第五四二話 怪しい客

 ダンジョン攻略失敗の悔しさから、気が立っていたという自覚はあったのだけれど。

 どうやらその弊害が出てしまったらしい。

 ゼノワにべしんべしん後頭部をしばかれながら、背中を丸める私。

 急がば回れとは正にである。予定が崩れてしまった。


 本来ならギルドで戦利品を換金して、ミトラさんにも帰還報告を行ってから武具を買いに行こうと思っていたのに、お金も貰わずギルドを出てしまった。

 それに余計な注目も浴びちゃったし、完全なる悪手である。ゼノワに叱られても、何も言えない。

 しかしまぁ、こうなってしまったものは仕方がない。

 一先ず歩みを向ける方向は、以前町の散策をした際に見つけておいた武具店のある方だ。

 懐が心許ないとは言え、それでもこの前トロル討伐の時色々換金した際のお金がまだ残っているからね。ワンチャン所持金で何か買えるんじゃないかという期待はあった。

「グラァ……」

 ゼノワは考えが甘いんじゃないかと苦言を呈してくるけれど、かと言ってギルドに引き返しても仕方がない。武具屋を覗くだけ覗いてみるとしよう。



 通りを歩くことしばらく。武具屋さんは然程の苦労もなく見つけることが出来た。

 武器や防具を取り扱うお店の顧客層と言えば、冒険者や兵士さんとか傭兵さんとかまぁ、その辺りが主だろう。

 そのためか、ギルドからの距離もそんなに離れているわけでもない。

 お店はそこそこ大きく立派で、その外観故に見つけやすいというのもあった。


 何せモンスターの強い辺境である。当然装備の質もそれなりのものが求められるし、需要は十分。

 結果として辺境の町だからといって、質の悪い武具しか置いてない、なんてことはないらしい。イクシスさんが言ってたから間違いない。

 まぁそれも、勿論絶対にってことではないらしいけど。

 流通がどうとか跡継ぎがこうとか、売れ筋だ何だかんだって、商売には様々な問題が付き物だからね。

 実際は自身の目で商品を確かめてみないことには、確かなことなんて言えないのである。


 幸いなことに、鑑定スキルは縛りの対象から外されており、目利きはお手の物となっている。

 果たして、私の理想とする武具が手に入るかどうか。

 ドキドキしながら、ドアベルの音とともに入店する私。

 マジックバッグなんて物のある世界だからね、客の出入りを知らせるドアベルっていうのは、結構どこでも見かけるものだ。

 気づいた時には店の商品がごっそり盗まれていた! なんてことがあり得るから恐ろしい。


 入店するなり、早速店のカウンターから視線を感じる。

 顔を隠した怪しい客である。おまけにマジックバッグも所持しているし、入店マナー的には普通にアウトだろうか。

 私はスッとホールドアップし、怪しくないよアピールをしてみるも、ますます視線の圧が強くなった気がする。何故なのだ。

 ゼノワがベシッと叩いてくる。解せない。


「……いらっしゃい。見ない顔だな」

 と、訝しがりながらもカウンター向こうから、店主さんらしき渋めのおじさんが声を掛けてくる。ムキムキだ。

「あ、はい。ども」

 なんて、声を掛けられたことにやや驚いて、小物臭溢れる返事をしてしまう。あやうく後頭部を掻きながら会釈までしてしまうところだった。ファーストコミュニケーションはちょっと苦手である。


 このままフラッと店主さんから見えない位置に移動しては、それこそ怪しまれそうな気がしたので、ホールドアップしたままじわじわとカウンターの方へにじり寄っていく私。

 身構えるおじさん。

「な、なんだ。その構えはなんだ……!」

「い、いえそのあの、うっかりマジックバッグを持ったまま入店しちゃったんで、窃盗を疑われないように手を上げてます」

「お、おぅ……そうか……」

 分かってくれたらしい。少しだけ警戒を解いて、浮かしかけた腰を下ろすおじさん。

 ゼノワが呆れたようにため息をつく。


「で、何をお求めで?」

 にじり寄る私を呆れ半分、訝し半分って目で見ながら、そのように問いかけてくるおじさん。

 私は相変わらずホールドアップしたまま、求めている商品について語った。

「剣と防具です。剣は短めで、出来るだけ取り回しの良いものを。防具は丈夫な篭手と、それに足具も欲しいかな。あとは動きを妨げない、軽くて丈夫な鎧もあれば助かります」

「予算は?」

「ええと……さ、三〇くらいで」

「ふむ……」


 三〇万デール。結構思い切った予算を提示したつもりなんだけど、おじさんは渋めの顔を一層渋くした。

「お前さん、冒険者か?」

「で、です」

「ランクは?」

「B」

「あぁ?!」

「ひえっ」

 今度こそガタッと立ち上がるおじさん。恐いんですけど。


「お前さんみたいなのがBランクだぁ? おいおい、盛るにしてももちっと考えてからにしろよ」

「えぇ……」

「Bランクが扱うような品が、三〇万で揃うわきゃねぇだろうが!」

「!!」


 まじか。そうなのか。そう……なのかぁ……。

 ってことは、え、待って。

 オレ姉に作ってもらってる専用最強武器って、一体いくらになるの……?

