第五五四話 出待ち

 クリアを果たした崖のダンジョンを脱出するべく、地上目指して延々と走りまくること四日。

 時刻は午後二時を過ぎ、ようやっともうすぐで外に出られるという頃。

 ふと、私の気配感知がダンジョンの出口付近に、複数の気配をキャッチしたのである。

 モンスターのものではない。多分、人間だ。


「む……? なんだろう。何かあったのかな?」

「グゥ?」

 疑問に思いつつ、警戒しながら歩を進める。

 そこで不吉な予感を一つ覚え、思考を巡らせた私は、思いついたことを口に出してみることに。


「ひょっとして、ダンジョンクリア者を待ち伏せしてる……なんてこと無いよね?」

「ガウ?!」

「だって、ダンジョンが攻略されたかどうかっていうのは、ダンジョン内に居たら自然と気づきそうなものだもの。モンスターがリポップしなくなったり、壁や床なんかの自動修復が発動しなくなったりさ」

 実際私も、ここまで戻って来る道すがら、壁を一枚破壊することで可能になるショートカットっていうのを、複数回こなしてきている。

 壁の強度も、ダンジョン機能が生きている時の比ではないほど脆いため、然程の苦労もなかったし。まぁ、通常の岩壁程度の強度は当然あるわけだけどね。崩穿華の前では何と言うほどのこともない。


 ボスを倒して四日目。時間的に見ても、他の冒険者がダンジョンクリアに気づいたとて不思議ではない頃合いだった。

 ならば、もしそこに心無い野蛮な冒険者が混じっていたとしたなら、ダンジョン攻略で疲弊した踏破者に目をつけないとも限らないのではないか。

 大人数で囲って、戦利品を掻っ攫ってやろう! とか何とか、そんな物騒なことを画策する輩が出てくるんじゃないか。

 私の警戒心は、そのような可能性を提示してきたのである。

 そして、それを裏付けるかのような大人数の冒険者。

 まぁ大人数とは言っても、精々一〇人ちょっとだけど。

 それでも、もしボス戦で四肢欠損級の大怪我を負って、弱りに弱った状態でダンジョンを出た冒険者だったなら、いくら踏破者とは言えあっさり負けてしまうんじゃないだろうか。


 数は力である。

 特にこの世界、攻撃は武器で行わねば火力が出ず、防具で受けなければ大ダメージを受けてしまう。

 それゆえ、捌き切れないほどの一斉攻撃を浴びせられたなら、如何な実力者とて不覚を取ることは十分にあり得てしまうわけで。

 それを思うと、私の考えもあながちただの妄想だと断ずることは出来ないように思えた。

 まぁ尤も私の場合は、別に疲弊しきってる訳でもなければ、防具で受けなくとも全身それなりに防御力があるし、本当にいざとなった時の隠し玉も豊富にある。

 普通の人に比べたなら、余程狩られにくいわけだ。

 それでも油断はしない。もしものことは何時だって念頭に置いて、十分警戒しながら行動しなくては。


「取り敢えず、情報が不足してる。襲われないように注意しながら、ちょこっと情報を拾ってみよう」

「ガウ……」

 作戦を決めるなり、早速行動である。

 内心ドキドキしながらも、努めて何食わぬ顔でダンジョンの出口へ向かう。

 すると、そこで見覚えのある顔を見つけた。

 先日このダンジョン内で、テントを張っていたお姉さんだ。ほんの少し話しただけだけど、全く知らない人に話しかけるよりはハードルも低い。


 静かな歩みで近づけば、向こうもこちらに気がついたようで、片手を上げて挨拶してくる。

「あなたもまだ潜っていたのね」

「あはは、どうも」

 うん……やっぱり緊張する。同業者さんと話すのって、ちょっと苦手かも。特に縛りを背負ってる今は、自分が真っ当な冒険者を出来ているのかっていうのがいまいち分からないと言うか、自信が持てないため、変に狼狽えてしまうみたいだ。

 Bランクなんて名乗ってるくせに、貫禄も何もあったもんじゃない。我ながら情けないことである。


「ひょっとして、あなたがここをクリアしたの?」

「へ?」

「なんてね。幾らBランクでもソロじゃ無理よね」

 び、びっくりした。

 冗談なのか、カマかけなのか。くそぅ、心眼が有効ならすぐ分かるのに!

 お姉さんは私の微妙なリアクションを苦笑で流し、言を継ぐ。


「あなたも気づいたから戻ってきたんでしょう? ここが攻略されたって」

「あ、うん。そう。潜ってる理由が無くなっちゃったからね」

「私もよ。急にモンスターとの遭遇率が下がったから、もしかしたらと思って壁を削ってみたの。そうしたら修復が起こらないんだもの、ビックリだわ!」

 よしよし、今のところボロは出てない。嘘は言ってないからね、演技下手な私でもこれくらいなら大丈夫。

 しかし聞き手に回ってたんじゃ、余計な質問をされかねない。頑張ってこっちから話を振らないと。


「ところで、出入り口付近に人が集まってるみたいだけど、何してるの?」

「? ああ、お出迎えの準備よ。ダンジョンをクリアした偉大なPTの帰還を待ってるの。野次馬とも言うわね」

「な、なるほど」

「ついでに、疲れて出てくる踏破者を、町まで護衛するっていう目的もあるわね」

「え、何時出てくるかも分からないのに?」

「ダンジョンが消えれば、自然と外へ排出されるからね。英雄の顔を最初に拝めるのなら、ダンジョン前でキャンプを張るくらい大した苦でもないのよ」

「英雄って……」

「あなたもこのダンジョンのレベルは知っているでしょう? その試練を乗り越えたんだもの、リィンベルの酒場じゃきっと、しばらくこの話題で持ちきりになるでしょうね」


 どうやら、私の懸念は杞憂だったらしい。

 考えてみれば、確かに納得の行く話ではある。

 リィンベルの町にとって、長らくダンジョンの脅威というのは頭の痛い問題だった。

 攻略が果たされることのないまま、力を付け続けるダンジョンが複数あり、このままでは徐々にフィールドを徘徊するモンスターのレベルも上がって、最終的には町に入り込むようになってしまう。

