第五三八話 ご馳走を喰らう

 聖剣の柄を両の手で握るクラウ。

 盾は背中に背負い、完全剣戟モードの構えである。


 相対するは甲冑騎士。無論モンスターの一種であり、名を『カラッポナイト』という。その名が示す通り、中身が空っぽの甲冑型モンスターだ。

 特筆するべきは、ステータスに比例して上昇する剣の技量である。

 一般的には、ゾンビやスケルトンの類と同列の、所謂『死霊系モンスター』であると分類されるカラッポナイト。

 それ故空っぽの甲冑には、騎士の魂が宿っていると言われているのだけれど、果たして真偽の程は定かではない。

 モンスター研究を生業とする研究者は、モンスターが滅びる際に世界へ還元される黒い塵。あそこから戦闘経験を抽出し、剣術のノウハウを得ているのではないか、なんて唱える者もあるとか。

 これまた真偽の程は定かではないけれど。何にせよ、長けた剣術を扱う一風変わったモンスターであることは間違いない。


(特級ダンジョンに出現したカラッポナイト……さて、その技量の程はどうか)


 チロリと小さく舌なめずりをし、ワクワクしながら聖剣を構えるクラウ。

 しかして、睨み合いは続き。

 気づけば彼女の背中には、冷たい汗が伝っていた。


 小さな身じろぎ一つ、視線の動き一つにも、確実に反応を示すカラッポナイト。

 僅かな動き一つから派生する、あらゆる動作を先読みし、適した構えへと微調整を施すのだ。

 その恐るべき洞察力と、底しれぬ戦闘経験。引き出しの多さは途方も無いものに感じられ、クラウは攻め込むことが出来ずに居たのだ。


 さりとてそれは、相手とて同じこと。

 小さな予兆を目ざとく見つけては、そこから生じるであろう剣戟を瞬時にシミュレート。最適な姿勢へと小さな調整を施すクラウは、果たして意識的にやっているのか、はたまた天性の勘によるものか。

 何れにせよ、カラッポナイトも迂闊に動くことは出来ず、互いに睨み合う姿勢が一〇分以上も続いていた。


 しかして、そんな静寂は唐突に崩れ去る。


 グゥ~。

 と、クラウのお腹が鳴ったのである。

 生理現象だ。どうしようもないこと。

 さりとて、これを機に動きは生じた。


 否応なくクラウを襲ったのは、抗い難い羞恥心。

 それは彼女に小さな動揺と、少しの怯みをもたらした。

 カラッポナイトはそこへ斬り込んだのである。

 切っ先は疾く、鋭く、そして何より、流れるような淀みのない軌跡を描きながら、クラウの首元へ迫った。

 反応は辛うじて。

 どうにか聖剣にてそれを受けたクラウではあるが、当然首元などというあからさまな急所へ向けた一撃が、そう容易く通るはずもないことはカラッポナイトも承知の上。

 なれば、それは次を見越しての振りに他ならず。


 尋常ならざる重い剣撃に歯を食いしばったクラウは、しかし次の瞬間には、カラッポナイトの姿を見失っていた。

 柄に受けた重圧は、嘘のように霧散し。それを訝しがろうとする心の隙間が、彼の失踪を許したのである。

 だが。

(膝裏か!)

