第五四三話 うざくて最低

 武具屋さんを出た私は、コソコソと冒険者ギルドへ戻ってきた。

 先程要らぬ注目を浴びてしまったせいで、正直気が気ではなかったのだけれど。

 しかし幸い、恐る恐る出入り口から中を覗いてみれば、冒険者たちの列はすっかり消え去っており、残っている人もチラホラ居る程度。

「よし、大丈夫そうだね……」

「ガウ」

 小さくため息をつき、私はゼノワを伴ってギルド入口をくぐったのだった。


 ここを訪れた目的は二つ。

 一つは預けた戦利品の売却金を受け取ること。もう一つがミトラさんへの帰還報告である。

 言い方を換えるなら、失敗報告か。そう考えると気が重いので、努めてポジティブに。

 まぁ、ダンジョンへは依頼で潜ったわけじゃないしね。

 依頼ではないけど、故あって挑んだわけだ。出来れば攻略を果たしたかったのは事実だけど。

 まぁ、命あっての物種だ。無事に帰ってこれただけめっけ物。次はちゃんとクリアするし。


 そう言えばダンジョンクリアに際しては、ギルドから報酬が出るらしい。

 実際冒険者がダンジョン攻略を行う目的の一つは、それであるとも聞いたことがある。ダンジョンで得られる特典も併せて、一攫千金ってわけだ。それに相応の名声もか。


 それで言えば鏡花水月でもそれなりに攻略達成はしてきたけど、私たちの場合攻略速度が異常だからね。

 そのせいでダンジョンを踏破した、なんて報告が出来なかったことも結構ある。

 でも特級PT認定試験のために潜った特級ダンジョンのクリアに際しては、クマちゃんからかなりの額が貰えた。鏡花水月の活動資金は、お陰様で一気に潤ったのだ。

 尤も、あまりの額に私の金銭感覚は寧ろ、混乱を起こしたわけだけれど。


 それで言うと、今回はそんな一攫千金チャレンジに失敗したってわけだ。

 成功していたら、さっきの目立ち方とは比にならない大騒ぎになったりしたのかな……?

 だとすると、失敗しておいて助かった、と考えることも出来ないじゃないけど。

 しかし近い内に、私はリベンジを果たすのだ。

 そうしたら早々にこの町を離れたほうが良いのかも知れない。

 有名になるのはリスクが大きいから。


 ともかく、先ずはミトラさんへの帰還報告を行うことにしよう。

 受付カウンターの向こうに彼女の姿を見つけた私は、変な注目を浴びていないかと周囲をチラリと確認しながら、コソコソと彼女の元へ近づいていった。


「ミトラさん、今戻りましたー」

「ええ、おかえりなさいミコトさん。ご無事で何よりでした」

 私の登場に、しかしミトラさんはさして驚くでもなく、微笑んでそう述べた。

 それもそうか。さっきのちょっとした騒動は、彼女も当然知っているだろうから。

 私が戻ってきたことも分かっていたし、私が再度此処へやって来ることも、彼女は予想していたに違いない。


「それで、今回は何階層まで潜られたんですか?」

「あ、はい。一五階層まで。敵が固くて、泣く泣く引き返してきましたよ」

「……じ、じゅうごかいそう……?」

 ミトラさんの顔が、急に引きつる。

 アレか。Bランクのくせにその程度までしか潜れなかったのかって、幻滅されちゃったのか。

 無理もない。同じBでもオルカだったら難なく突破してただろうし。

 それに比べて、私のなんと不甲斐ないことか……はぁ。


「でも大丈夫です。次こそはちゃんとダンジョンボスまで倒してきますから!」

「は……はぁ」

 私の宣言に、なんとも気の抜けた返事をするミトラさん。

 これもまぁ、無理からぬ事か。

 一五階層で火力の壁にぶち当たった冒険者が、そう安々とその壁を超えられるはずもないのだ。

 装備を買うにもお金がかかるし、ステータスを上げるのは大変なことだし。

 それを思えば、ミトラさんの『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの目も、仕方のないことだろう。