 そうなっては最後、町は壊滅の憂き目を見ることだろう。

 冒険者にとっても、いつまでも攻略の進まないダンジョンというのは、力の無さを突きつけられているようなもの。ギルドもさぞ頭を抱えているに違いない。

 そんなダンジョンの一角がクリアされたというのだ。確かにそれは大きなニュースとなるだろうし、それを果たした人物の顔を一目見ておこうという気持ちも分からないじゃない。


 で、あるならば。

 私の取るべき行動は如何したものか。

 私が踏破者ですどーもどーも……なんて、名乗りを上げるべき?

 うん……無いな。

 踏破者の登場を期待して待ってる人たちには申し訳ないけれど、私は素通りさせてもらうとしよう。

 そも、私がやりました! なんて声を大にしてみたところで、そう安々とは信じてくれないだろうし。ここで信じて貰う必要もない。

 それに毎日おもちゃ屋さんに帰っていたとは言え、心身ともに疲れはある。

 襲われないっていうのは良いのだけど、変に目立つのはゴメンだし、問題なのだ。


 ってことでお姉さんに別れを告げると、私はそそくさとなるべく目立たぬようにダンジョンを抜け、冒険者たちの視線を置き去りにして、リィンベルを目指し更に駆けたのだった。ここ数日走ってばっかりである。



 ★



 更に三日ほどのマラソンを経て、ようやっとリィンベルへと辿り着いた。

 お陰様で体力が更についた気がする。ステータスの伸びない私だけど、スタミナは別枠扱いのようだ。

 それにいい加減、森で迷うようなことも減ったし。ステータスとは異なる面で、確かな成長を実感している。


 時刻は午前一〇時。町から依頼をこなしに出ていく冒険者たちと、何食わぬ顔ですれ違いながら町へ入った私は、今日の予定について考えていた。

「本当なら、取り敢えずギルドにダンジョンのクリア達成報告とか、帰還報告をしに立ち寄るべきなんだろうけど……そうしたらきっと、余計な注目を浴びることになるんだろうなぁ……」

「グゥ」

「それを思うと、今のうちに旅支度でも始めちゃったほうが良いのかな。目標も達成したわけだし」

 元々この町に長く滞在するつもりは無かったのだ。

 これ以上知名度が上がって変なボロが出ちゃう前に、町を出てしまったほうが良い。


「なら、今日は買い出しだね。あ、武器のメンテナンスも依頼しに行ってみよう。あと、次の目的地にも目星をつけないと」

「グラァ」

 そうと決まれば話は早い。

 一先ずどれくらい時間がかかるかも不明な武器のメンテナンスを頼みに、私は武具屋さんへと足を向けた。




「何だこりゃ。細かい汚れが詰まっちゃいるが、全く傷んでねぇな。お前さん、ホントにこの武器使ってんのか?」

 それが、武具屋のおじさんのコメントだった。

 先日ここで買った武器を見せたところ、刃こぼれも何もなく、私の剣は殆ど新品のようだと。

 やはり完全装着の効果で、武器のダメージまで回復しているらしい。ちょこっと汚れている以外は、全然問題ないとのこと。なのでメンテも最短。手入れ費用もちょびっと。

 思い返せば紫大蛇戦で、ガンガン清浄化魔法を使ったのだったっけ。その時汚れの類は一掃されて、今残ってるのはダンジョンから町へ戻ってくる際についたものだろう。

 一応自分でも装備の手入れはしているつもりだから、それで取り切れなかった分の細かな汚れだけってことだ。


 しかし、こんなんじゃ店を冷やかしに来ただけだと思われかねないので、ついでに装備のお手入れに関するコツなんかを質問しておいた。忘れないようにしっかり手帳にメモしておく。

 これで私も、冒険者としてまた一歩成長したわけだ。

 まぁそういうわけで、思ったより時間も掛からず武具屋を後にした私。

 後はダンジョンで消耗した物資の買い出しを行ったら、やるべきことは特に無くなってしまう。

 宿に戻って体を休めるのもありだろうか。

 うーん……いや、鍛錬だ。やっぱり鍛錬に時間を当てなければ。せっかく時間が浮いたのなら、鍛錬をする他無い。


 早速手帳にお買物メモを作成し、それをもとに買い出しを駆け足で行った。

 そう言えばギルドでの換金前なので、お財布の中身は心許ない。

 が、旅支度を整えるのには不足を感じないくらいには持っていたので、念入りに必要そうなものを買い漁った。

 とは言え、マジックバッグの容量も有限である。無駄な買い物などはしない。


 そんなこんなで時刻は午後三時を過ぎ。

 私は宿へ戻ると、自室からおもちゃ屋さんへ飛んだ。

 そして夕飯の時間まで、みっちり縛りを開放した鍛錬である。

 ダンジョン内で磨いた技。縛りを設けた状態で編み出したそれらは、当然縛りを開放することで大きな飛躍を遂げる。

 試したいことは本当にいろいろ考えていて、それを今の今まで我慢してきたのだ。


 おもちゃ屋さんの地下に広がる謎空間にて、私はひたすらに自主トレに励んだ。

 楽しくて、楽しくて、夢中で。

 時間が、一瞬で溶けた。気づけば宿での晩御飯を食べ逃し、その日は保存食をかじって悲しい晩餐をやり過ごしたのだった。

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