第五三六話 そのころこころ

 そこは一風変わったダンジョンだった。

 足元には赤い絨毯。壁や柱、天井に至るまで、さながら何処かの貴族や屋敷が如き豪華な作りがなされており、ともすればダンジョン内であることを忘れてしまいそうになるような、そんな光景が延々と続いていた。



 時刻は朝六時。

 ダンジョン一四階層のセーフティーエリアにて、ミコトを除く鏡花水月の四人は朝食を摂っていた。

 尤もそれは、ミコトが出先で日々の糧としている味気のない保存食とは異なり、持ち込んだ長持ちする食材に簡単な調理の施された、美味しい朝食だ。

 手掛けたのは、すっかり料理上手として定着したオルカ。

 一頻り味の感想を述べた後、彼女らが熱心に語り合ったのは他でもない、ここに居ないもうひとりのメンバーについてだった。


「ミコト様、大丈夫でしょうか……」

「さぞ悔しかっただろうな。ステータス不足による行き詰まりというのは誰でも感じることではあるが、今回のミコトにはそもそも打開策が用意されていなかった。さながら成長限界にぶつかったようなものだ」

「とは言え、無理を通さず引き返してくれたことには正直、安心しましたね。これを機に何か新しいスキルに目覚めるかも知れません!」

「でも、一週間の努力が報われなかったのは辛いと思う。日記の文面もすごいことになってたし」


 オルカがパラパラと日記のページを開き、そこに目を落として憂い顔を作る。

 そこには、ダンジョン一五階層から引き返すことを決めたミコトの、力への渇望が延々と書き込まれていたのだ。

 ただでさえ鍛錬の鬼であるミコトが、自身の無力さに打ちひしがれ、どうやって強くなろうかとあの手この手を書き連ねているのだ。

 写真でのメッセージにより、無茶なプランへの苦言は既に送ったけれど、果たして聞く耳を持ってくれるかどうか。


「今のミコトは、ステータスに頼らない強さを得るって名目で、何をしでかしても不思議じゃない……」

「ミコトさんの特異なステータス変化を隠蔽するべく、装備を固定させたのは失敗だったかも知れませんね」

「けどそうでもしないと、ミコト様の過剰な活躍が一気に噂になっちゃいます……!」

「そうだな。厳に今回ミコトが挑んだというダンジョンも、恐らく本来ならあんなガチガチの縛りを設けた状態で挑めるような場所じゃないはずだ。ましてソロで一五階層とか……普通に有り得ん」


