第五四一話 バネ
ダンジョンから四日くらい掛けて、流石にヘトヘトで町に戻ってきたのが昨日の夕方。
帰り道はずっと、力及ばず攻略を断念したことへの悔しさでいっぱいだった。
それは、町に戻り一夜明けた今でも何ら変わりないのだけれど。
早朝のルーティーンは、ここ数日普段よりも我武者羅にこなしている。飛ばし過ぎだという自覚はあるけれど、鍛錬できない鬱憤を晴らすための、限られた時間なのだ。全力にもなろうというもの。
ましてレッカたちの様子は、コミコトを通じて把握している。
彼女たちが毎日死ぬほど頑張ってることも、よく知っているのだ。
そしてオルカたちも、これに負けないほどの努力をしている。
翻って私はどうかと言えば、頑張りが足りない気がして仕方がない。
怠惰に過ごしているつもりこそ無いけれど、やりたいトレーニングが出来ず、雑事に追われているって感じ。
正直ストレスだった。
それでも自分で決めたことだし、この環境こそが本来の冒険者が感じている不自由さなのだと思えば、理想とする修行すらままならないのが普通なのだと理解もできた。
鍛錬の妨げとなる三大要素は『生活』と『移動時間』と『リスク管理』だ。
生活するためには、いろんな面倒がつきまとう。
移動時間は言わずもがな、とても鬱陶しい問題で。
そして安全マージンを思えば、あまり強いモンスターへ軽率に挑戦するわけにも行かない。
そんな環境下で強くなろうというのも、実際難しい話なんだ。
それを思えば、私たち鏡花水月が結成以降急速に力を付けている理由も分かろうというもの。
みんなの秘めたポテンシャルが凄まじいのも勿論あるけれど、きっと私たちは、普通の冒険者が経験するよりずっと多くの戦闘を繰り返している。
イクシス邸でお世話になっているので、生活に困ることはなく。へんてこスキルのおかげでドロップアイテムの回収上限も気にする必要がない。出先での食事も美味しいものが用意できる。
移動時間は転移で殆どゼロに出来るし、行ったことのない遠くの地へも短時間で移動が可能だ。
強敵との戦闘に関しても、緊急離脱の手段がベースにあるため、無茶が然程の無謀にはなり得ない。
まさに、夢のような環境。強くなるための道筋に横たわる、数々の障害がごっそり取り除かれた状態だ。
不自由を実感して、ようやっとそれが理解できた。
ならば一人旅企画、なんてのもここで打ち切ってもいいようなものだけれど。
しかしそれじゃ、私が納得できない。
自分の弱さが許せない。
「そもそもまだ、旅っていう旅はできてないし……最低でもあのダンジョンは潰さないと気がすまない……!!」
宿の美味しい朝食を頬張りながら、一人決意を新たにする私。
冷静さは、ちょっと欠いているかも知れない。頭に血が上ってる感じは少しある。
けれど、同時に兆しも感じている。
私は今、悔しさをバネにしているんだ。普段は躊躇することも、今ならやれる。
「ゼノワ、ちゃんと私が間違わないように見てて。ダメなら無茶をしないように」
「……ガウ」
普段出来ないことをやれるからって、何でもしていいわけじゃない。
冷静さを欠いている自己判断じゃ、そこら辺で過ちを犯しかねない。
だから、ゼノワには是非目を光らせておいてもらおうと思う。居てくれて助かったよ。
朝食を終えたなら、マジックバッグを背負ってギルドへと向かう。
昨日は結局、ギルドへ立ち寄らぬまま宿に戻ったから。
まずはミトラさんへの帰還報告と、マジックバッグに詰め込んできた戦利品を換金しなくちゃならない。
そうしたらその足で、装備新調だ。
オルカたちからのメッセージは受け取っている。店で買う装備だったなら、新調して問題ないと。
真っ当にステータスを伸ばせない私への救済措置、ということだろう。有り難い。
けれどそれで、ずっと考えていた私の欠点を見つめ直す機会を得た。
私のステータスには、致命的な欠陥がある。
それは、『素のステータスが低すぎる』ってことだ。
その代わり、装備アイテムの持つステータス補正値がそのまま自分のステータス値に加算されるため、他の冒険者のステータスと比較しても見劣りしないどころか、それより高い値を叩き出すことが出来る。
それはいい。
しかしこれが、『最大火力』という観点から見たならどうか。
私の場合、例えば剣で斬っても拳で殴っても槍で突いても、同じくらいの火力が出る。斬撃・打撃・刺突っていう攻撃属性の違いこそあれ、すべての攻撃に十分なSTRが乗っかるわけだ。
対して普通の人は、武器をヒットさせなくちゃ武器の持つステータス補正値が機能せず、火力が大きく揺らぐ事になる。
すると一見、私の万能さが際立って見えるかも知れないが。
しかしよくよく考えると、私が器用貧乏であることに気づくだろう。
確かに私の攻撃手段は自由自在。その点は非常に優れていると言える。
が、『最大火力』という面で考えるなら、私の火力は普通の人が叩き出す最大火力と比較すると、どうしても低くなってしまうのである。
何故なら、普通の人は『素のステータス』に『装備補正値』を乗っけた状態でダメージを叩き出す。
私の場合は、ほぼ『装備補正値』のみでの攻撃だ。
そこには間違いなく、如実無さが生じてしまうのである。縛りを設けている今は、特にだ。
尤もその差を、私はこれまで敵の弱点を突いたり、手数を増やしたり、一風変わった攻撃をしたり、装備の特殊能力や精霊術などの力を借りたりして補ってきたわけだけれど。
