようで、おじさんは「何処から盗ってきた……」なんて失礼極まりないことを呟いたけれど、私は心が広いので聞かなかったことにしてあげた。

 購入した品は、刃渡りの短めな片手剣が一本。それに脚具とMP底上げ用の首飾りだ。

 これだけで金貨と白金貨が恐ろしいほど飛んでいった。ちょっと泣きそうになった。

 値段交渉は、私なりに頑張った。ほんとに値段が下がったので満足である。

 っていうか商売人っていうのは、初手でふっかけるのが普通なのかな。恐ろしい世界である……。


 気づけばお昼時。

 適当なお店に入り、そこそこスムーズに昼食を済ませる。

 ダンジョン内であれだけ保存食に心を折られかけても、やっぱり私はあまり食に頓着しないみたいだ。

 でも、調味料はしっかり買い込んでおかないと。反省と改善は何に於いても重要である。

 ってことで、午後からも買い物の続きだ。


 次回のダンジョンアタックへ向けて、消耗品や食料の買い出しを行っていく。

 その際、値が張るものは頑張って値段交渉を行うようにした。

 その甲斐あって、ちょびっと安くなった。私は学びを得たらしい。

 何やかんやでお財布は軽くなってしまったけれど、最初に比べたら全然余裕がある。

 なんなら今すぐ宿を引き払って町を出ても、路銀で困ることはない、と思う。多分。



 そうして宿に戻ったのは、午後三時過ぎ。

 一息つく間もなく、今度はお洗濯と装備類のお手入れだ。

 宿の女将さんに許可を取って、先日同様桶を使わせてもらえることに。


 お洗濯の仕方を覚えた私は、実のところダンジョンの中でも毎日、脱いだ物をこまめに洗っていたりする。

 ので、洗うべき物はあまりない。ダンジョンを出てから町への帰り道で着替えた衣類くらいだ。

 愛用の洗濯板で、早速衣類を扱き始める私。すっかり慣れたものだが、布は着実にくたびれていっている。多分下手くそなんだろう。

 一応洗濯用の洗剤も、薬屋さんで見つけて買ってあるので、水だけの洗濯よりはマシなはず。

 一通り洗い終わって、すすぎも済ませたなら、脱水は魔法で一気にやってしまう。

 生乾きは懲り懲りなのだ……。


 そうしたら次は、装備を取り出して一つ一つ丁寧に磨いていく。

 雨の中を歩いたりもしたし、汚れや痛みっていうのは少しずつ蓄積していくものだ。

 完全装着持ちの私の場合、身につけている装備は髪や爪といった、それ自体には痛覚の通っていないパーツのようなもの。お手入れしないと傷んでしまうってところも似ている。

 なので、私なりに手を尽くしてはみたのだけれど。


「……困った。私、装備のお手入れもあんまり詳しくないじゃん……」

 縛りさえなければ、清浄化スキルでパパッと済ませてしまうようなことである。そのせいで、こんな初歩的なことにも疎くなってしまっていたようだ。

 ダンジョン内では、気合を入れてお手入れ! みたいなことは考えなかったからなぁ。

 これは反省点である。もっと装備を大事にしないといけない。

 イクシスさんとかに知られたら、ガチギレされかねないぞ。

 こんなことなら武具屋のおじさんにでもメンテをお願いしておくのだった。


 そう言えば、装備を買い換える際、

「これまで使っていた装備は引き取っても構わないが、どうする?」

 という下取りの提案があった。

 私にとっての装備は、謂わば体の一部。もう使わないものでも、謂うなればそれは切り落とした髪のようなもの。売る気にはなれなかった。

 ので、今もこうして手元に残っているわけで。

 いい機会なので、お世話になりましたって感謝を込めて、綺麗にしてからしまっておこうと思ったのだけれど。


「……ごめんよ。下手くそなお手入れだけど、勘弁しておくれ」

「グァ」

 結局暗くなるまで、私はせっせと装備のお手入れを続けたのだった。

 これもまた、冒険者の苦労である。



 装備のお手入れが終わり、食堂で夕飯を頂いている際。

 不意に、近くのテーブルから噂話が聞こえてきた。


「そう言えば聞いたか? 『間取り』が模擬戦で負けたらしいぞ」

「は? 誰にだよ。ムカつくが、あいつ腕だけは本物だったろう。それを負かせるようなやつなんて、この町に居たか?」

「最近この町に来たBランクのやつらしい。秒殺だったって話だ」

「どんなバケモンだよそりゃ……」

「確か、常に仮面をつけてる気味の悪いやつなんだと」

「……おい、待て。それってまさか……」


 ……視線を感じる。

 これも口コミっていうのかな。何だか急に居心地が悪くなってきたな。

 私はさっさと食事を終えると、席を立って部屋へと引き上げた。

「これは、ダンジョンクリアしたらさっさと移動かな」

「ガウ」

 っていうか、『間取り』ってなんだ。ひょっとして二つ名かな?

 十中八九さっきの噂は私の話だろうし、模擬戦で負かしたと言えばハイノーズのことだろう。

 つまり『間取りのハイノーズ』。ダサいな。いや、ダサいからそう呼ばれてる可能性もあるか。あの性格だもの。


 まぁそんな事はどうでもいいや。

 部屋に戻るなり、さっさと帰り支度をしておもちゃ屋さんへ転移する私たち。

 今日は何時にも増して鍛錬不足である。

 モチャコたちに断ってから、しばらく体を動かす時間を貰い、人知れず大暴れした。

 もはや今の私の生命線である。この時間がなくなっては、ガチで我を忘れて大暴れする可能性すら否めない。

 っていうか私以上に、ヨルミコトのほうが危険かも。ストレス発散大事。


 そうしたら後は、魔道具づくりの修行に、アルバムのチェックと日記を書いたなら就寝。

 今日もオルカたちは無事らしい。それにはホッとするのだけれど、この先もそうとは限らない。心配は尽きない。

 レッカたちも頑張ってるみたいだし、私も負けないように励まねば。

 今日一日休みを挟んだので、明日からはまたダンジョン攻略へ向かうことにする。

 リィンベルで過ごす日も、多分残り僅かだ。

 胸にやる気を漲らせ、さりとて意識はゆっくりと眠りの中へ沈んでいった。



 ★



 翌朝。

 ルーティーンを終え、朝食も済ませた私はゼノワを頭に乗っけたまま、町の通りをタッタカと駆けていた。

 それというのも、理由は単純。


 追われているのである。それも、見知らぬ冒険者に。

 出発報告のためにギルドへ立ち寄ったところ、何故か突然二人組の冒険者が駆け寄ってきたのだ。

 びっくりして逃げ出せば、何と何処までも追いすがってくるじゃないか。


 何なんだこの人たち! 私なにかしちゃいましたかー!?

 十中八九、昨日の一件が原因でしょうけどね!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る