 ため息をついて頭を振るクラウ。

 自身も昔は多くの無茶をやらかしたため、ミコトがどれだけ無謀な挑戦をしたかもよく理解できるのだ。

 このまま行けば、いつかの自分のようにダンジョン深部で死の淵を彷徨うことになるやも知れない。

 そう思うと、一層顔を顰め、腕を組み唸るクラウである。


「仕方ありません。一部縛りの緩和を認める他ないでしょう」

 と言い出したのはソフィアだった。

 難しい顔をしながらも、結局はそうする他ないと皆も頷きで応え、その内容について話し合っていく。


 そうして出た結論は。


 オルカが得物の一つである黒い苦無を増殖、変形させて一文字一文字形作っては、絨毯の上にせっせと並べていき、それをパシャリとソフィアがカメラに収めた。

 ココロがアルバムを開いてみると、そこには確かに今撮影された、メッセージ写真がしかと追加されていたのである。


『お店で買った装備なら使ってよし!』


 写真には、そんな一文がはっきりと記されていた。

 これでミコトは、無茶な鍛錬をするまでもなくステータスを引き上げることが出来るはず。

 勿論、とんでもない業物を手に入れて無双する! なんてことにもなりかねないわけだけれど、そこはミコト自身がうまく調整するだろうという判断である。

 それにこの案なら、ダンジョンで拾ったアイテムを換金することで装備を新調できるだろうから、今回のダンジョンアタックが無駄足になったとも思わないはず。


 これにて朝の話し合いは区切りを見、後は今日の予定なんかを確認し合ってから、出発の準備を整える面々であった。



 ここは特級危険域に存在する、特級ダンジョンの一つ。

 当然その脅威度は、一般的な冒険者の挑むそれとは一線も二線も画す恐るべきものとなっている。

 そんな『屋敷の特級ダンジョン』にて、オルカたちは一風変わった攻略方法で、一三階層を踏破してきた。

 その方法とは、四手に分かれてのソロ攻略である。


 彼女たちの目標はあくまで、強力なモンスターとの戦闘を経てのステータスアップ。

 ミコトとは違い、苦戦すればするだけステータスは着実に伸びていくのだ。

 であれば苦戦しやすいように立ち回るのは至極当然のこと。

 道中は各々マッピングも行い、万一何かあった時のためのマップ埋めも並行して行う。これにより、ミコトのフロアスキップがアクティベートされるからである。


 皆でセーフティーエリアを出たなら、分かれ道毎にチームを分け、最終的には全員バラバラで次の階段を目指していく。

 階段に皆が集まったなら、全員で次のフロアへ。

 先に到着して時間の余った者は、休憩するもよし、適当にぶらついてモンスターと戦うもよし。


 そんな行きあたりばったりな方法で攻略を進めながら、一四階層までやって来たのだ。

 今回もプランに変更はなく、散り散りになる鏡花水月。

 モンスターの強さは当然、階層が深くなるにつれて恐ろしく強力になっていき、一三階層時点でもなかなかの苦戦を強いられた。

 未だ手詰まりと言うほどではないにせよ、既に油断の出来るレベルではない。


 気を引き締め、各々が屋敷の廊下が如き通路を慎重に歩み進んでいった。




 野良シスターことココロは、モンスターの気配を感じ、早速エンカウントを仕掛けていた。

 窮屈さを感じさせない通路を駆け、とある部屋のドアを前に立ち止まる。

「ここですね……!」

 このダンジョンにはご丁寧に、扉のついた部屋という物も結構あり、ココロが睨む扉もその一つであった。


 静かに呼吸と気持ちを整えると、一気に彼女は扉を押し開け中へと飛び込んだ。

 が、残念ながら奇襲は成らない。

 寧ろ、先制したのは相手の方だった。


 それは、鳥が如き翼を携えた灰色の蛇。名をウインググレイスネイクという。

 全長一〇メートル超えの大蛇である。

 それが、恐るべき速度でココロへと喰らいついてきたのだ。

 生半可な速度であるならば、ココロは慌てるでもなく迎え撃ったことだろう。

 しかしながら、それが叶わないくらいには、翼蛇の動きは速かった。


 どうにか前に飛び込むようにして蛇の喰らいつきを潜り抜け、床を転がるでもなくついた手で自身の身体を軽々と跳ね上げることで、一気に敵との距離を稼いだ。

 と同時、空中にて身を翻し、拳を繰り出す。

 繰り出したるは左。その手を覆うは、まったりとした表情の可愛らしいワンちゃんを模した篭手。

 そのまったり犬がパカッと口を開けば、吐き出されたのは強烈な冷気。

 爬虫類には冷気!


 なんてお約束は、どうやら特級ダンジョンのモンスターには通用しないようで。

 とは言え空中という、踏ん張りの利かない場所と体勢からの一撃だ。もとより痛打を期待しての攻撃ではない。追撃防止の牽制だった。

 さりとて残念なことに、ココロの目論見は無視されてしまう。

 翼蛇は多少のダメージを省みるでもなく、冷気の只中へ真っ直ぐに突っ込んできたのである。


 これには肝を冷やしたココロ。

 歯を食いしばり、さりとて努めて冷静に翼蛇を迎え撃つ構えだ。

 奴の狙いは言わずと知れた着地の隙。

 さりとて何処へ喰らいついてくるつもりかは読めない。最も警戒するべきは床に面する足か、そう見せかけて別の部位か。

 刹那のフェイントが幾重にもなされ、翻弄されるココロ。ペースを握られている。


 これがPTでの戦闘なら、幾らだって手の打ち様はあるって言うのに、ココロ一人ではこんなにも選択肢が心許ない。

 だが、だからこそ為になる。

 ココロは右手に携えた金棒を、思い切り床へ叩きつけた。蛇を狙ったと見せかけての打ちつけである。

 翼蛇は金棒を最小の動きで避け、鋭く噛み付いてくる。

 が、それよりも前に金棒の先端は床を強かに叩き、瞬間、特殊な衝撃波が部屋中を駆け巡った。


 アーツスキル【崩来衝】。

 強烈な叩きつけにより生じる衝撃波は、自分以外の者を一時的な麻痺状態に陥らせる。

 衝撃の発生源に近いほど強烈な効果を引き起こすこの技を、翼蛇は至近距離で受けてしまった。

 さしもの特級ダンジョンモンスターといえど、これには僅かなれど身体の自由を奪われ。

 ココロは、その一瞬で勝負を決めに掛かったのである。


 羽蛇の頭を、渾身の力で振るわれた金棒が容赦なく叩き潰し。

 まだ塵に還らぬと見るなり、ココロは続けざまに翼の根本をむんずと掴むと、躊躇いもせず力任せにその両翼を無理やり引っ剥がしたのである。

 激痛に蛇の体がのたうち回るが、ココロは依然として掴んだ手を離さず。

 翼を引っこ抜かれて抉れた傷口の中に、核らしきものを見つけたココロは、それをグシャリと抉り出し。


 そうして、これまた躊躇いもなしに握りつぶしたのである。

 途端に黒い塵へと変わり、霧散するウインググレイスネイク。

 断末魔を上げることすら叶わぬ、凄絶な最後であった。


「はぁ……ちょっと危なかったです。もっともっと精進しなくては!」

 そう独りごちると、生じたドロップアイテムを自前のマジックバッグへと詰め込み、次の戦いを求めて再び歩き出したのだった。




 ココロがそのように一戦を終えた頃、他の場所ではソフィアが戦闘に突入するところだった。

 対峙するのは、巨大な蜘蛛型のモンスター。

 それが、三体。

 開けた大部屋の中、ソフィアは静かに短杖を構えたのである。

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