 費用はイクシスさんが持ってくれるとかって言ってたけど、その負担って想像を遥かに超えてるんじゃないの……??

 すごい今更だけど、どうやらとんでもない借りを作ってしまったようだ……。

 ……や、やめよう。考え出すと目眩がする。そんなことより今は目の前の問題だ。


 装備と言ったら基本的にダンジョンで揃えてばかりの私である。

 お金に関しても、お財布の紐は仲間たちに握られていたため、正直装備の相場とか全然理解してなかった。

 三〇万も出してダメなんだ……そうなんだ……。

 一応まだ所持金に余裕はあるけど、このままじゃ多分恥の上塗りだろう。


「……な、なら、一部でいいです。三〇万で、何なら買えますか……?」

「……まぁ、そうだな。篭手なら良いのがあるが」

「見せてもらっても?」

「……こっちだ」


 カウンターを出て、わざわざ篭手の陳列されている一角に案内してくれるおじさん。

 しかしチラチラと私の挙動を窺うその目は、如何にも訝しんでおり。まさか本当に盗みを働きはしないかと警戒しているように見えた。やっててよかったホールドアップ。

 そうしておじさんが指したのは、丈夫な革と金属で出来た、中二心をくすぐる篭手である。

 鑑定は……黙ってしてもいいのかな? 暗黙のルールとかで禁止されてたりしない? 一応確認してみよう。

「【鑑定】のスキルで見ても大丈夫ですか? 怒りません?」

「あぁ? お前さん、そんなスキル持ってんのか……まぁいいが。盗ったりすんじゃねぇぞ?」

「しませんって! 手を上げてるでしょうが!」


 失礼なおじさんに、そろそろカチンと来ながらも、許可は得たので早速性能の程を確かめてみる。

 結果、確かに今私が身に着けている装備よりもグレードの高い品であることは間違い無さそうだった。

「なるほどなるほど……」

「……ほんとに分かってんのか?」

「失敬な。触ってみてもいいですか?」

「盗るんじゃ」

「盗らないって! 重さとか付け心地とか確かめなくちゃならないでしょ?!」

「……まぁ、そうだが」


 渋々と言った具合に篭手を寄越すおじさん。

 受け取り、それなりにずっしりすることを確かめる私。でも、思ったよりは軽い、かな。

 もとより、装備してしまえば重さなど然程気にならないのが、私の完全装着が持つ特性の一つである。

 おじさんのジト目を受けながら試着を行い、問題ないことを確認すると、私は少し逡巡して決断した。


「買います」

 すると、目を丸くしたおじさんは如何にも意外だとばかりに口を開き。

「マジか。有り金はたいて篭手だけ買うとか、本気か? 何か企んでんじゃねぇだろうな?」

「いいからお会計!!」

 何処までも失礼なおじさんである。

 私はさっさと会計カウンターの前に移動すると、財布を開いて白金貨を一枚一枚取り出し始めた。手が震える。

 白金貨一枚で、一〇万デール。私にとっては大金だ。背中に嫌な汗をかいている。


 すると、そんな私の耳朶をおじさんのつぶやきが小さく叩いた。

「ふん、値段交渉もなしか」

「え」

 ハッとして顔を上げると、ぷいっとそっぽを向くおじさん。

 私は数度まばたきをすると、問いかけた。


「え、そんなこと出来るの……?」

「…………はぁ」

 いよいよ呆れたようにため息をつき、やれやれと首を横に振るおじさん。


 結局、ちょっと安くしてもらえて二八万で篭手を購入した私。

 お店を出る頃には、なんとも言えない精神的疲労を覚えていた。

 が、はたと思い出して私は振り返り、カウンターの方へ声を飛ばす。


「また後で来るから!」

「あぁ?!」


 そろそろギルドでの査定も終わった頃だろう。

 私は新品の篭手を早速装着したまま、再度冒険者ギルドへ向けて歩き出したのだった。

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