 私はそんな、ギルド受付嬢さんの常識をひっくり返そうというのだ。

 やっぱりそれって、嫌でも目立つ行為になっちゃうのかな。

 でも、ここで足踏みをしているわけにも行かないんだ。仲間たちに負けないよう、私も強くなるためには邁進せねば。


 なんて、私が内心で決意を固めていると。

 不意にそこへ、声を掛けてくる者があった。


「なんだいなんだい、何だか面白そうな話をしているねぇ?」

「……?」

 若い男の声だった。

 後ろから聞こえたそれに振り返ってみれば、そこにはすらっと背の高いイケメン風の剣士が一人立っており。

 男性恐怖症気味の私は、思わず眉を顰めて誰何する。

「……どちら様?」


 その瞬間だった。

 男は数秒間、ピタリと綺麗に動きも呼吸も止め。

 かと思えば突然、ギュルンと白目を剥いたのである。

 そのままがっくりと膝から崩れ落ちると、わなわなと唇を震わせ。

 そして、叫んだ。

「んぁぁあああーーーーーーーーっ!!」

「うるさっ!」


 一瞬ギルド内の視線を独り占めする、この怪人物。

 さりとて人々は、騒音の原因がコレであると知るなり、嫌そうな顔をして視線をもとに戻す。何事もなかったかのようにだ。

 それだけで、既に嫌な予感しかしない。面倒なイベントの発生である。


「んじゃミトラさん、私行きますね」

「え、あ、はい」

 三十六計逃げるに如かず。本格的な面倒に発展する前に、私は逃亡を図ろうとした。

 が、驚くべきことに行く手を塞がれた。

 膝立ちになって白目を剥いていた発狂イケメンが、膝立ちのまま素早く私の行く手に回り込んだのだ。

 気色の悪い動作だが、しかしその速さは本物。機先を容易く制した判断力も、只者のそれではないだろう。


「な、なに……」

 私がドン引きしながら一歩後ずさると、男は白目のまま言うのだ。

「……この町で、僕のことを知らないなんて……アリエナイ……」

「は……?」

「しかも君、自称Bランクだって言うじゃない? 冒険者なのに、僕のことを知らないとか、アリエナイ……」

 自称って。ちゃんとギルド証で証明済みなんですけど。

 っていうか気持ち悪い人だ。男性恐怖症じゃなくたって近づきたくないタイプの人である。

 私がこそっとその場を離れようと一歩踏み出せば、突然黒目が帰還を果たし、ズバッと立ち上がり謎ポーズを決める怪人。


「さては君! モグリだね!!」

「……ッスゥゥ……」


 言葉を失うっていうのは、こういう事を言うのだろうか。或いは絶句か。

 勿論モグリなどではない。クポクポとも鳴かない。どっちかと言えばクエーの方が好きだ。

 などと某マスコットキャラのことを考えていると、ゼノワに頭を叩かれた。あ、はい。勿論キミが一番だよ。


 なんて現実逃避はさておき。

 この困った人は、どうしたら良いのだろうか……?

 取り敢えずそっとミトラさんを振り返り、問うてみる。

「えっと、この人は?」

「あー……ええと。この町を拠点に活動されている冒険者の方で」

 なんとも苦い表情で、彼女は衝撃的な情報を吐いた。


「お名前はハイノーズさん。Aランクです」

「えっ」

「ははっ!」


 こんなのが、こんな変な気持ちの悪いやつが、Aランク……世も末である。

 私が仮面の下で凄まじい表情になっているとも知らず、ドヤ顔で高身長から私を見下してくるハイノーズとやら。

「どぉだい?」

「…………」

「どぉだい?」

「何が」

「どぉだい??」


 う、うざぁ。初対面の相手に、こんな態度取る人が実在するの?

 びっくりなんですけど。そして、今すぐこの場を去りたいんですけど。

 私がすっと踵を返そうと試みたなら、憎たらしいことに無駄に素早い動きで回り込んでくる。

 ステータスはかなり高いらしい。或いは履いている靴に高いAGI補正効果が付いているのか。


「君、僕と模擬戦ね!」


 またなんか言い出したぞ。

 ミトラさんが額を抑えて首を振っている。あのミトラさんがである。

 そのことから想像はつくけど、きっとこの男、言い出したら聞かないのだろうなぁ。

「嫌です」

 一応その様に意思表明しておくけれど、ハイノーズは大げさなほど目を見開き、ついでに口もパカッと開け。

「いいのかい? んん? 断っていいのかい?」

 などと、これまた煩い声で何かを言い出す。腹から声を出さないでほしい。


「僕に逆らうと、ストライキしちゃうよ? Aランクがストライキしたら、大変なことだよ? それでもいいのかい??」

「う、うわぁ……」


 最低なやつであった。

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