しかし、それらを封じている現状、私の火力は一般的なBランク冒険者と比べても、正直低いと言わざるを得ないのである。
それでもダメージを出せているのは、やはり日頃の鍛錬の賜物。つまりはスキルレベルの高さ故だろう。
スキルに頼らない私の通常攻撃など、然程のこともない。下手をするとDランク冒険者相当かも……。
なので私は、これを補う戦い方ってものを身に付けなくちゃならないんだ。
それが、町へ戻る帰り道で得た結論であり。
きっとあのダンジョンを攻略するためには、そうした技術が必要になるのだと思う。
方針も勿論既に考えてある。
私の強みは、攻撃の自由度にあるわけだ。とは言え剣士として活動している以上、あまりおかしな戦い方は出来ないのだけれど、それでも応用は利く。
例えば踏み込みの強さなんかは、『地面へSTRを乗せた蹴りを放つ』と考えれば、常人離れしたものが実現できるだろう。
それを上手く駆使すれば、通常の剣士では出せない剣の重さを発揮することができる。
防御面だってそうだ。わざわざ防具で受ける必要もなく、私は硬い防御力を発揮できるのである。
これを利用して、敵の攻撃を生身や薄い服で弾いて懐に入り、そうして虚を突くことが出来たなら、有効打や致命打を叩き込むチャンスが比較的容易く手に入るはず。
とは言え流石に素肌で防御というのは怖いし、何より他人にそんな様子を見られては事なので、妥協案的にもうちょっと質の良い篭手でも購入しておくとしよう。
そうすればきっと、腕で敵の攻撃を受けるのだって恐くないし、他人の目から見てもまぁ、そこまで不自然には映らない……はず。
それと魔法面に於いても、もっと開き直った使い方が出来る気がする。
通常、他者の体内で魔法を行使することは出来ないものとされている。ハイエルフの魔法は例外だけど。
しかし、例えば体に槍を突き込んで、その先端からぶっ放すっていうのなら可能だと思うんだ。
斬撃でも、刃が体内に食い込んだ瞬間を狙えば……。
私なら、それが出来るはずだ。
私の新しい戦闘スタイルは、これらを一纏めにしたもの。
即ち、超近接型魔法使い!
いや、魔法剣士? でも、魔法剣ではないからなぁ。
何かかっこいい名前でもつけたいところだけど、思いつかないから後回しである。
ともかく、今日はそれを実現するための装備を求めることになる。
そのためにも先ずは、資金調達が不可欠。
ダンジョンで得た戦利品をお金に替えるべく、私は急ぎ足でギルドへ向かったのだった。
時刻はまだ朝の九時を少し過ぎた頃。
案の定人が多い。受付カウンターの前には列が出来ており、私の担当であるミトラさんは忙しそうだ。
まぁ、いい。彼女への帰還報告は後にして、私は買取カウンターの方へと歩を向けた。
受付と違い、こちらは随分と余裕がある。順番待ちをしているような人も居ないので、早速買取をお願いすることに。
ゼノワがなんだか心配げにしているけれど、何を気にしているのやら。
「いらっしゃい。今日は何を持ってきたんだ?」
早速応対してくれる買取おじさん。相変わらず、受付嬢さんに比べるとフランクである。
私は早速マジックバッグからポイポイポポイと、今回の戦利品を取り出しては、カウンター上へ並べていく。
前回は確か、エビルエイプとかいうお猿のドロップをはじめ、そこそこの量を引き取ってもらったため、おじさんもそれなりに身構えてはいたようだけれど。
しかし今回私が取り出してみせたのは、量はもとより質もそれを上回っている、と思う。
それというのも、レアドロップが多いのだ。
ダンジョンの奥へ行けば行くだけ、私の戦闘力は不足していった。
だから自ずと、核を砕かなくちゃやってらんないって状況も増えたのだ。必然、格上を倒す機会にも恵まれ。
モンスターたちは、自分の核がどこにあるかを自覚している場合がほとんどで。
故にしっかり動きを観察すれば、何処に核が隠れているのか、おおよそ当たりをつけることが出来る、ってことに気づいたんだ。
まぁだとしても、実際核を狙うっていうのはとても難しいことなので、普通はHPを削りきって絶命させるのがベターであり、楽なんだけど。
しかしそうも言っていられないのが、ステータスを固定された私の宿命であり。以前のオルカの悩みが、今なら痛いほどよく分かる。
彼女がモンスターの核を見つけるのに秀でたスキルを獲得できたのも、もしかするとその辺が関係しているのかも知れないね。勿論適正があったのも事実だろうけど。
まぁともかく。
必要に迫られて、私はレアドロップばかりを拾ってきたわけだ。
そうした品々を次々にカウンターの上に物を並べると、買取おじさんはすっかり顔を引きつらせ、ギルド内も何だか静かになった。さっきまではあんなに騒がしかったのに。
しかし、幾らか気が立っている今の私は、そんなことでキョドったりしない。
ただ、居心地は良くなかった。
「……何」
こちらを不躾に見てくる冒険者たちへ、一言そう発すれば、さっと目を逸らす者が大半。
しかし中には、好奇心旺盛な者も居るようで。列を抜け出してまでこちらへ寄って来ようとした。
トラブルの予感である。これは、もしかするとやらかしたか……。
「おじさん、査定よろしく。また後で来るから」
「お、おぉ。分かった」
私は踵を返すと、そそくさとその場を後にしたのだった。
ゼノワにガウガウと叱られた。目立ちすぎたらしい。
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