第五四四話 油断大敵

 例によって、ギルド奥には訓練場が設けられており。

 小ぶりなグラウンドくらいの広さが確保されたそこは、当然動き回るのに何ら不自由はない。

 私はそんな訓練場の真ん中で、刃の潰れた鉄剣を携え、重たいため息をついていた。

 頭の上ではゼノワも呆れている。


 二〇メートルほど間を空けて、対峙するのはハイノーズ。

 Aランク冒険者らしいけど、随分と性格に難のある厄介な男である。

 まさか模擬戦を受けなければストライキに打って出るとか、そんなとんでもないことを言いだそうとは。大人げないどころの話じゃない。

 Aランク冒険者が活動を休止すれば、冒険者ギルドは頭を抱えることになる。

 私個人としてはまぁ、別に奴が仕事を強引にサボったところで痛くも痒くもないのだけれど、ミトラさんからの無言の圧がすごかった。


 とは言え、私もそう簡単に人前で戦ってみせるわけにも行かないのだ。

 縛りがあるとは言え、ボロを出してしまう可能性もあるわけだから。

 何のメリットもなしに、そんなリスクを負う気には到底なれない。

 だから問うたのだ。

「その模擬戦で、私が勝ったら何かあるの?」

 するとハイノーズは答えたのである。

「君の望む武器を買い与えてあげるよ!」


 渡りに船!

 別に自分で買おうと思えば買えるとは思うんだけど、お金の大事さを実感した私にとって、しかも剣がめちゃくちゃ高いことを知った私にとって、その条件は正直無視できなかった。

 結果として、まんまと模擬戦を受けることにしたのである。


 ちなみに、私が負けた場合は『本当のギルドランク』を開示しろとか何とか。

 ハイノーズは私がランク詐称をしていると確信しているらしい。根拠は、私が奴のことを知らなかったからと。無茶苦茶である。

 詐称なんてしてないのにね。まぁ、ある程度力を示せば納得するだろう。

 問題は、ボロを出さずに戦えるかどうか。その点には十分に注意しなくちゃなるまい。


 そんなこんなで、互いに剣を片手に睨み合う私とハイノーズ。

 奴も剣を扱うらしい。剣士同士の対決ってわけだ。

 しかし正直条件は、私にとってかなり不利である。

 何せ相手は腐ってもAランク。その強さは本物だろう。

 翻って私はと言えば、訓練用の剣を握らされ、ステータスダウンである。

 まともに剣を合わせたんじゃ、容易く力負けすることは分かりきっている。

 というか、敗北する可能性のほうが余程高いようにすら思う。少なくともステータスだけ比べれば、私が大きく劣るだろうし。


 さて、どう戦ったものか。

 なんて頭を捻っていると、ハイノーズがパカッと口を開いた。

「はっ!!」

「…………」

「ランク詐称を認めるなら今のうちだけど??」

「…………」

 うざいなぁ。


 もはや言葉を返す気にもなれない。

 私は無言で、審判役のミトラさんへと視線を投げる。

 彼女はコクリと頷くと、

「お二方とも、準備は良いですか?」

 と、試合開始をほのめかした。

 ハイノーズ側にも否やはなく、余裕たっぷりに構えを示してみせる。

 そして。


「それでは、双方構え…………始め!」


 模擬戦の幕が、いよいよ切って落とされた。

 先に動いたのは、ハイノーズの方だった。

 顔面には気持ち悪い笑顔を浮かべ、しかしその踏み込みは速く。

 彼我の距離を瞬く間に潰した奴は、「ひぇへへ!」とこちらを小馬鹿にしたように上段から剣を叩き込んでくる。


 対する私は、その横腹へ会心の一閃を叩き込む。

 奴の油断しきった意識の間隙に、鋭く付け入ったのだ。

 すれ違うように振り抜いた剣には、確かな手応えがあった。が。

(浅いか)