 クラウはとっさの判断で、ひょいと地を蹴り跳び上がったのだ。俗に言う小ジャンプ。

 しかし、その判断は完璧だったと言えるだろう。

 何故なら、彼女の真下をヌルリとカラッポナイトの鋭利な剣が通り過ぎていったのだから。


 ドバっと溢れるアドレナリン。恐怖は興奮にかき消され、クラウの口角は一気につり上がった。

 小ジャンプで避けたなら、間髪入れぬ空後(空中後ろ攻撃)である。敵を捉える暇も惜しんで、強烈な直感任せに聖剣を閃かせるクラウ。

 予想した中でも、稀有な反撃。

 今度はカラッポナイトが剣で受ける番であった。

 金属のぶつかる耳障りな音が爆ぜ、刹那の読み合いがぶつかる。


 だが、優劣は存外ハッキリしていた。


 反射的に振られたクラウの剣は、軽い。故に、カラッポナイトはそれを力づくで弾くと、未だ床に足のつかぬクラウへ更に斬りかかったのだ。

 狙うは胴。上下半身を分かつ気満々の、剛剣。アーツスキルの類だろう。

 対するクラウは身を捩り、背中にてそれを受けた。

 否。正しくは、背負った盾にて受けたのだ。

 瞬間、吹き飛ばされたのはカラッポナイトの方である。

 盾によるアーツスキル、【ジャストガード】はクラウの得意技だ。たとえ背に携えていようと、発動に支障はなかった。


 ともすれば、剣を手放しても何らおかしくないほどの衝撃を受けたであろうカラッポナイト。

 さりとて驚くべきことに、彼は弾かれる剣とともに自らも飛び退ることにより、得物を手放すという無様を水際で防いだのである。

 そこへすかさず突っ込んでいくクラウ。


 手に汗握る剣戟は、それから何合となく続いた。

 しかして実力は互角とは言い難く。

 技量もステータスも、上回っているのはカラッポナイトの方だった。

 それというのも、クラウには『対人戦』の経験が薄いことが大きな理由と言えただろう。

 対してカラッポナイトは、それが異様に巧かった。

 クラウの動きを緻密に予想し、時に誘導を折り込み、致命の一撃を、或いは気に留めるほどのこともない浅い一撃を、何れも変わらぬ迫力で狙ってくるのである。


 使わぬと決めた盾を幾度も使う羽目になったクラウの内心は、勿論穏やかではない。

 穏やかではないが。

(……面白い! 悔しいが、面白い! 楽しい!!)

 バトルジャンキー絶好調である。

 口角は上がりっぱなし。目は打ち合いを経る毎に爛々とした、何なら狂気すら感じさせるほどの輝きを放ち始め、剣の冴えは確実に増して行った。



 両者のアーツスキルがぶつかり合い、互いに反動で大きく距離を離す。

 すると。


「くく……くくくかかかか!! あははははははははは!! いいぞ! もっとだ!! もっと見せてくれ!!」


 とうとう耐えきれずに、笑いが弾けた。

 カラッポナイトは、物を言う口を持ち合わせてはいない。

 が、これにはジリリと思わず半歩後ずさった。


 しかしそれは、何も彼女の異様さにドン引きしたからというわけではない。

 剣を交え、彼は確かに実感していたのだ。

 自身の技が、経験が、手札が、パターンが、太刀筋が。

 全てが、剣を交えるごとに詳らかにされている。

 目の前の戦闘狂が、自分と同じ舞台へ這い上がってきていると。

 その事実に、果たして彼は何を思ったのか。自然と下がった半歩の正体を、ついぞ彼自身理解することは出来なかった。



 それから更に打ち合うこと暫く。

 クラウは完全に、カラッポナイトと同じ舞台に立っていた。

 彼の振るう剣を理解し、手札を読み切り、隠し玉にさえほぼ正確な当たりをつけた。


 技術的に同じ土俵に立ったなら、勝敗を分かつのは地力の差と、『発想力』である。

 常識を超越し、新たな道を開拓した者だけが次代へと歩みを進めていく。

 淘汰の縮図はそこにあり、その点に於いてクラウは強かった。

 それはもう、未だ彼我の間にでんと横たわるステータス差というものを、ひょいと飛び越えてしまうほどに。

 クラウはカラッポナイトをブッちぎり、置き去りにしたのである。


 月次な喩えで言うならば、こと戦闘に於ける彼女の学習能力たるや、水を吸うスポンジのようだった。

 いや、カラッポナイトから見たそれはきっと、そんな生易しいものではなかっただろう。

 砂である。

 乾き切った砂漠の砂のように、クラウは彼の剣を呑み込み、喰らいつくしたのだ。

 それは勇者より受け継いだ才のなせる業か、はたまた最強の盾から受け継いだものか。

 或いは、彼女自身の特異性か。



 気づけば、ころりと足元に転がる兜が一つ。

 クラウはケラケラと笑いつづけ。

 しかし、ふと我に返ると、酷く寂しそうな顔をした。

「ああ……なんだ。終わってしまったのか……」

 兜も、バラバラになった甲冑も、付き合っていられるかとばかりに塵へ変わっていく。


 クラウはその様子を物憂げに見送り、一つヘコッと頭を下げた。

「大変有意義な時間だった。感謝する」

 そのようにしかと告げると、腰を折ってドロップアイテムを回収する。

 そうして彼女はジロリと部屋の中へ鋭い視線を走らせると、大きな声で問うたのである。


「他には居ないのか! 私と剣を交えたい者は!」


 果たして、返ったのは静寂か、はたまた沈黙か。

 壁沿いに等間隔に並んだ甲冑たちは、微動だにすることもなく。

 クラウは溜息を一つこぼすと、聖剣を鞘に収め、次なる獲物を求めて部屋を後にしたのだった。


 ステータスを鍛えるはずの特訓は、しかして彼女に技術の向上をも齎しているらしい。

 彼女の才覚は、依然として発展途上であるようだ。



 そして。

 クラウがそのように大はしゃぎしている頃、オルカもまた戦闘の最中にあったのである。

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