 ステータスによる反応速度の差。そして即座の対応力。防御も硬い。

 私のカウンターは、残念ながら勝負を決する一撃とはならず、奴の横腹を鋭く打ち据えるにとどまった。

 それも咄嗟に身を捩り、威力を十全には発揮できず終い。やはりあんなのでもAランク、ということだろう。


「……痛いじゃないか」


 ゾクリと。背筋に怖気が走り、眉根に力が入る。

 ハイノーズの雰囲気が、明らかに変わった。本気になったらしい。

 打たれた横腹をさすり、顔面には怒気をありありと浮かべている。


「あ? なに? は? 何してくれてんの? モグリのくぼごぼご!!」


 水のマジックアーツスキル、【アクアリウム】。

 対象の頭部を水の球体に閉じ込め、窒息させるえげつない魔法である。

 それが、何の前触れもなく奴の頭部を覆った。魔法の発動速度には、少しばかり自信があるからね。

 っていうかそれ以前に、戦闘中に喋るからそうなるのだ。


 するとこれには、遠くで戦闘を眺めていたギャラリーもざわつきを見せた。

 だがよもや、卑怯だなどとは言い出すまい。

 如何に実戦でなく試合だったとしても、お話がしたいなら審判にタイムを申し出るのがマナーってものだろう。

 それを怠った奴が悪い。

 たとえその結果、僅かなりとも動揺や隙を見せることになろうとも、それらは全部奴の自業自得なのである。


 そして怯んだなら、一気に畳み掛けるのが私の十八番!

 ただでさえ頭に血が上って冷静さを欠いたハイノーズ。動揺を必死に抑え込み、しっかりと構えを固めてみせはするけれど、この瞬間優勢がどちらに傾いているかは明らかだった。

 良い機会なので、ここで新しい戦い方を試してみよう。

 Aランクに通用するなら本物ってことだ。


 今回主に用いるのは、お馴染みの【アクアボム】。水球を爆ぜさせる、水爆弾である。

 これと近接戦闘を組み合わせて、ステータス以上の戦闘力を実現しようというのだ。

 倒れそうなほどの前傾姿勢、足の裏で爆ぜる水球。

 間合いは誰の予想をも上回る速さで失せ、私の剣は本来ならあり得ない程の勢いで袈裟懸けに振り下ろされた。


 しかし、そこはAランク冒険者。

 水中でぼやける視界にありながら、さりとて守りの姿勢にて一撃を受ける構えを取ったのだ。

 だが、奴の思うような現実は訪れなかった。


 それはいわゆる、膝カックン。

 ハイノーズの膝裏にて、強烈なアクアボムが二つ爆ぜた。

 衝撃に体勢は大きく崩れ、構えた剣は宙を泳ぎ。

 そして、奴の鼻っ柱には私の振るった潰れた刃が、深々とめり込んだのである。


 そのまま、奴の頭部を地面へ思い切り叩きつける。

 その際に小技として、刃と奴の顔の隙間に小粒のアクアボムを数個生成。地面へ奴の頭が接触する瞬間、それらを爆ぜさせることで、激突の衝撃は飛躍的に上昇したはずだ。

 無論容赦はない。私のステータスはコイツよりずっと低いんだから、当たり前である。

「ガウガウ~」

 ゼノワもこれにはニッコリ。でもよい子は真似しちゃダメなやつである。ほんと、シャレにならないからね。

 アクアリウム内に、奴の鼻血がモワリと浮かび、ギュリンと白目を剥いたハイノーズ。


 私は油断なくすぐに飛び退くと、残心。

 ミトラさんは口元に手を当て、目を丸くしている。

 なるほど、まだ模擬戦は終わっていないと。ハイノーズは気絶したふりをして、隙を窺っている疑いがあると。

 なら追撃しなくちゃね!


 ポワンと、倒れたハイノーズの上に浮かぶ、三〇個ほどのアクアボム。

 次の瞬間、それが一気に爆ぜた。っていうか、爆ぜさせた。

 衝撃には指向性を持たせ、全ての水撃は無駄なく奴の身体を強烈に打ち据える。

 マシンガンで撃たれた人形のように跳ね回るハイノーズ。流石Aランク、頑丈だ。

 でもそれでこそだ。だってまだ、私は新しい戦い方を十分には試していないもの。


 すると突然、ミトラさんがアワアワし始めた。

「お、おわ、終わり!! 終わりです!! そこまで!!」

 などと、両手をブンブン振りながら試合終了を告げてくる。

 そうは言うけれど、あの下衆っぽいハイノーズのことである。私が戦闘態勢を解いた瞬間、不意打ちを仕掛けてくるかも知れない。

 っていうか、Aランクがこの程度でやられるはず無いし。もしこれがクラウだったら絶対ピンピンしてるもん。


 私は油断なく剣を構え、様子見に入った。ここで追撃をしたんじゃ、ファウルを取られそうだから。

 すると横合いからミトラさんが、

「ミコトさん、魔法を解除して下さい! 死んでしまいます!」

「え、でも……」

「早く!」

「…………」

 言われ、仕方なくアクアリウムを解除する。


 直後、ミトラさんが声を張って救護スタッフを呼べば、慌てた様子で数人の人が駆け寄ってきて、ハイノーズを担架に乗せ運んでいった。

 奴が起き上がって斬りかかってくる事は、ついぞ無かった。


「……あれ……?」

「ガウ……?」


 この後、滅茶苦茶ミトラさんに怒られた。

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